嫌われる



セールスマンことゲーム参加者のスカウトを担当するあの男は仲間内でも不気味で何を考えてるのかよく分からないタイプであるというのは共通の認識だ。
しかしそんな男が一等気に入っているのがどうしようも無く"こちら"には向かない女だった、しかしながら歴が長いこともありそれなりに組織の流れも知る彼女が重宝されていることも周りは理解していた。
金に困った様子も見受けられず、かといって運営サイドを楽しんでいる訳でもない女を毎度からかっては過ごすセールスマンの姿をミラー越しにみていたマスクをした運転手は今日もか⋯と呆れていたもののその日は違った。

「それにしても昨日は散々でしたよ、一体いつになったらあなたは学ぶんですかね」
「すみません⋯自分でも努力はしてます」
「先日休みを与えたのがやはりよくなかったんですかね?来週も休み申請されてましたけどやっぱりキャンセルに」
「え!それはやめてくださいお願いします」
「どうしましょうかね」

彼女にとってセールスマンは直属の上司ということもあり、度々仕事の休みや予定を相談しておりそれを聞く度にスカウトは柔軟に対応してもらえるため羨ましいと運転手であり下っ端となるピンクガードたちはいつも思っていた。
後部座席でじゃれつく二人を眺めつつテレビのひとつもなかなか見せて貰えない身であるというのにスカウトという役職はなんと羨ましいことやらと思いつつハンドルを握り直す。

「まぁでも実はその日私の休みをいれたのでナマエさんの休みは取れなくなったんですけどね」
「へ」
「すみません、その代わり別日でしたら構いませんよ」
「わっ私先月から来週はダメってお願いしましたよね」
「えぇそりゃあもう沢山聞きました」

でも忙しいので。と一蹴したセールスマンの言葉に彼女が深い絶望の淵に叩き落とされたといってもいいような表情を浮かべたのは運転席越しでもわかってしまうほどだ、しかし彼らの仕事の運転者を務めるようになったこのピンクガードからしてみれば彼女の絶望も理解はできた、なんといっても彼女は大のKーPOPアイドルファンであり、先月大ファンであるアイドルのコンサートのアリーナ席のチケットを入手できたのだと喜んでいたのである。
彼女自身の上司に相談すればそのチケットは安易に入手できるだろうが彼女はそのことは頭にはなく自分で手にすることこそ最上の喜びであるのだとファンクラブ抽選の際からドギマギと胸を高鳴らせていたのである。
この仕事はストレスが溜まりやすい、特に彼女は顧客にいびられ上司にいびられ同僚にネチネチといわれ参加者には時に反抗され、と如何せん悪いこと尽くしでありそのストレスの発散や心の癒しを求めるのは必然的だ。
そんな彼女のオアシスを奪った男はそれはさぞ愉悦といいたげた表情であり、ピンクガードはこの男の性格の悪さに震えた。

「⋯てください」

小さく聞こえた彼女の言葉にピンクガードの運転手は「はい?」と声を出した、しかしながら彼女は車内のミラー越しに睨むように見つめては声を張上げた。

「今すぐここで停めてください!」
「へ、はっはい!」

その言葉に直ぐに路肩に停めれば彼女はドアを開いては「もうあなたの下で働きませんからね!」と一言残してその場を後にしてしまう、去りゆく背中に追いかけるべきではとチラリとみたが当の後部座席の男は気にした様子もなく自分の髪型を整え直しながらなにか?と言いたげに見つめるものだから、再度動き出そうとするがやはりこの二人をみてきたこともあり心配になり「宜しいのですか?」と問いかけた。

「ええどうせいつもの事でしょう、数日すれば泣きながら帰ってきますよ」

そういったセールスマンは本気でそう考えていたものの数日経っても彼女は戻ってこず、彼の笑顔がさらに張り付いて、日に日に投げるメンコへの力や相手の頬を張る力が強まった。

「今の拳だったよな?」
「いえ平手です、ビンタですから」
「いやでも拳握って」
「金が欲しいんでしょ?とっとと立ってください」

まさにセールスマンのストレスはマッハだった。
分かりきっていたことであり、彼は冷静を装っているが熱が入りやすく反抗的な対戦者に対してはその心を折るまで遊ぶ時があった、それでも仕事だからとセーブをかけていたものがここ数日は完全にタガが外れているしまつで本部からも指摘されるほどであり、当然そんな彼はフロントマンから直接指導されてしまいますます苛立ちが加速した。

