「やめときなって、どーせつまんないよ?」
「うるさいなぁ、釈迦くんは嫌いだろーけどあたしは人類も神も嫌いじゃないんだもん、楽しかったら全然いいじゃん」
「毎回行っては何かしら文句いってっから言うんでしょーが」
「はーいはいはい、分かってますよーだ、てか暇なら後ろのファスナーあげてよー」

珍しく朝から釈迦は彼女の自宅に来ては横になっていつもの様にその口寂しさを紛らわすようにお菓子を食べていたものの、普段は横になって食べるなという彼女は相当忙しそうにしており、何事かと思えば今晩ゼウスの城でギリシャ神界のパーティがあるのだと彼女は嬉しそうに告げたが神嫌いの釈迦はうんざりとした顔をして、用意する彼女を見ていた。

人も神も動物も、この世全てを愛する彼女を釈迦は良い友人として心から好きであるのだが、如何せんその周りの神とくれば釈迦が嫌う相手ばかり。
特に天界のトップであるゼウスを筆頭に主神が多いギリシャ神達は釈迦が思う嫌いな神の定型でもあり、そんなパーティにいくとなれば彼女が楽しいだけで終わらないことは、ほんの少しの未来がみえる釈迦はたとえ未来が見れなかったとしてもわかる事だと呆れながら思う。

ロイヤルブルーとホワイトにゴールドのスパンコールなどがあしらわれたテールカットにティアードフリルたっぷりミニワンピはどこか甘いお姫様のようなデザインであり、髪の毛をあげた彼女に釈迦は仕方なく背中のファスナーをあげると素直に「めっちゃかわいいね」と伝えた。

「どう?どう?ブルーホワイトでちょっと落ち着いた感じ!ロング系のセクシーなのもいいけど、たまには甘いのもかわいいでしょ?変かな?」
「んー、俺的には全然いいと思う、かわいいかわいい」

褒められただけで彼女の心の光がさらに強くなり、釈迦は彼女といる時だけは普段よりカラーの強いメガネを掛けなきゃダメだと思いつつも、心の光というものはそんなものでは収められないものだと彼は理解して、狭い部屋でヒラヒラとご機嫌に回ってみせる彼女がなにを意識してそのドレスにしたのかは聞かなかった。

大きな女優ライトのついたドレッサーの前で丁寧にメイクをする彼女は機嫌良さげに今日のパーティがどんなものかというのだが、何故そんなに楽しみに思えるのだろうと釈迦は後ろから見つめてしまう。
彼女が他の神から何を思われているのか、そして過去に何を言われてきたのか、彼は知っていた。
実際に彼女の店にも出入りしたことがあり、一緒に過ごしてきた釈迦は何度も彼女が他人から好きに言われて評価されて軽視されていたのかを知っており。その都度苛立つのに本人は「慣れてるし、相手するだけ無駄」と流すのを見てきた。

「ねぇどのリップがいいと思う?」
「そっちの食べまくって落ちないやつ」
「フフッ釈迦くん分かってんねぇ、てか今日のパーティ、ポセイドンも来るらしいんだよね、あたしマジ今日こそ落としてやるもんね。最近0.000000001%くらいはデレる時あるし?結構大進歩ってことだと思うんだよねぇ」
「まーたポセイドンちゃんの話?好きだねぇ」
「好き好き、ちょ〜〜大好き!」

釈迦にリップを何本か見せる彼女に彼はしっかりと選んでやると二人の心は一つであるように繋がっており、彼女は釈迦の選んだリップの色をテスターで確認しつつ、彼の言葉に対して片手を上げて幸せそうに笑う。

「ラスト塗って」
「えー、仕方ないなぁ」

そうやって人に甘えてくる彼女は上手く心を掴むのに、そうできない連中が彼女に小さな棘を指す。本当は彼女がその度に悲しんでいることを知っているから釈迦は彼女の唇を彩ったあと、綺麗になったその顔に唇を尖らせて不機嫌そうに見つめた。
彼女はその先に愛する人がいるのなら、それがどんなに険しい道でも喜んで進んでしまうから、だからこそ釈迦はその善性を大切にしたかった。

