ぱちりと目が覚める。日付を確認すると、あの日から一月前。どうやら展開によって戻る期間が変わるらしい。ともあれ、一月もあればもう少し詳しく彼らの言っていた聖杯戦争について知る事ができるだろう。過去の会話から察するに、聖杯戦争が彼らにとっての主軸になっている。サーヴァントだのマスターだのは、その聖杯戦争に関係している単語だ。令呪や魔術師についても時間があれば調べておきたい。だが、最優先事項はあの青年についてだ。今のうちにさっさと対策してしまいたいところである。その為に、アルスターの戦士について調べておこう。
 なまえは平日にも関わらず学校に連絡もしないで市内の図書館へ向かった。館内にあるPCでアルスターの戦士と検索すると、すぐにケルト神話が候補に上がってきた。そこからの特定は早かった。アイルランド、アルスター王国、そして……。

「魔槍、ゲイボルク……」

 あの青い青年は、ケルト神話に出てくるクー・フーリン。確定ではないが、最有力候補と言っていいだろう。
 思ったよりも早く目星がついた。とりあえずこれでひとつ目の課題はクリアだ。次にすべき事は召喚……なのだが、問題がある。あの本には平然と魔力と言う言葉が使われていた。どうやら召喚には魔力が必要らしい。内容を考えれば不思議ではないが、私はこれまで魔力というものを扱ったことが無い。本には魔力を込める、としか書いておらず具体的な方法は載っていなかった。

(そもそも魔力なんて非現実的なもの……いや、そうか……私はその非現実的な事を何度も経験しているんだ……)

 何度も殺され、何度も巻き戻る。夢であってほしいと思うと同時に、夢であってほしくないとも思う。私は死にたくない。死にたくないのだ。だからといって、何度も死ぬ直前を繰り返すのもごめんだ。だからこうして文字通り命懸けで情報を集めている。今更魔力などと言う言葉を疑ってなんかいられない。
 そう思い魔力について調べてみたが、参考文献が多すぎていまいちどういうものだか分らない。ただ、共通しているのは魔力というのは自分の生命力だという事。血液などがよく生命力の表現に使われているが、要はそういう事だろうか。

(…………)

 いくら考えても答えは出ない。とりあえずこの件は保留にし、召喚に必要な媒体について調べる事にした。どうやら彼を呼び出すには彼に関わる物を捧げなければならないらしい。しかし神話の登場人物に関わる物となると、限りなく入手困難な気がする。アイルランドの観光客向けグッズなど用意しても、呼び出せるのは精々生産工場の工場長くらいか。

(そういえば……アイルランドには彼が死に際に体を括りつけた柱があるって、どこかで見た気がする……)

 ついさっき調べた本のどれかにそう書いてあったはずだ。だとしたら入手方法は早く確保しておいた方が良いだろう。そんな神聖な物に一般人が触れられるはずもない。

(……あ、あれ?)

 と思ったが、柱の場所を調べていると、案外そんな事もないと気付く。写真を見たが田舎らしい何もない景色にぽつりと石柱が立っているだけだった。これは少しくらい削ってもバレなさそうだ。となれば後は費用の問題か。幸い、格安の航空券なら明日にでも飛べるくらいの資金はある。二泊三日の旅行になるが、それは良いだろう。あとは……やはり魔力をどうするかだ。こればかりは時間をかけて調べるしかないだろう。この一月で手に入れられるものであれば良いが。

 それから二泊三日の旅を終え、二週間が経った。相変わらず図書館に入り浸りだが、石柱の欠片は無事に入手し、旅立った先でもずっと調べていた魔力についてもいくつか分かったことがある。魔力というのは、体内にある魔術回路というものを通して作られるという。とある文献に書かれていたものだが、その本は聖杯戦争についても触れていた。詳しくは書いていなかったが、それでも信じるには十分値する。

(魔術回路を、開く……)

 この説明がまた大雑把なうえ、もしかしたら私が魔力を生成するのは無理かもしれない可能性があるのだ。というか、無理かもしれない可能性の方が高い。
 魔術回路というのは「開く」事によって魔力を生み出すらしい。この「開く」という作業は、魔術回路を持った人間なら幼少期に済ませている事が殆どだそうだ。何故なら魔力を必要とする人間は魔術師と呼ばれ、幼い頃から魔力や魔術というものの鍛錬をするらしい。そんな事とは無縁に生きてきた私に、魔力を扱う事ができるのか。そもそも魔術師じゃない私に魔術回路があるのかどうかも疑わしい。魔術回路は誰にでもある訳じゃなく、そこが一般人かどうかの違いと書いてあった。もし私に魔術回路がなければ後の二週間を丸々無駄に過ごす事になるが、何はともあれ試してみなければ始まらない。

(どうせ死んでも……)

 そこまで考えてはっとする。その先は言葉にしてはいけない。私は絶対にあの日を越えるのだ。
 窓の外に目をやると、もう空は茜色に染まっていた。思ったより長く居座ってしまったようだ。ふぅ、と肺に溜まった空気を抜き、気分を入れ替える。今日はここまでにしよう。
 一度トイレに立ってから図書館を出ると、空が先程より暗い。十分も経っていないと思ったが、これは本格的に暗くなる前に帰った方が良さそうだ。
 最寄りのバス停へ向かいながらイヤホンをスマホに挿す。途中、横断歩道の信号が赤に変わったのでスマホでバスの時刻表を調べていると、すぐ後ろで誰かの声が聞こえた。話しかけられているのかと思い振り返ろうとすると、肩を軽くつつかれた。その瞬間、体がぶわりと熱くなる。

「ぅ……!?」

 熱い。いや、痛い。これは熱さではなく痛みだ。どういう訳か体が痛みだした。まるで矢の雨に全身を貫かれているような。と同時に、体の中で巡る血液ではない何かの存在を感じ取っていた。私はそれを直感で理解する。

(……!)

