5.飲みに行くU
鷹村に褒められたことは素直に嬉しく思いつつも恥ずかしさも感じた、尊敬する人に言われるのだから当然のことだろう
たづなは顔に熱を感じて思わず近くにあった自分のグラスに手を伸ばして全て飲み干した、飲み終えてから自分の喉に来る熱さと苦味に思わず目を丸くする、未だに子供のようにはしゃぎ回る先輩方を横にぼうっとしていればそれに気付いた一歩が慌てて声を上げた
「たづなさんが飲んでるの鷹村さんのビールじゃ」
「なに!?」
その声に慌てて見てみれば彼女は鷹村の大ジョッキを飲み干しておもたげな瞼で騒ぐ仲間たちをみつめていた
思わず全員が唾を飲み込む、鬼が出るか蛇が出るかどちらかと思えばたづなはジロジロとまず隣に座る木村をみて手を伸ばし
「キャァァア」
そして服をまくった、あろう事か木村は女子のような高い声をあげて素肌をまさぐられ始めた、割れた腹筋を鍛えた胸筋を堪能され気付けば木村は床にひれ伏していた
そして次に木村の助けに入った青木もシャツを脱がされ座敷から投げ捨てられ、それは靴が並ぶ床に落とされた、同じように身体中をまさぐられ彼もひれ伏した
その次に助けに行った板垣も同じように服を脱がされ倒れた、一歩と鷹村は冷や汗をかいていた、リングの上よりも緊張感が漂った
バッと先に動いたのはたづなだ、一歩に向けて狙いを定めて手を伸ばしたが一歩は避けようとしたが彼女は足を伸ばして邪魔をした、体制を崩して倒れ込んだ日本チャンピオンの上に跨り彼女は生気のないような重たい瞳で一歩をみつめた
「観念してください」
「はい」
女の子に弱かった
ほかのテーブル席の客は最後の砦世界王者鷹村守vs謎の少女をみていた、どちらが勝つのか
正直分は鷹村にあるだろうと皆が予想していた、だがしらない鷹村守は彼女に弱いことを、互いに見つめ合う獣たち、睨み合い先に動いたのは鷹村だった、案の定少女を羽交い締めにして試合は1秒でKOだと思ったが違った
「鷹村さん…いや、ですか?」
「なにがだ」
「私鷹村さんに触りたいんです、だめですか?」
酒に酔った甘い顔と声、鷹村はうっ…と弱い顔をした
そして彼女に「仕方ねぇ…ちょっとだけだぞ」といい自ら着ていたピンクのトレーナーを投げ捨てるように脱いだ、どうしてこの居酒屋ではこんなに男の裸体があるのかと来たばかりの客はその店のカオスさにGoogleレビューに書き込もうかと悩むしまつだった
そうして眼前に晒される筋肉にたづなは目を輝かせて触れた、まるで猫が柔らかい毛布を揉むように何度も柔らかく手のひらで感触を確かめた
女に触れられることは少なくは無いがそれはあくまでベッドでの話、明るく人前でこんなに触れられることは無い
「この傷痛そうですね」
「もう痛くねぇよ、引っかかれた程度だしな」
「クマと戦う人は違いますね」
「そりゃあな、たづなも戦えば俺様みたいになるかもしれねぇぞ」
「なれるかな…なりたいな…ぁ」
触れたのは柔らかい女の身体と柔らかいシャンプーと柔軟剤の匂いだった、視線を下げれば胸元にたづなが寄りかかって気持ちよく寝息を立てていた
ゆっくりと目覚め始めた他の連中と何も言えず見守っていた一歩を含む全員ががようやく鷹村を見て呟いた
「王者ってやっぱ凄いんですね」
それは鷹村の理性に対してか、テントを張ったそこに対してなのかは分からなかったがとりあえずもう1発殴り込んで地面に捩じ伏せた、カンカンカンッと近くでゴングの音がした気もしたが気の所為であろう
結局主役が潰れたことと時間の都合で解散となり、会計に向かう板垣に2人分の金額を少し多めに渡してやる
「で、彼女誰が連れて帰るんですか」
