歪みきった独占欲
売られた喧嘩を買っては負け、唇を噛んでいるオレの前に颯爽と現れて「みんな冷静になろう?」とその場を取り成しにきたのかと思えば殴り掛かってきた奴の腕を掴み一回転させた後、それを正当防衛だと冷ややかに睨みつける。
大人しいように見えて意外に気が短く腕っ節の立つ女の子──それがルネッタだった。
見上げていたルネッタの身長をいつの間にか追い越し、男女間の体格差を認識するようになってから守ってもらうのではなく、オレがルネッタを守る側にならなくてはと考えるようになった。
その考えは今でも変わらない筈なのにいつからかオレはルネッタを女として意識し始めて今の今まで気にならなかった挙動一つ一つに動揺して怒鳴ったり、あいつを守ってやれるのはオレだけであって欲しいという感情が芽生えだした。
昔からオレ以上にルネッタの事を気にかけていたミカサや幼馴染みのアルミンなら何とも思わないんだが……。
「う、っわぁ!?」
視界の隅に居た小さな薄い灰色のお下げ髪が不意に消えた。
翡翠色の眼球を動かしてエレンがルネッタの状況を把握するよりも早く、ライナーとベルトルトによって救出されたルネッタは太い木の枝にしっかり足をつけて額に滲んだ汗を拭っていた。
「ライナー君、ベルトルト君ごめんなさい!アンカーの刺さりが甘かったみたい」
「不測の事態にならず良かったぜ」
「どこかぶつけたり、切ったりはしてない?」
「今が訓練で近くにライナーとベルトルトが居たから良かったものの、実戦だったらそのまま死んでたか巨人の餌になってたところだぞ!」
「もっと念入りに立体機動装置の点検をしておくべきだったね。ごめんなさい」
小さな肩を更に小さくして項垂れるルネッタにキツい言葉を浴びせ続けるエレンを宥めたのは、兄貴肌気質のライナーだった。
「本人もこれだけ反省してて怪我もしてないんだ。それくらいにしてやったらどうだエレン」
「……二人は先に行っててくれないか?」
やれやれと肩を竦め「あまり虐めすぎるなよ」と漏らしてルネッタの頭をポンと叩いたライナーに続いてベルトルトも「じゃあまた後でね」と残してその場を後にした。
取り残されたルネッタは相変わらず浮かない顔で今からエレンからどんな罵倒をふっかけられるのかと、上目遣いで顔色を伺っている。
「さっきはキツく当たって悪かった。だけど立体機動装置に不具合があって困るのは自分なんだから今後は更に気を使えよ?何かあればオレを頼ってくれ」
「落下しかけたところを見てわざわざ駆け付けてくれたんだよね?ありがとう。エレンは今も昔も優しいよね」
「……そう言うならオレ以外の奴に庇われたり守られたりしてんじゃねぇよ」
「エレン?」
「幼馴染みのオレはまだしも他の奴らに迷惑を掛けすぎんなって言ったんだよ!心配だし集合場所まで抱えて運んでやるよ」
口篭るルネッタの腕を引いて集合場所を目指す。
腕に当たる柔らかい感触や鼻腔をくすぐる石鹸の香りとか。
意識が移りそうになる度に首を振ってこいつと共に集合場所へと急ぐという目的に意識を集中させる。
「貴様らが最後だぞ!二人して何をしていた!」
「私の立体機動装置に突如不具合が発生し、立ち竦んでいたところ駆けつけてくれたエレンに運んでもらいました。彼が遅延した理由は私にあります。罰ならばいくらでも受けますのでエレンに罰を与えるのはどうかご容赦を……!」
「はあ!?遅れた事実は変わらないし何言ってんだお前!」
「……今日の訓練はこれで終了とする!イェーガーはローレンを念のため医務室まで連れて行け、以上解散!」
キース教官の言葉を皮切りに離散し始める訓練兵をかき分けて駆け寄ってきたミカサはルネッタの頬に手を添えながら旋毛から足先まで何度も視線を巡らせた。
(数秒遅れて現れたアルミンの薄水の瞳にも心配の色が滲んでいた)
「ルネッタのことはオレに任せてお前らは先に行っとけ」
「……分かった。また後で」
「じゃあねエレン、ルネッタ」
二人の背中を見送ったエレンは教官の指示通りルネッタの手首を掴んで医務室を目指す。
「エレンにはいつも守ってばかりで申し訳ないし、少しでも負担を減らせるよう明日から気を入れ直さなきゃ」
「オレが好きでやってるんだから申し訳なさとか感じる必要はねえだろ……ほら、早く医務室行くぞ」
きちんと保身出来る程の実力をルネッタが持ち合わせているのは、近くで見ている自分が一番理解しているはずなのに。
頭を振ったエレンにかかる彼の身を案じる声に何でもねぇと返し、医務室の扉を押し開いた。
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極夜