オリュンポス神殿の薔薇園にて軍神アレスが優雅な佇まいで薔薇の香りに包まれ紅茶を嗜んでいた時のことだった「わっ!!」と突然忍び寄った影がアレスに声を出して驚かせた途端、アレスは椅子から飛び上がった、その高さ──三メートル、まさに神としての力がそこに発揮された。
「ごめんごめん、そんなにビビると思わなかったんだもん、てかまじアレぴって反応よすぎ、飽きないわぁ」
「べべべ別にビビってなどおらん!ちょーっとお前に合わせてやっただけだ」
楽しそうに声を抑えずに大きく笑う女は彼がたとえ最高神ゼウスの息子だとしても、まるで普通の友達を相手するような態度でちょっかいを掛けては椅子に座るなり、傍に控えていた彼の従者が彼女の分のお茶を淹れた。
ローズヒップティーといわれて提供されたピンク色の紅茶には食用の薔薇の花弁と金粉に彩られ、さらにこちらもと出された苺を薔薇の花に見立てたイチゴのタルトは美しい陶器に盛られており、アレスは「え、オレのと違うくない?」と呟いたが誰もそれを気にしなかった。
それこそ客人として元から招かれていた訳でもない彼女は「やばい、これはガチの映え過ぎる」と真剣にスマホを向けて撮影しては、アレスに持たせて写真を撮ったり、二人でインカメラで自撮りをしたりと相変わらずしたいようにしていた。
「いやぁこの間のイベントやばかったね、あたしマジで久々に昇天して遂に魂バイビーするところだったわ、てかゼウスマジでパないわ、おじいちゃんって思っててもあのダンスは相当踊ってきたクチとみるね。てかそれこそヘラちゃんと案外踊ってたりしたのかな〜??ねぇねぇどうなの?そこんとこの恋愛事情教えてよー!」
「知らん知らん、オヤジとオフクロのそんな話聞きたいとも思わんわ!というよりオフクロのことをなんて呼んでるんだ!」
「ヘラ"ちゃん"?」
こてん……と小首を傾げて、何をおかしなことを言ってるんだというような目を向ける彼女に、おかしいのはお前だとアレスは思いつつ、念の為にとこの世間知らずで夜遊びに長けた小娘女神(こむすめがみ)にヘラはアレスの母であり、ゼウスの妻であるのだと告げた。
つまり天界においてヘラはナンバーツーといっても過言ではなく、穏やかで美しく優しい母だが、下級女神が気安くそんな風に呼んでしまうと普通は処刑であり、アレスは自身が寛大であるから許すが……というものの、目の前の彼女は紅茶の香りを楽しんでは「これどこで仕入れたの?ウチの店にも来客用で仕入れたいんだけど」と傍の従者に声をかけていた。
「貴様は本当に聞いているのか?オレはお前を思ってだなぁ」
「だって友達に対して畏まるとか有り得なくない?ヘラちゃんもヘラちゃんでいいよ〜っていってくれてたし、えーあたし今更ヘラちゃんことヘラ"様"とか呼べないよ」
「……とも、だち?」
「そー、昔一緒のネイルサロンで隣同士になった時にめっちゃ意気投合したの!ヘラちゃんってマジで宇宙レベルの美人だし、お話面白いし、優しいし、膝枕とかしてくれるし最高なんだよね、まぁたまーにてかほとんど旦那がなんかやらかしてブチおこ!してるのは知ってたけど、ゼウスが旦那って知らなかったよ。そりゃあヘラちゃんも激おこになるよね」
宇宙広しとはいうけど案外そういう繋がりは近くにあるんだね。と話す彼女にアレスはン?と頭を抱えて考えた。
母親はここ最近「新しく娘がいてもいいと思うのよ」とある日言っていたが、子供の前で夫婦の話をしないでくれと思いつつもその手には天界養子縁組の書類を持っていたことが妙に引っかかる。
『元気な女の子っていいわよね』
『貞操を守る……いいえ、乙女の心をあんなに美しく持つだなんて素晴らしい』
