一殺多生
ルネッタら四人の中でも、アルミンはとりわけ知識に長けていた。
それは時間を経ても変わる事はなく、現に今もアルミンに声をかけられチェスを楽しんでいた……までは良かったものの全戦全敗し「年上の威厳……」とテーブルに項垂れているルネッタとそれを宥めるアルミンの姿も昔と変わりない。
一体どこで何を間違えたのだろう?
ルネッタの持ち色だった白の駒を囲むように、アルミンの黒の駒が鎮座している。
「久しぶりにチェスをして再認識してたんだけど、ルネッタの戦法は昔と変わらないよね」
「そうかな?」
「ルネッタはどこか一点でも突破されそうになると、そこの穴埋めを必ずしようとするんだ」
アルミンに言われて漸くあ、とルネッタは声を漏らす。
全く手足が出なかったわけでなく、一時的とはいえアルミンよりルネッタが有利だった局面はゲーム内で度々あった。
然しアルミンがルネッタの気の緩みや、視認しきれていない弱点を突き、そこから全て瓦解していったような。
「何の犠牲もなく、得られるものはないと僕は思う」
「アルミンの考えは最もだし、分かってはいるんだけど……」
弾かれた駒のひとつを掌に収め、コロコロと転がす。
ルネッタがそうして言葉を詰まらせるのも、聡明なアルミンにはお見通しだったのだろう。
片付けを始めながらアルミンは優しい声色で話を続ける。
「一殺多生って言葉もあるけど、ルネッタはルネッタのままで良いんだよ。皆を大切に想えるのは悪い事じゃないからね。ただそれでルネッタが無理をしすぎるから、エレンやミカサが心配するんじゃないかな」
「昔よりは自分の限界を把握してるつもりだし、勢いに任せて突っ走ってないと思うんだけど」
「(エレンの呼び名に近いものを時折ルネッタから感じるっていうのは黙っておこう)」
母の仇である巨人を前にすると頭に血が上って視野が狭まったエレンと、そんな彼を最優先し行動するミカサ。
ルネッタの場合近しい人物に危機が及ぶと己のみで解決出来ないものかと葛藤し、いつも一人で抱え込んでしまう。
───早い話が緊急事態にてんで弱く、誰かを頼るという選択肢が浮かばないのである。
掌で転がしていた最後の駒を受け取り、収納したアルミンは不貞腐れているルネッタの前に腰を落ち着ける。
善良すぎる彼女の性格根底がいつしかルネッタ・ローレンの首を締め上げるのでないかと、アルミンの胸中には日に日に不安が募っていく。
請われれば躊躇なく救いの手を差し伸べ、自身のことを疎かにしてしまう大切な幼馴染みは他者の為に己の体力を削って死に急いでいる……。
カテゴリーは違えど彼と彼女は死に急ぎ同士なのだ、多分。
遠くで誰かがルネッタの名を呼ぶ声が二人の耳に届いた。
幼馴染みの少年の前に晒していたみっともない姿はどこへやら、背筋を正し立ち上がったルネッタは声の主に応えると部屋から半身を乗り出す。
「サシャにコニー?」
「居ないと思っていたらアルミンと一緒だったんですね!丁度いいですし私はルネッタ、コニーはアルミンのマンツーマン形式でいきましょう」
「サシャにしては冴えてるじゃねーか!そんなわけで頼むアルミン!」
惚けているアルミンに苦笑いを浮かべながら「昨日の座学で酷く怒られて項垂れる二人の哀愁漂う背中を見ていたら、つい……」と言葉を濁し席を立とうとしたルネッタの手首を何者かが掴む。
「ルネッタはいつもそうやって、僕にまで気を遣うだろう?一人より二人の方が効率はいいし少しくらい頼ってよ」
僕とルネッタは幼馴染みなんだからさ。
はにかむ幼馴染みの言葉がじわじわ心の奥に染み渡っていくのを感じながら、大きな声で返事をしたルネッタもまたはにかみ返した。
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極夜