朝を過ごした
拝啓お母さんへ
娘はついに朝を知らない人と共にして前日の記憶が無いということになってしまいました。
そう頭の中で呟いては隣で眠る男性をみたあと布団の中の自分の姿を確認すれば昨晩あんなにもしっかりと着ていたはずの服は脱いでしまってインナーと下着姿だけとなってきたことに彼女は完全にやらかした。と猛烈な後悔を抱くもののやはり隣の男性が誰かも分からずにどうしたらいいのかと頭を抱える頃、ふと何かが動きだし視線を向ければその男性は薄く目を開いては寝ぼけまなこで起き上がり彼女を見た。
「おはよう」
「お、おはようございまぁす」
低血圧なのだろうか?眉間のシワが酷いその男性は三十代後半の中年ともいえる男性であり、彼女は失礼ながらタイプでもないのになぜこんな相手とここでベッドを共有したのかとますます悩んでいれば相手はあくびをしながら起き上がる。
薄いグレーのインナーシャツに少しおじさん臭いシンプルなトランクス、一晩たったせいか無精髭が若干残る彼は顎を撫でながら部屋に備え付けられてあるポットに小さいドリンク用の冷蔵庫から取り出した水を入れてまた備え付けのインスタントコーヒーを準備していた。
「飲むか?」
「はい、お願いします」
相手は全てを知っているのか知らないのか分かりもしないが冷静な態度でコーヒーを二人分用意しては砂糖とミルクもセットで差し出してくれる、布団から出られずにできる限り見られないように腕を伸ばして貰っては砂糖とミルクを一気に入れて混ぜてはほっと一息。
ここで今「ところで私昨日何してました?」なんて聞けるほど彼女は図太くも無神経でもなく、反対に気を遣いすぎて胃を痛めるタイプであるために黙り込んでは一人百面相をするのを眼鏡をかけた男性は見つめた。
「何も覚えてないのか」
びくぅっ!と肩を大袈裟に震わせた彼女はその言葉に対して否定も肯定もできずに笑った、それは酷く不格好な笑顔であり、最悪だと彼女は自分に告げた、普通に考えれば一晩過ごした相手が記憶が無いとなればなんてはしたない遊び人の女だと相手は思うだろう、反対に彼女も見知らぬ男に同じことを言われてしまえば信じられないと感じてしまうのだから当然のことである。
「二日酔いは?一応昨日買った薬があるが飲むか?」
そういわれるとふと胃の中が気持ち悪く頭もとても痛いと感じた、二日酔いという単語とこの体調不良から見て確実に酒を飲みまくったのだと思う彼女はゆっくりと昨日のことを思い出そうとしていた。
◇◆◇
散々な一日だった、いつものことだがそれを三倍酷くした状態で、つまりは最悪な一日だった。
朝からゴミ出しを忘れるし仕事には遅れてしまい名刺を渡す予定の参加者に一手目からメンコを裏返される、自分の機嫌くらい自分で取ってやると入った店は結婚式の三次会らしく騒がしい上にぶつかられてシャツを汚されて、これはもう飲まなきゃやってられないと気付けば結婚式の三次会のメンバーにさせられて軽く席を共にして騒ぎ散らした。
時刻もそこそこだと思い帰ろうと店を出たものの、飲み足りないと思う頃コンビニの前に一人の男性がタバコを吸っていた、それはもうとても美味しそうに吸っていて思わず彼女は興味本位でそれを眺めていると眼鏡の男性は彼女を見つめた。
「⋯一本どうぞ」
「いいんですか?」
「そんなに見られたら」
なんともいえぬ表情のその相手は少しだけ苛立ったような姿にもみえたものの普段であれば他人の負の感情に敏感な彼女も酒を飲んで鈍くなっており、誘われるがままにタバコを貰い火をつけてもらい大きく肺に吸い込めば派手に咳き込む彼女に男性は背中を摩ってやり呆れたようにタバコを吸わないのかと問うもので、彼女は涙目になりつつあまりにも美味しそうに吸うから美味しいのかと思ったのだと素直に白状すればその相手⋯
「サンウさん!」
「正解、思い出してくれてよかった」
