初デートにおじゃま虫
きらきらの髪の毛。それと同じ色の長いまつ毛。
「きれい」
その単語はまさにこの人にぴったりの言葉。起こさないように恐る恐る髪を撫でると擽ったそうに顔を顰めた。しっかりと閉ざされた目がゆっくりと開いて、これまた綺麗な色の瞳が私をとらえる。
「おはようございます」
「おはよ」
「小春さん」
「ん?」
「ベッド、買いに行きましょう」
私もちょっと思ってた。マットは私の体液で濡れてひんやり冷たくて、きっと染みになって匂いが残るだろうから。
「…うん、行きましょうか」
今日は、お店は休業日。建人くんの仕事は夜かららしい。デートと言うとちょっぴり照れくさいけれど、初めて、二人でのお出かけ。シャワーを借りて体をさっぱりさせてから着替えるために一旦家に戻ることに。さっきまで一緒にいたのに、そのまま一緒に出かけるんじゃなくて駅で待ち合わせなんて少し変な感じだ。
ちょっとだけドキドキして、お風呂も入らず寝たものだから帰ってから急いで簡単にスキンケアをして、いつもより丁寧にメイクをする。
いつもはもったいなくて使わないハイブランドの化粧品。今日は使ってしまおう。
「服…」
次は洋服。どういう系が好みだろうか。フェミニンな感じが無難か。無難だよな。あんまり甘すぎず、辛すぎず、無難で、男ウケ良さそうな感じ。ニットにフレアスカート。いやそれともワンピースか?色々合わせて考えたけれど結局自信のある組み合わせはなく。それでも約束の時間はやって来てしまい慌てて私は家を飛び出した。
「ひえー、ギリギリだ。どこにいるんだろ…」
待ち合わせの駅に到着し、改札前にいるとのメッセージを確認して周りを確認する。いた。見つけやすさこの上ない。だってあまりにも彼は目立つ。
いつもの白スーツではなく、小綺麗なカジュアルスタイルの彼。スラリと長い足に、服を着ててもわかるガタイの良さ。だけど品のある雰囲気に周りの女性は目を奪われている。あとは顔。……顔!!!
「小春さん」
あまり見慣れない格好に見蕩れていると柱のそばに立っていた彼と目が合った。やっぱりなんだか照れくさい。そばに行くと手を差し出してくれ、私は少し躊躇いながらその手をとると、私を捕まえたとでも言いそうな勢いで手をぎゅっと握りしめられて、建人くんはすっごく嬉しそうな顔して「待ち遠しかった」とそんな小っ恥ずかしいことを言った。中々言いませんよね、普通。こういうこと。
「では行きましょうか」
手を引かれついていく。足の長い彼は私の歩幅に歩みを合わせてくれて、はぐれてしまっては困るからと、ずっと手を繋いでくれた。
私は何か家具を買うと言えば真っ先にお値段以上のお店とか、大型チェーン店とかなのだけれど、建人くんが来たのは高級ブランドばかり取り揃える家具のお店。お客さんもみんな富裕層に見えて、私だけが場違いなのではないかとそわそわしてしまう。
店員さんとやり取りをしながら、色んなベッドを見ていくのをただただ眺めている。
サイズはどうするか。好きな硬さは。スプリング製がいいか。私にも色々聞いてくれるけど、折りたたみ式のマットと敷布団をパイプベッドに敷いているような私なので、正直善し悪しも分からずむしろどれも大好きになれそうなマットレスばかり。
「私の好みじゃなくて、建人くんの好みで選んでください」
「…貴女もこれから使うわけですからそういうわけには」
店員さんが微笑ましそうにこちらを見ている。改めてそんな風に言われては恥ずかしくてたまらない。顔を赤くしている自覚はある。私が照れたり恥ずかしがったりすると、彼は少なからず嬉しそうな顔をすることに気がついた。それに気がついているからこそ、余計に照れくさい恥ずかしいんです。
強いて言うなら今使ってるマットレスが好きだと言うと、建人くんはまた店員さんと話を進めて、あっという間にマットレスが決まった。
同じブランドの同じシリーズ。新しいモデルではあるけれど今使用しているものと大差はなく、体への負担は軽減されたものになっているらしい。それにしてもプライスを見て驚いた。私の寝具の何倍の値段だろうか。何枚お布団が買えるだろうか。そんな高いブランドのマットレスを自分の体液で汚してしまったのだと思うと申し訳なさでどうにかなりそうだ。
でも、建人くんがなんだか楽しんでいるのを見るとあまり落ち込んだ態度もとってられない。あっという間に注文が終わり、会計の前に少し店内を回ることにした。
「他に小春さんの欲しいものはありますか」
「私は特には…」
「私の家にあるものだけでは女性は何かと不便では?」
「え、でもそんな、一緒に暮らす訳でもないし」
「…。」
「…え?」
何か変なことを言いました?と首を傾げると深い深いため息を吐かれてしまい、少しだけ傷つく。でもお泊まりくらいなら適当に家にあるものを持っていくし、本当に建人くんの家に不便を感じたことなんてない。強いて言うならあんな綺麗な部屋を汚してしまったらなんて緊張してしまうのが不便だろうか。まあ、嘔吐した時点で時すでに遅しなんですが。
怖々と顔色を伺うとどうやら怒っている感じはない。むしろ、少し顔を赤らめて、少しだけ、恥ずかしそうな顔をしている。
「失礼。これからは毎日あの家に貴女がいるものだと勝手に思い込んでいました」
「…建人くん、浮かれてますね?」
「無自覚でしたが相当ですね」
