むかしばなし
※やや閲覧注意
目の前で親を惨殺され、自身は人攫いの手に落ちてしまった。
世界の理不尽さに心を深い沼へと落とした少女は、何も感じない傀儡と化していた。
「珍しい髪色をしてる小娘を捕まえてきた。もしかすると高値がつくかもしれねぇぞ!」
人攫いの一人が縄で自由を奪われても尚、抵抗を止めない少女を乱雑に黒髪の少女──ミカサの隣に投げつけた。
右側を強打した少女は瞳に薄ら膜を張りながらも決して涙を零す事はせず、のそのそと上体を起こしてミカサの姿を捉えると目を細めた。
「貴女がミカサ?」
「……どうして、私の名前を知ってるの?」
「イェーガー先生が貴女の家を訪ねてくる時にいつも男性が同行してたでしょう?私はあの人の娘のルネッタって言うの。お父さんとイェーガー先生からミカサの事を聞いてて、ずっと会いたいと思ってたんだ」
出来ればこういう出会い方はしたくなかったんだけど……と吐き捨てたルネッタは人形のように無表情のまま、言葉を返してくるミカサを安堵させるように笑みを作った。
「貴女だけは何としても助ける。だからそんな顔をしないで?」
「どうやってこの場を切り抜けるの?私達じゃあいつらには叶わない」
気休めの言葉など吐かれて変に希望を持たされるのは、たくさんだ。
俯いたミカサを気遣うような瞳を向けたルネッタが、口を開く。
「高値がつきそうな子供を攫ってそれで食いぶちを繋いでいるって、無様でみっともないですよね。汚らしくて見るに堪えない」
「このガキ……!」
「否定しないって事は自分でも認めてるんだ」
人攫いは確か四人居たはずだが、一人は見回りに出掛けているのかこの狭い小屋には三人の男と少女達しか居ない。
「売っぱらう前に俺達でやっちまうのは駄目か」
「馬鹿かお前!キズモノにしちまったら、値段が下がるだろうが」
「今にも泣きそうな顔をしながら唇を噛んで気丈に振る舞うコイツの姿を見ても、そんな事が言えるか?」
重々しい足音を鳴らし、ミカサの隣に片膝をついた男達に唾を吐きつけたルネッタの腹部に鈍い一撃が浴びせられる。
「……なあ、いいだろ?」
ルネッタを縛っていた縄が解かれると同時に馬乗りになる男と衣服が裂ける音が、狭い空間に響く。
「ほんっとうに汚らわしい」
ルネッタの細い脚が男の股の間を蹴り上げいよいよ激昂した男が彼女の顔を殴ろうと手を振り上げた時、扉を叩く音と何とも言い難い音が二人の鼓膜を鳴らした。
***
「自分が何をしたか分かっているのか!?」
「ヒトの皮を被った害獣を駆除した!オレがあの時駆けつけていなかったらあの子も、ルネッタもどっかに連れて行かれてた!」
グリシャから掛けられた上着の裾をきゅっと掴むミカサは暗い表情のまま、唇を噛んで俯いていた。
────生き残る為に、人を殺めた。
こうする以外、方法ははなかったと目の前の少年はグリシャに何度も訴えている。
「ごめんねミカサ。大見栄を張っておきながら何も出来なくて。あいつらの注意が私に逸れている間に貴女だけでも、と思ってたんだけど……」
男に落とされた拳が痛むのか先程からずっと体を丸めたまま座り込んでいるルネッタから、自己嫌悪を滲ませた謝罪の声が聞こえてくる。
ルネッタの声に我に返ったイェーガー親子は引き裂かれたルネッタの衣服と未だに震えの止まらない彼女を見て、静かにアイコンタクトを交わした。
「ルネッタもだ。君は女の子なんだから今後あんな無謀な真似はしちゃいけない。万が一の事があったら、君のご両親に申し訳が立たなくなってしまう」
「これを着てオレの背中におぶされ。立つのも辛いんだろ?」
イェーガー親子の言葉にこくりと頷いてエレンの上着に袖を通したルネッタはエレンに背負われる間際に蒼白い顔のまま、一瞬だけミカサに唇を緩めた。
「ミカサが無事で本当に良かった」
今まで会ったこともない他人をどうしてここまで気にかけ、自分の体と引き換えにしてでも助けようと思ってくれたのだろう。
それ以上に"私"の存在を肯定してくれた彼と彼女の為にこれから生きようと、あの日から私は心に誓った。
***
「(嫌な夢を見てしまった……)」
カーテンの隙間から差し込む明かりは微弱で、まだ夜は明けきっていないように見える。
自分のベッドの下で体を丸め、寝息を立てているルネッタに胸を撫で下ろしたミカサは先程のような深い眠りにつく事は叶わないだろうと分かっていながら再び瞼を閉じた。
──貴方たちだけは何としても守りきってみせる。
いかなる手段を、行使しようとも。
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極夜