 この感覚はきっと魔術回路が開いた感覚なのだろう。そこに魔力が流れているのだ。一体何故。魔術回路は鍛錬によって開くのではないのか。どうして急に、と思ったが、これは急ではない。誰かが私の肩をつついた瞬間こうなったのだ。慌てて後ろを振り向いたが既に誰もいない。かわりに歩き去っていく金髪の男の後ろ姿が見えた。
 私は開いていた魔術回路を閉じて深呼吸をした。まさかこんな形で魔力問題が解決してしまうとは。あの男が何者で私に何をしたのかは分からないが、とりあえずこれで彼を召喚できる。今は謎の男の正体よりも彼を喚び出すのが優先だ。
 何気なくスマホを確認するとバスの時刻表が表示されていた。そうだ、早くバスに乗らなければ。
 横断歩道を渡ろうと歩き出すと、女性の甲高い悲鳴が聞こえた。声のする方を見ると、女の人が私を見て口を押さえている。訳が分からずにいると、大きいクラクションの音が聞こえた。目の前が真っ白な光で塗り潰される。

 はっとして目を覚ます。自宅のベッドの上だった。

「……初めて、死んだ……」

 正確には、初めて別の死因で死んだ、だ。こんな事があるのか。いつもあの青年に殺されていたからてっきりそれでしか死なないと思っていたが、確かに冷静に考えれば己の不注意で死んだって不思議じゃない。あるいは自殺も。

「…………」

 起き上がって魔術回路を開けるか試してみた。全身が沢山の矢に射抜かれるような感覚を思い出す。するとすぐさま体に魔力が巡るのが分かり、ふぅ、と安堵のため息を漏らした。これで召喚に必要な情報は全て揃った。後は彼を召喚するだけだ。
 日付は三週間前。石柱の欠片を手に入れたらすぐに始めよう。



「汝三大の言霊を纏う七天……抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ……!」

 深夜、人気のない場所で本に書かれている通り詠唱する。魔法陣は動物の血で描き、その中心には石柱の欠片、一言一句間違わず詠い魔力も込めた。なのに。

「……なん……で……」

 辺りは静寂に包まれている。おかしい。何も間違っていないはずだ。手順も必要な物も全て用意したはず。それなのにどうして。彼はサーヴァントのはずだ。魔術師や聖杯戦争云々も全て現実に起こっている事のはずなのだ。

(最初から、間違っていたの……?)

 私の予想は全て外れていて、ただ殺人鬼に殺されていただけなのか。あれだけ苦労して得た情報を元にたどり着いた答えなのに、また初めからやり直しだというのか。冗談じゃない。別の方法を考えれば良いと思っていたが、ここまで手応えがあるのに別の方法なんて思いつかない。私は死にたくない。死にたくないだけなのに。どうしてこんな事になったんだろう。なんで私がこんな目に合わなくちゃいけないのか。今まで何の問題も起こさずに生きてきたのに。酷い仕打ちじゃないか。何度も死んで、何度も生き返って。一体私が何をしたって言うのだ。
 胸は激しい怒りと切望で満たされていた。その時、左手に痛みが走る。魔術回路が開いた時と同じような痛みだったが、それよりもはるかに痛い。熱した焼きごてを当てられているような、そんな痛みだった。しかしそれもすぐに治まる。手の甲を見てみると、そこには見慣れない形の痣ができていた。擦ってみても取れる様子はない。
 何が起きたのか分からず立ち尽くしていると、突然激しい風が吹き始めた。それは魔法陣を中心に渦巻き、次の瞬間には目も開けられないほどの光が溢れ出す。

(何……これ……!)

 しばらくして目を開けると、そこにはあの青年が立っていた。

「サーヴァント、ランサー。召喚に応じ参上した。あんたが俺のマスターかい?」

 青い服に青い髪、銀色のピアスがきらりと揺れ、赤い瞳は真っ直ぐに私を見ていた。

「…………」

 思わず力が抜けてその場にへたり込む。
――召喚は成功した?また殺される?怖い。嬉しい。疲れた。
 様々な思いや考えが頭の中をぐるぐる周り、言葉が出なかった。

「おい、どうした?」
「……さ、……いの……」
「あん?何だって?」
「私の、事……殺さないの……?」
「はあ?なんでそんな事する必要があんだよ。理由もなく自分のマスターを殺すわけねぇだろ」

 ほら、と手を差し伸べるランサー。その表情は今まで彼に殺され続けてきた私が見た事のない、頼もしい表情だった。

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