自宅で仕事をこなしていた彼女は背伸びをすると骨がパキパキと鳴った。
今月のイベントは本当に大きいからなぁと思いつつも嬉しくなるのは仕事が好きという理由もあるが、それとは別に片思いの相手・ポセイドンを無事に誘うことができたからだ。
時計を見ると時刻は地上界時間二十四時頃、彼女は少し働き詰めになり過ぎたとピンクヒョウ柄のキャミソールに黒い部屋用のショートパンツ姿のままベランダに出ると、外はすっかり真っ暗で今日も星々が輝いていた。
「よっ、ルナリアちゃん」
「釈迦くん!」
丁度二階のベランダから外を眺めている彼女に声をかけたのは派手な身なりをした青年──その者を知らぬ者は地上にはいないと言えるほどの相手、仏教の開祖・釈迦であった。
彼はいつものようにブッダチャップスと呼んでいる棒付きのキャンディを口に咥えて、片手にコンビニ袋のようなものを抱えては下から彼女を見上げて笑うなり「よっ!」と小さな声を出したかと思えばそのまま身軽に彼女の部屋のベランダの縁に飛び乗ってくるなり腰を下ろした。
「久しぶり、相変わらず色々聞いてるよ〜?」
「ま?それなら丁度いいから話聞いてよ〜!釈迦くんいないから全然話せる人いなくてガチ困ってたんだからね」
「はいはい、聞いてあげるから晩飯食った?ルナリアちゃん好きなラーメン買ってきたんだけど食う?」
「食べる!取り敢えずお家あがって、靴はちゃんと玄関持ってってねー」
そういって何の気なしに彼を部屋に招くが、釈迦自身も招かれ慣れた様子で彼女の部屋に入っては「相変わらずギャルいねぇ」と間の抜けた声で呟きつつ、彼女に手土産代わりに大きなコンビニ袋を手渡すと彼女は嬉しそうに中身を確認しては真っ直ぐな笑顔で「好きなものしかない!まじ釈迦くんサンキュー!」と言いつつお湯を沸かし始める。
他の神々と比べて遥かに小さい家……というよりも明らかに神という称号をもっていながらそこいらの人間と変わらない生活をしている彼女に釈迦は部屋の中を見渡す。
相変わらずなピンクと黒の部屋は現代色に染まりきった若い女の子の部屋であり、少しだけ目がチカチカとするが、一人で住む分にはちょうどよい1LDKの部屋は地続きになった縦長の部屋で、彼女はキッチンのコンロで鍋に水を入れて沸かそうとするのが釈迦にとっては何処か新鮮で面白かった。
「釈迦くんもラーメン食べるよね?」
「うん、てかこんな時間食っていいの?仮にも元モデルで今もクラブのオーナーでしょ?」
「その分筋トレしてるから平気だもん、クラブっていっても昔みたいなキャバじゃなくてウチは健全なダンス系のクラブだし……てか釈迦くんが一番知ってんじゃーん!最近まじ遊びに来てくんないし、ガチ寂しかってサゲぽよだったんだからね」
「今どきサゲぽよっていうの?」
「知んない、かわいいじゃん、カービィみたいで」
ぽよ〜っと謎の鳴き声を上げながらニコニコと笑う彼女を見ていれば、それだけで心の淀みもこの世界のあらゆる悪意が嘘のように感じられてしまう。
欲というのはとめどなく溢れる、人も神も同じである、そしてなにより神は人よりも上であり、その全てを運命だと押し付ける、その高慢さを彼はなにより毛嫌った。
天界で生活をしているが極力人類側で生活をする釈迦は彼女からすると猫のように気まぐれな行動をする不思議な友人であり、神の中でも一番の親友だと言ってもいい男だった。
そして神を嫌う神として認知されている釈迦は、この小さな若い海の処女神である女神に関しては気に入っていた。
彼女は他の神のように高慢でなければ押し付けることはない。
処女神であり、乙女であり、恋を叶える神として地上では話の残る小さな女神はその実なにもしていない。神というのは人には決して出来ぬことをしてしまえるのに、彼女はそれが出来なかった。
それはまだ出会ったばかりの頃だった。
天界の静かな緑豊かな場所でその女神はひたすらに騒がしく水面を覗いていた。
「いけー!!いけいけ!ファイト!!あーーっ今みたよ!絶対脈アリじゃん!ヤバっっイケーーー!!差せーー!!」
「……競馬でも見てんの?」
「うわっ驚愕(ビビ)ったぁ、競馬じゃないよ、みてよほら今めっちゃいいとこなの」
「なに?キミん家(※地上の管轄)のとこ?何してるの」
「今ねぇ、この二人ちょ〜マブイの!こっちの女の子がこの男の子のこと好きでぇ、もう半年以上悩んでんの、そんで今日二人でウチにきてるらしいんだけど、まじエモい〜〜!」
