6.対等の女
「小娘、貴様の試合が決まったぞ」
ある日鴨川ジムの中でその声が響いた、当の本人はあまりの現実味の無い言葉に目を丸くしたが他のジム生達からおめでとうと言われ瞬きを20回程してから
「え、私ですか?」
と、あまりにも分からない顔をしていたがその反応に苛立たれたのか会長に軽く杖で頭を叩かれる、流石に女だからか会長も物言いこそ厳しいが叩く際は随分と優しいものだった
「鷹村さん聞いてください!試合が決まったそうなんです」
「ほぉ…待てよ、お前のプロデビュー戦じゃねぇのか?」
「そうです、女子は新人王とかそういうランクはあまりないので試合数をこなして着実に上がるしかないですが」
「まぁでも女子は選手が少ないからすぐに王座も狙えるんだろ?」
「男子と比べると圧倒的にベルトへのチャンスは多いですよね」
苦笑いを浮かべるたづなの手には女子ボクシングの雑誌があった
男子と比べて華やかで綺麗な印象だ、特に日本の女子ボクシングは人が少なすぎる為数試合すれば直ぐにベルトの挑戦権がやってくる可能性もあるだろう
だがしかし彼女の力は如何程のなのか実戦経験がないため分からないが前回の板垣とのスパーはなかなかに見応えがあり、それが女子相手となれば簡単にKOに持ち込むことも容易に想像できた
「にしてもパワーはあるな」
「そうですか?」
「あぁ俺様がみてやるから本気で1発サンドバッグ殴ってみろ」
「いいんですか」
これまた子供のように目をキラキラさせちまって
俺様も気が良くなるわけだわ
と内心1人でボヤいてサンドバッグを軽く抱いて向かいに立つたづなをみれば嬉しそうにテーピングをしてグローブを身につけていた
近頃いい感じの試合がないせいで後輩への育成に背が出るものだ、用意のできたたづなが真剣な瞳でみつめた
「来いよ、甘いパンチ打ちやがったらやり返してやるからな」
「そんな、でも頑張ります」
綺麗な姿勢をとった彼女が腰を捻って右拳が伸びてくる
ドゴォン!と音を立てたサンドバッグに思わず目を丸くする冷静な判断で彼女のパンチにはパワーがありすぎるそりゃあ板垣が倒されるわけだと納得する
女子のパンチの中でも上の部類だろう、それどころか男子の中でもなかなかいい線の行く拳を出したものだ、思わず目を開いて見つめていれば周りの連中も彼女に目が奪われていた
「いいパワーだな、なにかしてたのか」
「水泳と乗馬をしていました」
思わぬ経歴驚くが確かに彼女の背筋は鍛え上げられており柔軟している際の姿を見る限り肩もまるで野球の投手のように柔らかい、更には乗馬をしていたという経歴からか腰周りもしっかりしておりバランスがいいのだ
これは一歩同様元から付けられていた筋肉がそのままボクシングへの支えになっているということだろう
「乗馬…ねぇ、お嬢様か」
「そういうわけではないですよ」
帰り道、先程のジムで聞いた過去の経歴に鷹村が言えたギリでは無いが思わずいってしまう
彼とてたづなには言っていないが彼こそ本当の所謂"ボンボン"というやつだ、本人はその地位や権力を毛嫌いしているためあまり意味は無いが
「私の家一家揃って騎手なんです」
「ほぉ」
「父と祖父はその道で有名な選手で母は調教厩務員です、祖母は本当のお嬢様だったらしいんで趣味で乗馬をしてたそうですけどね」
「そっちの道には行かなかったのか」
「行く予定でした、みんなその道が正しいと思っていましたから」
彼女は少し暗い顔をした
確かにエリート騎手の家に生まれ落ち、両親もましてや祖父母もとなれば一人娘だとしても彼女にも同じ道を進ませようとするのは自然なものだろう
鷹村は自分の家を思い出して少しだけ嫌気がさしてしまう、それでも彼女はそんな家を嫌悪してるわけではないのだろう
「でも鷹村さんを見た時に私の世界は私が決めるんだって、馬じゃないって…思ったんです」
「ほぉ、お前の人生を俺様が奪っちまったのか」
そう冗談を言えばたづなは顔を上げて少し驚いた顔をしたあと真っ赤になって俯いた
鷹村はその仕草に弱かった、いやきっと彼女の言動全て弱いかもしれないが、それでもたづなは言葉を続ける
「ボクシングを始めるのもプロになるのも猛反対で凄く喧嘩しました、けど私の人生だって最後は納得してくれましたから、凄くいい両親なんです」
自分にはない世界だ
金だけで愛情なんて分かりやしない、暴力しかなく苦しいだけの世界で本当に望んでいたのはたづなの両親のような存在だったのかもしれない
平等な対話というのはいつだって鷹村には難しいものだった
「だから必ずベルトを取って世界に行きます、それで…あの」
「ン?」
突如しどろもどろと彼女は言葉を濁すために何が言いたいのかと顔を寄せた途端にガバッ!と顔が上がる、りんごのような赤い頬に綺麗な瞳はまるで星空のようだ
「あなたの隣に並びます、王者として対等な人間になりたいんです」
そんな人間、そんな女は初めてだ
女は好きだ、柔らかくていい匂いで欲も寂しさも埋めてくれる、けれどたづなにはそんなことを望むつもりはなかった
後輩だからか?違う、彼女が自分の隣に立とうと必死に縋るからだ、必死に求めて戦ってほかの女達と違って汗と血のドロドロの世界で戦うから、嫌いじゃなくそこらの人間とも違うと思えたのだろう
「王様の椅子は心地いいからな、女王様の椅子が並べるように精々頑張りな」