「それでどうしたのだ義妹─いもうと─よ」
「ハデス、それガチウケないからやめて」
「フム……どうやら随分と思い悩んでいるようだな」

パーティから数日後、あの騒動などすぐに忘れたようにハデスはいつも通り冥界の王として職務に励んでいた頃、騒がしい客人が大きなピンクのキャリーケースを転がしては「今日からしばらくお世話になるからね!」といってきたことにハデスは気にせず二つ返事で「部屋は掃除してある」と実家に娘が帰ってきた母のように告げた。

休憩がてら彼女が作ったというショートケーキを食べるハデスは目の前でいつも以上に静かな彼女に冗談交じりに声をかけたのだが、少し拗ねたような不機嫌そうな顔を向けられたことに不思議に思えた。

数日前のゼウスのパーティにて、目の前の海の処女神ことルナリアははっきりと愛するポセイドンから求めてやまないはずの言葉を受けた。
一通り会場の空気を戻したゼウスに「あやつらどうなっとるかのぉ」と言われてしまうとその場にいた全員が抑えきれない好奇心を抱いて、事情を知ってるオリュンポス十二神達は二人がいるテラスに応援──という名の冷やかしと見守りをしにいった。
あの冷酷無慈悲で他人に興味を持たない神・ポセイドンは泣いていた彼女を慰め、あまつさえ抱き締めて愛の言葉を囁いた時、彼らの感情のボルテージは最高潮に届いた。

冥界は天界のように晴れ渡り、天界の月の光は強くなり、花々は咲き誇り、ゼウスの宮殿の噴水からは黄金の水が溢れ、動物達が駆け回り、魚は飛び跳ね、花火は何故かまた打ち上がり……まぁ、色々あったのだ。

しかし出歯亀達の姿を捉えた彼女は真っ赤な顔で「見ちゃダメーー!!」と叫んで逃げ帰ってしまい。ポセイドンは一人残されるなりオリュンポス十二神を含めた出歯亀主神達は静かにポセイドンから睨まれ、大地に小さなヒビが入った頃、地上界では「神のお触れじゃ…」と嘆く声が聞こえていたのだった。

そうして何だかんだと平和的(一部除く)に解決したように思ったのだが、現れた彼女は正反対にどこか沈んだような顔をしており、ハデスはショートケーキのいちごを仕方なく彼女に差し出しながら問いかける。

「何を悩むことがある、そなたは我が弟ポセイドンの愛を受けたではないか」
「……」
「あのポセイドンが誰かをそう思うなど全く思わぬ事だった、しかし余の親友ともあるんだ当然か、全く二人とも見る目がある」
「……」
「初めの頃はどうなるかと思っていたがよかったのに、何をそんな顔をしているんだ?」

珍しく一切話さず、それどころか机の上に顔を伏せて溶けている彼女にハデスはもしやもう愛し合ってしまったゆえの疲れなのか?と考えた。浮いた話一つも無かったポセイドン(弟)がようやく手にした愛に対する行動の真意は分からないがあの男以上に彼女を受け止め愛せる者もいないだろうと思う時、そんな二人の部屋のドアを開けたのはいつも通り神父のような礼服を着たベルゼブブであり、彼女を軽く見たあとハデスに視線を向けた。

「彼女はポセイドンから逃げてきたらしい」
「なに?……何故だ?」
「今の感情周波を見た感じだと、喜び・困惑・歓喜・怯え・幸福・恐怖らしい」
「こら!ベルぴ勝手に人のそういうこといわないの!!」
「なるほど、つまりルナリア、そなたはポセイドンに応じられたが困惑しているということか」

あんなにも熱い愛の言葉をぶつけて追いかけ続けたというのにとハデスは鼻で笑ったものの、当の本人はテーブルの上に両手で拳を作ってはガバッと顔をあげるものの、その顔はイチゴのごとく真っ赤に染まっていた。

「だって、だって、だってさぁ!!あっあんなのズルいじゃん!無理じゃん!あんな顔整いにイケボで少女漫画並のセリフいわれて普通に会いに行けるわけないし!てかあんた達兄弟はなんなの!?ゼウスに謝りに行ったら「結婚式楽しみじゃの」とか言われたし!ヘラちゃんも「義姉という形で家族になれるのね」とか言われたからね!意味わかんないから!!」

