破滅への秒針

朝靄が立ち込める空間の中で揺らめく影がふたつ。
今日まで生活してきた村を見つめるアルトリアの装束は昨日までの貧相な服から全身鎧へと姿を変えていた。

あれからディオネとは顔を見合わす頻度も落ち、さよならすら告げずに出てきてしまった。
次にこの村に足を踏み入れるのは故郷に帰ってきた村娘としてではなく、一人の王としての帰還だとアルトリアも分かっていた。

「最後にひと目だけでもディオネに会いたかった……」
「なぁにアルトリア呼んだ?」
居ないはずの声がアルトリアの耳に届き思わず、え?という声が出てしまう。
見送りに来てくれたのだろうか。それにしても誰が出立日時と時間を…など考えずとも答えは白日であった。

「旅に赴く前にディオネの姿を焼き付ける事が出来てよかっ…え?」
アルトリアの口から再び間抜けた声が出る。
ただ見送るだけだというのに彼女の大荷物は一体何だろうか?昨日まで身に纏っていた柔らかな絹のワンピースは?その堅固な防具はどういう事だろう。
現実逃避をするアルトリアの肩を誰かの手が掴んだ。

「マーリンさんから旅に出るって聞いてから考えに考えぬいて出した答えです。如何な形であれわたしはアルトリアと共に在りたい」
「今まで武器も持ったこともない貴女が旅に同行するなんて……マーリンからも何か言ってください!」
「ね、アルトリアなら絶対にそう言うと言っただろう?」
「本当にマーリンさんの仰る通りでした」
クスクスと笑う二人に若干の居心地の悪さを感じながらアルトリアは言葉の続きを待つ。

「あの日からみっちりマーリンさんにしごいてもらったの。だからその辺りは問題ないし、万が一お荷物だと感じたら適当な場所に捨てて行って」
そう言えば間違いなくアルトリアは押し黙ると分かったうえでディオネは敢えて意地の悪い言い方をした。
こうでもしなければアルトリアは何が何でもと理由をつけてディオネをこの村に置いていこうとするに違いない。
何が待ち受けているのか想像すらつかない、常に危険が付き纏う過酷な旅になるだろうとマーリンから聞かされているアルトリアは意地でもディオネを村に返そうと唇から言葉を紡ぎだそうとした。

「ディオネもこう言っているんだし連れて行っても良いんじゃないか?彼女、結構筋がいいんだよ」
マーリンの声に反応してアルトリアの指がディオネの手を掴んだ。少し前までまっさらだったディオネの手は無数のマメで埋め尽くされ、手の皮もやや厚くなったような印象を受けた。

「ディオネ、貴女という人は……」
「あ、手のマメのこと?見た目は良くないけど今は大半が潰れて全く痛くないから大丈夫だよ!……アルトリア?」
手を掴み黙ってしまったアルトリアの名前を呼ぶも反応はない。
痛々しいディオネの掌をゆっくりと撫でていたアルトリアの指が彼女の手を包み込んだ。

「ディオネの熱意は伝わりました。私についてきて下さい」
「ありがとう、アルトリア!!」
勢いよく飛び付いてくるディオネを抱きしめながらアルトリアはこれで良かったのだろうかと一考し、直ぐに首を横に振った。
行先を照らすような柔らかな陽の光が三人を包み照らしていた。

極夜