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一週間なんてあっという間に過ぎ去り悲しみも程々にそことは別れを告げた。
「長旅になるから眠ってなさい。着いたらおこしてあげよう」
お父さんの何気ない言葉に全身から倦怠感が顔を覗かせ自然と瞼が下がってくる。
数分もしないうちに車の中には私の寝息が漏れ始めていた。
どれくらい眠っていたんだろうとディスプレイを確認するため体を起こし、伸びをすればボキボキと数本の筋が鳴った。
辺りは夕焼けの優しい橙に包まれて、ちょっと肌寒いとすら思ってしまう。
「家へ行く前に父さんが尊敬する人の所に顔を出そうと思ってな。その人のお孫さんもお前と同い年なんだぞ」
「そうなんだぁ」
まだハッキリしない頭のまま頷いてお父さんの背中を追うように車を降りる。
その建物にはGAMEと遠目からでもよく目立つ大きな看板がかかっていた。
「ゲーム屋さん?」
首を傾げる私の姿が視界に入っていないお父さんは建物のガラス戸に手を掛けると、そのまま中に入って行った。
「双六さん!」
「店はもう閉店…おぉっ!?」
中に居たのは奇抜な髪型をした年配の男性。
そのお爺さんはお父さんと目が合うなり閉店間際の来客にする少し迷惑そうな顔から久方ぶりに親しい友と再会したといわんような喜びを全面に押し出した顔になった。
抱き合いながら近況報告を交わした二人の口が同時に止まって、その視線が一気に私に向かう……少し気まずい。
それにしてもこのお爺さんの髪型は凄い。毎朝ワックスやスプレーでセットしてるのかな?手間が掛かってるなぁ…。
「君が菜乃ちゃんじゃな?よくこやつから話は聞いておったよ。遊戯やー!」
「(どんな話をしてたのお父さん…)」
そうなんですかぁと苦笑いを浮かべたままお爺さんの後ろから近付いてくる足音に視線を向けて、固まった。
「なぁにじーちゃん」
一度見たら忘れられない独特な、いや独創的すぎる髪型とヘアカラー。真ん丸として優しさと暖かみの感じさせる紫の瞳。
首元に金色のアレはないけど…間違いない。彼はあの超有名漫画の主人公、武藤遊戯のコスプレイヤーだ!!
外見だけでなく声まで激似とは…最近のコスプレイヤーは再現度が高いね。きっと血の滲むような努力をなさっているんだろう。
「今朝言っておった菜乃ちゃんじゃ。ほれ挨拶せんか」
「武藤遊戯です。え、えと…雨之森さんでいいかな?」
「そんな畏まらないで。これから長い付き合いになるし…長い付き合い?」
脳がにんしきするより先に言葉を紡いだ口は確かにそう言った。今日から遊戯君とご近所になるんだから確かにそうっちゃそうなんだけれど、言い知れない不安感だとか焦燥感に一瞬襲われた。
ここに来るまでの車の中でお父さんはあっちへ行ったらもう引越しはないという事。昔から尊敬している人の家の近くに住むことになってな!鼻歌まじりに教えてくれたのを頭の片隅で思い出した。
彼、もとい武藤遊戯のコスプレさんは照れたように自身の髪を触ると小さく…菜乃ちゃん?と呼んだ。
「うん。ぜひそう呼んで武藤くん」
「じゃあ僕も遊戯って呼んで。さっき君が言ったみたいに気を遣う必要はないし何より明日から同じ学校なんだから」
「同じ学校なの?クラスも一緒だといいね!…それで君の本当の名前は何なのかな?」
『は?』
男性(男子)三人の声が見事にハモり三人共話彼女は一体何を話しているんだ?頭は大丈夫かと困惑度数100%の瞳で見つめてくる。
変な事は言ってない、よね?
「僕は僕だよ?他に名前なんてないし」
うーんと唸って頭を抱えてしまった遊戯コスプレイヤー君。
もしや、もしかして彼は"本物"!!?そんな馬鹿な!有り得ない!
その漫画に出ていた高校生社長の言葉を借りるなら非科学的だ!!!
「今日一日車に揺られて疲れたのではないか?顔色が真っ青じゃぞ」
「あ、はい……」
「すみません双六さんそろそろ帰ります。明日の朝菜乃をここまで来させるから学校までの道中よろしくね遊戯君」
「任せて下さい!ゆっくり休んでね菜乃ちゃん」
何とか笑顔を取り繕い遊戯君達とさよならをした私は意を決して重い口を開いた。
「ここの街に大きな会社…海馬コーポレーションってあったりする?」
「よく知ってるな。確か今は海馬瀬人って菜乃と同い年の子が社長をしてるみたいだぞ」
私の 目の前が 真っ暗になった! 冗談でしょう?誰か嘘だと言って!
心の中で叫びながら頬を叩けばそこに走る確かな痛みが現実味のありすぎる夢という考えも打ち消していった。
肺に留まっていたその息を一気に吐き私は未だ受け止めきれない現実に深々と溜め息をついたのだった。
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極夜