面接される
「この仕事をするにあたり、私の上司がいますので一度会ってきてください、多分研修があるでしょうが数日で帰って来れると思いますので」
そうにこやかに告げたセールスマンの言葉を信じたのは馬鹿だったかもしれないと彼女は目隠しに手錠、さらに耳栓をつけられて凡そ船らしきものの上で耐えながら考えていた。
甘い話に乗るのは良くなかったもののそれ以外にもう道は無いのだと自分に言い聞かせていくら経ったのかと思う頃、何者かに引き連れられて船を下ろされ足場の不安定な場所を歩き、ようやく視界が明るくなったかと思えばそこは初めにいた場所とは全く異なるクラシカルな部屋だった。
目の前には黒い仮面とコートを着た不思議な存在がおり、先程まで付けていたらしい目隠しや耳栓や手錠は全てテーブルの上に並べられており、まるで犯人の所持品一覧のようだ。
「なにか飲むか」
「⋯水で」
変声機のようなものを使った特殊な声で問われた言葉に部屋に並んだウィスキーのボトルを見て、船から降りて早々酒を飲むことはと遠慮して気持ち悪さを誤魔化すためにも水を求めれば目の前の相手は備え付けの部屋の中の小さな冷蔵庫から青いボトルの水を取りだして差し出したため受け取ってはすぐに喉奥に流し込んだ。
「ありがとうございます、ところでここは?」
「本部だと思えばいい、お前が出会ったあの男が声を掛けた参加者達がここにきて"ゲーム"をする、そしてそのゲームを円滑に進めるのが私たちだ」
「なにをするんですか?」
「明日になればわかる、マニュアルを渡すから読むこととゆっくり休むことだ」
そういって差し出されたプレゼントボックス、その中身は彼女の今後一生を決めることとなるもので、恐る恐る開ければ中には激しいピンク色のつなぎに丸のマークがついた黒いマスクであり、それが彼女の一生を決めるものだろう。
中に入ったそこまで厚さのないマニュアルを軽く開いては通常の仕事では見覚えのない図や字が記載されており、その中には"適切な殺害方法"や"死体の片付け方"と記載されて、思わず顔を上げて目の前の存在を見れば何も疑問ではないのだといいたげに見つめ返される、どんな表情をしているのかも分からないそのマスクに彼女は問いかける。
「人を⋯殺すんですか?」
「どうだろうな」
ゲーム次第だという言葉を頭の中で反復させて与えられた狭い部屋の中で彼女は寝転がっていた、ろくな仕事でないことは予想していたものの直接殺すのかと考えると不安でたまらない、人を殺すことなど普通はありえないことであるが、彼女の前に現れたセールスマンは人を殺したことがあると言われてもなんら違和感や疑問を抱くことはないだろう。
今更逃げることも出来ない彼女はマニュアルを一読したもののどうなるのかと不安な日々を過ごすこととなったが、初めの数日は何も問題はなく場所を覚えることや雑務に食事の用意といったものでこれならばと安心した。
状況が変わったのは四日目のことで、朝決まった時間に鳴り響く奇妙な音楽に起こされて身支度をした時、彼女たちのまとめ役となる四角いマスクを着けた者が「今日からゲームが始まる、気を引き締めていくように」といった、与えられた今日の仕事をみては"掃除係"と書いてありいつもの雑用だとばかりに思っていた。
「うっ·····」
マスクの下で彼女は今にも嘔吐しそうになった、突如集められた緑色のジャージを着た500人弱の人々は突如始まった"だるまさんがころんだ"に翻弄され、その場で射殺されていた。
掃除係となるピンクガードは二人一組であり、その掃除とはつまり死体処理のことだった、人が簡単に撃ち殺されてその死体をまるでプレゼントボックスのような棺の中に入れて積み上げてはフォークリフトが運んでいく、その姿はまるで工場の作業のように異質だ。
「おい、いい加減に持てよ」
「はっ、はい·····」
死んだ人はこんなにも重たいのかと驚いた、男性だからではなくずっしりとしていてそれはその人が死んだ証拠のような重さだった。
まるで機械のようにいわれるがまま穴の空いた死体を棺に入れて次の死体へと入口で束になった死体を運んでいく、相方となった相手は慣れているのか「初日だから多いんだ、トロトロしてたら怒られるぞ」とまるで普通の仕事をするように告げるものだから、彼女は自分の足元が分からなくなってしまう。
次に、次に、次に、と運んでいく中で、ふと持ち上げた次の死体はピクリと動き目を開いては彼女に助けてと強請った、人間ドミノのように重なった故に生きてしまったその人に彼女はようやく感じた血の感触や香りに思わず手に持っていたその人間を落としてはその場でマスクを外して嘔吐した。