釈迦は内心変わった女神だと思った。
まだ見習い女神なのかと思いきや、しっかりと彼女は私服姿で釈迦のように緩い、どちらかと言えば男の視線を困らせるような過激な格好をした現代の女の子のような格好をしており。釈迦は彼女が恋愛に関連する女神なのかと思うと横になって欠伸をした。
「一日中そんなんみてんの?」
「そう!乙女はいつでも悩んでるからね!あたしがたまーーに手伝うんだよ」
「どんなことしてんの」
あぁ押し付けがましいほっといてやんなよと思うが彼女は「えー……っと、応援してる!ガチ頑張れ!みたいな」と必死の血相で答えた彼女に、普通はいい雰囲気にするために風を吹かせたりそれこそ人間の気分を操作したりしないのかと純粋に女神としての能力として聞くも彼女は大袈裟に肩を落として「それが出来たら苦労しないって」と苦笑いをしつつ、水面に向けて言葉をかける。
それだって意味がある行動なのかと思えば、そんな事は全くないらしく気持ちの問題なのだと告げた。彼女はただの普通の海の女神だったが恋に焦がれた乙女が身投げをした際に手助けしたことから処女神という名の乙女の味方になる事にしたのだという。
「仮にもあたしが人の感情を操作してまでくっ付けたところで、それってガチの恋じゃないじゃん?恋って苦しいし悲しいし辛いこともあるけど、それでもその人が好きって思う気持ちがあるから言葉にするわけだし、そうやって頑張ってる女の子って眩(マブ)いじゃん!」
「へぇ……確かに、そうかもね」
釈迦は自分に似た者を感じられた。
それは至るにはとても遠いものであり、幸せとは自身が決めるもの、神が与える試練も幸福も、彼女には存在しない。
ただひたすらに見守るというその寛大かつ壮大な心に釈迦は彼女を友として認めた。
「なぁに?変な顔して」
「変って失礼だな、ふつーに最近楽しそうにしてるっていうからどうなのかなって」
「そう!そうなの聞いてよ釈迦くん、あたし遂にね運命の……かどうかは分かんないけど王子様に会えたの!ポセイドンっていって、なんかギリシャ神のガチすごいヤバイ王様なんだけどさぁ、てか今考えたらガチ王子様超えて王様だね……でその人」
知ってると釈迦は思いつつも口にしなかった。
彼女はずっと何十万年も夢に見ていた。
数多の処女─乙女─を見てきた彼女はいつか自分にもきっと素敵な恋が現れると信じて来たのだ。赤い糸の運命の人。そんなものが実際にあるのか分からなくても、いつだってそれを真剣に語る彼女の瞳はまるで眩い太陽のようだった。
釈迦はそれをバカにしない、反対にそれを大切にする彼女自体が何処までも尊いものに思えて、いつか出会えるその人を見つけた時には教えて欲しいと頼んだ。彼女の運命はどんな相手なのかと楽しみにしていたのに、正直なところあんな神(ヤツ)かと少しだけ落胆した──彼女にじゃない。彼女の運命に対して。
ギリシャ神、さらに海の王ポセイドンは釈迦だって人類存亡会議や主神会議で見た事があり、彼が嫌う神らしい神だった。
彼女とは残念ながら正反対をいく男だと思う。
彼女の運命の相手は人間(人類)の方がずっとお似合いだと思うのに、彼女が見つけた赤い糸はどうやら違ったのだという。
「てかさ、運命か分かんないのになんでポセイドンちゃんなの、ルナリアちゃんって"運命"に固執してた感じじゃん」
「あー、なんていうかさぁ、あたしも夢見てたとこあって、あたしに見えてる赤い糸の先ってその人の小指に絡んでるかと思ったらそうじゃないんだよね、足元にあってその人が取ってくれるかどうかなんだって分かったの」
彼女なりの考えなのだろうが釈迦は少しだけ理解出来る。
どれだけ好きで恋焦がれていても、運命だといっていても、本当にそうなのかは分からない。
仮にそれが神の力で無理やりにでも繋げ合わせられるのならばいいが、彼女はそれをしないし望まない。ただ川から海へ水が流れるように、太陽が沈み月が登るように、赤子が成長して大人になるように、そんなふうに彼女は全てに自然を求める。
相手を思いやり、その相手の思いを尊重する。
普通は自分が幸せになりたいと求めてしまうものなのに、彼女はそれもまた人の運命だと流してしまうことを釈迦は素晴らしいことだと尊敬する。
「多分でも今ポセイドンもさ、赤い糸を踏んでくれるくらいにはなったから、あたしめちゃくちゃ嬉しいんだよ〜、この間なんてあたしにマント掛けてくれたし、ガチときめきすぎて滅ッ!って感じになってガチヤバだし、こないだなんて……」