「メイク崩さないようにな」
「うん、大丈夫!今日のメイクめっちゃウォータープルーフ系で固めたし、メイクスプレーも振りまくった!舞台メイクばりに落ちないし」

釈迦の言葉が分からないわけではない彼女は笑顔を見せた。
どうせいつものことだと彼女は言い切ってしまえたから。

◇◆◇

ゼウスの居城……というよりも神殿には既に何百何千という神々が揃っており、ギリシャ系が中心でありつつも、招待を受けた各神界も見受けられており、その数の多さ相変わらずなのだと思う彼女は以前もこんな風だったと思い出しつつ人ごみの中を過ぎていく。

「あっ!ハデス!!ベルぴもじゃん!!」
「ルナリア……そなたも来ていたか」
「当たり前じゃん、ベルぴこっち(天界)にまじ来てくんないから寂しかったよ〜?元気してる?ご飯食べてる?変な研究続けてる?そんなのするよりあたしとたまごっちしようよ〜!」
「相変わらず君って騒がしいな」

パーティ会場で既に誰かしらと話をしていた彼女だったが、様々な神と挨拶をしていくと、その奥で静かに佇む冥王ハデスと蝿の王ベルゼブブがいた事に周囲のことも気にせず飛び込むように駆け寄って抱き着くと、周囲はあの冥王と蝿の王に……と顔を青ざめさせるものの、彼女にとって親友である二人は素直に受け止めてはグラスを片手に挨拶をしたものの、既に彼女の手には皿があり、そこには料理がいくつも並んでいた。

「早速楽しんでるようだな」
「うん!ここの料理すごく美味しくてね、この鴨のローストとか、あっこっちのサーモンのカルパッチョとかね」
「ん、ん……待って、はいらなっ…」
「ベルぴは食べた方がいいよ、細いんだからちゃんと筋肉に変えてヒョロガリの引きこもりになってニートにでもなっちゃったらってあたし心配してるんだから」

サタンに呪われし者として恐れられたベルゼブブに対してここまでの距離感と態度で接するのは後にも先にもきっと彼女だけであり。
彼女はハデスと話をしながらもベルゼブブの口に次々と料理を詰め込むのだが、ベルゼブブは困りつつもそれを受け入れる姿は少し姉弟のようにも似ている。
ハデスは弟ゼウスの誘いを断るような男でもなく、仕方なくその場には来るのだがベルゼブブは冥界から天界に出てくることは滅多にない。しかし先日冥界に顔を見せに来た彼女が自分も行くからたまにはと熱心に誘われてしまうと折れてしまった。

ハデスとベルゼブブはそれぞれ白と黒の礼服を纏っており、普段とは異なる雰囲気であるが「やっぱり二人とも顔整いだよね〜、マジでジャニーズとかジュノンボーイだわ」と謎の言葉を発しては二人を褒め称えるのだが、二人はそれを素直に受け取っては彼女へもしっかりと言葉を返した。

「美しい海のような青だな……一応聞いておいてやるが誰を想ってそのドレスを?」
「ちょっ!もうハデスってば聞かなくていいじゃん……そ、そりゃあポセイドンだよ〜〜って知ってんじゃん!あんたあの人のお兄ちゃんじゃん!」

バシバシとハデスの背中を叩く派手な女神に通り行く周囲の神々はギョッとした顔をしつつも一定の距離を開けて過ぎていく。
ポセイドンのことを告げた途端に彼女はその頬やさらけ出した肩まで仄かに赤く染めるのをベルゼブブが研究対象を見るように見つめては、恋をする人というのは面白いのだと感じつつ、自分の胸の中にある小さな温もりを感じた頃、三人に向かってくる新たな足音が聞こえた。

「ふぉっふぉっふぉっ、相変わらず元気そうじゃのぉ」
「ゼウス〜〜!今日のパーティ、人えぐくない?どんだけ呼んでんの?てかこんだけの人数入んの普通にヤバすぎでしょ、あたしの店の何百倍?って聞きたいんですけど」
「こっこら!ルナリアそんなに叩くな……お前は、ったく」
「構わんよ、それよりもお主、随分とぷりちぃなドレスではないか、まるでその姿、水の踊り子─あいどる─のようであるな」
「ええ本当に大変お美しいお召し物でございます」

そういってハデスたちの前に現れたのはゼウスとその息子アレスとヘルメスだった。
バシバシとハデスにしていたように最高神の背中を叩く彼女をゼウスは赤子のじゃれ付きのように扱いつつ「あっ、もうちょい上」と返事をしながら、彼女のドレスを褒めてやり、隣のアレスは相変わらずの彼女の態度に苦言を呈し、ヘルメスは変わらずな態度で彼女に声を掛けた。

