「ランサー……」
ランサー。ランス。槍。あぁ、なるほど。確かに彼は槍を持っていた。槍使いの事か。しかしそれだけでは彼が誰なのか絞りようもない。何か他に気付いた事はないか、私。いや、外見的特徴以外、あいつがランサーだという事しか分かっていない。後は、名前を教えてくれなかったという事くらいか。にしても、よりによって一番実行したくない手段で成功してしまった。代替案が見つからない限り、今後はこの方針で行くしかないだろう。
そういえば、今回は全くあの女の子が話しかけてこない。前回までは、知り合い以上友達未満のあの子の声で目を覚ましていたが……ん?
なまえはぱちりと目を開けた。
「…………」
視界に映るのは真っ白な天井だった。この景色をなまえはよく見る。主に眠る時と目覚める時だ。
自宅にいる事を理解したなまえは起き上がって今日の日付を確認した。今日はあの惨劇が起こる日の朝だ。
「時間が……戻ってる……?」
正確に言えば、前回よりも時間が巻き戻っている。何が原因かは分からなかったが、時間が増えるのは良い事だ。今はまだ彼がランサーと名乗っている事しか知らないが、もっと情報を集めれば出来る事も増えていくだろう。時間を要するものだったとしても、だ。
なまえはさっそく、延びた猶予をランサーという単語調べに費やした。他にはどんな意味があるのか。あの赤い槍についても調べたかったが、さすがにランサーという言葉だけではあの槍の正体をつかむ事はできなかった。
そして放課後。例の時がやってきた。辺りは静まり返り、不気味さすら漂っている。朝と夜で学校の雰囲気はがらりと変わるが、これはそういった類のものではない。彼女は明確に死期を感じ取っている。やがてアラームが鳴り、あの青年が現れる。もう聞く事は決まっていた。この青年が「誰」なのかは分かった。次は「何故」だ。
「まだ人がいたのか」
「あ、あなた……ランサー、ね……?」
「ん?」
なまえは次にくる痛みと衝撃に目をぎゅっと瞑るが、それはいくら待っても来なかった。恐る恐る目を開けると、青年は先程と同じ場所に立っており、手にした槍の穂先も下がったままだった。初めて青年が聞く姿勢を見せた事に、なまえは希望を見出す。
ランサーと名乗る青年はしばらく彼女を見定めると、徐に口を開いた。
「あんた、七人目のマスターか?」
聞き慣れない単語になまえは戸惑う。と同時に、ここで否定しては前と同じ展開になる事も予想できた。恐る恐る頷くと、ランサーは槍を構えた。
(答えたのになんで!?)
「だったら早くサーヴァントを呼びな!」
また新しい言葉だ。サーヴァント。何の事だかさっぱり分からない。
当然だがサーヴァントなど呼び出せるはずもなく。なまえにその様子がない事を悟ると、それまでどこか期待を寄せるような楽しげだった表情が消えた。
「……そうか。なら悪いが……」
死んでくれ、と彼女の胸に槍を突き刺そうと飛び出してきた。なまえは痛みに構える為にぎゅっと目を瞑る。しかしいつまで経っても痛みは襲ってこない。ゆっくりと瞼を持ち上げれば、槍の切先は既の所でぴたりと止まっていた。
「……なんだよ」
「……?」
「あぁ?どうして…………はぁ……ったく……、ハイハイ分かったよ命令には従いますとも」
誰かと会話をしているような独り言。しばらくするとランサーは槍を下しなまえを見た。
「あー……わりぃな。暴れられると面倒だから、ちょいと眠ってくれ」
首に衝撃を受け、意識が遠くなる。もう慣れ始めたその感覚に彼女は安堵すら覚えた。
今回はここまでだったが、ランサーと名を呼べばとりあえず即死は免れる事は分かった。次は七人目のマスターとサーヴァントについてだ。
目を覚ますと、そこは見慣れない場所だった。どこかの家の一室にしては妙な内装で、窓が一つもない。明かりはスタンドランプのような物がほの暗くオレンジ色に光っていて、あとは質素な机とソファがあるだけだ。なまえは過去にこんな場所を訪れた記憶はない。そこで、ふと気が付く。自分は椅子に縛られ、口も塞がれている。
「……!?」
こんな経験は絶対に初めてだ。であるならば。と、その時、部屋の扉が開いた。入ってきたのは二人の男。一人は見覚えがある。先程まで対峙していた青い青年だ。もう一人は、神父服を着た男だった。神父服の男はなまえが目を覚ましたのを見て、彼女の口を塞いでいた布をとった。
「ごきげんよう。気分はいかがかな?」
やはり、私は死んでいないのだ。恐らくそこにいる青い青年に誘拐されたのだろう。
これから何をされるか怯えているなまえに、男は語りかけた。
「さて、早速質問なのだが君は何者かね?」
その質問そのままそっくり返したい。
「見たところ令呪もなく、マスターに選ばれたという訳ではなさそうだ。かと言って魔術師という訳でもない。ただの一般人という印象を受けるが……君は一体どこから聖杯戦争の知識を得た?」
「せいはい、せんそう……?」
また訳の分からない単語だ。彼が何を言っているのかさっぱり理解できない。