「めっちゃ好きだねポセイドンちゃんのこと」
「……うん、超好き」
恋する女の子は素敵だと彼女が笑った時、釈迦も同意した。
それを応援する親友の方がずっとキラキラ輝いていて眩く思えた。
人は釈迦に頭を下げて祈りを捧げるが本当は彼女にしてやる方がいいのかもしれないと思いつつ、彼女は嬉しそうに深夜のラーメンを食べ切ると二人分の片付けをさっさと済ませて釈迦にシャワーを貸してくれる。
何度もここには泊まりに来たことがあるため釈迦も慣れた態度で寝巻きのスウェットを借りると相変わらずピンクでリボンをつけた猫のキャラクターのスウェットであり「派手じゃない?」と笑うと「ドンキで買った」と笑う彼女は地上や人類が好きなんだと思いつつ、釈迦はベッドに横になりながらメガネをかけて仕事をする彼女を見つめた。
「相変わらずオーナーは忙しそうだね」
「ゼウスがさあ、今度イベントするって言うからね、なんか主神系みんな来るっぽいしシヴァくんとか印度系もめっちゃ来るみたいだよ、釈迦くんもさぁ来るよね?あたしイベント用に久々にポールするし!」
「マジで、ファンやばいんじゃないの」
「どうだろ?告知出しといたけどちょいバズな感じ、てか釈迦くん久々だし自撮ろーよ!うぃ〜釈迦くんってガチ映えするわ、#悟り っていれとこ」
枕元に気軽にやってきた彼女がスマホをインカメラにすると釈迦も慣れたように笑うと裏ピースをして笑う彼女との写真が一瞬で天界用のSNSに流れていくのは察するが、いかんせん自宅だとわかる場所の写真でいいのだろうかと思いつつ欠伸をしていれば鼻歌を歌う彼女に聞き覚えのあるメロディだと思っていた所、彼女が勢いよく振り向いた。
「今回実はね、ポセイドンのことイメージして店内のレイアウト整えてるんだけど、喜んでくれるかなぁ?まぁ来ないと思うから写真だけ見せるんだけどね」
その言葉に先程の鼻歌はあの海王の独特の歌であると思い出す。
それを知るほどまでに過ごしたのかと釈迦が頬を緩めて眺めている間に彼は瞼を閉じてちゃんと返事をする。
「絶対喜ぶよ、じゃなきゃ俺が仏ッ飛ばす」
こんなに人の真っ直ぐな善の感情を受けて、心地悪いわけがないから、その想いに答える答えないは別にしても、もし酷いことを言われたとしたら、神でもなく親友として怒ってあげるからと思いながら眠りについた。
そこは天界一寝やすいベッドだと思いながら。
一方その頃・冥界にて──
一人の悪魔──ベルゼブブが暗い部屋の中でモニターを見ていると一件の通知が入り、クリックするなりSNSアカウントが開かれた。
それは眩い海の処女神のSNSアカウントでフォロワー数は数万規模だった。
ルナリア
クラブ【アトランティス】・オーナー
元モデル・ポールダンサー
クラブオーシャン→@club_Atlantis
という文字にちょっとしたキラキラとした星やシャンパンの絵文字のついたプロフィールの下の投稿はほとんど毎日されている。
大抵がキラキラとしたものばかりで、仕事のことや日常のことなどをそれとなく投稿しているが、最新投稿は相変わらず長いネイルをした派手なメイクの彼女と男性──見覚えのある福耳の神・釈迦だった。
ベッドかなにかの上で二人でツーショットをしている姿を見たが、明らかに二人の服は似たようなものであり『お久のマブ(親友) #悟り』という文字を読んだあとベルゼブブは少し考えた後にハートマークを押しておいた。
「なんだそれは」
「あっハデスさん……ルナリアさんのSNSアカウントですよ」
「ほお……ポセイドンには見せられないな」
僕もそう思いますと言うベルゼブブはこのアカウント主の友人に対する距離感だけは少し考えた方がいいと今度会う時に言ってみるかと考えつつ、少なくともそれに対して感情の波紋を揺らす神はSNSはしていないだろうが、彼女に対して不満を抱くだろうなと思いつつリンク先の店のアカウントを開くと既に今度の店のイベントに合わせた告知のコメント欄をそっと開いてすぐに閉じた。
「本気で行くんですか」
「ああ、たまには息抜きをしなければな」
友人の顔はみたいけど、人が多いのは嫌だ、その上きっとまた何かしらがまた起きる。何せ彼女が激しい台風のような人だから。
そう思いながらもベルゼブブは少しだけ楽しみにしつつ、店の告知投稿にもハートを押すのだった。
- 12 -
mae top tugi
index