乙骨憂太に泣かされる

※百鬼夜行後


僕はこの人が苦手だ。

「憂太って童貞なんだっけ?」

遠慮のない性格。明るく、ハキハキしてて、デリカシーのないことを言って。前の学校にいた派手なグループの中心格みたいな人。

「え、ええっと」

学校でいじめられていたような僕。まさか経験があるとでも思っているのだろうか。

「なんと私は処女だよ」

平然とそんなことを言って、目の前のこの人の"そういう"姿を想像してしまって、顔が熱くなる。
なんでこんなに大っぴらなのだろう。僕には理解ができない。
そんな僕の様子を見て面白いものを見ているように笑う。その笑顔は悔しいけれど可愛いという言葉に値すると思う。
真希さんもパンダくんも狗巻くんも任務でいない、二人っきりの教室。

「ねえ、好きな子いるの?」
「え!」

思わず後ろを振り返る。癖みたいなものか、もう里香はそこにはいないのに。

「ふ、里香ちゃん気にしてるし」

ニヤニヤ笑っている。こういうところ、本当に苦手だ。
でもどうしてだろう、パンダくんも狗巻くんもこんな顔する時あるのに、どうして彼女のこういうところを見ると、こうも不安な気持ちになるのだろうか。
よほど落ち着いていなかったのだろうか、彼女はむ、と口を尖らせてじっとりと僕を見つめる。睨むほどではないが、怒っているように見える。

「憂太私のこと嫌いでしょ」
「ええ!?そ、そんな」
「あー言わないで!さすがにショックだから」

触れはしないが手のひらを口に当たる寸前まで向けられて、それは所謂これ以上喋るなということで。僕から目を逸らした彼女は「変なことばっかり言ってるもんね私。ごめんね」と怒っては、いないようだ。明るくニコニコ笑っているけど、でも少し悲しそうな顔もしている。
違う、嫌いとか、そういうわけじゃないんだ。
そう言いたいのに、なぜか彼女の顔を見るとうまく言葉が出てこない。

「あ、あの」
「立ち合いしよっか」
「へ?」
「嫌いな私のことぶっ飛ばすいい機会です」
「い、いや僕は」

早く!と制服の襟を掴まれて、その華奢な体のどこにそんな力があるのか軽々と僕のことを立ち上げる。そして半ば無理やりグラウンドへ連れ出して、なぜか彼女と僕は対峙している。

「では、いざ尋常に…、はじめ!」

目の前の彼女が消えた。と思ったら僕の背後に回っていて、それを目で追うだけでも精一杯。

「私、憂太に謝らなきゃいけないことがあるの」
「え?ッつ、」

そんな状況で話しかけられて、気が散ってしまい彼女の拳が僕の頬を掠め、呪力の刃で皮膚が裂ける。

「悟にも言われたと思うけど夏油のことは本当に憂太が悪いんじゃないよ」
「…っ、それってどういう、う、わ!!」

足を払われ体勢を崩しそうになり、すぐに立て直そうとするけれど、その立て直すのに踏ん張ろうとした一瞬のところを彼女は狙ってくる。
嫌な戦い方だ。スピードは真希さんにも匹敵するのに、どこか小狡い。

「百鬼夜行のこと、知ってたの」

それでいてパンダも棘も、真希ちゃんも見殺しにしようとしたんだよ。
彼女の攻撃を既のところで避け、カウンターをしかけるもそちらも避けられてしまう。強い。里香解呪後とはいえ呪力量は僕の方が上。センスと経験の差か。僕の攻撃が当たらないのでは意味が無い。

「憂太、私の事嫌いなままでいてね」
「ぼ、僕は!そんなこと五条先生に既に聞いてるよ!」
「…、え?そうな、ッ!」

不意をつけた。やはり、彼女は避けるのは得意だが小さな攻撃でも食らってしまうとたちまち弱い。ほんの少し、脇腹に蹴りが掠っただけなのにそれを気にして隙だらけになる。その瞬間を見逃さず、僕は拳を彼女に目掛けて

「僕は寧々子さんのこと嫌いじゃないよ」

彼女の頬に当たる1センチ前で、止めた。

「…、うそ」
「嘘じゃない」
「でも夏油のこと」
「具体的には知らなかったんだよね?勘づいているくらいで」
「…そう、ともいうけど」
「寧々子さん、あの時泣いてた」
「う、」
「君にとって夏油だって大切な人だったんでしょ」
「…うん、」

大きな瞳が、陽の光に当たって、キラキラと輝いている。涙をためて余計に綺麗に輝いている。今にも溢れそうで、流しはしまいと瞬きをせず、必死で堪えている。

「でも棘も真希ちゃんも怪我した…」
「僕が治したから」
「治ったからいいって問題じゃないでしょ」
「後悔してるの?」
「後悔する資格すらないよ」

意外に頑固な性格だ。

「みんなそんなの気にしてないよ」
「みんな優しいもん」
「みんな寧々子さんを好きだよ」
「憂太も?」
「へ?」
「憂太も…?」

上目遣いの瞳。
僕はまた言葉を失う。

「もし私がまた、みんなに危害を加える人たちを黙って見過ごすようなことをしたら、その時は…、憂太が…憂太が私を殺してくれる?」

いつも自信満々で活気のある彼女ばかりを見ていた。自分の出自にも負けない、強い人だと思っていた。でも、それは僕の勘違いだったのかもしれない。

「…嫌だよ。寧々子さんだって僕の友達だ」

大きい目が、余計に大きく、まん丸になった。
一生懸命堪えていただろう涙が途端にぼろぼろ溢れてきて、留まらず、その柔らかな頬を濡らす。

「憂太…」

紅潮させた顔。
涙。
震える声。
僕だけ見つめる瞳。
僕の名を紡ぐ柔らかそうな唇。
思わず手を伸ばして、濡れた頬を指で拭う。
彼女はそんな僕の手に擦り寄って、「ありがとう」と呟いた。

「なーにーしてんのー」

空気を壊す陽気な声。
ハッと我に返ってその声の方向を見ると真っ暗なサングラスをかけた五条先生の姿。

「いーけないんだー憂太。女の子泣かせてー」
「ちがっ」
「ほら、これで顔拭いて、寧々子」
「憂太は悪くない!てか泣いてないし!」
「そんな顔してそれは無理ない?女の子泣かせる男はどんな理由があっても悪いの」

寧々子さんの顎を持ち上げ、優しくハンカチで顔を拭う先生。その二人の姿はまるでドラマの中の恋人同士みたいだ。
彼女に見蕩れて、今なら彼女の涙を拭ってあげられると思った自分が恥ずかしい。いたたまれなくて、その場を去ろうとしたら腕を掴まれてしまい、払おうと思えば払えたのだろうが、つい、立ち止まってしまった。

「憂太、待って…」
「え、えっと、」
「ありがとう。憂太、だいすき」

涙でぐちゃぐちゃな笑顔。
胸が締め付けられそうになるような、笑顔。
遠慮のない性格。明るく、ハキハキしてて、デリカシーのないことを言って。こんなにも僕を掻き乱す。
やっぱり僕は、この人が、苦手だ。

間違いではないけど語弊のあるタイトル。本編で全然絡んでないけど憂太と寧々子は普通にお友だちです。あと乙骨先輩って童貞ってことでいいですか。



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