出会ってしまう


※少し本編沿い


兄が失踪した時からジュノは兄を捜し求めていた、まるで初めからいなかったように消えた兄をずっと思い続ける彼は手がかりなく消えた相手にどうすることも出来ずもう数年時を過ごしていたがチャンスが巡った。
信じ難い出来事だが可能性があるならばと危険な道に入り込んだジュノはピンクのつなぎを着てマスクを被ったまま船酔いをしたという嘘から案内された部屋で今はどうすることも出来ないからと判断のもと少しだけ眠りにつくとき、一人の女性を思い浮かべたのだった。


それは半年以上前、人混みで溢れたソウル市内を歩くジュノは大きく肩をぶつけてしまい女性とぶつかってしまう、ちょうどコーヒーを持っていたジュノは相手の衣類にコーヒーをかけてしまい散らばった荷物を拾いながら慌てて謝罪をした。

「すみません、ぼーっとしていました」
「気にしないでください、私こそ注意力が足りてなかったんです」

苦笑いをする女性が顔を上げたとき、彼は「日本人?」と思わず考えた言葉を口にすると照れくさそうに笑った彼女は頷いた、観光客ではなく慣れたような韓国語や私物に渡韓して働いているのだろうとスーツを着た姿を見れば白いシャツは茶色に変色をしておりジュノはやってしまったと後悔しつつ自分の名刺を取りだした。

「これ名刺です、クリーニング代は多分これで足りると思いますけど何かあればご連絡を」
「平気です貰う訳には行きませんから」
「ダメです、僕の責任ですからお願いします」
「でしたら⋯でも気になさらないでくださいね」

長く悶着していても仕方が無いというように彼女は二回目には素直に受け取り申し訳なさそうな顔を浮べるもののジュノは仕事の兼ね合いからゆっくりもしていられないからとその場を離れてしまう。
申し訳ないことをしたと数日間覚えていた彼だったがそれが幸を成したというべきか、彼の休日の際にまた彼女と再会することとなったのだった。
それは丁度市内で、相手は今日もスーツ姿であるが真っ白な新品のようなシャツに彼は顔を合わせて互いに気付くなり「すみませんでした」とまた謝罪の一言から入るものの彼女はそっと小さな封筒⋯というよりも正月のポチ袋を手渡した。

「クリーニング代のお釣りです、流石に受け取れなくて」
「そんなこと気にしなくていいんです、僕がしたことなんですから」
「お気持ちだけで結構です、本当にちょっとだけですけどお気持ちだけでも本当に助かったんです」

中々に彼女は強情でジュノに引くことはせずに反対に押し切って先日のクリーニング代のお釣りを返そうとする為、彼はそれでは詫びの意味が無いと告げるものの今回は互いに引くことが出来ずに次第にヒートアップしていき、ふと気付いた時には周りの視線が刺さっており二人は静まり返ったのだった。

「ジュノさんは警察官だったんですね、だからあんなに体幹がいいんだ」 ぁ⋯なるほど」

向かいの席に座った彼女はニコニコと楽しそうにそういった為ジュノは照れくさそうに笑い返した、あまりにも引かない彼女にジュノはそのお金で何処か喫茶店でお茶をしようと告げて誘ったのだ。
スーツは来ているものの仕事はもう終わったという彼女は二人分のコーヒーくらいならお釣りにあるので丁度いいと彼の提案を飲んではやってきた個人経営の喫茶店でコーヒーを二つとホットケーキを頼んだため見つめれば「お昼を食べ損ねていまして」と苦笑いをしたがジュノは不思議と彼女が嫌ではなく、反対にどこか魅力を感じる女性だと感じていた。

「ナマエさんは営業マンなんですね、貴重な仕事着を汚してしまって本当にすみせん」
「平気ですよ、シャツの方は実はボロボロで捨てる予定でしたし、スーツも毎週末クリーニングに出していたのでそのついでですから」
「そうですか?それならいいんですが、怪我とかもあの後何ともなかったですか?」
「えぇ全然平気です、反対にジュノさんの方こそお怪我とか⋯ってあるわけないか」

やってきたコーヒーとホットケーキを二人は手をつけつつ互いの話をして、彼女は先日の件でジュノのことを案じたものの反対にジュノが彼女を心配したのは人混みの中でぶつかったもののまるでコミックのように大袈裟に転んだのは彼女だけで、傍から見ると彼女はトラックにでも跳ねられたのかと思うほどの尻もちだったのである。
体幹云々以上に体格差やその身長から見て想像しうる身体の軽さ等からだったがそれには彼女も気付いたようで照れくさそうに笑った姿にほんの少しだけ愛らしい人なのだと彼は感じてしまう。
日本人らしく丁寧で物静かで礼儀がちゃんとしている、悪いところは何も無く少しだけ気が弱そうに感じるゆえに営業職が向いているのかは心配になりつつも楽しそうに話をする彼女の愛想の良さをみては人を魅了する力を持つ人なのだと感じられた。

