マイスター
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そういったのは何も恋人だけではない、同じ研究チームの面々も、初めての就職先の上司も、友達も、家族も、皆同じ言葉を口にしたが別に好きで何でもそつなくこなせる訳ではなく努力の証だと言ってやりたかったがその相手は居らず
どうしようも無いその苛立ちは近くの転がった空き缶にぶつければパンプスの先っぽから蹴飛ばされた其れは宙を飛び立って華やかなポルシェにぶつかった
「全くな挨拶じゃないか」
「・・・ごめんなさい」
「いいよ、何か嫌なことがあったんだろう」
そうじゃなきゃ迎えに来てくれなんてきみは言わないしね。と付け足したポルシェの彼は車からロボットの姿に変形して見下ろした、いつの間にか街の人々は見慣れたトランスフォーマーをみてはそれが害のない方だと知れば騒ぎ立てることなく歩いていく
「なんでも出来るなら要らないだろって」
「それが五年付き合った恋人の最後の言葉か・・・きついな」
「別に好きでなんでも出来てるわけじゃないってのにさ」
仕事も生活も負け続けるのが男のプライドを傷付けたのかもしれないと冷静になった彼女は思うのだろうがマイスターは苦笑して彼女の背中を撫でながらほら帰ろうと声をかけてまたポルシェの姿に戻った
慣れた様子で乗り込む彼女の送迎はきっと彼女の元恋人よりも多くなったかもしれないと思いながら走り出す、過ぎ行く街の景色を眺めながら耐えきれなくなった気丈な彼女は耐えきれずに泣き出してしまう
「うぅ・・・悔しい」
そういう彼女は強い女だと思いながらマイスターは彼女を抱きしめるシートベルトを強めて慰めた、何も出来ないのに周りはなんでも出来ると彼女を評価するから傷付けるんだ
「きみは何も出来ないただの普通のヒトだよ」
悲しい時に個人通信で連絡をして「迎えに来て」という彼女はなんでも出来るわけが無い、何かあればいつだって自分を頼って来る彼女はただのか弱い女性だ
「ありがとうマイスター」
何も出来ないけど何でも出来る彼女はそれを知らない存在に恋い焦がれることが悔しくてたまらないよとマイスターは思いながら彼女を離したくない一心で帰り道を今日も遠回りする、せめて自分の前だけはどんな姿でも見せて欲しいと思いながら運転席に座る彼女の熱を感じつつその涙を拭えないむず痒さを感じるのだった。
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