彼女は危なっかしい


「どこへ行こうとしてるの。もうすぐ夕食なのにさ」
「え、っ!?あの……夕食前に走り込みをしてこようかなぁ……なんて」
色素の薄い紫の瞳を泳がせて一切瞳を合わせようとしないルネッタにアニは溜息をついて頭を振った。

「自主訓練が悪いとは言わないけど限度ってものがある。自分が今どんな顔色をしてるか理解してる?」
「顔に出てました!?」
「まあ、嘘なんだけどね」
ぼそりと呟かれた声に大きく息を吐き出したルネッタは周囲に自分とアニ以外居ないのを確認し、囁くような小さな声色で経緯を話し始めた。

「私と近い環境に居るアニさんだから話しますね。……最近、エレン達に置いて行かれてるような気がするので、少しでもその距離を埋めようと頑張ってる……つもりなんですが、手応えを感じられなくて無意識ながら焦っていたのかなぁ」
ルネッタの同郷といえば強靭な意思を持つエレン、現時点で成績トップと噂されるミカサ、戦闘面では二人に劣るが座学では無類の強さを発揮するアルミンだったはず。

戦闘面と頭脳面どちらの分野でも秀でた人物が揃っている上にルネッタは三人より歳上なのだ。
歳上としての矜持や劣等感、焦りを日々、強く感じているのだろう。
──しかし人間には得手不得手というものが存在する。
第三者が出来ているから自分も努力を重ねればいつしか出来るだろうという考えは、浅はかすぎると思った。

「あいつらにはあいつらの長所があって、あんたにはあんたしかない長所がある。むやみやたらに行動して体を壊すなんて、兵士以前の話だと思うけど」
アニの的確な発言に息をのみ「私の長所……」と頭を抱え始めたルネッタは未だに己の武器を見つけられていないのだろう。
先程は嘘だと言ったが日に日にルネッタの目の下のクマは濃く、やつれていっているのは紛れもない事実だ。
(ルネッタとそこまで親睦が深くないアニが気付く程なのだから彼女につきっきりのミカサは随時注意をしていそうなものだが)

「……ミカサとか格段に技量のある奴と比較さえしなければ、ルネッタも悪くないんじゃない」
「アニさんって見てないようで、私のこと見てくれてるんですね」
「いつも馬鹿真面目に取り組んでるあんたの姿は目にとまりやすいってだけ。教官から褒められてたところが全くないってわけでもないでしょ」
今日行われた班別訓練で班長に任ぜられたルネッタの班は、最初チームワークも何もあったものではなかったが後半からの巻き返しは別班に属していたアニですら目を見張るものがあった。
個々の能力を即座に把握し、的確に指示を下せる高い統率力を備えている人間はそう存在しない。

「いくら個の力が強くとも指揮系統が無能じゃ、意味が無いからね」
「今日はアニさんがいっぱい喋って褒めてくれて照れちゃうな」
──ルネッタの場合、その高い統率力に加えて人心を掌握するカリスマもきっと所持しているんだろう。
他人に無関心な自身が気が付くと彼女を目で追って、手が空いている時は自分から声を掛けたりなんてしているのだから。

「エレンとミカサは戦闘技術、アルミンは頭脳面、私は……統率力、かな?アニさんありがとう!目の前にかかっていたモヤが晴れた気がするわ」
「モヤが晴れたなら無理な自主訓練は控える事だね。ルネッタが倒れたら私も周りも迷惑だし」
「……今日はいつもの半分にしておきます」
「懲りないね、あんた。丁度暇をしてたところだし付き合うよ」
背を向けたアニの名を叫びながらルネッタもまた、小走りで彼女を追いかけた。


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極夜