人に褒められるのは心地が良いと彼女は囲まれながらもクルクルとその場で回ってみせるとテールカットの長い裾がふわりと揺れる。彼女の格好は他の女神に比べると些か族的であるが、それに対する視線は様々だった。
こういう場において神々は基本自身の神としての礼服を着てくることが多いが、冠婚葬祭程の場所ではなくパーティであるのならと彼女はそのドレスに身を包んでいた。

彼女を囲む面々は彼女がポセイドンの為にそうしているということを理解しており、少しでも彼の名前が出るだけで嬉しそうに微笑む姿は愛らしい恋をする娘の顔だった。

しかし、ちょうど何かざわめいていると思えばその先にはポセイドンがやって来たようであり、それに気付くなりゼウスは手を挙げて挨拶をするが相変わらず言葉を発することもないポセイドンはその騒がしい場に既に嫌気が差しているような顔をしていたものの、真っ直ぐと足を進めてやって来ては中央にいた彼女を見下ろした。

白と金の礼服を身にまとったポセイドンが彼女を見つめる度に、彼女の心臓の音が外にまで響いて来てしまいそうで、近くを通り過ぎた音の神は「誰か心臓の音やばいぞ!」と心配そうに呟いた。
ポセイドンがそれほど他人を見つめることがあるのかとゼウスとハデスが思う頃、彼女が普段通りに、しかし少し緊張気味に「やっ、やっほーポセイドン、どうかな?今日のあたし」と聞くと、しばらく間を開けた後、彼は口を開いた。

「……多少はマシだ」

たった一言だけ告げる彼に外で花火が上がった。
それは彼女の心を表すようであるが、花火なんて誰が用意したんだと声がしたものの、どうやら別方面で花火職人の事故だったと声が聞こえ、パーティはようやく始まりを告げるのだった。

◇◆◇

主催のゼウスや冥王ハデスに海王ポセイドンは流石にずっと彼女と過ごす訳にも行かず、程よく話をしていればほかの神々に気付けば拉致されてしまい、彼女と共に残されたのはベルゼブブとアレスの二人であったが、アレスはルナリアはいいものの、蝿の王ベルゼブブに関してはどうしたらいいのだと思い空気の悪さを感じそうな時、腕を組んでじっくりと会場を睨みつけていた彼女が「よし……」と呟くなり、ビュッフェとなった場所で二人にそれぞれ皿を渡して、彼女もまた皿を手にした。

「これ絶対美味しい、これベルぴ好きな味だと思う、こっちアレぴ好きっしょ〜」

彼女はすぐさまあれ食べたいこれ食べたい、それ美味しいあれ良さそうと騒がしくしては次々と自分と二人の皿の上に料理を乗せていき、アレスは困惑するがベルゼブブは何を言っても聞き入れないこのお転婆女神にされるがままとなった。

「パーティの原則はね、飲み食いだよ……いかに元を取るのか、ベルぴはわかるよね?利率とか収益とか、いかにメリットをこの空間に出すかなんだよ」
「なるほど、つまりパーティというくだらない他者との関わりではなく、効率よく食事や酒を摂取するということが重要なのか」
「違う違う!!パーティってのは普通は話したりするのがメインだから!お前らがしてることは食べ放題に来た高校生みたいな感じになってる」
「アレぴ……このキャビア原価……」
「そういうのやめろ、経営者の顔を出すな、素直にパーティを楽しんでくれ」

ちぇーっと唇を突き出して冗談なのにと笑う彼女にアレスは苦笑いをしつつも、三人で料理を片手に食事をしている際にも彼の耳には密かに何かしらの声が聞こえていた。
それはアレスのような男にさえ届くのであれば、彼の隣で平気で笑っている彼女にも充分聞こえるものだろうと思った。

──みた?あの子、ゼウス様やハデス様に対するあの態度。
──下級女神だからかしらね、あんな軽い格好で来て、女神として恥ずかしい
──そもそも自分の身分もわからずにここにいるのが…ねぇ