みんなして人のことをからかうんだ、バカバカといいながらもベルゼブブが彼女のショートケーキのイチゴを取ろうとするとちゃっかり自分の口の中に放り込んでは明らかに喜びと困惑を交えた彼女がいた。
しかしながらハデスもゼウス同様の考えを持っており。
"あの"身内さえも神ではなく落ちた存在だと思えば容赦なく三叉槍─トライデント─で貫くような神(おとこ)が、あの夜ハッキリと彼女に愛の言葉を捧げたのならば、それは生涯を共にするという意味なのだが、どうやら目の前の女神はどうにも様子がおかしく、ハデスが不思議に思いつつ「何がダメなんだ」というが、彼女は困ったようにその細い眉を八の字に下げてはケーキを食べるが、その隣に座ったベルゼブブは彼女の胸の内を代わりに代弁した。

「自分が追いかけてたくせに、いざ相手に追いかけられると怖くなったから逃げてるんだろう」
「そうなのか」
「そ……そんな……そんなことないし、全然そんなわけ、なんならウルトラハッピーだし、でも、その、あの……」

真っ赤に染まって言葉も出なくなる彼女のまさかの反応にハデスは驚いていた頃、冥界と天界を繋ぐ扉が開く感覚を察知するが無視していたところ、すぐに三人がお茶を楽しんでいた一室のドアが開いた。
そこには一人の神がいた──海の王ポセイドンであったが、ふとハデスが視線を向けると窓の縁に手をかけた女が一人。

「流石に死ぬぞ」

地上から約三十メートルはあるその場所から飛び降りようとしているのだろうが、城の外は剣山があり、人間とほとんど変わらない彼女では無理だというものの彼女は壁伝いにジリジリと歩いては息を殺して出ていこうとするがポセイドンの視線は兄ハデスでも蝿の王ベルゼブブでもなく、その奇妙な行動をする海の処女神をみていた。

「おい雑魚」
「っっ!あ……あー、ひっ久しぶりの兄弟水入らずでしょ!?あたしちょっとお茶してただけだから!!あとは仲良しブラザーズとしてアフヌン楽しんで!じゃっ……ぐぅ」
「……」
「そんな子猫を掴むみたいに掴まなくても」
「うにゃーん!!助けてよぉハデス!ベルぴ!」

一つしかないドアからこっそり(こっそりでは無い)出ていこうとする彼女のパーカーのフードを掴んだポセイドンに捕まった彼女はまさに親猫に咥えられた子猫のようであり、ベルゼブブが小さくつぶやくものの彼女はバタバタと騒がしく暴れて逃げようとするのをただ見守るだけだった。
ポセイドンが冥界に来ることは珍しいものだが彼はハデスに用事があった訳でもなく、完全にこの騒がしい女神なのだと思いつつも、その表情がどこか苛立った様子であるのがわかる。

「て……てかなに?あたし何もしてないよ?こっこの間のパーティの件なら謝ったじゃん、なんでそんなみつめんの、やめてよマジで無理だから顔面がトライデントなんだよ、目ぇ見て話すこともしなかったくせになんでそんなみんの?ムリムリムリムリ!本当にダメだから無理だから……え?」
「帰る」
「そうか、式の予定はちゃんと連絡してくれ」
「……」
「式ってなにぃ!?お葬式ってこと!?ヤダーー!あたし千歳までは生きたいよ!」

簡単に抱き上げられた彼女はそのままポセイドンにつれて帰られてしまうのを見送ったハデスはそもそも逃げられるわけもないだろうと呆れつつ、まだ二人が明確な一歩を進めていないことに驚きつつも一度相手を穿つと決めた弟──ポセイドンの攻撃はそれはもう凄まじいものだぞと思いつつ、彼女の皿の上の残ったイチゴにフォークを伸ばすもベルゼブブのフォークと重なった。
視線が重なると火花が小さく散るものの横から新しい手が伸びてイチゴは別の神──アダマンティンことハデスの弟アダマスの口の中に消えてしまうと彼は呟いた。

