戦士≠兵士≠少女
「へぇ。やるようになったね」
「伊達にアニさんに投げ飛ばされてきたわけじゃない、ですよ……っと!」
自分とそれ程身の丈が変わらない彼女が自分より幾分も高く、ガタイのいいエレンやライナーをころばせているのを見た時は素直に感動した。
「あいつは手加減ってものを知るべきだろ……」
「二人共大丈夫?一時凌ぎにしかならないだろうけど、良かったらこれ使って」
「あ、ああ……すまんルネッタ」
頭を摩っている二人に薬を押し付けて離れた場所に佇んでいるアニさんの名を呼ぶ。
「私にも対人格闘術教えて下さい!!」
「人に物を教えるのは苦手なんだ。だから……」
足払いをされたと思うと私の視界は一回転し、先のエレン達と同じ体勢になっていた。
「悪いけど見て覚えて、としか言えない」
アニさんから技を受けた私はただ歓喜していた。
体が小さいから何だ、パワーで負けているのであれば技術で補えば良いだけのごくシンプルで分かりやすい理屈。
お世辞にも体格に恵まれていない部類の私には、アニさんが体得している体術が大変魅力的に映った。
それから以後、対人格闘術の訓練の際は誰より早くアニさんに声を掛けて相手になってもらうようになった。
最初こそ迷惑そうだった彼女の瞳がある時を境に柔らかくなって、いつからか「今日も私と組むんでしょ?」と向こうから声を掛けてくれるようになった。
何十回と投げ飛ばされているうちに抜け目、というものを見出せた私はいつもの如く地面と挨拶を交わす前に彼女の腕から抜け出した。
……までは良かったが、直後その場に崩れ落ちた。
「抜け出せたのはいいけど頭がぼんやりして立ってられない……」
「もしかして脳震盪じゃないのか!?お前、ルネッタをどれだけ投げ倒──」
誰かの声と揺さぶられるような感覚に目を白黒させながら私は意識を失った。
***
柔らかくてふかふかとした物に包まれている──なんて思いながら瞼を開く。
部屋に差し込む日差しはまだ色付いておらず、何がどうあってこのような場所に横たわっているのかと思い返す。
朝起きてミカサと挨拶を交わしてから、エレンとアルミンと合流して「今日の対人格闘術の訓練も頑張ろう」なんて会話をしながら朝食を済ませて……えーっと。
「何があったっけ?」
「エレンが言ってた通り脳震盪みたいだね」
隣から響いてきた少女の声に上体をゆっくりと起こすと頭部に鈍い痛みが生じる。
何度この状態に至るまでの経過を思い出そうとしても、雨の後に生じた濃霧のようなものに阻まれて記憶の糸を手繰り寄せる事は叶わない。
「私がルネッタを地面に叩きつけるより早く腕から抜け出して着地……する前に膝をついて意識を失ったんだよ。悪かったね」
「私から相手になって欲しいと頼み込んでたわけですし、気にしないで下さい!何十回と投げ飛ばされ続けた甲斐があったんだなぁ」
「……変なところで前向きだよね。そういうところ嫌いじゃないけど」
「今、ルネッタの声がしたような──」
「やっと目を覚ましたんだな!吐き気は?ちゃんと何があったのか覚えてるか!?」
「エレン落ち着いて。ルネッタが驚いて固まってしまっている」
幼馴染み三人組の出現で途端に医務室は賑わいを増し、ルネッタの表情もいつになく綻んでいる。
「(……お邪魔虫は退出するに限るね)」
ヒートアップしていくエレンを抑えるミカサとアルミンを尻目に部屋を出て行こうとする少女の名前をルネッタの声が引き留める。
「私が目を覚ますまで傍に居てくれてありがとう、アニさん」
唇を開き、返事をしようとしたアニは結局何も発さずに今度こそ医務室を出た。
ここで兵士ごっこをする為に私はここに存在しているんじゃない。
脳裏を過ぎるのは父の頼もしい背中と力強い言葉。
「……私は、戦士なんだ」
────のほほんとしているあいつらと足並みを揃えて遊んでいる暇などないと、思っていた筈なのに。
心の内に灯る暖かな光は一体何なのだろう。
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極夜