アレスは思わず額に血管が浮いてしまいそうになる。
ゼウスが主催している神聖なるパーティの席で何故同じ女神達がそんなことをいうのかと思いつつ眉間に皺を寄せて「おい…」と声を出そうとするが、ベルゼブブがそれを止めた。
彼は細身に見えるが、皿の上に彼女に山のように盛られた料理を気づけばペロリと食べ尽くしていた。深い冥界のような暗い色をしたベルゼブブはアレスを止めるものの彼は不満げだった。

「やめてた方がいい、無駄だ」
「だが、あの言葉は」
「分かってる、君みたいな脳筋の鈍感でも聞こえるなら、彼女には……」

そういったベルゼブブの言葉にアレスは少しだけ悪口を含めただろうと思いつつもそこは流しておいて、チラリと隣にいる彼女を見ると冷製パスタを食べていた彼女はいつもと変わらない態度をしており、アレスは明らかに聞こえているであろうあの言葉に対してどう反応を示してやればいいのか悩む頃。
彼女はパスタを飲み込んだ後、なんの感情も持っていないような顔をして、反対に自分たちをコソコソと盗み見る連中にフンと強い態度を見せる。

「慣れてるし全然気になんないし、てか人の事どうこういう前に自分の身なり気にしたらいいのにね、だっさいなぁ。なにあのドレス?あたしのが絶対かわいいしね」
「かわいいかはさておき、君のドレスはここでは斬新だけど悪くないと思う」
「ベルぴって全肯定してくれるよねぇ、流石あたしの友達。あたしもベルぴの今日の格好めちゃくちゃかっこよくて好きだよ、いつものあの服装も正直メロいけど、今のこの黒地にヴァイオレットカラーが差し色なのはセンスよすぎる」

心配そうなアレスを置いて、彼女はベルゼブブに絡みに行くと彼のネクタイの歪みを直して楽しそうに微笑んだ。
そうして自分は自分、他人は他人、と割り切る姿は冷静で少しだけポセイドンにも似た要素を感じる。自分の信じる道を突き進むというところだ。
それでも周囲の声は鳴り止まずに会場の音楽や喧騒に混じって流れてくる。

身分も弁えない女神。若い故の無知な女神。哀れで馬鹿な女神。身の程知らず。恥を知れ。

悪意というものは無限大で、パーティ会場の中の会話というものは様々なものがあるが、ちょっとした会話の種にしたいとなればその派手な一番階級の低い彼女がターゲットになることは当たり前のことだった。
アレスもベルゼブブも彼女が何も気にしないように努めているものの彼女が笑って会話をしている中、肩を小さく揺らしてしまうことに気付いていた。

ベルゼブブは自分も同じように人の悪意に晒され、常に恐怖という名の陰口を受けていることを知っていた。パーティ会場の中で彼女の次にベルゼブブが「あのサタンの」という下らない話の中心にされていることを彼は気にしなかったのだが、先に気になってしまったのはルナリアだった。

「あのさぁ、さっきからグチグチうっさいんだけど、あたしらのことそんなに気になるなら普通に話に来たら?それともなに?下級女神とこわーい蝿の王とつよーい軍神様がいたら来れないの?あたしのこと勝手にいえばいいけど、ベルゼブブのこというのやめない?マジでおもんないよ」

カツカツとハイヒールが音を立てるとヒソヒソと話をしていた連中にハッキリと告げた彼女は先程からベルゼブブに対する悪意ある言葉をハッキリと耳にしていた。
残念ながら耳のいい彼女にはその言葉はよく聞こえており、彼女への陰口とは別にベルゼブブに対して「どうしてこんなところに」「来るなよ」という恐怖からくる言葉であったが。彼女は苛立ちを隠せずに真っ向から相手に挑むのを友人である二人は見つめた。
話をしていた連中はそそくさと逃げるように離れていくが彼女はその見た目にそぐわず舌打ちをしてはムカつきを隠せない態度で戻ってきてはベルゼブブをみた。

「ベルぴ大丈夫だよ、あんな奴ら平日の昼間に井戸端会議してる下らないおばちゃん連中と一緒なんだから」
「……うん、気にしてない」
「ならよかった、てかほらアレぴもそんな顔しないでさ、食べたし次は三人でちょっと踊りに行こー!」
「あっ!ちょっ……全く」