「甘すぎんだろ」

◇◆◇

ポセイドンの居城にて。

「おかえりなさいませポセイドン様」
「……」
「ハッ!ペルギー久しぶり!ちょっとちょっと今すぐ帰して!あたし…っちょ!あの!メイドちゃん!?うわぁーー!」

王の帰還に出迎えた従者達はその腕に抱かれた女に対してなんの疑問も抱かなかった。
反対に丁寧にメイドに彼女を託すなり、メイド達はとても嬉しそうに笑顔を見せたかと思えばそのまま数名係で連れ去っていくのを見届けるとペルギーこと従者ペルセウスは王の後ろを歩いた。

「やはり冥界におられたのですね、どうも見かけられなかったのでもしやと思いましたが、自らお迎えに上がるとは」
「逃げ足が早いやつだ、よく監視しておけ」
「承知致しました」

そういって自身の部屋へと入っていったポセイドンを見届けるペルセウスはもちろん、城の者全員は内心宴が始まる心持ちだった。以前からゼウスやハデスの城にいる従者達とは連絡を取っていた──それは業務とは全く違う、ルナリアの行動についての報告会だった。
彼女が今何を何処でしているのかと共有し合い、その都度彼女が今日も「ポセイドンがね」と嬉しそうに話しているのを聞くというのは彼らには大変重要な仕事と趣味である。

パーティの一件については直ぐに共有され、あの夜戻ってきたポセイドンはとても上機嫌であり、プロテウスは心から喜んだ。あのポセイドンがついにあの女神を受け入れたのだと。
今晩は赤飯だと従者達はそれは大いに喜んだはずで、翌日にはきっと彼女が現れてポセイドンの膝の上に座っていたり、彼の腕に自分の腕を回しては「いえーい、ついにあたしら付き合っちゃった」と照れくさくも大勝利のピースをしながらいうだろうと思っていた。

しかしその期待も裏腹に翌日も、さらに翌日も、さらにさらに翌日も来ず、ポセイドンの城は大地震に見舞われて海は津波を起こして周囲は大災害のレベルとなっていた中、困惑したのはポセイドンの城にいた従者・侍女・兵……とにかく全員だった。
あの女は何をしてやがる!となる頃、どうやらパーティの夜から逃げ出していたようで、捜索を開始するがさらに見つからないように逃げていた為、冥界にいると情報を得た途端にプロテウスはようやくだ……!と思いつつ受話器で冥界の連絡係と話していると背後から奪われたかと思えばその者は低い声で告げる。

「余が往く、手足を縛り付けてでも良い、そこから逃がすな」

その時の表情と声を聞いたものは寿命が縮んだだろう。
なにせポセイドンはあきらかに怒りを抱いていた。
彼女がいないことに舌打ちして、窓の外や時計を何度も見て、毎日の午後のティータイムには向かいや隣に誰もいないことを彼は相当落ち着かない様子で待っていた。
彼女は知らなかったのだ、海の王がどれだけ執着心が強いのかということを。しかしその深い愛でなければ彼女がポセイドンに何かを感じることも無かったのだろう。

「本当今日はマジ帰るって、また今度来るから、あぁ〜ッマッサージ最高っ!いやダメ!ガチダメ!!今はまじここにいたらやばい!!ポセイドンとはお茶もしたくない!!いやそこまで言い過ぎたんだけどなんていうか心─ハート─の準備が出来てないって言うか……てかこのマッサージヤバすぎる……溶けそう」
「ご満足でしょうか?ルナリア様のためにアフロディテ様のサロンで修行致しましたので光栄でございます。しかしルナリア様本日はお返しすることができません、いえ……正確には本日、ではなくこれからも……ですね」

彼女は早速と以前の様に大浴場で丁寧にメイド達に服をひん剥かれ、メイクを丁寧にマッサージで落とされて、キラキラと輝く乳白色の星の入浴材の湯船で身体をポカポカと芯まで温められたあとはマッサージをされている間に先日折れてしまい直したばかりのネイルを外されて新しいものに変えられていた。

「てかあたしなんでこんなことされてんの?マジで分かんないんだけど、ポセイドンやっぱ怒ってるのかな?……うぅ、やっぱり考えるだけでも胃が痛いし恥ずかしいし帰りたすぎる」