朝食に食べた粥が全て出ていき、混じったキムチがまるで血のように感じては立ち上がれなくなる頃、背後で銃声が聞こえて生きていたはずの人間が殺された、まるでここは家畜場だ。
「マスクを外したな」
「·····はい」
一日の業務を終えた彼女はフロントマンに呼び出されては、あの日以来初めて来た部屋のソファに座らされてはマスクをつけて暗い表情を浮かべた。
当の相手は自身のデスクの後ろにある棚の中のウィスキーを選んではロックグラスに大きな専用の氷を入れてウィスキーを注ぐ、透明なガラスの中で泳ぐ琥珀色の液体がどこか非現実的で眺めていたもののそれは視界から去って彼女の後ろに立った彼にあの死体たちのように処分されるのかと考える。
「ここでのルールは絶対だ」
マニュアル嫌という程に書かれたルールという三文字を彼女も理解していた為何も言い返すことは無い、ふと部屋の中のモニターの映像が流れそこには就寝時間となりそれぞれのベッドに待機する参加者たちが見えており、初めの参加者からは凡そ150名も消えてしまったために随分と寂れて見えたがそれと同時に彼女は数時間前の死体を思い出しては気分が悪くなってしまうが、そんな彼女を他所に背後から伸びた手は彼女のフードを外し、マスクを取り、その下のバラクラバを脱がして素顔をさらけ出した。
「お前も本来はあちら側だった」
その言葉を聞いては確かにあの地下鉄で誘いを受けた側である彼女は参加者側だったと考えて、そうすると直ぐにあの死体が自分であったかもしれないと恐怖にその身を震え上がらせて身体は素直に反応した。
「だがこちら側になった、お前はあのゲームに参加出来ない代わりに平等に奴らを裁くことができる」
「裁きなんて·····罪人じゃ、ないでしょう」
「だがルール違反者は裁きを受ける、お前もだ」
ふと触れられた耳たぶに彼女は何をされるのか恐ろしくて堪らなかったもののフロントマンは彼女に「このゲームが終わるまでお前はこの島で働いてもらう、それが終われば奴の下でスカウトの仕事だ」と告げるもので、意味がわからないといいたげに思うものの、彼女はマスクを外したものの誰の視界にも入らないように考慮していたと流した映像を眺める彼は告げた。
少しだけ言い訳じみていると感じるものだが生かされることに喜ばない訳もなく彼女は二つ返事の了承をした、それしかないのだ。
「それに私達も参加者も対して立場は変わらない、ただ公平にゲームを進める駒にしか過ぎない」
だが使える駒と使えない駒がある以上は判断をするのが彼の勤め、この女は運営者としては向かないといわれ仲間内からは面倒な存在に思われる可能性があるだろうが、ここにいる連中には持ち得ない心の穏やかさと正常な判断をする知能を持っている、それを見抜いたのはスカウトを担当するあの男であり、彼が気に入ったとなれば何かしらは使えるのだと判断をしたのが答えだが彼女は知る由もない。
「駒だとしても人です、私も彼らも貴方も」
希望に満ちた人を信じた瞳、それはきっとゲーム参加者であったならばずっと愚かで場を掻き回す存在になっただろう、人を乱す天賦の才がこの女にはあるが理解していない、あの場に放てばファム・ファタールの魔女となり狩られるかはたまた人々はその魅力を手にしようと殺し合うことになるかもしれないと感じるフロントマンは背後から彼女の首筋を撫で唇に触れた。
「断崖絶壁の壁で落ちかけているだけだがな」
「でも⋯拾ってくれたじゃありませんか、役にも立たない駒を」
「スカウトの目を信じるだけだ」
「そうですか、あの人の目に狂いはないと証明するように精進します」
彼女は背後の男が危険な存在ではないと理解した、理知的で酷く冷静で話しやすく情のある存在だと感じられたからだ。
話は以上だといわれた彼女は立ち上がり、静かにエレベーターに向かおうとした時、ふと彼に向かって生意気にも口にした。
「お酒の相手が欲しい時はお声掛けを、私でよければいつでもお相手いたします」
きっと彼が悪くない人だと判断して、冷たい言葉をいいながらもどこか寂しい人だと感じられたからだった、開いたドアに足を進めてエレベーターに乗り込んだ彼女は閉まった後に明日には処分を受けるかもしれないと少しだけ顔色を青くさせて持ち帰ったマスクをつけ直した、全くこの職場は理解し難い相手ばかりで困るというのにどことなく悪い雰囲気だけではないのだと感じられるのだ。
翌日の業務終わり、その日もまた一日相方にいびられた彼女はフロントマンからの呼び出しを受けてしまい向かえば部屋の中には二人分のグラスが並んだ状態でマスクを外した男がいた。