彼女にはベルゼブブの全ては知らなかった。
彼が天界から冥界にいったのは研究のためという大雑把なものしか知らず、天界でどれだけ虐げられ、自分の中の闇に苦しめられ大切な人を失ったか。
ベルゼブブにとって彼女はあの頃の友人たち同じなのだ。
真っ直ぐで明るくて手を伸ばすと焼けてしまいそうな太陽の光を持つ者。こんな場所に来るのは本当に嫌だったが彼女がいるなら悪くないとベルゼブブは思いながら手を取られて、ダンスホールへといった。

人の視線は常に彼女に突き刺さる。
好奇心も、嫌悪も、下心も、好意も、何もかもが身体に張り付いてビリビリしつつ、彼女はダンスホールでアレスと手を取り踊っていた。
生憎とベルゼブブには踊るのはと断られてしまい、巨漢のアレスにエスコートされて踊るのは中々に心地よいと思いつつも冗談混じりに「ポセイドンとか、せめてハデスと踊りたーい」と笑って言うと、アレスもそれが冗談だと分かって「俺と踊れる方がずっと貴重なんだぞ」と返事をして楽しそうにステップを踏んで、数曲踊り終えては足が疲れたと思い彼女が他の女神とアレスを踊るように頼んで、ベルゼブブのもとに戻ろうとした時だった。

「ポセイドン様の次はアレス様かよ」

通り際に聞こえた男神の声に彼女はピタリと止まるが、相手は酒も飲んでいるからと言いたげにして彼女を見ると、彼女も相手を見つめ返した。
相手の視線はいつだって彼女を見下してきた相手と同じで、身なりからして上級神なのだろうと分かった。
彼女がはっきりと「なにか?」と強い視線で相手をみると、男は彼女をビックリと見つめ返すが胸元やさらけ出された長い足などを、あからさまな目で見つめる。男の欲の目だと彼女は理解していた。

「ポセイドン様に尻尾を振ってるらしいが、今日はアレス様、その上蝿の王まで……女神としての恥じらいってものがないんだと思ってな」
「恥じらいって?」
「海の処女神だっていうのに男を侍らせている。それも主神クラスばかり、そりゃあ悪い噂を立てられても仕方ないだろ」

相手の男はきっと彼女が気に食わないのだろう。
そういう連中をルナリアは知っている。
女神だから、女だから、そんな下らないことだけで判断をされて男女のことを持ち出されることは至って気分を悪くさせるものである。
無視をしてもいいが正面からこられた相手を無視出来るほど彼女も人が出来ていない。相手の男はグラスの中のワインを飲み干しては彼女の胸元を小突いた。

「ポセイドン様に近づく為に、冥界にまで行って、あの冥王ハデス様と寝たってな」
「……」
「噂になってるぞ、お前みたいな尻軽女神にハデス様が誘惑されたと、ハデス様もだがポセイドン様も可哀想にな、あの方の名前に泥が塗られたんだ、お前みたいな女ッ……!」

バチン!──と酷く乾いた音がした。
会場の中の音が鳴り止み、周囲の視線は完全にその二人に向いていた。
他の女神と踊っていたアレスはもちろん、静かに遠くで見守っていたベルゼブブも目を丸くした。
何故ならルナリアは相手の男の頬を叩いたからで、その勢いはとてもよかったせいか相手を叩いた左手の薬指の長いネイルが折れて床に落ちてしまった。
相手が顔を真っ赤にして何かを言う前に彼女が会場に響く声で「バカじゃないの!!」と声を荒らげた。

「なんで……なんで男と女が一緒にいたらそうなるの!!何であたしだけじゃなくてハデスのことまでそんなこといえるの!!あたしがポセイドンを好きなことがなんでそんなにダメなの!!友達を作るのも、好きな人ができるのも、全部全部階級っていうんだったらあたしはいつ"下級女神"からぬけて、ハデスたちと友達になれるの!?」
「な……ぁ、きっ貴様、自分がどの立場で暴力を!」
「知らないよ!ハデスは私の友達なの!!友達のことバカにされて黙ってるわけないじゃん!!好きな人のことでそんなこと言われて黙るわけないじゃん!!……ッ、ふざけないでよ!!みんな……みんなっ、バカみたい!!」

泣きそうな声で叫んで逃げ出したルナリアにベルゼブブが見送る時、会場の奥から聞こえた声に反応するように、何かが揺れていたが、先に動いていたのはアレスだった。彼は鬼神の如くその額に血管を浮かべては相手の襟首を掴んで今すぐに相手を殺さんと言わんばかりの表情であるが「これこれ止めんか」と割って入ってきたのはゼウスであり。
その後ろからハデス、そしてポセイドンが現れた。