「たかだか休みを変えただけであんなに怒りますかね」

車内でブツブツと文句をいうセールスマンにやはり彼は分かっていないのだとピンクガードの運転手は苦笑いをマスクの下で浮かべたものの彼らにこちらから話しかける権利は無いため黙り込んで運転をするが、相当苛立ちが溜まっているらしく彼はぶつくさと文句を垂れていた。

「そもそもあんな年になってアイドルなんて追いかけますかね、別にライブなんて高いお金を払わずとも今どきネットでMVや音楽自体の配信はあるんですから行く意味なんてないでしょう、時間も金も無意味でしかない⋯うんぬんかんぬん」

呪詛か⋯とハンドルを握るピンクガードは感じた、自分から仕掛けたのに嫌がらせだったものの強情な彼女の態度が相当キているらしい彼は後部座席で仕事をしつつも絶え間ない苛立ちを感じているらしく、実際問題の彼女は連絡をしても顔を合わせずとも問題ないことを知っているため全て業務連絡のみで終わらせている様子で、それもまた彼の苛立ちを刺激していたがまたスマホの通知音が鳴り響く頃、慌てて画面を眺めた彼は少ししてから「あの女!」と叫んでは運転席を蹴るものだから運転手のピンクガードは頼むから助手席を蹴ってくれと願った。

『みてください、ブラックホワイトのアリーナ席ですよ!?』

いつも彼よりも先に車にやってくる彼女がコーヒーを片手に上機嫌でスマホの画面をみせてきては、世界的にも人気なKーPOPアイドルのアリーナ席に当選したと記載されており、そうした知識のあるピンクガードは心の底から羨ましいと呟けば彼女はアイドルを知っていた相手に驚いては二人は話に花を咲かせた。

『こういう話が出来る方って少ないから凄く嬉しいです、あなたがいてくれてよかったです』

そういって花のように笑う彼女に危険だと感じた、この女は天性のお人好しでタラシであるとはよくいわれていたものの実際にそれに似たものを瞬時に感じてしまったからだ。
そんな記憶を思い出すピンクガードは後部座席に座るセールスマンに「恐れながら発言を?」といえば、まるで獣のように鋭い瞳がルームミラー越しに睨みつけてくるものだから背筋がゾクリとしてしまうが冷静に許可をしてくれた。
彼女はそのライブのために随分と仕事を頑張っており心から楽しみにしていたことや休み自体はよくないかもしれないがそれで結果が出るのならば悪くないのでは⋯ということ、また彼女はセールスマン自体を心から尊敬しているため今回ばかりはどうしても許せなかっただけだろうということ、そして恐れながらも彼女がそばにいないことに苛立ちを感じるのならば素直に謝るのはどうかということ。

「下ろしてください」

ピンクガードは淡々と話をしたもののその静かな声に上官に逆らうようなことを言ったのだから当然だろうと思いつつ適当な道に車を停めれば彼はすぐさま降りてしまい、強くピンクガードを睨みつけては去ってしまう、明日からクビ(物理)だと確信したピンクガードは最後の晩餐くらいは何かいいものを食べたいと思いつつも考えることをやめて車を走らせるのだった。

ピコンと音が鳴るもののスマホの通知画面に表記された"セールスマンさん"という単語を見た彼女は横にスワイプしては通知を切って部屋の中で深いため息をついた。
心から楽しみにしていたライブであり、その為に先月から仕事は危険を伴う仕事もできうる限り巻き取り頑張ってきたはずだがそれが全て無に返されてしまえばやる気も削がれるということ。
日頃より意地悪をしてくる彼のことは理解していたものの今回ばかりは許せなかったのは、人生で初めてそのアイドルのライブチケットを入手できたからであり、それは彼女にとって宝くじを入手するよりも遥かに難易度が高く感じるものだった。
使い道がなくタンスの中で眠っているオンラインで買ったライブTシャツやペンライトがようやく輝く時が来る、大好きなキラキラとしたアイドルをその目に焼き付けて腹の底から声を上げて大好きなメンバーに直接手を振れる、そんなことが現実に起こるのかと考えるときっと彼女はなんだって卒なくこなす事ができただろう。
彼が休みはなしといえば本当に無くなってしまうことは理解しており、無理やりに休もうものならどんな罰則が与えられるのか分かりもしない彼女はスマホの画面を睨みつけた、もう明日に迫ったライブのチケットの"リセールに出す"というボタンを未だに押せずにいたもののもうダメだと言い聞かせて押してしまうと同時に部屋のチャイムが鳴った。