「良ければ一口食べませんか?」
「いいんですか?」
「美味しくて声を掛けるのを忘れていました」

食べかけでごめんなさいといいながらも人畜無害な表情でメープルシロップの染み込んだホットケーキを差し出す彼女にジュノは小さく口を開いてしまう、普段であれば他人の、しかも女性であれば彼は無闇矢鱈と接触はしないものの彼女に対する雰囲気や話し方などは何処か自然と惹かれてしまい、それは恋愛とはまた別のものであった。

「そういえばコレ、あの時落ちていましたから一緒にクリーニングしてもらいました

そういった彼女が思い出したように差し出したのは無地のシンプルなハンカチでジュノが持ち歩いていたものであったが彼自身は落としていたことさえ気付かずに出されたものを見て、自分のものだったかもしれないという程度の認識のものだった。
気付けば彼女に差し出されるがまま二人で小さなホットケーキを食べきってコーヒーを飲み切れば時間が過ぎてしまっており、ジュノは休みの日の中でも久方振りにゆっくり過ごせたと感じつつ店を出た。

「結局ご馳走になってしまいすみません」
「いいんですよ、ホットケーキ頼んだのは私ですし、コーヒー代はジュノさん持ちです」

これで貸し借りはなしだと笑う彼女にそれもそれで少し寂しい気持ちもあると感じつつもそれ以上は申し訳ないと感じるのは、日頃からジュノが女性から執拗に絡まれることがあるからだった。
それじゃあと別れる間際でふと手を取られたジュノは彼女の小さな手と甘いコロンの香りを感じて驚くものの、彼女は楽しそうに笑った。

「また何処かで」


あんな女性はもういないかもしれないとジュノは島に辿り着きピンクガードの一人として潜伏をする中、限られた時間であるために人目を掻い潜ってまるで子供の夢の世界に来たようにだまし絵や迷路のような道を進み、少しでもなにか情報がないのかと探っていた時だった。

「あのぉ⋯」

人気のない廊下で聞こえた声に思わず振り返ればそこには丸マークのピンクガードがいた、四角や三角は上官にあたる為そのマークでなくてよかったと思いつつ小柄なそのピンクガードに「なんだ」と問いかければ相手はキョロキョロと辺りを見渡した。

「この先は食堂しかないですけど、もしかして迷子ですか?」
「え、あっ⋯あぁそうだ」
「それじゃあ案内しますよ、何処の担当ですか?死体処理ですか?それともゲーム会場とか?」

変声機越しの声はどこか明るくその場の雰囲気には似合わないものであり、ジュノが答えを悩む間も相手は慣れないうちは迷子になりやすく、時分もよく怒られたものだと話をしていた。
食堂などがあることから生活をここですごしているのかと思う彼はその小柄さや雰囲気などからピンクガードも少なからず女性がいるのだと察しつつ口数少なく返事をしては案内をされる。

「それじゃあまた道に迷ったら私が案内してあげますね」

それじゃあと案内をしてくれた相手が去る時、ふわりと香った甘い香りに何処かで嗅ぎなれたように感じつつもジュノは自分の使命に全うした。
約四日間の時間の中、その相手はまるでジュノを探るかのように現れた、四角マークのマスクをつけていてもその相手は「道に迷われたんですね」といい案内をするため警戒をしたものの今回のゲームは人も多く運営サイドも新規雇用が増えてしまい四角マークでも迷う人は少なくは無いと告げて道案内をするほどだった。

「長くいるのか」
「数年程ですが、普段はスカウトをしています」
「スカウトって」
「ゲーム参加者の方に声をかける仕事です」

名刺を渡すだけだと告げる相手にジュノはかつて兄が持っていた名刺を思い出し、この相手が兄を誘い込んだ可能性があるのかと思い薄暗い廊下を歩く中で開いたドアの中に押し込んで隠し持っていた銃口を向けた。

「ホン・イノは知ってるか?数年前の参加者だ」
「二年前に来たばかりですから、その名前は知りません」

その言葉に兄が消えたのはそれよりも前である為にジュノは意味が無いかと思いつつ「マスクを外せ」と命令した、それは彼にとってもほんの少し恐ろしく感じられたのはその雰囲気や変声機越しの話声にふわりと香るコロンの香りのせいだった。
相手はフードを外しマスクを取り黒いバラクラバを外してジュノを見つめた、それはあの日であったナマエであり、予想した通りの相手に彼は手のひらで転がされていたのかと感じられては彼女の頭に銃口を向けつつマスクを外せば彼女は演技か本当かは分からぬ驚いた表情を見せたものでジュノは歯を食いしばり彼女をみつめた。

