『薬師寺芽依』との対顔

芽依は今回の転移では座標の寸分の狂いもなく薬師寺邸の玄関に無事到着した。彼女はその家の鍵を持っているにも関わらず、使う事なく呼び鈴を鳴らした。
ここの薬師寺邸はやたら庭が整えられていて、家庭菜園やガーデニング。温室まで作られていた。こっちの家はというと庭は手入れされておらず雑草が生えに生え、機械製作で出されたゴミ袋が置いてある程度である。
「はい。」
扉が開かれるとそこには『薬師寺芽依』がいた。彼女は少し不快な表情を浮かべた後すぐに消し、芽依の後ろを覗き込みながら
「ひかるはいないのかい?」
と言うとあたりを見渡した。
「ひかるは連れてきてないよ。ちょっと話したいことがあったんだ。上げてくれよ。」
「まぁ、構わないが……。実はまだ少し大学の課題が終わってなくてね。どうせ何か話しがあって来たんだろう。中で少し待っててもらうことになるけれどそれでよければ。」
彼女はそう言い捨てると家に入り、後に続いて芽依も入った。

「自室は私と同じ二階なんだねぇ。」
階段を上りながら言ったものの薬師寺は無視した。
「へぇ〜ワンルームじゃないんだ。こんなに部屋があってどうするだよ。三階の部屋もあるんだからこんなに必要ないんじゃないか?」
「その部屋はトイレや簡易キッチン、お風呂とかだよ。」
薬師寺は自室に入ると机に向かいその流れでパソコンを起動し、簡易キッチンへ向かった。芽依は勝手に椅子に腰掛け、起動していくパソコンを興味深そうに観察していた。
「勝手に座らないでくれるか。」
不満気に薬師寺は言った。手には一杯のコーヒーが注がれていた。大人しく芽依は椅子から立ち上がって退いた。
「待っている間どうせ暇だろうから適当な部屋を見てくれて構わない。終わったら呼びに行くよ。あと簡易キッチンも勝手に使って良いよ。」
「庭のガーデニング、見させてもらったけれどあれは立派だね。庭も見ていいかい?」
「荒らされたら困るから庭はやめてくれ。」
わかったよ〜としぶしぶ言いながら芽依は部屋を出た。

芽依はポケットから飴を取り出しひょいと口に入れた。レモンの味が広がる。
まずは2階を探索しますかね。一つ一つの部屋に入っていくが、先程薬師寺が言った通りそこはトイレやお風呂、簡易キッチンだった。彼女は簡易キッチンに入ると適当な棚を漁った。するとクッキーが入っている缶を見つけたので2枚勝手に食べた。
「甘いな……。こっちの私も甘党なんだな。」
かなり砂糖が入っていると思われるそのクッキーはかなりの甘党である芽依を満足させたのかその後クッキー2枚をポケットの中に入れ、元あった場所に戻し部屋を出た。

「2階よりは3階の方が部屋数は少ないな。」
思っていたよりも薄暗かったので廊下の電気をつけようとスイッチをつけたものの、電球が切れていたようで点くことはなかった。
ガチャリ、金色のドアノブをひねった。部屋の中はカーテンが締め切られ、より薄暗く長い間使っていなかったのかかなり埃りがかかっていた。芽依は入口付近の枯れた花が生けられた花瓶が置いてある小棚の上に溜まった埃を指で掬った。じっとその埃を見つめた後ふっ、と息で吹き飛ばした。
「とりあえずカーテンを開けるか……。」
どうせここの部屋の電球も切れているだろう。カーテンをシャッと開けると埃が舞い上がった。あまりの埃っぽさに芽依は咳き込んでしまった。
「かなり長い間使われてなかったみたいだな。」
部屋を見渡す。薬師寺の部屋にあったように机に椅子、本棚に荷物掛け。クローゼットのベッド。唯一の違いといえば、姿見が置いてあることと、ベッドの周りだけ綺麗に掃除されていたことだった。
「誰かと一緒に住んでいたのか……?」
姿見に移る自分の姿を除き込みながらそう言った。
芽依は飴をがなくなったのか再びポケットから飴を2、3個取り出し口に放り込んだ。
「漱石……泉鏡花……谷崎潤一郎…。」
本棚には数多くの本が並んでいた。また下の段にはなんらかのファイルがナンバリングされ並べてあった。芽依は適当なものを取り、中を確認した。そこには小説が手描き文字で書かれていた。
「自作小説は流石に読む気にはならんな。」
ファイルを閉じると元あった場所に戻し、芽依は机に向かった。そこには一台のパソコンが置かれていた。芽依は埃っぽい椅子に腰掛け電源を起動させた。モニターにはぐるぐる回転している輪が表示された。
その直後、パッと部屋の電気が点けられた。驚いて振り抜くとそこには薬師寺芽依が立っていた。
「何勝手なことをしているんだ。」
薬師寺は苛立ちを隠せないでいた。不意を突かれた芽依に薬師寺は詰め寄る。
「勝手に物を移動させたりしてないだろうな……!」
「ちゃんと元の場所に戻したよ。ここの部屋はあまりに埃っぽすぎる。ここは誰かの部屋なんだろう?綺麗にしてあげたらいいのに。それともこの部屋の主がそこまで綺麗好きではない
「そんな訳ないだろう!あいつは綺麗好きだ!わかったような口を聞きやがって……!」
「そんな怖い顔をされたら困ってしまうな〜。君の気に障るような事を言ってしまったのなら謝るよ。すまなかった。」
芽依は飄々といつものようにヘラヘラと軽く謝罪をしたものの内心、そこまで彼女が激昂するとは思っていなかった為、少し冷や汗をかいた。