大きな声で相手の名前を呼んだ彼女にサンウは正解だと告げてその後は覚えているのか?と水と薬を差し出して問いかけては彼女はうーんうーんと唸りつつも頭を抱えて再度思い出した、今度はちゃんと正確で鮮明なものだった。
夜更けのコンビニの前でタバコを吸い終えたサンウはボロボロのスーツ姿の彼女に対して、何か嫌なことでも?と問いかければ彼女は戸惑ったもののまぁ⋯と言葉を濁した、他人に興味を抱かないように情を抱かないようにと密かに冷徹に生きようとするサンウだったが彼女の無邪気な姿やその弱々しい姿に堪らずに許すのならもう少し酒を飲まないか?と誘い二人は近場の居酒屋に入ると、焼酎を一本頼んではその前から飲んでいた彼女は騒がしい店内の雰囲気も相まってすぐに酔いが回っては声を荒らげてテーブルを叩いた。
「本当に私の上司はパワハラ過ぎます、ちょーっと顔がいいからって」
「顔がいいのか、好みの顔か?」
「好みって程じゃないけど〇ン・ユに似てます」
「コンっ⋯?すまないあまり詳しくなくて」
あの新幹線のゾンビ映画に出てた人ですよと彼女が伝えるとサンウはあのデカイおっさんかというため、それは違う人ですと返事をした。
意外とテレビをみないのかといえばニュースしか見ないと答えたサンウをそれっぽいと笑う彼女に一回りは下であろう女性らしい意見だと苦笑いをしつつも、会社の女性社員に同じ絡まれ方をすれば面倒だと思いつつも彼女のことは悪くはないと感じられた。
「サンウさんお仕事は?」
「普通にサラリーマンだよ」
「なるほど、いいですよね私も営業マンです」
その言葉にサンウは愛想はいいがちゃんと上手くやれているのかと不安を感じつつも彼女は今の仕事は難しいが上司はなんだかんだと手とり足とり教えてくれて、不慣れながらもゆっくりと頑張っていけていると嬉しそうに答えるためその姿は眩しいと感じるほどだった。
「だけど仕事って上手くいかないことばっかりで⋯」
喜怒哀楽の激しい彼女はやってきた串焼きを箸で外しながらチマチマと食べる事に、サンウは自分が慕っている相手が見たらなんだその食べ方は!と声を荒らげただろうなと感じつつ話に耳を傾けた、転職をしてみたものの本当にこの仕事が正解なのかという不満や以前の職場は今よりもハラスメントが多く日本から来たという彼女にとってはやはり生活をするのは難しいのかと呟くものの、サンウは彼女が日本語英語韓国語と話せるとなればどれもが世界的に大きな都市を持った国であるのだから生きていくことには困らない、反対にそれだけ学歴や多くの資格に経歴がその若さであるのならば普通はどこの企業も引く手数多だろうと慰めではなく本心から告げた。
「この国は学歴社会だが、学歴と能力はまた別だ、君は両方持ってるからそんなに不安がらなくてもいいと思う」
「サンウさん⋯やっぱり優しい人なんですね」
「そんなことない、普通だろ」
「ううん、すごく優しいです」
初対面の女と飲みに来てくれる時点でという彼女にそれは確かに否定はできなかった。
酒が好きでも彼女に惹かれたというわけでもない、反対に今のサンウは本来は余裕がなかった、いっその首でもくくるか強盗に入るかと思うほどに追い詰められており、こんなことをする暇はなかったが目の前の彼女の柔らかく暖かな笑顔を眺めていればほんの少しだけ休みたくもなり、気付けば焼酎を飲みきったサンウは「俺も人生が上手くいってない」と呟いた。
誰にも話せなかったことではあるが、どうせこの場だけの相手なら少しだけ話してもいいと彼は感じて、テーブルの上に手を置いたサンウの手を包み込んだ彼女がまるで恩義を返すような瞳で話を聞く気でいたため「株で大損したんだ」と呟いた。
彼女は株の大損と聞いては目を丸くしたものの少しだけ納得したような態度をとるため、驚かないのかと思うものの彼女の周りにもそうした人間が何人かいた為、珍しくはないように感じられた。
「きっとまたチャンスは巡ってきます」
「俺には無理だな」
「でもサンウさんはいい人だから、いい人には必ずその行いが帰ってきます」