「どういうことか説明しろ」

大地が揺れる中、海の王の声が静かに響いた。
会場全体が静まる頃、大地が揺れる音が微かにした。
ポセイドンの静かな声のすぐあと、ポセイドンと同じようにそこに感情を宿さないハデスが何もいわずにアレスに掴まれた男を見つめる頃、パンッと手を叩く音がして、その音の主はゼウスだった

「まぁよい、こやつの処分はワシに任せてくれんかのぉ」
「そうさせたいが余の唯一無二の"友人"を侮辱する言葉を聞いて黙っていることはできない」
「兄上に同意だ、余の名も出ていたようだが、つまりこの雑魚は余も侮辱したといえるだろう」

ゼウスの意見を否定するハデスもポセイドンは見るなら怒りを露わにして、会場の電気がチカチカと不規則になり、さらに大地が激しく揺れるが、ゼウスも「分かっておる」と返事をしつつも、その瞳の奥には怒りを宿しており。会場にいた神々は三神の威圧に耐えられずほとんどが片膝をついてしまう。

アレスでさえ片膝をついて相手の男の頭を地面に押さえつけており、主神など一部の神だけがそこに立っており、そこには当然その三人以外の主神たちもいた。
それはほとんどが彼女の"友人"であるといえるが、全員が今にも裁きを下さんといわんばかりであったが、音を立てて寄ってきたのはベルゼブブだった。

「ここはゼウスさんに一旦任せましょう、どうせ彼が冥界に来るのは確定してる。それにポセイドン……キミは彼女を追いかける方がいい」

珍しく意見したベルゼブブに彼らは静かに顔を見合わせるとポセイドンは何も言わずにその場を後にした。
ハデスは主催であるゼウスの顔を立てるとして任せることして、一度その場を後にすると、ゼウスは直ぐに男を連れていけと命じて暗い顔をせず楽しめとパーティを再開させる。

静かな廊下を歩くハデスは隣のベルゼブブをみた。

「あの男に何をした」
「少々研究中の虫に食わせだけです、多分数時間後には腹を食い破られて死ぬでしょうね」
「そうか、傍にいればよかったな」
「……大丈夫ですよ、ポセイドンさんが行ってくれましたから」

ベルゼブブはそういいながら手の中に小さな試験管を取り出してはその中にいる虫をみせるが、ハデスは気にしなかった。
ただ彼がいま思うことは、あの女神が早く慰めてもらえることだった。

◇◆◇

「あぁもう……最悪だ、やっちゃった……あたしのバカ〜」

会場から逃げ続けるように人気のない二階のテラスとなった場所に出てきた彼女はテラスの縁に手を置いて頭を抱えて俯いていた。

手は出したらダメだ、裁判沙汰になる、店が……てかハデスに顔が見せられないと頭を抱えていた。
色々に闇を抱く中、パーティに来る前に釈迦に言われた言葉を思い出してしまい、胃の中がムカッとしてしまう。自分のことが言われるのは分かっていたことだった。慣れていると言い聞かせて取り繕えていたのに、友人のことをあの形で言われた途端に何もかもを忘れて手が出ていた。

「あ〜〜この日のためにあってネイルしたのに、まじ最悪すぎじゃん」

左手の薬指だけ長いネイルが綺麗に折れてしまっており、ルナリアは数日前にパーティのために態々ネイルに呪文を入れてくれるということで有名なネイルサロンへと足を運んだのに頼んでいた「素敵な日になるように」という願いは届かなかったようだ。

苛立ちと悲しみが重なりつつ顔を上げると見た事のある光景だと思った。
そしてそこが初めてポセイドンを見かけた場所で追いかけてきた場所だったと思い出す。
あの頃からポセイドンに何も知らないのに恋焦がれて、アレスやゼウスにヘルメスと知り合い、冥界まで飛び込んでハデスにベルゼブブとアダマスに知り合った。
風が吹くと髪が揺れて、あの日の夜に似ていたなと思う頃、下からの視線を感じると彼女は目をギョッと見開いた。それはいま思い描いていた相手・ポセイドンだったから……。