「一体誰?こんな傷心中に相手なんかしないもんね」

明日は体調不良を言い訳に家から出ずに今からライブコンサートのDVDを流して朝まで酒を片手に見てやると彼女は冷蔵庫からチューハイを取り出しながらテレビを流したものの、チャイムはそれでも騒がしく鳴り響き苛立ちが加速した。
普段は温厚で怒ることの少ないが今日はもう知らないぞと酒を一口飲んだが故に強気になった彼女が薄い部屋着姿のまま「なんなんですか!」と叫びながらドアを開ければそこには見覚えのある男性が立っていた、セールスマンである。

「人の連絡も無視しておきながらその態度ですか」
「あっえっと⋯すみませっ⋯⋯なんですか」

思わず反射的に謝ってしまったものの目の前の彼に今だけはその態度はやめだと態とらしく睨みつけると、彼はそんな彼女のことを意に返さずに勝手に部屋をはいっていってしまうものの、それは今週とことん荒れた彼女にとっては見られたくない部屋であり、狭いワンルームの部屋を覗かれた彼女は顔を手で覆った。

「綺麗な部屋ですね」
「ひっ、人が来ないんで」
「ラーメンばかり食べすぎでは?服もちょっと匂いますよ、洗濯してください」
「自炊面倒で⋯洗濯物は週末にまとめてやります⋯っていうかなんですかいきなりきて」

まるで親や小姑のごとく文句をつける彼に対してペースを崩される彼女は言い返しつつ結局なんなんだと彼に問いかければ物で溢れた小さなソファに座り込んで「コーヒー」といった、インスタントコーヒーしかないがこの際文句を言われようと知るものかと彼女は顰め面を浮かべつつ適当なマグカップに注いでやり、普段彼が何も入れないことを知っているためブラックのまま出してやればテーブルの上に置かれたマグカップを眺めたまま微妙だにせず、何も言わないのならば仕方が無いと机とソファの周りを片していこうとすれば小さな彼の声が漏れるが聞こえなかった彼女は「なんですか」と素っ気なく返事をした。

「明日の休み、取ってもらって構いません」
「どうしてですか」
「特に問題がないからです、予定があるんでしょう?」
「無くなりました、通常通り業務しますのでお気遣いなく」
「だとしても休みの申請は先月から伺ってますので是非休んでください」
「大丈夫です、反対にお休み下さい、休み希望だなんて珍しいんですから」

どうして彼はこんなにも素直ではないのかと呆れてしまう。
本来彼自身なにか思う面があるからこそ、態々彼女の自宅に赴き提案してくれているのだろうが望むことはそれではなかった、その上彼女は目の前の彼の拗ねた子供のような態度を眺めるうちに次第にその怒りが冷めていき本当にこの人は不器用なのだと呆れるほどである。
マグカップを手に取ったものの一口も口にしない彼の隣にミルクと砂糖を多めに入れたコーヒーのマグカップを手にして座っては深いため息を吐いた。

「謝ってくれたら許してあげますけど」
「⋯⋯」

素直に彼女は自分の望みを伝えてやった、丁度テーブルの上のスマホが震えてリセールに出していたチケットが売れてしまったと表記され、ますます明日は意味が無いものに変わった彼女はもうライブに行く気持ちになどなれなかった故に彼に謝罪を望んだ。
もちろんそんな事を彼ができるわけが無いと知っているからだ、それでも天地が翻ってそんな言葉を「すみません」⋯出したのだ。
思わず目を丸くして隣を見つめればバツが悪そうにコーヒーを飲んで黙り込む彼がいて彼女はえ?と声を出してしまうものの二度目はないが間違いなく彼は謝罪の言葉を発した、普段の参加者に対するようなものではなく不貞腐れたような少しだけ悪いと感じたような声で、これが演技だというのならば彼は素晴らしい名優になるだろうと感じるほどだったものの何を言えばいいのか分からなかった。

「聞こえませんでしたか?ならもう一度いいますよ」
「いいです聞こえました!大丈夫ですから!」

もういいからと彼女は慌てて言葉を被せれば眉間に皺を寄せた不貞腐れた顔の彼がみつめていることに気付いて、そのポーカーフェイスが簡単に崩れるほどには謝罪が嫌だったのだろうと察するものの、本気で悪気を感じていなければその表情が出ないことを理解する彼女は小さくため息をついて自分も大人気なく拗ねて悪かったと謝罪した。