それはおいおい考えましょう。って、二人で笑いながら腕を組んだりして、なんだか普通にデートを楽しんでいる。あまり気負いしないリーズナブルなランチを食べたり、カフェでコーヒーを飲んだり、たまに「あの人かっこいい」なんて建人くんが囁かれているのが聞こえると、そうでしょうそうでしょうと自慢したくなる。
こんなに楽しいなら、一緒に暮らすのもありだな、なんて思った。
でも、建人くんはどうか分からないけど、私にはすっかり忘れていることがあったのだ。
「ね〜え、けんとぉ、その女誰なのよぉ〜?」
なんでそんな喋り方なんでしょうか。女の人の声を真似ているのか上擦ったような喋り方の大男。建人くんよりも高い背を丸め、建人くんの肩に腕を回して、建人くんの首に擦り寄っている。
「…悟くんここで何してるの」
「お、し、ご、と♡」
黒いサングラスをずらして綺麗なおめめをパチリと片方またたかせる。悟くんだけならいいかもしれないが、余計に気になるのは、悟くんの後ろにいる、三人の学生。
「え!ナナミンの彼女!?」
「後輩のデートの邪魔するとかさすがクズね」
建人くんとも知り合いだろうか。上から下までまじまじと見られなんだか落ち着かない。てかナナミンて。私も呼びたいそれ。
「悟くんの子?」
「僕のこと何歳だと思ってるの?生徒だよ」
「生徒…」
男女三人組の黒い制服に身を包んだ子どもたち。
悟くんの口から思いもよらない言葉が出てきて、その三人と悟くんを交互に見る。
「先生…?」
「…私たちの仕事は少々特殊で、後進の育成の為の学校があるんです。五条さんは、そこで教員をしています」
「きょういん」
また悟くんを見る。そしてその後ろの三人を見る。その子たちは、気まずそうな顔して私を見ている。なんだか子どもたちを巻き込んでしまっている。ハッとして、まだ情報が処理しきれていないけれどとりあえず大人の営業スマイルでニッコリ笑った。悟くんが先生。まずはその言葉をありのまま飲み込むことにする。
「初めまして。授業?の邪魔をしてすみません。お勉強頑張ってくださいね」
「あざっす!」
「わあ元気。さすがだね。じゃあ、せ、先生?また…」
「みんな、僕、七海と次の仕事の話があるからさ、先に伊地知の車言っててくんない?」
「…。そんな話は初耳ですが」
「まあそう言うなって。ほら、みんな行って行って」
ナナミンとの任務とかやばい案件なんかな?
そうじゃなさそうだけどな。
ちょっと隠れて見てましょうよ。
……こそこそ話が丸聞こえです。どうしよう。生徒にめっちゃ勘ぐられてますけれど。そんなことは気にも留めてなさそうな悟くんは私の肩を抱いて引き寄せる。いやだからきっと子どもが見てるんだって。
「五条さん。彼女を離してください」
「やだ。僕何も聞いてないんだけど」
「悟くん生徒が見てるけど」
「見てていいよ。で、僕何も聞いてないんだけど」
私の肩を抱く悟くんの圧がすごい。なんなら建人の剣幕もすごい。さすがに悟くんにはちゃんと報告をするべきだったか。でもそんな、いうて昨日の話ですし。
「昨日僕小春のこと抱いたよね?」
「だ、抱きました」
「んで今日何これ。何デートしてるの」
「け、建人くんとお付き合いをすることと相成りまして…」
「やだ」
「やだって…」
「いい加減諦めてください。彼女は私の恋人です」
建人くんに腕を引かれて、その中に体がすっぽりと収まる。何この図。イケメン二人に奪い合いをされております。周囲の目が物凄いことになっております。物陰に隠れているつもりなのか三人の生徒さんたちだって、まじまじとこの光景を見ております。
二人とも落ち着きましょう。なんて言ってはみるものの、こんな言葉に効果なんてあったもんではありません。
「小春はそれでいいの」
「は、はい?」
「もう僕のちんぽで気持ちよくなれないけどいいの」
「え、あ、それはもう、はい。建人くんので十分おなかいっぱいと言いますか」
白昼堂々と何を言い出すかと思いきや、そして白昼堂々私も何を言っているのだろうか。建人くんは満足気に私の頭を撫でるし悟くんはショックでも受けているのかぽっかりあんぐり口が開きっぱなし。プライドを傷つけた?そんな馬鹿な。だって、初めて致した時に色々言ってきたのはそっちだ。彼女面するな、とか、デートはしない、とか。私たちは完全に体だけの関係だった。顔良すぎていつ悟くんのことを好きだと錯覚してもおかしくはなかったけれど。
「悟くん。生徒さんが待ってるよ」
「僕、小春のこと、好きだった」
「私も悟くん好きだったよ。顔とちんこが」
「…よく言うよ」
ふう、とため息をついて、悟くんはいつものような、飄々とした笑みを浮かべる。
「んじゃ、別れたら教えてね〜」
「縁起でもない。じゃあ、…元気でね?」
またね。と言うのは、なんだか気が引けた。建人くんもいるし、私たちが会うということは、セックスをするということだったから。
背を向けた悟くんをぼーっと眺めて、でも彼との時間は楽しかったなあなんて思い起こす。そんな私に察したのか建人くんがまた私の手を引いて、悟くんとは反対方向へ歩き出した。
「次はどこに行きましょうか」
「時間は大丈夫なんですか?」
「ええ、実は出張で、現地には明日の朝ついてればいいので。最終便には乗るつもりですが」
「んー、じゃあ、ちょっと一杯引っ掛けません?」
なんだかとてもお酒を飲みたい気分になった。セフレ一人とお別れしたくらいでセンチメンタルな気持ちにでもなってしまったのか。
建人くんは快く了承してくれた。この街はちょうど、私たちが出会った街。例の店は、すぐそこだ。