雲の上の存在

ディオネが柄を掴み引き抜こうとした時はピクリともしなかった豪華な装飾の成された剣はまるでアルトリアを待っていたといわんように、彼女が台座に立ちそこに手を添えると瞬く間に美しい刀身を現した。

これほどまでに美しい剣を見たことが今までにあっただろうか。
目を見開きアルトリアと選定の剣──カリバーンを交互に見つめているディオネに縋るような、何とも言い難い顔を向けているアルトリアから少し離れた空間がぐにゃりと湾曲する。

「アルトリア!!」
ディオネに名前を呼ばれ漸く我に返ったアルトリアは今しがた抜き放った白銀の刀身をそれへと向け、ディオネを庇うように前へと立った。
勇ましくディオネの前に立ったはいいが今までこのような武器を握ったことも、何かと対峙したこともないアルトリアの指先は恐怖に震え、それの振動が伝わったカリバーンもカタカタと音を立てる。

「落ち着いて。私だよアルトリア」
「その声はマーリン?」
アルトリアの口から漏れた聞き慣れない声にディオネは目を瞬かせた。
マーリンと呼ばれた青年は全身真っ白な衣類を纏っており怪しさを濃縮した人のようにディオネの瞳には映ったのだが、それは彼女の思い込みだったようだ。
ディオネの視線に気が付いたマーリンは菖蒲色の瞳を彼女に向けると人の良さそうな表情を浮かべた。

「私の名前はマーリン。アルトリアから君の事はよく聞いているよ」
「初めてお目にかかる方にこんな事を聞くのも不躾だと思うのですが、貴方はアルトリアとはどういったご関係で?もしかして恋仲、とか…」
「有り得ませんね」
「それはないね」
呼吸を合わせてバッサリ否定された事を笑いながら心のどこかで安堵している自分がいる。
今までずっと側で見つめ続けていたアルトリアに何故か先程から距離感のようなものを感じている自分が居た。

「アルトリア、ディオネにはどこまで話しているんだい?」
「……彼女には何も」
「私の口から話しても構わないけど自分の口から話したいだろう」
マーリンの言葉にしっかり頷いたアルトリアはディオネと向かい合った。

「今この国を統べている王、その人が私の肉親です。いずれ私は王位を継承し民を導かなければなりません」
「今まで度々村から姿を消して何をしているのかなと思っていたけど……そういう事、だったの?」
「この時が来るまでディオネと対等な立場にありたくて今まで黙っていました。すみませんディオネ」
へなへなと力なくその場にへたりこんだディオネから視線を逸らしたアルトリアは再びすみませんと漏らすと背を向けた。

「私は一足先に村に帰っています。ディオネのことをお願いしますマーリン」
「今まで自分と同じ村娘だと思っていた友人が実は王位継承者だった……なんて信じられないよね」
豆粒のように小さくなったアルトリアの背中を放心状態で見つめていたディオネにマーリンの声が降り注ぐ。
彼の言葉に力なく頷いてよろよろと立ち上がったディオネは今まで大親友だと思っていた彼女が雲の上の存在だと告白された事がショックで、自身の服が土で汚れていることにすら頭が回らなくなっていた。

「近々彼女は王位を継ぐ下準備として諸国漫遊の旅に出ることが決まっている。君はどうする?」
「わたしはただの村娘です。アルトリアのような高貴な身分でもなければ農具以外握ったこともない…そんな人間に何を求めるのですか?」
「あのアルトリアの顔を見てディオネが何も感じなかったのならそれ以上何も言わない。暗くなる前に村に帰りなさい」
現れた時のように音も立てず姿を消したマーリンの言葉に急かされるようにディオネは駆け足でその場を後にした。
ドタドタと音を鳴らしながら階段を駆け上がり、右奥の私室に入ると時期王の美しい翡翠と視線が交わった。

「おかえりなさいディオネ。今晩はシチューのようですよ」
「そ、っか。楽しみだね、アルトリア」
気まずそうに視線を外したまま歯切れの悪い返事をしたディオネはアルトリアが酷く傷付き、もの哀しげな顔をしていた事に気が付けなかった。

極夜