年は彼女よりもふたまわりは上に感じる中年だが何処か憂いを帯びて哀愁を感じる雰囲気だった、彼は何を言う訳でもなくウィスキーを注いで彼女に差し出すため、マスクを外した彼女は静かに受け取り彼とグラスを重ねた⋯そうしてフロントマンは彼女を認め、よき部下であり話し相手となったのだった。
「明日船が来る、それに乗って本土に帰り明日からあの男の直属だ」
「もう少しここにいてもいいと思えていたんですけどね」
「今回のゲームでわかったがお前は"こちら側"に向いていない」
力仕事も多く小柄で女性となればますます仕事では足を引っ張るばかりだというフロントマンの言葉に雇ったのはそちら側ではないかと思いつつ正論には言い返せずに気付けば二週間の仕事も終わったのだと感じた。
ゲーム開始から終了後の片付けまでと一連の流れを理解した彼女はやはり死体に慣れずに気分を悪くしつつも職務をこなした、唯一の心残りは目の前の彼と良き友人になれたというのに離れてしまうことだった。
「だが会えてよかった」
寡黙な彼が心地良さそうにそういったことに彼女は顔を上げれば、素顔を晒した彼は小さく微笑んでおり、悪人と罵られようとも彼は本来その気質の人間では無いのだろうと察してしまう。
「またお呼びください、仕事ですからいつでも来ますよ」
「ファン・イノだ」
彼女の決まった挨拶に対して彼はふと聞きなれない名前を告げた、その名前は目の前の男の名前であるとわかった彼女は「ファン・イノさん」と恐る恐ると問いかけるが彼は「イノでいい」といった。
冷血漢のようなはずの彼が最後の夜にみせた情のある姿に彼女はこのまま帰っていいのか不安にさえ感じた、フロントマンとして立つ彼の責任や苦しみをほんの少し感じてしまったからであるが彼女のグラスが空になる頃、イノは彼女の後頭部に手を回して唇を重ねてはすぐに離れた。
「本当にこちら側に向いてない」
最後に言われた言葉に彼女は何も言い返せずに研修の最後の夜を終えて、翌日パク船長と呼ばれる男性が運転する船に乗って本土に戻った。
船付き場には一台の黒い高級車が止まっており、ピンクのつなぎを着た運転手が小さく頭を下げたことに彼女は自分が犯罪者だったのだろうかと感じつつ後部座席を乗ると見覚えのある黒いスーツの男がにこやかに大きな箱を抱えて座っていた。
「それ⋯豆腐じゃないですよね?」
「そんなわけないでしょう、研修終了祝いです開けてみてください」
セールスマンから渡された箱を開けては上質なスーツ一式とトランクケースが入っていることに彼女は自分が公式的にスカウトをするのだと認識しては緊張してしまうものの、ふと箱の底にある小さな見覚えのあるメッセージカードを裏返せば律儀にも手書きで『スカウトにイヤになれば連絡を』と書かれており思わず笑ってしまいそうになりながらも箱を閉じる。
「それじゃあ、よろしくお願いします先輩」
「全く上司なんですがね」
彼女が機嫌よく手を差し伸べて挨拶をしたことに、彼もにこやかに手を取り返事をした、そうして二人は仕事を始めるのだった。
―おまけ―
騒がしく鳴り響く電話の音に受話器を取れば聞き覚えのある相手からの珍しい声が聞こえた。
苛立ったような相手は「どういうつもりですかね?」というものだが、元三角のマスクをつけており、成績優秀者でもあった彼は他人や物に無関心だが一度狙うと執着が激しいタイプだったと思い出しては「なんのことだ?」とシラを切った。
「ナマエさんですよ、唾を付けるのはやめてください」
「お前からの直々の採用だ、ほかより丁寧に接しただけのこと」
「ほぉ?随分入れ込んだようですがね、手書きのメッセージだなんて」
「こっちはいつでも人不足だからな、人員を増やす為にアプローチしただけだ」
当たり障りなくのらりくらりと交わして返事をするものの電話越しの相手の苛立ちを感じられたものの、フロントマン自身はあの女がスカウトをやめてこちらに来れば自身の秘書として傍に置くのも悪くはないと判断していた為、相手にはその思考も筒抜けなのだろうと察した。
「それに唾を付けてるのは互いだ、分かりやすい所有権の主張はやめておけ」
それは彼女の首筋についていた薄い赤い跡であり、一週間は経過しようとしていた時でさえ残っていたのだから相当なものだろうと感じたものであるが電話越しの男は「飼い犬が粗相をしたら困りますから」とだけ言い残して通話を終えてしまう。
連絡を終えた彼はグラスの中に今日も琥珀色の液を注いではモニターを眺めた、そこにはスーツ姿で与えられた部屋に戻ってきた彼女が映っており項垂れている様子でる。
これは密かな彼の楽しみ、ペットカメラを見ているようなそんな気分なのだった。