二度くらい会ったことがあるだろうか、私にペラペラと呪術界について教えてくれた男の名前。
「あった」
改めて見ると本当だ、その名刺には呪術高等専門学校とか書かれている。
猪野琢磨。いかにも飲み会好きそうな若者で、金があるようには見えなかったけど、数回ほど私が在籍していたクラブに来て調子よくお酒を飲んでいた彼。私の呪術界における知識はほとんど彼から教わっている。本当は言っちゃいけないことなんだろうけど、酒に溺れるのは本当に良くないよね。
その名刺に書いている電話番号を押して、かけてみる。ホステス時代に使っていたスマホは解約してしまったから、出てくるか不安だったけど琢磨くんは電話に出てくれた。
私の名前を伝えても覚えてくれていない。お店の名前を出して、特徴を伝えて、ようやく思い出してくれた。
用件は、呪いが見えるようになってしまった。相談に乗ってくれないか。
嘘も方便。琢磨くんは二つ返事で了承してくれた。
「いやー久しぶり、だ、ね……」
待ち合わせは新宿。いつかの時も被ってた黒いニット帽を身につけて、呪術師って黒い服好きなのかな、黒いトレーナーに黒いパンツを穿いてその男は来た。
目が合う。そして琢磨くんはその目をぱちぱちと瞬かせて、私の肩の辺にいる何かを見た。私はすかさず彼の腕を掴む。その気になれば振り払えるだろうが、面倒事だと逃げられないように。
「祓ってください」
「え?」
「肩のやつ!」
「い、いやサッと祓えるレベルじゃない!"帳"も降りてないしこんな人がいっぱいいるところじゃーー」
「早く!!」
多分、鬼の形相ってこんな感じかなってくらい顔を歪ませていたと思う。琢磨くんは少したじろいで、そのまま手を引っ張って人気のないところまで私を連れて行くと、被っていたニット帽を顎まで下げて「カイチ」と言葉と共に見慣れない動きをする。
すると肩がすっと軽くなって、呪いは祓われたのだとすぐにわかった。
「ね、ねえこれどうしたーー」
「五条悟」
「へ?」
「五条悟のところに連れて行って」
礼も言わずに失礼な態度。胸ぐらを掴むぐらいの勢いで。
琢磨くんもさすがにムッときたのか顎まで被っていたニット帽を上げてすごい眼光で私を睨む。
「突然呼び出しといて何なんだよ!」
「お願い…!お願いします!五条悟の連絡先でもいいの!」
「だからなんで五条さ…、ああ、惚れちゃったとか?」
なんて勘違いだろうか。こんなガキに付き合っている暇はないというのに。
だって早くしないと奴がくる。自分の呪霊が祓われたことに気がついて。
でも先に祓ってもらわないと、この呪霊がどこまで夏油と情報を共有できるのかわからないし、視覚とか共有できてたら一瞬で終わるもん。だから、だから、早く急がないと。
「お願い…、なんでもするから…」
少し涙を浮かべて、手を握って、このくらいの年の子なんて容易いもの。
いつだってお店に背伸びをしに遊びに来ては大人の振りをして得意げに自分の話をする。それはダサい行為だけど、若くて可愛いから許されてるんだよ。お店のホステスも琢磨くん琢磨くんって、いつもはおじさん相手にしてるからこの子を可愛がっていた。もしかしたら既に誰かに食べられているかも。
「う、え、えっと」
「撫子、こんなところにいたのね。帰るわよ」
「っえ、」
聞き覚えのある声。
恐る恐る振り返ると、まさかそこにはラルゥさんがいた。
ああ、遅かった。もしかしたら名刺を探して電話をかけている時点でもうバレていたのかもしれない。
「え、誰…」
「ご、ごじょっ、あの男のことはもういい!琢磨くん、こ、これ」
急いでカバンからお金の入った封筒を取り出して無理やり渡す。
除霊?ていうのは知らないけど、呪霊を祓ってもらうのに相場がどれくらいのものなんて分からないけど、とりあえず、五枚。
「足りなかったら電話、電話して!肩のやつ!ありがとう!!」
「え?え?いや、」
「ったく、逃げれると思ってるのかしら。…じゃあ…、ま、た、ね。呪術師のぼうや」
兎にも角にも逃げる。無理だと思っても逃げる。人をかきわけ、押しのけて。
草食動物は肉食動物に追いつかれることが分かってても逃げるでしょ。それと一緒。
「だめよ、逃げちゃあ」
そんな草食動物の抵抗も虚しく、ラルゥさんの屈強な肉体で軽々と私を持ち上げて肩に担がれる。
ああ、もうだめだ、殺される。
「いつバレたんですか…」
「昨日ここに迎えに行くよう言われたわね」
「やっぱり昨日…!」
やっぱり電話した時点でバレてたんだ。それで泳がせていたんだと、知ってしまったら恥ずかしくてたまらない。
年下の男の子たぶらかそうとして、私のやってる事ってホントにクズ。
「…私、殺されます?」
「知らないわよ!傑ちゃんが行けっつったから私もこんなところに来てんのよ!!」
「すみません…」
ラルゥさん、めちゃくちゃ怖い。
どこまで話を聞いているのかは分からない。でも、夏油に命令をされて無理に来てくれた。
「ラルゥさんはどう思います?夏油のこと」
「私が抱きたいと思ってる男と四六時中お盛んな癖に私に言う?」
「え、ラルゥさんって夏油のこと狙ってるんですか」
「あんたほんとにムカつくわね!!!」
なにがムカつくって言うんだろう。だってムカついてるのは私の方だ。
「四六時中抱いてる女を殺す気持ちってどんなんでしょうね」
「……どうかしらね」
夏油を殺すこともできず、五条悟になぜ私の名前を知っていたのか聞き出すことも出来ず、理子の従兄弟なのかどうかを聞くことも出来ず。
もう終わったな、と思いながら、私はラルゥさんに運ばれて、拠点へと連れ戻された。
書いてる途中で気が付きましたが猪野くんってこの時多分未成年。未成年飲酒、ダメ絶対。あと彼のことを口が軽いとか思ってるわけじゃないけど、じゃあ今出てる術師の中でクラブに行ってそうな人って日下部か、猪野くんかくらいしか思いつかなかったんだ。それでいて調子よくペラペラ喋ってくれそうな方って猪野くんかな、みたいな。でも猪野くんはクラブというよりガールズバーに行ってそう。