「俺をハメたのか?」
「いえ⋯偶然です本当に⋯」
「どうしてここにいる」
「⋯ゲーム参加者と同じ理由です」

みんなお金に困ってここにいるのだという彼女は両手を上げてジュノから視線を外すのは罪悪感を抱いているからだろう、しかしジュノは彼女をどうするべきかと悩む頃、彼女はもう時期VIPが到着するため情報を探るのならばそこに侵入してみればいいと告げた。
あの時出会った彼女は悪人に感じられなかったものの自分の人を見る目がよくなかったのかと彼が思う頃、彼女は顔を俯かせて「ごめんなさい」と謝罪した、しかしジュノは怒る気はなかった、兄にも彼女にも何かの理由や弱みがありここにきたことはあの日であったソン・ギフンやここのゲーム状況から見て分かることで、誰も彼もが喜んでこの場所に来るわけではないと理解していたからで、この状況下においても彼女は被害者にさえ感じられてしまうほど弱者に感じた。

「兄を探してる、情報が少しでも見つかればここを出ていきますから行きませんか?」
「それは出来ないです、無事にここを出られることを祈ってますし、もし本土で会えたらその時はホットケーキでも食べませんか?」
「⋯ナマエさんは変わってますね、普通こんな場所でそんな風に誘うだなんて」
「そっそうですよね、でもあそこの喫茶店美味しかったから」

数日間の張りつめた空気が思わず抜けてジュノは小さく笑ってしまう、彼女は至って真剣な誘いだと言わんばかりの表情でいうからで、彼女の言葉に思い出したホットケーキの味が確かに恋しく感じるほどで「向こうで会えたら」と返事をしてはマスクを付け直しその場を後にしてしまう。
ほんのりと感じたあまいコロンの香りはやはり彼女のもので少しだけ恋しく思いつつもジュノはいってしまう⋯その姿が最後かもしれないと感じる彼女は静かに隠し持っていた通信機にて「侵入者発見しました」と告げつつも本当の居場所を告げることが出来なかったのは、ジュノに同情したからだろう、どうせこの島からは無事に出ていくことなどできないことを知っていたから。

あれから四年の月日が流れた、兄の正体を知ってもなおジュノは未だ兄への思いを断ち切れないものの、あれ以来交通整備課に移動し日々を過ごしていた。
時折撃たれた肩の痛みが彼にあの日のことを忘れさせないもので、休みになればまた島を探しに行かなくてはならないかと考えていればふとめのまえで車が走り去っていくのを見て慌てて追いかけては止まるように声をかけた。
交通整備課に来てからは以前のようなトラブルとはまた違うトラブルを対処することが増えて気が滅入ることも多いもののやりがいはあると思えた、黒い高級車であることをみてガラの悪い連中かと身構えてはノックするもののスモークフィルムの貼られた状態では中がみえず、もう一度窓をノックすれば窓が開くもののジュノは思わず目を丸くした。

「ナマエ⋯さん?」
「ごめんなさっ⋯あれ?ジュノさん」
「なんでここに、いやあの島からどうやって!」

聞きたいことは山ほどあるのだとジュノが必死の形相で彼女に問い掛ければふと差し出されたのは免許証で、彼は思わず自分の業務を忘れていたものの冷静になっては謝罪し機械に免許証を読み込ませては罰則の案内をした。

「無事に帰れたようでよかったです、お兄さんに会えましたか?」
「会えましたが⋯その」
「黒いコートの人でしょう?イノさん心配してました、あぁでも伝言を頼まれていまして"お前は何も心配しなくていい俺はずっと無事だ"って」
「なんでナマエさんが兄さんと」

免許証を受け取って片付ける彼女はハンドルを握り直してゆっくりと窓を閉めることにジュノはもっと話しをさせてくれと願うものの彼女はそれを許さなかった、しかし一枚の名刺を差し出して微笑んで最後に一言告げた。

「ホットケーキを食べる時は是非誘ってください、それと近いうちに多分またゲームが始まります」

それまでに見つかるといいですね。といって去っていった彼女を止めることは出来ないジュノはその車を見送っては手元に残された名刺を見つめた、見慣れたマークの黒い名刺の裏面には手書きの電話番号が書かれておりすぐ様電話をかけてみるもののそれは長いコール音の末に通じることはなかった、それはジュノがホットケーキを食べるための連絡ではないとわかっていたからだろう。
ほんのりと甘い香りを残して消えてしまった彼女にジュノは兄への思いと彼女への思いを募らせてはスマホを開き時計を見つめた、勤務時間終了まであと僅かでありすぐさま島探しを再開しようと決意した、彼女と食事をするのはきっとまた兄と顔を合わせなければできない事だから。
それがどんな結果であったとしても⋯