恋とはまさに台風─ハリケーン─
その日、一人の女神は恋に落ちた。
幼き頃より夢を見ていた。
真っ白な肌に美しい黄金色の髪、澄んだ瞳にきっと微笑めば素敵な相手。
それはまさに白馬に跨る王子様。そんな相手にいつかきっと彼女は出会うと信じていた。
何百年何千年何万年と生きていながら。周りにどれだけバカにされても、それだけは譲れないものだった。
きっと自分には見えない赤い糸がついていて、きっとその相手は見つかると信じていたが、まさかその日見つかるとは思わなかったのだ。
最高神ゼウスが主催のダンスパーティ。
その会場に彼はいた──物静かに窓際に佇んで、騒がしいことを嫌うようなあからさまな態度だった。広いゼウスの城のテラスから彼が外を眺めるのを彼女はドレスを身にまとって見上げた。
綺麗な人。
王子様みたいな人。
「ねぇあの人誰?」
近くにいた友人に慌てて声をかけると何百人といる会場の騒々しさから「え?」と大きな返事が返ってくるため、彼女は相手の鼓膜を破らんとばかりに声を上げて「あの!上の!めっちゃイケメン!」と指を差しながら聞いてみると、視線を向けた友人はすぐに顔色を変えて彼女の指を真反対に折るようにして押さえ込んだ。
「ポセイドン様!!あんたみたいな子でもわかるでしょ!!絶対いつものバカな態度しちゃだめだからね!!」
大音量の音楽の中、神々は踊り狂っていた。
普段なら笑って踊り続けられるのに彼女はすっかり視線を奪われると人混みに紛れて城の中へと入って、二階の階段に上がった。
長い階段にも感じてハイヒールを履いていたのがとても悔やまれたが、丁度城の中の大きな時計が日付を変えようとしているのを見て、彼女はシンデレラの逆バージョンのように感じた。
時間が過ぎれば魔法が解けるのに、彼女はまるで魔法に掛かったように王子のもとへ向かってしまう。
ポセイドン──名前は聞いたことがあるが彼女にとって、どんな神だろうと関係ない。赤い糸で結ばれた二人は絶対で、目に見えなくても心に繋がる赤い糸を感じた。
彼と結ばれたい。
あの人に会って、今すぐこの思いを伝えたい。
まるで身体の中に湧き上がるマグマを飼っている気分で、これまで読んできたラブストーリーの気持ちに近くなる。
人の恋愛話は沢山聞いていたのに、自分がそうなる日がついに来る。
これもまた運命だと階段を上りきって、彼がいたテラスへと向かう。
「あの……あたし、あなたの事が好きです、あたしの王子様になってください!!」
誰もいない場所で大きな声を出してそう言った。
恋はいつでも台風─ハリケーン─恋する乙女は止まらない。
一度思えば口にして、ちゃんと相手に当たってみせる。
その広い背中、美しい金の髪、戦い抜いた男の身体。
振り返るその顔はまるで彫刻のように美しく顎が割れていた。
「え?オレ?」
「は?誰この顎、無理むさ苦しすぎる、あたしの王子様は」
え?マジありえないんですけど、あたしの王子様って実はあんた?いやそれはないわ。赤い糸センサー感じないし。私のタイプまじで王子様だから、あんた普通に綺麗なゴリラ。下から見違えた?それはないはず、だってあたし視力めっちゃいいもん。朝でも星とか見えるタイプだし友達の鼻毛とか白髪めっちゃ気付くし、目の前のゴリラも白髪あるし。
「なっなっなんだ貴様ァ!なんたるぶれっ……」
「あんた"ポセイドン様"じゃないよね?」
「え?あぁ、オレは軍神アレスだが、え?なんでポセイドン様?」
「はぁ〜〜〜っちょっとポセイドン様は何処よ!あんた食ったの?まじであたしの王子様どっかにやったってんなら、あたしのダチ呼んでボコるから!」
ポセイドン、王子様、ダチ、ボコる。
