7.リングの上の女
甲高いゴングの音が鳴った
それは終わりの合図だ、床に平伏した相手選手が即座に担架に運ばれる、レフェリーに手を捕まれ勝利を宣言される女は無表情だった
"美しきボクサー 馬上たづな 1R1分48秒KO "
今年 女子ボクシングは熱い!!
なんと女子プロデビュー戦を大きく飾った馬上選手、なんと言っても男性ボクサー顔負けの力強いパンチが相手選手の顔に…こんなに力強くそして早い勝利を収める姿は彼女の所属する鴨川ジムの王者"鷹村守"を彷彿とさせる
美しい見た目と強く激しいパンチはこれから女子ボクシングを熱くさせるだろう
入門から早2ヶ月、たづなのプロデビュー戦は完璧な勝利となった
ジムにやってきた馴染みの記者藤井が鷹村達に最新号の月間ボクシングを手渡せば、珍しく大きな記事にまるまる件の後輩であるたづなについてが記載されていた
「すげぇな」
「俺でさえこんなにでかい記事なかったのに」
「にしてもいい写真だなぁ」
「凄くかっこいいですよね」
まるでグラビア雑誌でも見てるのかと言うほど1つの雑誌に群がるいつもの面々は大きな1Pを飾るたづなの写真と記事にそれぞれコメントを残していたが、1番彼女に育成の手伝いをしたり世話を焼いてるはずの鷹村はたいそう不機嫌な顔をしていた
「いやぁ彼女の記事えらく好評でね、また次もいい試合なら特集作ろうかって話も出てくらいで」
「へー、やっぱりたづなさん筋がいいですもんね」
「女子ボクシングはそれだけじゃなくてやっぱり見た目もだな、彼女は容姿もいいし、おまけにボクシングファンって競馬も好きだろ?彼女の親父さんが有名な騎手でね…」
「ぬわぁぁぁ!!!」
次々に説明をする藤井に苛立ったように真ん中で雑誌を持って読んでいた鷹村がベンチから立ち上がり勢いよく雑誌を引き裂いた
彼に寄ってみていた後輩達は全員ひっくり返ったが鷹村の怒りにただ事ではないと若干脅えていた
「藤井ちゃんなんなんだよコレ!」
「いやたづなちゃんの記事だろう」
「そりゃあ分かってる…分かってるが、ちくしょう!」
綺麗にまっぷたつに裂かれた雑誌に勿体ないと怒っていた時だった、ジムのドアが音を立てて開かれる
「お疲れ様です」
明るい挨拶をして入ってきたたづなは学校終わりのためかシンプルな服装で挨拶もそこそこに早速更衣室に逃げ込むように入った、勿論「使用中」という立て札を出して
数分後髪をまとめながら出てきたたづなは今日もやる気満々だったがふと自分に良くしてくれている先輩方が固まっている事に気づきやってくる、ふと彼女の初めて掲載された雑誌が真っ二つになっていることを思い出し一歩が慌てて広い背中に隠した
「こんにちは藤井さん」
「やぁたづなちゃん」
「何かあったんですか?あっ、鷹村さんの試合相手の方の情報とか!?」
「いや違うよ」
「じゃあ一歩さんの」
「それも違う」
「板垣さん?青木さん?木村さん?誰ですか」
「たづなちゃんの話をしにきてね」
相変わらずリングの上と下じゃ違うなと思って面白く感じた、現役大学生かつ女子プロボクサーなんて珍しくて記事にしなければ勿体ないほどだ
これから先も結果次第では世話になる、特にインファイター好みの藤井からしてみれば女子の中でここまでパワータイプで戦う彼女は気持ちよくて男子のものと変わらないほどだ、まぁ強いて言うなら相手次第では試合が早すぎてあまり面白くない結果にもなるのだが
「あれそれって」
「え、あ!」
「私の記事…これFって、藤井さんですか」
「あぁそうだよ」
「すごくよく書いてくださってて嬉しいです」
彼女はまるで犬のように愛想を振ってくれる、男にとっては正直嬉しいものだ
若く美しい彼女に少しだけ鼻の下を伸ばした途端奥から殺気を感じて目線を送れば鷹村が睨んでいた
「鷹村さんみてください、私1Pも…ほら写真もかっこよく撮ってくださって」
「んなこたァ知ってる、見たからな」
真っ二つにされたはずの雑誌を大事に抱えて嬉しそうに笑う彼女に鷹村は複雑な心境だった
人気が増えればボクサーとしていいものだがその分変なファンも多く着くことだろう、特にボクサーなんて顔の仕事では無いがやはりみんな華を求める、その中で若く整ったたづなが放り込まれればたちまち囲まれる未来しか見えない
たづなはプロになって約2年試合を1度としたことがなかった上での今回のデビュー戦だ、さらに彼女の腕なら日本王者はすぐに手に取れる可能性もありそうなれば試合数をこなす他ない
「本当私ボクサーになれたんですね」
そう言われてしまうと男達は素直に祝福するしか無かった
彼女にしか分からない小さな世界がある、狭く苦しい男とは異なるボクシングという世界だ、180°違う場所で彼女はこのジムで学びながらも孤独に戦う他ないのだ
「ボクサーどころか俺様と並ぶんだろうが」
「そうでしたね…っと、そろそろロードワーク行ってきますので皆さんお先に」
律儀に頭を下げていってしまった彼女に全員でまた話し始めていれば事務所から八木が出てきてたづなを呼んでいた
丁度今ロード行きましたよと板垣がいえば彼は少し困った顔をしたものだから藤井も含めてどうしたのか?と声をかける
「2試合目が決まったのと、月間マカシンさんから連絡があったね今度表紙に出てみないかって話が出たらしいんだよ」
思わず全員が鷹村をみつめたあとサッの蜘蛛の子を散らそうとしたが遅かったベンチを持ち上げて振り回しながら彼は叫んだ
「俺様が許さねぇ!」
「へくちっ…風邪かな?気をつけなきゃなぁ」