パッとパソコンのログイン画面が表示される。
画面中央には丸型の初期アイコンその下に『Hikaru Yukawa』の文字
あっ、小さな声が芽依の口から出た。瞬時に薬師寺はパソコンを乱暴に閉じた。
「とりあえずこの部屋から出て行ってもらっていいか?」

芽依は1階のリビングに通され椅子に座らせられた。薬師寺はキッチンの蛇口を捻り水を注ぎ、芽依の前に雑に置くと、薬師寺は芽依の向かい側の椅子に座った。
「で、用事は何?何も持ってきていないみたいだけど。」
「単刀直入に言うが、湯川ひかるはどこにいる?」
沈黙。薬師寺の顔は無表情で俯いていた。芽依はその様子をじっと眺めながら薬師寺の言葉を待っていた。
「病気で死んだよ。」
「いつ?」
「3年前かな。彼女は高校1年生だったなぁ。」
「病名は?」
「わからない、そんな事を聞いて何になるって言うんだ。」
「それもそうだな。」
沈黙。気まずい空気が漂う。芽依はこういった空気を好まないのでそれを表に出さないよう必死に堪えた。薬師寺もこの空気にストレスを感じるようで太ももを人差し指で叩いていた。
「ひかるに用があったのだったら申し訳ないね。」
「あぁ聞きたかったことがあったんだ。彼女の能力についてね。」
「彼女の能力は君と同じ平行世界へ移動できる能力だよ。」
「じゃあ、多分小説のネタあつめのために平行世界へ行ったときに変なウイルスにかかって死んだんだな。」
「わかったような口を聞くな。人を不快にさせにきたのか?」
薬師寺は立ち上がると芽依を強引に立たせ、胸ぐらを掴んだ。
「人の傷口抉るのはさぞかし楽しいだろうな。」
薬師寺は怒りの色を表していた。芽依は薬師寺の目が青く光っているのを見逃さなかった。
芽依の体から力が抜けていく。薬師寺と会ってから体の調子がおかしい。頭がボーっととして働かなくなるのだ。飴はもう無い。
「お前を元の世界に帰さないことだって私には出来るんだぞ。」
芽依は残ってる力を振り絞って何とか抵抗しようともがいたが、薬師寺に突き飛ばされ、床に倒れた。
「これで移動してるんだろ?」
薬師寺は芽依からモバイルを取り上げこれみよがしに見せつけた後、コップの中の水に入れ水没させた。
「これでもう戻れないな?」
「こんな事をして何になるのか私には理解が出来ない。『私』のことだからもっと理性的に行動する人物だと思っていたがやはり世界線が違うから人格も違うんだな。」
芽依は意地悪くそう言うと、ふらつきながらなんとか立ち上がった。
おそらく能力の影響でエネルギーが吸われているな。エネルギーさえ何とか供給できれば戻れる。それに気づかれさえしなければ大丈夫だ。
「『元に戻れ』でも使ったらどうだ?どれほどの代償を食らうかわからないけどな。」
薬師寺は椅子に座ると頬杖をつきながらニヤニヤそう言った。
「エネルギーがないから使えない、終わりだな。そうだあの部屋貸してくれよ、それで一緒に私と暮らそう!それがいい!だってあの部屋の持ち主はもういないもんなぁ!」
「お前…!侮辱しやがって…!」
殺気を帯びた薬師寺は立ち上がり芽依の元へ早足で近づいてくる。彼女は冷静を欠いているのを芽依は知覚した。今だ。
「元に戻れ!」



芽依はふらつきながら立ち上がるとリビングから出た。
「待て!」
薬師寺はまさか芽依が立ち上がりリビングから出ていくとは思っていなかった。彼女は慌てて芽依の後を追って部屋から飛び出した。
早く出なければ。できる限りの急ぎ足で玄関に向かいながら芽依はポケットの中のクッキーを一気に食べた。脳が冴え渡っていく感覚がするものの段々とまたぼーっとしていくのを感じた。
急がなければ。芽依の目が青く光った。芽依の周りに風が吹き荒れる。
「逃すか!」
薬師寺は風を何とか掻き分け、芽依の肩をグッと掴もうとしたその瞬間。彼女は消えてしまった。
薬師寺は膝から崩れ落ち、その場でボロボロ泣き出した。
「何なんだよ…あいつ……。勝手に部屋も私の心も荒らすだけ荒らして帰っていきやがって……!」
彼女はふらつきながら3階へ上がり、ひかるの部屋に入ると、そのままベッドに倒れ込んだ。
エネルギーを吸い取った為体は元気出会ったが心はかなり疲労していた。彼女はそのまま眠りについた。

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