「でも明日のことは本当にいいんです、チケットはリセールに出しちゃって買われたからもうないし⋯こんな仕事してて趣味を持ちたいって思うのはよくありませんし」
「⋯別にそれは勝手です、私も釣りや山登りが好きですから」
「そうでしたね、よくパク船長としてますよね、この間の鯛もすごく大きくて美味しかったです」
「鯛であのサイズは珍しいですよね、久しぶりに大興奮ですよ」

趣味となればセールスマンという男も意外にもアクティブでアウトドアな趣味を持っている、流石は営業マンといえるような趣味であり付き合いであればダーツやゴルフもするほどだと知っていた彼女はそんな彼を大人に感じており、アイドルや美容趣味である彼女は女性独特の趣味だが仕事にはあまり向かないことは理解しており、先日お土産として渡された鯛の味を思い出しては至福だったと感じるほどであった。
しかし話が逸れたと気付いては二人は態とらしく咳をして場を切りかえてまたマグカップの中身を眺めた。

「兎に角趣味がなんであろうと別に関係はないってことです」
「はい、わかってます⋯仕事に影響させるなってことですよね」
「ええそうです、今回は私側に非がありますナマエさんに悪いことをしました」
「⋯じゃあ、その⋯仲直りしませんか?」

子供のような言葉で提案した彼女に思わず驚くものの、彼女は許したいという願いなのだと理解した彼は「そうですね」といった、仕事の話のはずであるがこれではまるで友人同士のようでどこか話の趣旨が違う様な気がしつつもこれ以上彼女に距離を置かれることも嫌である為にその提案を飲み込むと優しく微笑んでマグカップを掲げた。

「理解ある上司に」
「寛大な部下に」

機嫌よくコーヒーを飲む彼女に呆れつつも、彼はコーヒーの味は悪くないと思いながらその日の夜、彼女に誘われるがままアイドルのライブDVDをみることに付き合う羽目になるのだった。

◇◆◇

「お疲れ様です」
「お疲れ様です」

車内に乗り込んだ彼に挨拶をしては仕事の話をする二人はあれから普段と変わらぬ上司と部下の関係になった、車を走らせるピンクガードはほっと安心しつつハンドルを握りしめていれば後部座席からは声が聞こえた。

「金曜日の夜は仕事を16時で切り上げてください」
「えぇ大丈夫ですけど、本部から何か?」
「違いますよ、これ」

そういって彼は彼女に二枚のチケットを差し出した、それは以前彼女が行きたがっていたアイドルのライブであり関係者最前列チケットだった。
思わず目を丸くしてチケットを手にした彼女は彼とチケットを交互に見比べては「えぇ〜?どこで入手したんですか!」と声を上げるものだから、彼は「さぁ?」と楽しそうに返事をした、転売やリセールはもちろん不可であり関係者席とはいえ最前列は有り得ないと目を丸くする彼女に二枚あるため誰か誘ってあげてください。と告げては仕事は手を抜かないようにと釘を刺した。

「勿論です、あの⋯じゃあよかったら一緒に行きませんか?」
「私がですか?⋯まぁ悪くない曲と雰囲気のグループでしたから構いませんよ」

ルームミラーから越しに見えた彼の表情はどこか照れくさく嬉しそうに感じられるものであり、その回答に両手を上げて喜ぶ彼女の素直な反応に悪い気などは起きるわけが無い、そうして盛り上がる二人のためにピンクガードは音楽を付けて少しだけ音量をあげると後ろからさらに彼女の盛り上がる声が聞こえて彼は呆れたようだった。

「それじゃあここで」

車から降りた二人にピンクガードは今日の業務もここまでかと思えば窓がノックされ、そこにはセールスマンが立っていた、そして先を行った彼女には分からないように少額の札束を握らせては楽しそうに微笑んだ。

「チケットありがとうございます、あなたのおかげで良い週末になりそうだ」
「いえ、仕事ですから」

そう告げて颯爽と去っていった彼の背中を見ては、本当にありとあらゆるネットワークで取れた関係者チケットだったものの、本来は自分が欲しかった思いつつ所詮は下っ端の使いっ走りしかできないピンクのつなぎを着た存在には無理かと言い聞かせては車を走らせた、来週彼女にライブの感想を聞かせてもらうことを楽しみにしつつ仲直りをした二人に祝福をするのだった。