「え!ちょっ、あーそっちいく!いくって…あっ、え?まじ?来る感じ?なんで?わかんない!やばい!どうしよ!マジで!?」

誰もいないテラスで喚く彼女に下にいたポセイドンは何も言わずに建物内に入ってきたかと思えばわざと足音を立てて上がってくる。それは逃げるなと言うようなもので、彼女は必死に髪の毛を手で直していた頃、テラスの窓が開いてポセイドンがいつもと変わらぬ無表情で現れ、彼女の前に立ち止まった。

美しい黄金の髪に儚い海の泡のようにも感じられるような美しさを秘めたポセイドンに女神でありながらも、ずっと自分よりも美しくてかっこよくて愛おしいと感じてしまうほど、やはり恋焦がれてしまう。
なにも言わずに彼女の前に立つポセイドンに彼女は「あー」やら「んー」と悩ましそうな声を出しつつも、顔を上げていつもの様に満面の笑みを作って見せた。

「いやぁなんか会場湧かせちゃったね、あたし一人であんだけ盛り上がるってマジみんな話すことないのかな?」
「……」
「てかさっきの話聞こえてないよね?……あー、もし聞いてたんなら忘れて欲しいな、あたしのした事……マジですぐブチって来ちゃうんだよね、別にあんなの気にしなくていいのにさ」
「……」
「ネイルまで折れちゃったよ、この間変えたばっかのにまじ最悪すぎ、本当あんな奴に……あんなの……気にしないって思ってたのに」

自分のことを貶されることには慣れている。
それでも笑って自分を保ち続けることは出来た。
ああいう席で、ああいう場で、みんななにかしら話が欲しいだけだからと海に流れてるゴミのように無視したらいい、なのにそのゴミをつい拾ってしまうのが自分であるとも分かっている。
思わず彼女は頭の中で釈迦に「だからいったでしょ」といわれているような気がして苦笑いをした。

初めてポセイドンを見た時、この場所で追いかけてアレスと友人になり、ゼウスとヘルメスとも知り合い冥界への切符を貰った。冥界への道のりはとても怖くて本当は行くのが嫌だと思った。けれどハデスは優しくまるで兄のように、そして友人のように接してくれる。
ベルゼブブだって周囲がいうような存在ではない。彼自身はなにかに葛藤しいつだってその為に向けて研究熱心に過ごしている。アダマスだって恐れられていても彼女には気さくで少し意地悪で乱暴で優しい神だ。

誰とだって仲良くなりたい。
それは人間も神も全ての生物に対して自分が好きだと思う相手なら尚のことだ。
けれどいつだって周囲はそれを許さずにヒソヒソと陰口を叩いて彼女の背中に後ろ指を立てる。それならまだしも友人にさえ……。

「まぁ分かるけどね!あたしみたいな軽いヤツがみんなの周りウロチョロしてたらそりゃあ恐れ多い主神様方の権威が〜みたいなのね、あたしだってお店とかのブランドイメージとか雰囲気とか重視するからね、そういうのはまじで分かる」
「……」
「だけど、あたしだけが悪いってんなら、あたしだけに……言えばいいのに……」

考えれば考えるだけ胸の内のモヤを吐き出してしまう。
悪いことは考えないというスタンスで来ていた。
それは他人に簡単に口を割ってしまうからだ。

「ベルぴとか……アレぴとか……ハデスとかにまで勝手なこというんだよ、あたしが処女神だなんて嘘だとか、そんなくだらないこと言ってたらいいのに。なんでハデスまで、あたしの親友まで言わなきゃダメなの?」
「……」
「階級とか身分とか分かってるもん、分かってるけど、あたしは友達でいたいんだもん……どうして、ポセイドンを好きになったりしちゃダメって、言われなきゃなんないんだろ?……って、ああもう……ごめん」

ごめんね……とついに涙が溢れ始めて彼女は大理石の床に涙が落ちてしまうのをみた。
ポセイドンの顔を見ることもできずに、胸の中でずっと考えてしまっていた。
神が人に落ちることも、人が神に上がることもある。けれどその上下というものは一体何なのだろうかと。同じ形をして同じように生きているのに、どうしてそこに下らないものが出来てしまうのか。規律が必要であっても恋や友は違うだろうと彼女は思っていた。

ポセイドンは神に尊敬される神であり、完璧なまでの海の王で、それを見つめる彼女は自分がどれだけ望んでも届かないことくらい分かっていた。ある日、人間のフリをして乙女と話をした際に知ったお話、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの人魚姫のようだと彼女は思ったが、少なからず自分は泡にもならなければ王子にも選ばれないのだと理解している。
同じ立場─神─だったから。

