私のために争わないで


「待って。じゃあ七海さんと私はお付き合いしてるってことですか?」
「そういうことになりますね」

オウ、ジーザス!思わず頭を抱える。そんな勢いに任せて恋人を作るような人には到底思えないけれど、彼の顔を見るとそれはどうやら本当のようで、彼の中で私と彼は恋人同士になっているようです。
どうして?Why?どこの国の血が混ざっているのか全く知らないけど、目の前の綺麗な天然の金髪を見るとなんかアメリカかぶれなリアクションをしてしまう自分がいる。酔っているんだと思います。

「あ、あのですね、ご存知かと思いますが私と悟くんは」
「察しはついています。今までは仕方ありませんが今後五条さんと会うのは控えてください」
「一人じゃないんですが!」

ピクリ、と七海さんの眉が動いた。私の脳みそを貫くような鋭い眼光。その目だけで死ねそうです。ああ、くそ、男前だ。

「一応聞きますが、何人ですか」
「え、えっと、悟くん合わせて、ご、五人?」
「五人?」
「ひっ、す、すみません…」

声と顔が怖すぎる。イケメンだし外国人顔だから余計に怖い。反射的に謝ってしまった。でも先程の話が本当なら、私はセフレが五人もいるくせにこんな真面目な男をひっかけてしまった悪女。真面目な男ほど、とやらなのか。何がどうしてひっくり返って七海さんが私の軽すぎる愛の告白を受け入れてくれたのか分からないけど、言ってしまったものは言ってしまったもの。私は彼に誠心誠意謝るしかない。

「わ、私は七海さんがいかにも好きそうな貞淑な女性ではありません。告白も、酔った勢いとはいえ本心ではないと思います。貴方を振り回してしまって、本当にすみませんでした」
「いかにもとは些か聞き捨てなりませんが、まあいいでしょう。私は貴女が好きです」
「ゴフッ」
「大丈夫ですか」

大丈夫ではない。ハイボールを思い切り吹き出してしまった。なんか逆流して鼻まで痛い。思いっきり噎せこんでいると大きく硬い手が私の背中をさすってくれる。
好きです
そんなことを言われたのはいつぶりか。高校生でもあるまいにたかだか四文字で動揺して。うるさく息苦しく心臓は大きく素早く動いて、気道に引っかかった違和感がとれてからも、数秒、胸を押さえつけていた。
さすがに心配になったのか七海さんが声をかけてくれたけど顔をあげることなんてできない。なんせ苦しくて涙が出て酷い顔をしている。顔が熱いのは、酒のせい。酒のせいだ。

「落ち着きましたか?」
「…、あの」
「はい」
「正直貴方のことはとてもタイプです」
「知っています」
「…でも私と貴方は釣り合いません。月とすっぽん、提灯に釣鐘です」
「私が釣鐘になればいいということですか」
「いやそれどんなボケ?」
「ボケたつもりはありませんが」

ため息が出る。てか私が釣鐘なの。そんなに重くないよ。そういう意味で言ったのではないだろうが、釣り合わないのは本当です。
あの部屋を見る限りえらく余裕のある暮らしをしていることだろう。顔もいい。スタイルもいい。日本人離れしたルックスで多少近寄り難さはあるものの、紳士だし職場でもモテるはずだ。五条さんが適当に呼んで駆けつけてくれるような優しさだってある。きっと人望も厚い。
かたや私は
都内で細々自営業。借金も勿論あります。大っぴらにはできない関係の異性が数人いて、生まれてこの方まともなお付き合いなんてしたことはない。友だちも、実はほとんどいない。彼とは、到底、釣り合いません。

「…忘れませんか?」
「貴女は忘れてますよ」
「いえそうではなく、七海さんがです」
「…理由を聞いても?」
「私と付き合ってもメリットがないからです」

フッと、鼻で笑われてしまった。私と付き合うメリットとか語っちゃったらしいし、今更何を言っているんだと思われているのだと思う。どんなことを言ったか知らないけど、どうせセックスが上手いとか何とか言ったんだ。それくらいしか思い浮かばない。

「パンを焼いてくれるのではなかったんですか」
「へ?パン…?」
「酵母を作っているから自家製のパンを食べて欲しいと」
「パン…ですか…」
「はい」

そんなことまでへべれけの私はペラペラと。言っちゃいけない話とかしてないか不安になってきた。「パン、お好きなんですか?」と問えば、「はい」とシンプルな回答。まさかパンの為に私と付き合おうと思ったのか?そんなまさか。そんなことあるか?私は今日何回吐いたかもわからない溜息を吐き、席を立った。

「アレルギーありますか?嫌いなものは?」
「いえ、特には」
「ちょうど今日、ランチの付け合せにバケット焼いたんです。残りは晩御飯にしようと思って、アヒージョ、好きですか」
「…好きです」
「よかった」

今度の四文字は、私への言葉ではない。同じ言葉でもこうも破壊力が違うもんだ。
食べさせると言った手前、食べさせてやりましょう。そして彼の目を覚ましてあげましょう。
誰かにご飯を作ってあげることなんて、仕事以外では久しぶりだ。悟くんにあげているケーキもほとんど廃棄だし、セフレとご飯食べる時は大体外食かデリバリーだし。もう数年ほど前にいた彼氏にせっせとよく作ってたが、重いと言われてこっぴどくフラれたのを思い出した。
そうだ、あいつと別れてから、敢えて彼氏作らなくなったんだよな。傷つくのは嫌だって。