「……そうか。話す気はないか。ならばこちらとしても手段は選んでいられないな。素直に話せば解放してあげる事も考えたのだがね」
神父が「ランサー」と口にする。すると青い青年が面倒臭そうに手に持った槍の先を彼女の喉に当てた。
「悪い事は言わねぇ。早く吐いちまいな。あんただって痛ぇのは嫌だろ」
「し、知らない!私は何も知らない!」
険しい顔のまま、青い青年は槍を彼女の肩に軽く突き刺す。深い傷ではないが、常人にしてみればそれでも激痛だ。痛みのあまり叫び声をあげる。
「本当に知らない……私は何も知らないのよ……」
心拍数と息が上がる。俯きながら涙を零す少女を見て、青い青年は槍を引き抜いた。
「おい言峰。俺にはこいつが嘘を付いているようには見えねぇぞ」
「……ふむ。どうやらそのようだな」
言峰と呼ばれた神父服の男。そうだ、そういえば丘の上に教会があった気がする。もしかするとここは教会なのかもしれない。などと考えていると、神父は興味を失ったのか、部屋から出ていこうとする。
「では始末は任せるぞ、ランサー」
始末、という言葉に嫌な予感がした。
「待って!私は本当の事を話した!解放してよ!」
「わりぃな嬢ちゃん。聖杯戦争の事を知っちまった魔術師じゃない人間は皆こうなるんだ」
そんな。私は知らなくても殺されるのに。
赤い槍が胸に一突きされる。何度も味わったこの感覚。見上げれば淡々とした表情の、あるいは慈悲が含まれているかもしれない表情の青年がこちらを見下ろしていた。
はっとして目を覚ます。慌てて周囲を確認する。どうやら自室のようだ。日付は一週間程遡っている。今回は今までで一番の情報を得られた。各単語の内容にもよるが、調べられる時間が増えたのは良い事だ。何より、余命が一週間に延びた。学校には病気で休むと言っておけば問題ないだろう。
七人目のマスター、サーヴァント、そして聖杯戦争。一週間丸々使えばどれか一つくらいは、私が生き延びる為の手がかりになるだろう。なにせ私を殺し続けるあの青年をランサーと呼ぶだけで一週間の猶予が与えられたのだ。何か、彼と取り引きできるような情報を掴まなければならない。
それから一週間、彼女はあらゆる面から情報をかき集め、とある書物を発見する。寂れた骨董屋で古い本を見せてほしいと頼んだところ、それが出てきたのだ。表紙には英語で悪魔召喚と書かれていた。西洋の本で翻訳に手間がかかったが、内容は想像通りの眉唾もの。だが一つ気になる言葉を見つけた。使い魔だ。これをサーヴァントと呼ぶらしい。もしこれがあの青年の言っていたサーヴァントだとすると、マスターというのはサーヴァントを使役する人間の事を言うのだろうか。……だとしたら、あの青年は恐らくサーヴァントなのだろう。あの動きはどう考えても人間離れしているし、サーヴァント同士で戦い合うのであればあの時の彼の言動は納得がいく。だがもしそうなると、なまえに対抗する手段はない。ただの人間が、サーヴァントに勝てるはずがないのだ。
(でも、私が彼を召喚すれば……)
あの青年に殺されてしまうなら、私が先に彼を喚んでしまえば良い。我ながら良い発想力だと自画自賛する。
そうなると、まずは彼をもっと知る必要がある。だが彼に直接聞いても喋らないのは既に承知済みだ。なら、彼を知っている人物に聞くしかない。
なまえは椅子に縛られ、見動きが取れずにいた。この光景を見るのは二回目だ。側にはあの青年と神父が立っている。
「……君は一体どこから聖杯戦争の知識を得た?」
「それを話す代わりに、私の質問にも答えてほしい」
この手の人間に嘘は通用しない。だから知っている事を正直に話すつもりで交渉を持ちかけた。
「……ふむ。何が知りたいというのかね?」
「……そこの人」
「ん?」
自分に目を向けられたのが予想外だったのか、青年は壁に寄りかかっていた姿勢を直した。神父も思わずといった感じで彼を見ていたようで、意外そうな表情でなまえに向き直った。
「彼の槍、見覚えがある。あなたは誰?」
「……なに?」
神父はなまえの言葉に険しい顔をしたが、青年はきょとんとした後盛大に笑いだした。
「ははは!あんた、この槍を見た事があるだって?そいつぁ、おかしな話だな」
「ランサー、まさか目撃者を逃したりはしていないな?」
「はっ!そんなヘマするワケねぇだろ」
そう言って青年はなまえに近付いた。槍の穂先を彼女の喉に突きつける。
「嬢ちゃん、この槍をどこで見た?まさか俺と同じアルスターの戦士だとでも言うつもりか?」
ビンゴだ。ランサーと呼ばれるだけあり、やはり槍にも逸話があるのだろう。アルスターの戦士とやらが持つ槍。十分に調べる価値がある。
「もう良いランサー。彼女は始末しろ」
「あ?いいのかよ」
青年が神父に視線を向けたその瞬間、なまえは勢いをつけて前のめりに倒れ込んだ。青年の構えていた槍が喉に突き刺さる。
殺されてしまうのなら、もうこの時間に用はない。さっくりと次にいかせてもらう。
彼女にとって死の恐怖より効率性が上回った瞬間だった。
prev next
back
top