イベントの翌日はスタッフ全員休みだといったものの、朝方まで結局はしゃいだことにより。一日休みでは無理だ……となり、店内改修も含め三日の休みとなる彼女はイベント翌日の朝、筋肉痛に泣いていた。
何百年振りのポールダンスは練習を重ねていても一曲まるごと踊ってしまうと翌日は全身悲鳴をあげていた。朝日が昇り街の住人が起きる頃、もう踊れないと倒れ込み、最後まで踊り続けていたのはやはりシヴァであり。彼は最後にアトランティスの店内で死屍累々の中でルナリアと立ってダンス対決をしていたが、終わりが見えない上に時間であるため「もう閉店!!」と宣言し、クラブ・アトランティスのイベントは閉幕した。
「てかシヴァくんRRR見てたんだ「ナートゥをご存知か?」なんて冗談いうんじゃなかったよ、ふくらはぎパンパンすぎる。ゼウスも途中で無理とか言うし、まじ酒よりキツ……うぅ、酒飲んでないけど気持ち悪い、あさりかあおさの味噌汁飲もっ」
ベッドの上でぐしゃぐしゃになっていた彼女は既に昼を過ぎていたが今日はゆっくりさせてもらおうと思っていた頃、彼女の城である薄いボロアパートの部屋のチャイムが鳴らされた。
彼女はキッチンで味噌汁を沸かして新聞勧誘だろうと無視をしていたところ「ルナリア様、お迎えです」と突然廊下側の部屋の窓が開いては鉄格子越しに青い顔(物理)をした男に声をかけられ彼女は「うあぁぁ!!……あれ?ペルギーじゃん!」と大慌てしつつも冷静に相手を見るなりドアを開けて部屋に招いた。
「昨日のイベントまじ半端(パナ)かったよ、ここ数年で一番アガってたし、売上もおかげさまって感じ……てか味噌汁飲む?あさりのやつ、あさりってスーパーで値引きしてる時にまとめて買って砂抜きして冷凍しておくと、いつでも気軽に使えるからいいよね?てかてかプロぴー(プロテウス)来んの初じゃね?スタンプカード作ったげよっか!てかマジなんでいきなり来たの?」
婦女の自宅に上がるなど……のポセイドンの忠実なる従者プロテウスは断ろうとしたが腕を取られて無理やりに招かれるとキッチンとダイニングとなった部屋に招かれて、椅子に座り丁寧に熱いお茶まで出された。
彼女はいつも通りに自分の話したいことを話していたがプロテウスがやって来たことについて疑問を問いかけると、彼は「お迎えに上がりました」というだけで、彼女は小首を傾げると「主からのご命令です」といわれ、つまり主……ポセイドンから何かしらを理由に連れてこいといわれたのだと理解した彼女はしばらく考えたあと、ハッと気付いてしまう。
「ええー!!それって会いたいってことじゃん!!ヤバっ!!」
「というわけでお飲み終えましたら早速ですが我が主の城へ来ていただきます」
「ちょっまっ!メイクとかしてないし、ちょっぱやで仕上げるから二時間待って、え?ちょっと、えっ、待ってー!!!」
目の前で椅子に座った彼女が出来たてのあさりの味噌汁を飲み終えると興奮気味にキャミソールとショートパンツの部屋着であり、全くの寝起きであるのだがプロテウスは静かに彼女を見守ると指を鳴らすと、外に待機していたメイドたちが彼女を着の身着のまま担いで拉致するようにポセイドンの居城へと連れていくのだった。
◇◆◇
「ぱな〜〜い」
ここは天国か……と彼女は幸せな顔をしながらポセイドンの居城にてとろけた様子でマッサージを受けていた。
天界でも屈指の人気を誇る美の女神アフロディテのサロンに勤めるマッサージ師数名によりうつ伏せの彼女はゆっくりと広い大浴場で身を綺麗にされたあと、全身の疲れた筋肉を解すようにマッサージされる。
特にハイヒールを履いて踊って走ってとしていたふくらはぎは重点的であり「お美しい足でございます」と筋肉のついた彼女の足を褒めるマッサージ師に彼女は普段であれば騒がしくしているのに、今日ばかりは疲れきっていることもあって素直に静かに堪能していた。
心地よい薔薇の香りに包まれて、室内は少し暑い程で、タオル一枚だけで全身のマッサージを受ける彼女はそれはもう心地良さそうな顔をしていた。
「ほうひやあひゅろひゃんわ?おひへってたひはひゅっひょーせひゅちゅひてないでそー?(訳:そういえばアフロ(アフロディテ)ちゃんは?お店って確か出張施術とかしてなかったくない?)」