ンンン……?とアレスが思う時、目の前の女はニコニコと従者に話しており、従者達はそれは破顔したように彼女に話を付き合ってやっているため、考えたくもないことだが、母・ヘラが求めたのはこの目の前の女神では無いのだろうかと思った。
「そ、そういえばルナリア、お前はいくつなんだ?両親や兄弟は……」
「あたし?あたしはねぇ、大体千歳弱くらいかな?って女の子に年齢の話聞くのってタブーだからね!も〜えっち!アレぴのすけべー!」
キャッキャッと笑う彼女が"えっち"と呟いた途端にアレスの背後で落雷が落ちた、満天の青空は雲ひとつなく晴れやかで心が浄化される。そして落ちてきた雷の雰囲気からすると神が人に落とす天罰の雷に似ていた。
特にアレスには覚えのあるものだ。
そう──母・ヘラの落雷(ゲンコツ)であると。
背中に冷や汗を流しつつも「すっすまん」と返事をするアレスはそもそも何故彼女がオリュンポス神殿に来ているのかと思い出したように問いかけると、彼女は先程まで女子会に誘われて来ていたのだという。
「なので気合いばっちり」とピースサインをする彼女はおよそ海の処女神とは思えない格好をしていた。
薄いピンクのヒョウ柄の上下セットのオーバーサイズなスウェットはへそ出しルックで、白いブラトップは彼女の鎖骨や谷間に腹部を大きく露出させ、腰元でカルバンクラインと書かれたロゴが小さく見えるが「見せパンだよ」といわれ、そんな姿で歩けるのか?と聞きたくなるほど底が厚くて大きな白のスニーカーとサーモンピンクのキャップ姿。
残念ながら女神には見えない。
それどころか海とは程遠い地上にいるように感じるのだが、本人は女子会のためのコーデだからウケが良かったと大満足で、ちなみに女子会のメンバーは?と聞くと彼女はえーっと……と言いながら長いスカルプネイルをした爪で一人ずつ数える。
「ヘラちゃん、アテネちゃん、アフロ(ディテ)ちゃん、アルティ(アルテミス)ちゃん、デメテルちゃん、ヘスティアちゃん、ペルりん(ペルセポネ)……だよ?」
「いやそれオリュンポス十二神!!え?主神しかいないけど?キミなにしてるの?」
「ふつーに友達だよ。みんなめっちゃいい子だしかわいいしさぁ、オマケにちょーいい子なんだよね、友達ってだけでマジ感謝」
「その方々はお前が簡単に友達ってなれる相手じゃないんだぞ……」
というよりも地上界で人類がようやく歩き始めた時期に生まれたなど赤子に等しいじゃないかとアレスは震えるものの、彼女は確かに今日のメンツは豪華だった、みんな女性として尊敬するほどバリキャリハイスペ女神だと腕を組んで頷きつつ、各神界の友達についても名前を出すが、どの女神の名前も主神クラスしかおらず、アレスはどうしてこんな小娘にと怯えてしまう。
「女子会帰りにアレぴ見えたからめっちゃ嬉しい!こないだもイベント来てくれたし、アレぴってガチ優しいよね」
まるで満開の花のように咲き誇った笑顔を見せる彼女を見てしまうとアレスはなんだかんだと彼女がどんな相手にでもかわいがられてしまう理由が深くわかってしまう。
あまりにも無邪気な姿は若さゆえなのか?と思いつつもアレスは微笑み返して、イベントといえばゼウスが随分とはしゃいだものの、楽しい時間であったと素直に褒めて、彼女のポールダンスについてもまさかそんな才能があったとはと素直に褒め称えると照れくさそうに微笑む姿は愛らしい少女のようだった。
「ポセイドン様も見に来ておられたし、よかったな」
「そ、そうそれ!次の日にポセイドンに呼び出されてアフロちゃんのお店のマッサージ師さん達のこと出張で呼んでマッサージされたり、服とかアクセとかめっちゃもらったし、部屋でグダグダしてたら来て本読んでたし、ふつーになんか褒めてくれるしさぁ」