おばあちゃんがそういっていたんですけどと照れ笑いをする彼女に、サンウはやはり彼女は営業職をするには社会に生きるにはあまりにも無防備で人の善性を信じすぎるタイプなのだろうと思いつつも、それが自分に持ち得ないものであるが故に眩く羨ましくもあれた。
焼酎を飲む彼女の顔が赤く染まってぽやぽやとしている姿にもう今日はこのままお開きにしようと告げると名残惜しくも同意した彼女とサンウは折半で会計をしては店を出て彼女を適当なタクシーに乗せて帰るかと考えて止めたものの、彼女はタクシーの中に入るかと思えばサンウの手を掴んだ。
柔らかく目尻を下げて微笑む彼女が「よかったら送りますよ」というため断るはずの予定だったサンウはその言葉に「それなら」と告げてしまった、適当な駅の近くにとタクシー運転手に声をかけて進み始めて五分ほどでふとサンウの肩に彼女がもたれ掛かり小さな寝息を立てて寝てしまった⋯
◇◆◇
「本当に申し訳ございません」
「そこまでしなくても」
土下座せんと言わんばかりに立ち上がった彼女は100°近く腰を曲げて謝罪をすることにサンウはコーヒーを飲みながら苦笑した、しかしながら彼女は昨晩の記憶を薄らとしか覚えていない上に迷惑をかけたことに非常に申し訳なさを感じその他粗相はしていないかと不安を感じていれば何も問題は無いからと優しく伝えられ椅子に腰掛ける。
すっかりぬるくなったコーヒーを飲みつつ部屋を見渡しては確かに部屋は何処にでもよくあるビジネスホテルと全くおなじで見える外の景色もモーテルなどではありえない絶景であり、凡そソウルのビジネスホテルかと察しつつではこの服装は?と恐る恐る目の前のサンウをみつめた。
「それは自分で部屋に着くなり脱いでたし、皺がつくから一応そこに掛けてある」
「⋯⋯」
「切腹しそうな顔だ、気にしなくていいって」
昨晩は色々話せて胸の内が軽くなったのはこちらもだと慰めてくれるサンウに深い感謝をしつつ、スマホを開けば時刻は気付けば昼過ぎで通知欄には上司からの打ち合わせについての問い合わせが来ており彼女は冷や汗がどっと溢れてしまい慌てて起き上がってはサンウの前でインナー姿を晒すものの気にせずに掛けてあるスーツを慌てて着直しては軽く身嗜みをチェックしては出ていこうとするものの、ふと足を止めた。
「⋯サンウさんはもしその借金がゲームをしたら返せる状態なら、参加しますか?」
「ゲーム?ギャンブルか?」
「いいえ、もっと簡単ですよ」
彼女はそういって突然じゃんけんぽいと言ってちょきを出すとサンウは突然のことにぐーを出したことに彼女は目を丸くして「負けちゃった」と呟いたものの、サンウからしてみれば当然だろうと感じた、大抵人は一番出しやすい形を出すのだから形の変わるパーやちょきは出しにくいはずだと思ったものの彼女はふと手に持っていたトランクケースから10万ウォンの束を取り出してサンウに手渡した。
「これはホテル代とじゃんけんの勝利代です、もしお金に困ってるなら是非ご検討ください」
そう慣れたように告げた彼女だがもう時間が無いかと慌ててサンウにポケットから取り出した名刺を手渡した、そこには奇妙な三つのマークが描かれており裏面には電話番号で彼女の名前も社名も何も記載はされていなかった、それじゃあ本当にとドアを開けて出ていく直後サンウは彼女に面食らったことから真実を一つ告げた。
「本当は昨日の夜、普通にシた」
「は?」
ドアが完全に閉まる直後そう告げたサンウの言葉に彼女は目を丸くした、それはどこまでいやなにをどんな風にと聞きたいと思っている頃スマホが震えて画面を見れば上司からの着信音であり、勢い余って予定にない相手に招待券を渡したことも踏まえて今日は始末書案件だと嘆いたものの彼女は彼との出会いと記憶にある共に過ごした時間は確かにいい人だったと思いながらホテルを抜け出した。
彼がゲームに参加するかはどうかさておき、またどこかで会えればいいと思いながら。