「はい、通常は行っておりませんがルナリア様への施術と、本日ご予約頂きましたポセイドン様たってのご依頼でしたのでアフロディテ様がお受け致しました。ご本人様はお忙しく来られなかったことを大変申し訳なくしておりました」
「ほーなんら」
顔をもちもちとマッサージされる彼女は兎に角今日はそういう感じかと思った。 如何せんポセイドンのことは相変わらずよく分からないのだが、これは彼なりの労りであるのだろうと思いつつ彼女は丁寧に好きにされるのを味わい尽くし、二時間以上の全身マッサージを受けて身体はとても軽くなり、さらにオイルを塗られたりパックされたりと肌のケアをされ、案内されるがままにポセイドンの城で彼女専用の客間として用意された部屋で同じく用意されていた服を選ばされ、メイクだけは自分で……というと、デパコス一式が用意された彼女は「おぉ〜宝庫すぎる」と貴重な宝石を見せられるよりもずっと気分を高くして、楽しそうにメイクをして、近くのメイドにもこのリップ似合いそうといいながら時間を過ごした。
「中庭でポセイドン様がお待ちです」
「ま??髪の毛したらいこっかなぁ、あっねぇねぇ二人とも髪の毛して〜!」
「私共がでしょうか……かしこまりました」
部屋の入口で待機していた二名のメイドは既にルナリアの友人のようにそれぞれのメイクをされたり、彼女用に置かれた服やアクセサリーをつけられて既におもちゃとなっていた。
初めこそ戸惑う彼女たちも人懐っこい女神にまるで年頃の少女のように楽しく会話を弾ませてはその髪を丁寧に編み込んだり巻いたりと手馴れた様子で、珍しくハーフアップに淑やかなドレスを身にまとった彼女は姿見の前で「かわいいかな?」と恋する乙女らしく照れ笑いをする姿を誰が愛らしくないと感じるのだろうかと思えてしまう。
彼女がよく口にする「恋する乙女は最強─かわいい─」という思考を愛の女神ではなくとも理解できる者は多いだろう。
用意を完璧に済ませ、重点なマッサージを受けた彼女は流石はアフロディテの店の施術師だと惚れ惚れしながら歩く姿は何処か神々しい。
スッピン部屋着の足ツボスリッパで連れてこられた時には「い"や"た"」と泣き叫んでいたものの、丁寧に解された彼女は今はもう気分も良さそうで昨日の疲れもつゆ知らずな表情で中庭のいつもの東屋の下で本を読むポセイドンが見えるなり、まるで飼い主を見つけた犬のように駆け出した。
「やっほーポセイドン!昨日どうだった?あの後秒で帰ったってヘルぴから聞いたよ!あたしはあの後てんてこまいでシヴァとゼウスとみんなで朝までサタデーナイトフィーバーキメてたよ。お陰様でナートゥを朝まで踊る羽目になっちゃって、あたしの足ってバキくらいバッキバキだよ、あっバキって地上界の格闘技の漫画でね……」
メイド達が椅子を引く前に自ら引いて座った彼女はそれはもう普段のような態度で話をしており、昨晩の「……ズルいよ」とポセイドンの腕の中で抱き締められた面影などはもう見えなかった。
ポセイドンは視線を彼女に向けると、ニコニコと笑う姿は普段とは違う露出の控えめな長袖のトップスにロングスカートという清楚な格好だった。
前髪も普段とは違いかきあげるのをやめて、髪は編み込みのハーフアップをされており、向かいに座るポセイドンと合わせるとよくお似合いの恋人のようだった。
「貴様……その格好ついに腹でも壊したのか」
「違うしー、ポセイドンがあたしの部屋に置いてくれてたヤツだよ、ぜーんぶかわいいけどちょっと地味なんだよねぇ、あたしもっと短いスカートのが動きやすいし、なんかこういうの着ないタイプの奴だから違和感かも、変??」
「普段より些かマシに見える」
「それって好みってこと??そういうことでしょ!?え?ま?ガチヤバすぎる、ねぇねぇみんな聞いた?ポセイドンがさぁ……」
うるさいとポセイドンはそのざわめきを耳にしながら静かに出された紅茶を口にして目の前の女を見た。
彼が何を話さなくてもただひたすらに一人で話のできる彼女は決して誰にでもそうではないと知ってきたのは最近のことだった。彼女なりに人懐っこく話を出来る存在というのは何かしらのラインがあるのだろう。
騒がしいだけ……とポセイドンは初対面の頃から好まない、その印象を持ちながらも昨晩の彼女を思い出す。
深い海の底のような店の中で踊る彼女にポセイドンはただ見惚れてしまっていた。心を奪われたというよりも"瞳"を奪われた。