ド派手な見た目をしたそのケバい女にオリュンポス十二神の一人・軍神アレスはシンプルに怯えた。
見るからに平凡な下級女神が一体なぜ自分の襟首を掴んで振り回しているのか。そもそもそんな力が何処にあるのかと思いつつ彼は「や、や、やめろ」と声を出せば、彼女はハッとして手を離した。
「ポッポセイドン様はつい先程帰られたばかりだ、貴様のような下級女神がなんの用だ」
アレスは普段通りの軍神としての態度で女を見下ろした。
長い髪の毛は巻かれて、爪はとても長く凶器のよう。
肩や胸に鎖骨は大きく開いて、出るところは出て締まるところは締まっている。タイトなドレスは少し下品だがその女に似合っており。
派手なメイクと香水の香りがさらにその女を女神の部類には感じさせず、ポセイドンを求める理由がわからなかったが、彼女は問いかけられるとなると目に星を宿したように輝かせてアレスに食いついて話した。
「さっき下からポセイドン様のことみちゃったの!!ま〜〜じやばい!あんな人ガチでいんの?ってなったよね、一目見た瞬間ビビッときたよ、あれは雷神トール様の雷を受けたみたいな恋の感覚。あたしには分かるね。これは運命だって、あたしの小指の赤い糸はあの人に繋がってるってね」
やばい人だ──とアレスは怯えた。
数多の戦場を駆け抜けた軍神である彼は恋する乙女に怯えた。
しかし彼女の瞳は冗談ではなく本気、本気と書いてマジと読む。
一目見たポセイドンという神に落ちた彼女は「知り合いなの?連絡先教えてよ、あんたのじゃないかんね、ポセイドン様ね」というが、アレスは困惑した。
この女の距離感と考えが全くわからないからだ。そもそもポセイドンの連絡先など知るはずもない。知っていても教えてしまえば本人から塵も残らず灰にされると身を震え上がらせたが女は天界用のスマホを片手に早くしろと言いたげな顔をするため、アレスはどう切り抜けるか考えていた頃、二人の間に現れたのは一人の男、アレスの弟であるヘルメスだった。
「如何されましたか?アレス兄様……と」
「助けてくれヘルメ「ちょっとあんたポセイドン様の連絡知らない?緊急でガチ連絡先知りたいんだけど、無理なら家の住所でもいいんだけど、とにかくちょっぱやでお願い。マジで生死に関わるの〜〜!」
お願い!お願い!とヘルメスの手を取って騒ぎ立てる女に呆気を取られるのはあの悠々としたヘルメスだった。
日頃より何を考えているか分からぬ狂言回しのような彼も、自分以上に意味の分からない女に驚いたものの、顔をみたあと「あぁ海の処女神様ですか」と冷静に返事をして悩んでいた。
「申し訳ございませんが個人情報ですのでお答え出来かねます。というか私も知りませんので」
「まじ〜〜?あっ、じゃあいいや、みんなーー!!ポセイドンの連絡先知ってる人いない?今すぐ教えてくれた人にはクラブ・アトランティスのフリーパスあげる!!」
クラブ・アトランティス
それは天界のナイトクラブの中でもとても有名な店であり、様々な著名人(神)が現れるが、連日人で溢れるゆえに通常入場が難しく。フリーパスを持った者は関係なく利用できる者で、今日この場で踊っていた者たちは顔色を変えて、二階のテラスから声を出した女をみつめた。
彼女は「ガチだから、ポセイドンの連絡先と交換ね」と声を出して手持ちの小さなバッグから取り出したフリーパスのカードを取り出して振り回すものの、ポセイドンという単語に流石に知らないな……と声を出すことにアレスとヘルメスは黙り込んで女を見つめた。
その時ちょうど風が吹いた。
彼女の長いピアスが揺れると同時に一人の者が一階から飛び上がってくるなり、テラスの縁にしゃがみこんで彼女を見下ろして、その手の中のフリーパスを取ろうとするのを彼女はすぐに下げた。
