11.女王様は恋のライバル?!
※モブがよく出る
その日のたづなは明らかに機嫌が悪かった、誰が見てもわかるほどにサンドバッグを殴る力も強く眉間にシワが寄っていた
「あいつどうしたんだ?」
「いやそれが、帰ってきてからずっとあんな感じで」
青木と板垣の話し声も耳には入らずただ奥歯をかみ締めた
約2.3時間前の事だった、月間ボクシングの表紙にと数ヶ月前オファーがあり二つ返事をしたたづなは学校帰りの足で撮影会場に足を向けた
数日前のあの事件は色々な意味で衝撃的だった、2人での帰り道に現れた女性、バンタム級チャンピオン"三鷹小鳥"は鷹村を背後から抱きしめ腰に手を回して楽しそうに笑っていた
「久しぶりなのに酷い!」
「酷くねぇよ…というか俺様に抱きつくな」
「前はそっちから抱き締めてきたくせに」
「たづなの前でやめやがれ!」
自分より小さな身長に華奢に見える体、到底ボクシングをしているなど服の上からでは分からない、おまけにたづなからみても可愛らしい女性だ、普段からクミや菜々子をみるがその子達くらいかそれ以上の可愛さだ
それもそのはず彼女は所謂アイドルボクサーであり男性人気はたづな以上に高い、元はアイドルだったが注目を受けるためにボクシングデビューをすれば彼女の才能は抜きん出た
21歳にしてバンタム級チャンピオン、防衛回数は8回、現在26歳にして同じ階級では当然敵無しな程であるとたづなも知っている
「ち、近くありませんか」
「誰あなた」
「鷹村さんの後輩です」
「ふーん、へー……」
未だに鷹村の腰に抱きついたまま彼女はたづなを上から下まで見下ろしてまるで勝利を確信したような顔をしていた
「後輩…ね」
まるで自分は彼女だと言わんばかりに鷹村にベタベタと触れる、彼も口先では離れろといいつつも無理やり引き剥がさないあたりは悪いとは思わないのだろう
その事実がたづなの胸に刺さる、なんなら過去にも何かがあったらしい口ぶりの2人に余計に魚の小骨が刺さったような不快感である
「小鳥、こいつはキサマと同じ階級だ」
「そうなんだ、でも私の方が強いから大丈夫だよ」
「ッそんなの分からないと思いますけど?」
「分かるもの、経験が違うし…それに貴方処女でしょ」
「なっ」
なんてことを鷹村の前で言うんだとたづなは顔を真っ赤にして三鷹を睨むが彼女はかわいらしい顔とは反対に色気を含んだ顔をしてみつめた
「ボクサーにはね、強さも大事だけど色気も大事なの、獣は強い子孫を残さなきゃならない」
「それでいえば守のパートナーは私なの、貴方じゃない」
ギラギラとした彼女の瞳はまるで虎やライオンのような肉食獣の目だ、ようやく鷹村から離れたかと思えばたづなに近付いて胸を鷲掴みされてしまい目を見開いてしまう
「まぁ胸は悪くないけど、私には叶わないからよく覚えててね」
そう言い残していってしまった王者にたづなは色々な気持ちが溢れた
鷹村はそんなたづなを見下ろしながら何を言えばいいのか分からずに
「まぁ確かに胸は悪くねぇな」
というものだから心臓打ちを食らわされるのだった。
そんな事があった為か連日落ち着きがなかった
結局大学から電車で向かったのが良くなかったのか遅刻ギリギリになり撮影をするビルのエレベーターを待つことが出来ずに筋トレ代わりに階段を8階までかけ昇り、手渡された衣装に着替える
また今回も派手な…と思いつつ撮影所に入れば一人の女性が目に付いた
「やっほーたづなちゃん」
「三鷹さん」
「今日の撮影は私たち2人なんだって」
「そうだったんですね、先日は失礼しました」
「私こそ大人げなかったよねごめんね」
何だこの人もちゃんと謝ってくれるのかと胸を撫で下ろす
よく見れば彼女の衣装はうさぎを催したようなフワフワとした白いファー生地にしっぽも付いている、スタッフに声をかけられて手渡されたカチューシャを身に纏えば完全な兎と、たづなは馬のようだった
「そっちの方がかっこよくていいな」
「三鷹さんの方が似合ってていいですよ」
馬を意識しているからか髪色に似た栗毛の革の素材のショートパンツとランニングシャツを身につける、真ん中には革紐が通っておりグッと胸が寄せられているが三鷹はチューブトップ型のランニングシャツのはずだが豊満な胸がそこにはあり思わずみつめてしまう