もしそれが立場の違う、人魚と人間の王子様であればこの恋に終止符が打てるはずなのに出来ない。だから藻掻いて、藻掻いて、藻掻き続けて、その結果が今なのだとすると、まるで天罰を受けた気分になる。
左手の折れたネイルは本当は三叉槍─トライデント─が描かれていた。
気まぐれに彼女がポセイドンの私室に押しかけた時に見かけた美しい槍は彼の唯一の武器であると知った時、彼女は完璧な美とはここにも現れるのだと感心した。

服も、メイクも、髪型も、何もかも全て彼に意識されたい。
そういう思いをハデスは素直に受け止めてポセイドンの兄として背中を押してくれていた。その関係を侮辱されたことは悔しかった。ポセイドンを好きになってはならないと言われても流す程度に終わらすことができたのに、途端にそれが関係ない相手へ向けた悪意ある言葉になれば許せなかった。
月明かりが二人を照らすとき、彼女は涙を拭いていつものように笑おうと決めるのに、顔を上げるとポセイドンの月のように気高く孤高の美しさを秘めた瞳が彼女を見つめた。

「そんなにも余が愛おしいか?」
「ぁ……ポセ……」
「友人を貶され、その想いを他者に傷付けられ、それでもなお余が愛おしいのか」
「………」
「愚かだ、お前は本当にどうしようもなく愚かだなルナリア」

ルナリア──そう呼ばれたのは初めてのことで彼女は「え、ぁ」と途端に真っ赤になっては後ろに下がろうとするがポセイドンは彼女の細い腰を抱いて、彼女のその左手を取り、折れてしまった左手の薬指のネイルを見つめたあと、その手を自分の頬に触れさせた。
外気に晒された彼の頬は冷たいのに暖かい。
トクントクンと重なった互いの胸に心臓が小さな音を立てるのは、まるで海の中にいるような気分だった。

「そんなお前を余は心から誇らしく思う」
「ぁ……うん!ありがとう!ありがとねマジで!!でもその、こういうのはあんまよくないっていうか、勘違いしちゃうって言うか、あたしチョロいから、てか顔がいい、近付かないで、本当無理、好きになるし」

ポセイドンは普段と変わらない態度で彼女に言葉を告げるが、当の本人は必死にそういう訳じゃないはずだと言い聞かせて彼の胸をやんわりと押すが支えられた腰の手はさらに強くなり。ポセイドンは彼女に顔を寄せて小さく微笑んだ。

「余が愛する女神だ」
「あ、の、そ、の……その、愛ッ、愛、愛するって、その」
「分からないのか鈍いぞ愚か者、余はお前の言葉に答えのだ、はっきりと言ってやらねば分からないのか」
「いい!まじで!いいってば!!」

ダメダメダメ!!とルナリアが声を上げてポセイドンから逃げようとするが彼は楽しそうに彼女の左手をみつめては、折れたネイルをした左手の薬指の根元にその唇を置いて、その目でしっかりと彼女を見た。

「愛してるぞルナリア」

そんなポセイドン……そんな…あっ……あっ……あたし……キスは……はじめてで……と彼女は頭の中で声を出していた時、ガタッと音がするとテラスの入口に人影が見えた。

「おい、押すな」
「ちょっと後ろやめて」
「おー、きっすはまだかいのぉ」
「ルナリア頑張れ!」
「いい画ですね」

そこにはハデス・ベルゼブブ・ゼウス・アレス・ヘルメス……さらにその後ろにはルナリアのよく知る女神達もこぞって見守っており、彼女は途端に全身に火がついたように真っ赤に染まるなり声を上げた。

「みっ、みっ、見ちゃダメーー!!!!」

ぽちゃんっと近くの水辺の魚が跳ねた。
月は激しく美しく二人を照らすようにその光を強めたのは月の女神たちのせいだったのかもしれない。
慌てふためく彼女がそのまま逃げ出してしまうと、テラスに残されたポセイドンはそれはそれはとんでもない顔をして観客たちを見ていた。兄や身内に向ける眼差しではない、完全に怒りを抱いたその深淵のような瞳に彼らはこぞって苦笑いをしたのだが反省はしなかったのだった。

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