「……部屋?お前の?」
「うん、ポセイドンのお家(城)にさぁ、あたしがいつでも使っていいって部屋貰ったんだよね、だから仕事忙しいけど会いたい時とかちょっと仮眠したりとか、仕事したりとかしてんの」
空になった紅茶に彼女はおかわりを求めるがアレスはポセイドンを思い出す。
他者を視界に入れることもなく、完璧な神として凍てついた空気を纏う厳格な海の王、父・ゼウスの兄であるが恐ろし過ぎて考えたくもない相手であり、ゼウスとは真反対の兄であり、かつて自身の兄・アダマスでさえ神として相応しくないと殺したことのある神。
ポセイドンの居城はとても静かでひとつの音も許さぬ程だといわれており、オリュンポス十二神の会議の際にも彼がいるだけで空気がヒリついてしまい、アレスはいつも恐ろしさを感じていた。
誰も寄せ付けない筈のあの海の王、ゼウス・エナリオスと呼ばれた孤高の神がとアレスは驚きを隠せずにいた。
噂では彼女がポセイドンの城へ押しかけ女房の如く通いつめていたものの追い出されているやらいないやら…といった形で話を聞いていたのに、たかが数ヶ月で何が起きたんだと思うものの、彼女はポセイドンの城はすごいのだと興奮気味に話すことに、アレスは肩の力も抜けて呆れて笑う。
「愛しているのだな」
「え?そりゃあそうだよ〜、あたしの初恋で、運命で、絶対的な王子様なんだもん。向こうはどうかとか分かんないけど、やっぱり当たって砕けろ精神なのかも!てか今日の女子会その話でめっちゃ盛り上がったんだよ」
愛している……それは彼女に対しても勿論だが、ポセイドンが彼女に向ける愛情も無口だが深いものだとアレスは感じると微笑ましく思えた。
しかしそうか……千歳も超えていないのか……と少しだけアレスは考えるものの知らないフリをした、一応は未成年ではないという小さな葛藤はきっと彼が常識人であるゆえに持ってしまうものであるが、一般的な神にとっては些細なものなのである。
◇◆◇
一方その頃、冥界にて
ベルゼブブが彼女のことを知るために資料を見ていたところ、年齢を見ては少しだけ手を止めてしまう。
ルナリア・海の処女神
年齢:800歳くらい(※神に正確な年齢はない為あくまでも天界が把握してるデータに基づく)
ちょうどそれを見ていた頃、ポセイドンの兄であり、そんなポセイドンに瀕死の重症の末に兄・ハデスより冥界で神として生きているアダマスがやって来ては「なんだ?」とそのデータを見つめた。
「なんだあいつ、やっぱまだガキじゃねぇか」
「……まぁ、神々には関係ないけど、若い部類かもね」
「こういうの地上でなんつーんだ……えっと、あぁロリコッ!!」
「純愛だ、それに神同士に年齢は不問だ」
アダマスの言葉に返事をするベルゼブブはフォローしようとするが性格の悪いアダマスは自身の弟について言おうとするが、突如現れたハデスの台詞と手により物理的に押さえられた。
ちょうどそのとき、ベルゼブブの画面にSNSの通知が上がっており、何かと思い開くといつも通りの彼女が「女子会とアレぴ #軍神かわいい」と書かれて一つの投稿に複数の写真が掲載されており。
そこにはアレスとのツーショットとさらに別に見知ったメンバーが映っていたが女子会と称した女神のメンバーを見ると彼らは小さく知らないフリをした、あの女神たちが彼女を気に入っているとなれば正直なところ、泣かせてしまえばとんでもなくなると思いながら。
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