軽装姿の老人──それは見た時、アレスは「オヤジ!?」と声を上げた。
常に戦いを望むおかしな実の父親は女を見つめては「ギャルじゃな」と楽しそうにいうため、女はニヤリと笑った。どうやら本当に来てくれたのだと。
「"コレ"はポセイドンの連絡先と交換って言ったじゃん。おじいちゃん話聞いてた?ダンス好きなのはいいけどさぁ、ちゃんとルール守ってよね。じゃなきゃアトランティス出禁だよ」
「ほっほっほっ、面白い口を聞く娘だな、気に入ったぞ」
アレスはこの女は本当に頭がおかしいと思った。
何故なら目の前にいるのは最高神・ゼウスなのだ。
どう見ても小娘がその口を聞いていいような存在ではないが、本人は全く気付いていないのか、それとも気付いていてもその態度を崩す気はないのは「で?連絡先しんない?」と困ったように問いかけるため、ゼウスはその態度に何故この娘が兄である海の王・ポセイドンを探しているのか気になり、純粋な好奇心で理由を求めた。
「一目惚れしちゃったの、さっきここにいた時にあたし絶対運命の人って思ったから話したい。絶対これって赤い糸で結ばれてんの、あたし処女神っていったって女の子たちの恋心で出来てるから分かるの。あたしあの人のことめっちゃくちゃ好きになっちゃったから、スタバでお茶でいいから言いたくって」
「ほぉ……あの神に惚れる、か……しかし連絡先を知ったところで相手にされなさそうじゃがな」
「乙女舐めんなし。恋って当たって砕けろだかんね?どうなるかとか知らないけど、まずは話して見なきゃじゃん?だからまじお願いだから連絡先教えてよ〜〜、アトランティスのフリーパスだよ?ディズニーの年パスより貴重だよ?」
必死に詰め寄る彼女に対してゼウスは素直に面白い存在だと思えた。
元より彼は楽しければ、それでよいとするタイプでもあるため、目の前の女とポセイドンがどうなるかの道のりが気になったのだ。
しかしポセイドンの個人的な連絡先を持つ者はこの世に存在しない。
するとすればあの王が認めた一人のみであるが、この女はそこに挑めるのだろうか?いや……挑むだろうと確信さえした。
「ハデスなら知っておるだろうから聞くがよい」
「えー?でも冥界っしょ?流石のあたしも知ってるよ、冥界は行けないじゃん」
「通行証ならワシが出してやるわい、ほれ……まぁそこからどうなるかは知らんけどな」
「ガチ感謝なんですけど、じゃあこれアトランティスのフリーパスね、もしなんかいわれたらルナリアからって言ったら通してくれるよ」
「若いのにあの店のオーナーか?」
「そうそう、バーテンしてたんだけど、経営の話してたらオーナーしなよって言われて、ちょっと手伝ってんの、てかそっちの二人の分も発行しとくから、遊びに来てよね!」
じゃああたし冥界行ってくる!
そう言って嵐のように去っていったルナリアと名乗った若い女神にゼウスは楽しそうにした。
冥界に行く道のりも、兄であるハデスも一筋縄ではいかないが、突き進みそうだと思った。しかし大切なことは、その先にある彼女の望むポセイドンはどうなるのか。万が一にもと生死を考えるがゼウスは気にしなかった。
恋する乙女は強いのだと言ったからだ。
それにそれ以上に彼はアトランティスのフリーパスを手に入れたことに嬉しそうにして、さらに音楽を鳴らすように告げてダンスホールへと駆け下りた。
アレスは「なんだ……あれ……」とつぶやく頃、ヘルメスもまた面白いことが起きたなと笑いながら会場に戻るのだった。
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