ブツブツと話す彼女は普段よりもずっと暗いテンションであるが、メイド達は全身つやつやになった彼女に純白のフレンチパフスリーブのマーメイド型のドレスを着せて、コルセットを少しきつく締めてやると鈍い声が聞こえたもののオシャレの為だとメイドたちのギャル魂─マインド─をみせては彼女の意見も聞かずに次々と飾り立てる姿は精霊のようだった。

その間も彼女はずっと頭の中でポセイドンのことを思い浮かべては一人百面相を極めていた。
あの日の夜、はっきりと彼に「愛している」と告げられた時、彼女は心から嬉しいと思った。今もなおそう思っているのに、いざ本当に夢が叶うようになってしまうと手前で尻すぼみしてしまう。
あの日のポセイドンの瞳はまるで月のように美しかった。

乙女が愛された日の夜を思い出す。
恋が叶わぬと思い海に身を投げた人間を必死に迎えに行って海から沖に連れていくとき、彼女を追いかけてきた青年はその乙女に真っ直ぐした瞳でただ一言「愛している」といった。
あの日の夜はとても大きな満月の日で全てを飲み込んでしまう程の月明かりと美しさであり、彼女は物陰から二人を見た時、まるでそれは一つの絵のように輝いていた。

いつか自分も王子様に出会える……そう思っていた。
その相手はポセイドンであり、彼に振り向いて欲しい一心でずっと無茶なことをしてきた、時に最高神に自ら声をかけたり、時に冥界まで押しかけたり、時に城の前で会えもしないのに待っていたり、時に自分の手料理を食べてもらっては「悪くない」と言葉を貰ったり。
とんでもない事をしていると自覚して落ち込む時もあった。
それでも恋を知ってしまった足を止めることは出来なくて、まるでエスカレーターに乗ってしまって戻れなくなったようだった。自分から進んでしまったから戻れないのに、その先には何かしらのゴールがある。

ちょうどそう考えている間に全ての身支度を済まされた彼女は鏡の前の自分を見ては魔法にかけられたお姫様のように目を丸くした。

「すご……綺麗……」
「ええ、とてもお美しいですよ、きっとポセイドン様も喜ばれます」

純白のドレスには金の刺繍が施されており、真っ白なパンプスは普段よりもヒールが低くて淑やかだった。髪は普段のように巻かれているが落ち着いた様子で薄いメイクも含めてまるで自分が自分ではないように思うのに、彼女はじっくりと眺めたあとうーんと悩んだ顔をするなり近くのメイドに「ねぇ今日ってあたしポセイドンに呼び出されたんだよね?」と聞くと勿論だと返事をされる。

「じゃあさ、やっぱりこういうのはやめとく」
「ルナリア様?」
「あたしはあたしで、あの人に見てもらいたいから」

せっかくこんなに綺麗にしてもらったのにごめんねと彼女はいいながら苦しいコルセットを外してドレスを脱いでメイクを落として、ポセイドンの城の中の自分の部屋のクローゼットを開けると、呆れてしまうほど煌びやかなピンクや黒に白といった彼女の好きなカラーの服が並んでいる。

どれでもいいと思いながらも彼女は膝上二十センチのミニのオフショルダーのタイトなグレーの長袖のワンピースを手に取って、ブラックの十五センチはある厚底が高いロングブーツを履いて、つけられたピアスも全部外してドレッサーの中のアクセサリーボックスから機嫌よく選んでは次々とその耳に通して。
メイクはマスカラたっぷり、アイラインガッツリ、アイシャドウもしっかり、ノーズシャドウやハイライトも入れて、リップは少し大人にマットで淡いピーチ系のピンクカラーを。
そうして自分に戻った彼女は鏡を見ると照れくさそうに笑って後ろを見ては恥ずかしそうにピースをした。

「ね?あたし最強かも」

そういった彼女は一人で機嫌よく広い廊下を歩いた。
出会う従者や兵士に声をかけていつものように楽しくうるさくしつつも外はすっかり真っ暗で、冥界から帰ってきたからのこともあり、すっかりと時間は夜になり夕飯の誘いは受けたものの用意があるからと断った代わりに、メイドたちと部屋でハンバーガーを出前で頼んでコソコソと食べていると、プロテウスに呆れたように怒られて全員で「すみませーん」と反省の色もなしに返事をした。
そして全部の用意を終えた彼女は静かな廊下から中庭へと出たそこは定期的に彼女が業者を呼んで植え替えした花々が美しく咲き誇り、青と白の花々に囲まれた美しい空間の中に、一人の海の王が静かに花を眺めていた。