「えっち」
「あっ、すみません」
「いいよ、守もよくみてくるしね」
「へ?」
「守だよ、鷹村守、あなたの先輩」
「それは申し訳ないです」
鷹村がすけべな事はたづなも知らない訳では無い、それこそ彼に出会う前から追いかけていたボクシング雑誌以外でも悪い意味でよく取り上げられているほどなのだから嫌でも女癖の悪さというものを知っている、だがしかし今はそうでは無い
基本的にゴシップ記事のネタにはされなくなり遊ぶ時は遊ぶが基本的には自分の前ではまともだ、彼女はそれを知らないのかと冷めた目で見つめた
「まぁ彼には私の全部みられてるからいいけど」
「は?」
カメラマンが2人とも寄ってくださいと声をかけるためグッと体の距離が縮む、じっくりと眺めれば眺めるほどやはり王者だということが分かるほど体は整っていた
「たづなちゃんはさ、女として見られてないんだよ」
カメラが何度もシャッターを切った、フラッシュが何度も焚かれる、できるだけ笑顔と言われているためにそれを保とうとするのに目の前の女はそう易々と笑顔にさせてはくれない
「仕方ないよね、同じジムの"後輩"だもん、私は違うよボクサーとして対等な立場で男女として意識してる」
「意識してる…って」
「鷹村守のことが好きなの」
撮影終了です。という声と共に互いに距離が開いた
たづなは三鷹をみつめたが彼女はカメラの前とは違う挑発的な表情を向けていた、たづなも三鷹を強く睨みつけており近くにいたスタッフたちがなんだ?と2人を見つめる
「たづなちゃんは"後輩"なんでしょ?だから別にいいよね」
「よくありません!」
「じゃあ守のこと好きなの?」
「そんなの…そ、そんなのは」
その反応を見れば一目瞭然だというのに三鷹はその態度さえ気に入らないのかたづなを睨みつけて声高々にいった
「ベルトも男もあなた程度じゃ私から奪えない、飢えもしない男も知らない女なんて喰われるしかないのよ」
「ッそんなこと」
「あるわ、ないって言うなら私に挑戦してごらんなさい、リングの上で証明してあげる…あなたが女として弱いと」
愛も恋も知らない、男も知らない女は弱い
彼女はそう高らかに宣言したのだった、仮に彼女の言い分が正解だとしてどうすればいいのかは分からない、ただ目の前にある壁を叩く以外の正解など見つかりはしない
「そろそろ休憩しろよ」
「…はい」
「何かあったか?」
サンドバッグを殴り続けるたづなの頬に冷たいスポーツドリンクを当てればようやく落ち着きを取り戻したらしい彼女が木村をみた
鷹村と長年の付き合いであり、自分より大人であり、色んな経験があるような人だった
「木村さんは男性経験のある人間とない人間どちらがいいんですか?」
「は?」
その言葉に思わず聞き耳を立てていたジム生達も鷹村不在のプロメンバーも顔ごとそちらに向けてしまう、この女鷹村が好きなのではなかったのか?!と小さくパニックが起きるほどだ
「あーいやまぁ…そりゃあ何事も経験がある方がいいんじゃないか」
「それによって強いとか弱いとかあるんですか!?」
「いやどうだろうな、一歩なんか経験ないけど強いぞ」
「そうなんですか!」
「えぇ!僕ですか?いやそりゃあ女の人の経験はないですけど…って言わせないでくださいよ!」
「それに比べりゃ彼女持ちの青木なんて負けっぱなしだろ?」
「なるほど…」
「おい、関係ねぇだろ」
「兎に角だ、たづなはたづならしいのが一番いいと俺は思うぞ」
というよりも万が一今他で男を作ったとしたら鷹村が黙っていない、相手の男なんて1発KOどころか墓の中にダウンさせられることだろうと想像してしまい背中に冷や汗が流れた
納得は行かないような顔をしているがたづなは少し悩んだ後に「ありがとうございます」といつも通りの返事をしてロードワークに出ていってしまった、ほっと胸を撫で下ろしたのもつかの間
「おい、今たづなに男がどうの…っていってなかったか?」
どうやら王者の鼻ってのはえらく利くらしいと木村は思った時には関節技を決められており大きな悲鳴をあげた