会計から戻った板垣の一言に一斉に鷹村に視線が送られた、普段なら絶対にありえないがこの男のたづなに対する態度は今までの女とは違った
子供だからか後輩だからか分からないが兎に角あの肉食獣が会長のいない場所で鎖に繋がれているのだから有難いことだ
「全員家も知りませんよね」
「八木ちゃんなら知ってるんじゃねぇの」
「一歩聞いてこい」
「えぇ…お店の電話借りれるか聞いてきます」
青木達に言われ即座にレジの店員に声をかければ潔く貸して貰えたようでものの数分で戻ってくる
「ったく…起きねぇのかよ」
背中に担ぎあげている小さな温もりに深いため息を吐き出した、手に触れる太ももの感触や背中にあたる女の身体に珍しく興奮しないのは彼女に興味が無いからというわけではない
だがしかし鷹村にとって何かが決定的に違うことは分かっていた、彼女の苦労は分からないしわかる気もない、だがしかしその努力する姿勢は嫌いじゃない、そこらの女が香水を纏う時こいつは汗と血と涙でいっぱいになっているんだろう…と安易に予想も着いた
「あれ」
「おう、起きたか」
「ひゃっっ!鷹村さん!私」
「暴れるんじゃねぇ落とすぞ」
「落としてもらって大丈夫です、私歩けますし」
流石に鷹村も落とすまでは行かないがしゃがんでやり背中から下ろしてやった、まだ少しふらつくたづなに仕方ないと溜息をこぼして手を伸ばせば彼女は少し困惑した顔をした後に「すみません」と零して手を重ねた
夜に女と歩いているのにこんなに静かなのは初めてだと思いながら隣を見れば彼女はそれどころか無礼を働いたことで頭がいっぱいでいかにも悩んでいます…という顔をしていた
「私何かしちゃってましたよね」
「おう!俺様のおっぱい揉んでたぞ」
「ヒャァァァァ、破門でもなんでも受けます」
「なんでそうなるんだよ」
「だって先輩に、ましてや鷹村さんになんて」
「俺様だけじゃなくて全員にしてたぞ、服脱がせて」
そう笑っていえばたづなの顔は真っ赤に染って湯気が出そうなほどだった、パクパクと魚のように口を開け閉めして鷹村を見上げるが彼にとってはまるで面白いおもちゃのようでついつい続け様にからかってしまう、あんなのは初めてだった意外と積極的なんだな…等など
ふと足を止めたたづなが俯いてしまい鷹村は彼女の顔を覗けば泣きそうな顔をしていた
「なっ…なにも泣かなくていいじゃねぇか、酒の失敗なんざ誰でもある」
「だって入門したばかりなのに皆さんにそんな事して」
「あんな程度屁でもねぇよ」
「皆さんのこと汚しちゃった…彼女さんとかも居るだろうに申し訳ないです」
「それはまぁ気にするな」
「鷹村さんにも幻滅されてしまいますし…最悪です」
鷹村が…という彼女の言葉にまたしてもぐっと胸に何かが突き刺さる、この娘に自分のことを思われると何故だかいつも胸が痛くなる
むず痒く少し恥ずかしい、けれどどこか心地よくなる
街灯の下で彼女の小さな頭を撫でてやる
「嫌いにはならねぇよ」
「…本当にですか?」
「オレ様は嘘つかねぇからな」
「それは知ってます」
テレビや雑誌の中でいつだって有言実行している彼を見ていれば彼の前じゃフィクションだってリアルになる
そう思えてしまうほどなのだ
たづなは見上げて鷹村に微笑んだ
「こんな私ですが、これからもよろしくお願いします」
「まぁ精々頑張りな」
「はい!」
柔らかい髪を撫でながらこんな時に女相手にキスも出来ない自分がほんとうに自分ではないような気がした、今までならば確実にそうしてホテルに連れてこんでいたはずなのに、今は彼女の微笑みだけで胸がいっぱいになってしまうのだ。