コツコツ……と石畳を厚底のブーツが音を奏でた。
海沿いの城には優しい海風が流れて絹のような黄金色の髪が揺れるポセイドンの隣で足音が止まった。

「やっほ!ポセイドンお待たせ、珍しく本読まずに何見てんの?あっこのちっちゃいお花かわいいでしょ、ネモフィラっていうんだよ。去年の春に友達と映えるから見に行った時にかわいいーってなって、天界(ここ)って季節とかそういうの関係なくお花が植えられるから頼んだんだよね、まじかわいいっしょ」
「……」
「あっちの方にはアネモネとかコスモスとかマーガレットとか。全部ブルーホワイト系なんだけど気に入った?あたし的にはもっとピンク系もいいんだけど、ゼウスのとこのお庭もいじらせてもらってるからそっちはピンクとかオレンジ系、ハデスのとこはパープル系とかブラック系って決めたんだよね」
「……」
「晩御飯のとき一緒にいなくてごめんね?ちょっと考え事ってか用意にめっちゃかかってさぁ、あたしいっつも用意最低でも二時間は掛かるし、せっかくみんな用意してくれたのに無駄にしたからなおのことって感じ、怒った?」

連れてこられた時とは違う、いつものような態度で彼女は一方的に話をしているとポセイドンが彼女の方に向き直って見つめた。
流れる水のような透き通る水色の瞳に引き込まれてしまいそうだと思う時、彼女も負けじとその瞳を見つめ返した。ポセイドンの瞳はまるで渦に中に閉じ込められてしまいそうなほどの神秘的なその瞳は夜の灯りを受けて輝きを宿しているようだった。
先に目を逸らしたのは彼女で自分の服装を足元から見直しては照れくさそうに笑って彼に声をかける。

「用意してくれてたのに残念だった?めっちゃかわいかったよ。マジでお姫様みたいでさ、あたしあれ着た時めちゃくちゃ興奮しちゃった。だけどね、あたしやっぱり自分の本当の姿で受け入れられたい。ポセイドンの隣にもしいてもいいっていうのが"今"のあたしだったらって思ってる」
「……」
「だからあの格好はやめといたの、怒った?」
「怒ってはいない、ただお前はいつもそうだと思っただけだ」
「いつもって?」
「眩い」

ポセイドンが初めて彼女と出会った時。
その第一印象は極めて冷たく残酷なものだった。
見るにも値しないくだらない存在。けれども彼女はポセイドンに物怖じする事もなく真っ向から彼に自分の感情─想い─を伝えた。
好きであると言うだけで、何がいいのかも分からないのに、彼女はいつも、運命や王子様という単語をもってポセイドンを追いかけた。
神々は常に"運命"という言葉を使うが、その運命は誰が決めるのか彼らでさえ分からないのに、彼女はただの直感を信じてポセイドンを追いかけた。
晴れの日も雨の日も雪の日も、どんな時も恋をした顔をしてポセイドンを見つめる、かと思いきや時折悲しそうな顔をしてそっと「好きだよ」と言い聞かせるようにいうことに対してポセイドンはいつも不思議な感覚を味わった。

「余はお前のことが分からない。いつも五月蝿く目障りだと思っている」
「ははっ、辛辣だ」
「だがお前が愚者に傷付けられる事も、余以外を求めることも、もっと許せぬことだ」
「うん」
「お前が傷つけば余が必ず制裁を与える。お前が傷つけば余が慰めよう。ルナリア……貴様は余の傍でただその間抜けな面をしていればいい」
「ポセイドンってさ、すごく俺様だよね、本当王様って感じ、でもいいの?」

あたし下級女神だよ。
ナイトクラブのオーナーをして、誰でも構わない態度をして、派手な格好をして後ろ指を指される。
自分だけなら耐えられるのにそれが家族や友達に大好きな人達に向けられるのは耐えられない、自分が傷つくよりもずっと悲しくてたまらない。