重力も無視して一本のポールだけで空中を泳ぎ回る彼女はまさに海の女神の一人だと思った。真珠のように白く美しくきめ細かな肌、長く揺れる髪はまるで珊瑚のよう、彼女の纏った純白のドレスを脱がされた時、それは目を離せないほどだった。
「そういやあたしのダンスどうだった?テーマはね、海と乙女っていってダンスの脚本にあたしの大好きなアンデルセン先生にお願いに行ったらあの人ってめちゃくちゃ陰キャで普通に面会謝絶されたよね。でもあたしガチファンだから、ストーリー借りますからね!って一応承諾貰って、そっからあたしが脚色しまくって……」
人になりたいと願う女神は人としての生活をしながらも恋をした──海の王子様に、あれだけ人になることを望んでいたくせにと彼女は人に傷付けられ、そして海に投げ落とされる。
「苦しくて、苦しくて、ずっと海を泳ぐうちに深い海で王子様と目が合うの、そしたら海で息をする方法を思い出して自由に泳げるのに、王子様には届かない。人にもなれない、だけど王子様を求めて泳ぎ続けるの」
それはまるで彼女の物語のようだった。
ポセイドンは静かに目の前に出されたベリーソースの掛かったレアチーズケーキに黄金色のフォークで切り分けて口に運ぶ。
「けれど王子様には触れられない。それでも幸せだと思う女神は最後は泡になって溶けていくの。それで気持ちだけずぅっと海の中にいるってストーリー……どう?どう?感じてくれた?なんかそれっぽかった??」
彼女はいつでも明るく楽しそうにしているのに、どうしてそんなに暗い話を思い描いたのかとポセイドンは静かに感じる。
海とその王と人になりたかった女神、決して結ばれないその関係性は自分たちを重ねているのだろうかと思うものの「ハッピーなのが良かったけどさぁ、お店の雰囲気が今回あんな感じだったから、明るいのよりオトナチックな方がウケいいんだよね」と楽観的に口にするため、どうやらそれは杞憂のようであるが、彼女は両肘をついてはポセイドンの顔を覗き込むようにみつめた。
「それであたしの王子様はどう思ってくれたの?」
「……お前は」
「うん!」
「……直ぐに肌を見せたがる」
「うん!……ん?」
「……女神として、女としての、恥を知れ」
彼女は嬉しそうな笑顔で両肘に顔を乗せて、椅子を前のめりにさせていたもののポセイドンの声にズコッ!と転けてしまう。
言われ慣れてきたことでもあるが、昨晩は熱心に見ていてくれた気がしたので多少なりとも甘い言葉をくれるのかと思いきや、それは当然ありえないことだった。
ルナリアは確かに昨晩はダンス衣装だった為、普段より露出はあったかもしれないが、それでもポールダンスであれば随分と露出は少ない上に動きにくい衣装だったと不満を覚えながら、自分の今の服装と比べると普段の格好も少し肌が見えやすいと考える。
言われ慣れていることだ、昨晩の男のようにそうした所が自分を軽視される部分であると。分かっていても分かりたくない。ただそれが好きでいることがどうしてダメなのか理解していたくなかったから。
「しかし……余興は悪くはなかった」
「……ポセイドンってさぁ、すんごいズルいよね、ほんっとにズルい!!何でこういうとこでデレんの??あたしまじ悔しいんですけど!!」
悲しむ暇も怒る暇も与えてくれない。
ただ彼の一言だけで喜んでしまうのだと彼女が唇を尖らせつつ、ようやくケーキを食べ始めるとすぐに機嫌よくなって「これ誰が作ったの!?めっちゃ美味しい!」と声を上げることを騒がしいと思いながらポセイドンは静かにケーキを食べ終えては夢中になって午後のティータイムを楽しむ彼女を前に本を開いて、それをBGMにするように時間を過ごした。
彼女は気付いてもいない。
この城であれだけ丁寧に労られて、さらに彼が与えた服を着てメイクをして、彼の従者に髪を結われることが、それが当たり前ではないということ。
そして彼もまた口にはしない、例えそこに強い何かを抱いていても、口にせずともここにいる。それだけで彼にとって十分なものだから。
ゆっくりと空は夜へと変わる時、彼女はやはり騒がしくメイドたちを引き連れて庭園の花を眺めて歩き回る。風に揺れた彼女が髪を耳にかける時、ポセイドンは静かに彼女を見つめており、彼女はその視線に小さく笑った。
とても静かに美しくまるで海に射す太陽の優しい光のように。
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