「はい、簡単なものですが」
「本格的ですね」
「アヒージョに本格的もくそも、アチッ」

自分の分もテーブルに置こうとしたらうっかりスキレットに触れてしまい、しかし落とす訳にはいかぬとなんとかテーブルへ無事下ろす。こんなこと滅多にしないのだけど、やっぱり少し酔っているんだと思う。別に少しだけ親指が触れたくらいだから問題はないのだけど、念の為冷やしとくか、と下品だとは思ったけどアイスピッチャーから氷を拝借しようとしたら、七海さんにその手を取られてしまった。
七海さんの手は、大きくて、ゴツゴツで、職人さんみたいな、そんな手をしている。

「ああよかった、大したことなさそうですね」
「う…は、はい。氷でちょっと冷やしたらバンソコします」
「…何を照れているんです?」
「て!れ…、てなんか…ない、です…」

ひや、と親指に氷が触れて、私の熱でどんどん溶かされていく。ぽたり、雫が落ちて、私の膝が濡れる。七海さんは私に氷を持たせると、空いた、私の手を握っていない方の手を水滴の落ちるその膝にのせた。それからは、七海さんのその大きな手の甲が傘になって、私の膝は濡れない。

「この指よりも貴女の顔の方が赤くなってますね」

あ、と思った時には遅かった。七海さんの薄く、少しばかり乾燥した唇が私の唇と重なって、吸い付きもしないような可愛い触れ合いをした。
とろん、とお酒が回ったのかその触れ合いが気持ちよかったのか、もう定かではないけれど、きっと物欲しそうな目を私はしていて、食いつかれるように口を塞がれる。今度は舌を絡めあって唇を吸いあって、すごくえっちなキスをした。
なんで抵抗しないかって?そんな野暮なことは聞かないでください。気持ちいいことをするのに理由はいらないでしょう。

「ダメ…七海さん…」

こんな状況で『ダメ』は逆効果だろうに、ついつい私の口からはこんな言葉が出てしまう。
こういう時の『ダメ』『いや』は『もっとして』の意味なんです。万国共通なんです。

「名前では呼んでくれないんですか」
「ん、ちゅ…、け、んとくん…ンっ」
「建人くん♡だって。わ〜小春、か〜わいい〜」

突如、聞き慣れてはいるものの、ここにあるはずのない声。
いかにも軽薄な、人を馬鹿にしているようか言い方。
顔面めいっぱい広がっていた七海さんの顔がこれまた見たことないくらい歪んでいて、自分に対してでは無いんだろうけれど、恐ろしくてちょっとビビってしまった。
CLOSEにはなっているものの、別に鍵を閉めているわけではない。店の中に入ってくるのは容易い。
でも、全く気が付かなかった。

「…悟くんは何してるのかな?」

ドアの前で面白そうなものを見つけた少年のような顔をして、大男は立っている。
ドッドッドッとこれ以上ないってくらい心臓が踊り狂っている。私は落ち着くために深く深く息を吐いて、ふわふわと呑気に気持ちよくなってた頭を叩き起した。

「僕ってNTR属性あるのかな?二人のえっろいキス見てたら勃起しそうなんだけど」
「連絡なしの突撃はNG。最初に言ったのは悟くんだよ。…なんか飲む?」
「そうだなあ」
「駄目です。非常に邪魔なのでお引き取りください」

いやはや全く悟くんの考えてる事は分かんないんだけど、正直、助かった!
このまま流されたらセックスしてた。この店でセックスだけはしまいと思ってたのに、してた。だからナイス悟くん。グッドボタン押しちゃおう。とか思ってると「貴女も何を軽く受け入れてるんですか」と怒られてしまった。私が悪いんでしょうか。うん、悪いかもしれません。

「このまま3Pでも僕は構わないよ」
「バカなの?」

茶くらいは出すかとキッチンに入った為、空いた私が座っていた席に悟くんが座る。七海さんは露骨に嫌そうな顔。酒の席にお茶というのもと思い、「なんちゃってシンデレラなら作れるけど」と言えば「じゃ、それで」なんて軽く返事が返ってきた。ここは残念ながらバーではないし、私はカクテルはあまり飲まないのでシェイカーは置いてない。適当にジュースとレモン果汁と氷を適当な容器に入れて適当にシェイクして、適当なグラスに注ぎ出せば馬鹿舌は「おいしー」と飲んでくれる。ふ、本当に馬鹿なやつ。
またついニヤついてしまい、またうっかりそれを七海さんに見られていたのか、えらい剣幕で私を見ている。七海さんって束縛激しいタイプですか。嫉妬深いタイプですか。大丈夫、私みたいなヤリマンじゃなきゃ貴方に口説かれたら大体の女は貴方にゾッコンです。安心してください。

「で、五条さんは何をしに来たんですか」
「え?僕?小春とえっちしにきた」
「それは残念です。私と彼女は正式にお付き合いをすることになりました。お引き取り下さい」
「堅っ!真面目すぎるね〜七海は。そんなんじゃ小春を満足させられないよ?」

いや付き合ってるつもりもないのだけど、どうしよう。割って入れるような雰囲気ではない。一人ぐびぐびハイボールを飲み続けている。
そもそも悟くんは私たちをからかう為にここに来たんだ。マトモに相手にしてると疲れるだけ。後輩なら私よりも七海さんの方が彼を知ってると思うんだけど、子どもみたいに煽ってくる悟くんに真面目に言い返している七海さんもなんだか子どもっぽく見えてきた。冷静沈着な姿しか見た事なかったから、少し可愛いとすら思ってしまう。
イケメン二人に取り合いされてるなんてとても気分がいいので放っておこう。それを肴にハイボールを飲もう。と気づけば二人の喧嘩かどうかも分からない言い合いそっちのけで酒に集中してしまい、いつの間にか私は意識を失っていた。
目が覚めたのは、ラブホテル。大きなキングサイズの真っ白なベッドで、大きな男二人に挟まれながら、私は目を覚ました。

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