「ポセイドンの神格だって問われるかもしれないよ、これまであなたずっとスゴい神─ヒト─だって言われてきたこと、全部あたしが台無しにするかも知んないよ?」

見た目より中身だとわかっていても第一印象や見た目というもの以上に評価されやすいものはない。
怖い見た目の人は怖いと思うし、優しい見た目の人は優しいと思う。例えその中身が真逆だとしても、視界に入るこの情報は何よりも大切なもので、そこで評価が入ってしまうことを彼女は十分理解している。
あのパーティの席で友人が貶されたことは自分に非があるのは分かっていた。だからこそ悔しくて悲しいが泣くことはない。

「だからなんだ、余がお前の言葉以外の雑魚の言葉に耳を貸すと思うのか」
「でも本当のことだから、だからあんなことになったんだし」
「言ったはずだ、お前が誇らしいと。自分以外のためにその感情をあらわにし、愛する相手のためと思い突き進むその姿に……」

さらりと彼の手が伸びてルナリアの頬を撫でた。
そして何よりも綺麗に彼は微笑んでいう。

「余は深い愛を感じている、お前が欲しいと願っている」
「……ぁ」
「お前の心の内はもう分かっている。どれだけ真っ直ぐに愛する者か、どれだけ強く気高い魂を持つ女神か」
「ぅ……ん」

面と向かって褒められてしまうと顔に熱が籠る。
逃げたいのに足が動かずにあの時のように抱き寄せられてポセイドンの瞳の中に閉じ込められる。

「だからこそルナリア、お前を愛している、お前の生涯をくれないか」
「え……あっ、それは、その、え?まっ、それってその、カレカノすっ飛ばす、的な」
「……?無駄な時間だからな」
「いやでもほら!交際ゼロ日結婚は離婚率やばいって!!」
「余と離れる気があるのか」
「ないけど!ないけど!確率の話!!」
「難しいことを抜かすな雑魚」
「その雑魚って言うの良くないからね!」

ポセイドンのプロポーズに彼女は顔を真っ赤にさせて暴れても彼は決して離さなかった。
反対に彼女を強く抱き締めてその腕の中に抑え込んでは彼女の温もりを強く堪能するようであった。

「愛してるぞルナリア」
「……あたしも、ちょー好き」

ようやく落ち着いた彼女か背中に腕を回すとポセイドンは彼女の顔を望む見て、ゆっくりと端正な顔を寄せて唇を近づけたが彼女は「そ、それは」と慌てふためくのをポセイドンは無視して口付けようとして、あとほんの数ミリのとき、ビリリッと静電気が強く走りポセイドンは身を引いて彼女を見つめた。

「だから言ったじゃんか危ないって」
「なんだ今のは」
「あー、うん、一応あたし処女神だから、結婚するまではそういうのNGってこと……かな?」

あんまり分からないけどそれがルールっぽいと軽く言う彼女にポセイドンはヒリヒリする唇を抑えながら他所の女神の加護を受けているのだと感じるなり、すぐに解除しろと言うが彼女自身も知らないのだとワーワーと叫ぶ声は広い中庭の中で響いた。
ポセイドンがその腕の中に彼女を閉じ込めて不満そうに見つめると、彼女は苦笑いをしたあと、ほんの少しだけ背伸びをしてポセイドンの唇の端にキスをした。

「へへ、これならセーフだよね?」
「……」
「ちょっとま!苦しっハグが痛いよ!」
「うるさい」

強く抱きしめるポセイドンの言葉に彼女は嬉しそうに笑って彼の腕に閉じ込められた。
幸せだと思う時、彼の小指には自分と同じ赤い糸があるように見えた、その時ようやく彼が赤い糸を結んでくれたのだと理解して、彼女は視界が歪むのを彼の胸の中に飛び込んで抱き締めては誤魔化した。

「幸せにするからね」

この宇宙で誰よりもだよ。
そういった彼女をポセイドンは抱き締め返しながら、素っ気なく鼻で笑うように返事をしたが彼女にはもうそれが彼の愛ある返事なのだと理解して幸せそうに微笑んだ。

王子様の城の中で赤い糸を結ばれた大好きな王子様に抱き締められて。
お姫様は末永く幸せに暮らすのでした。


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