戦争だ───
戦士は戦に赴く時、その身なりを整える。
それは自身への死化粧でもあり、相手のためのもの。
彼女はその日に向けて、着実に用意をしていた。
髪を切って、ネイルをして、まつパに行って、服を新しく買って、コスメを買って、ピアスも新調して、マッサージに行って。
「アレぴじゃん」
「ゲッッ、何故貴様がここにいる」
オリュンポス神殿にて、軍神・アレスは久しぶりに顔を見た女をよく覚えていた。父・ゼウスのパーティにいた下級女神。
名前は知らなかったものの、先日まで冥界で生活していたと聞いた時にはアレスはもうこの女は恐ろしいと思ってしまった。自分や父ゼウスなどに向けた態度をあの冥王にも向けたのだろうか?向けたのだろう。彼女はそういうタイプだと理解していた。
「ねぇちょっと暇でしょ、話あるんだけど」
「いや忙しいから」
「いーいーでーしょー!!」
「なんでコイツこんなに力強いの!?」
彼女はちょうどゼウスに冥界への手形を返すついでにアフロディテに顔を合わせて二人で神殿のサウナとマッサージを受けたのだという。
だからツヤツヤなのかと素直に評価してやりつつも、まるで我が家のように「お茶ちょうだい、あたしアイスティー、アレぴは?」といってくることには違和感を感じつつも許した。
二人は神殿の庭園にて花に囲まれながら運ばれてきたお茶を飲んだ。
相変わらず見た目が派手……というよりも神々らしくない。
短いスカートにタイトなオフショルのギャザーのトップス。
髪の毛は今日も丁寧に巻かれていてネイルは新しくなったようだが相変わらず長く、目元を触れるのを見ていると入らないのかと思う。
アレスは己の巨体ゆえに小さなものを持つのがあまり得意ではないが、彼女の爪を見ていれば何故自ら不便にするのか不思議に感じられたが、彼女は気にせずに脚を組みながらアイスティーを飲んでいた。
「この間ごめんね、あたしの勘違いだったけどアレぴの首掴んだっしょ?マジごめん」
「あっ、いやいいけど、てかアレぴって……」
「アレスだからアレぴ、別に馬鹿にしてるんじゃなくて、なんていうかあたしなりの敬愛的な」
「はぁ……まぁよいが、オレはまだ名前も聞いていないぞ」
アレスはそう告げたが、彼女が去った後、ヘルメスに聞いたため彼女の名前がルナリアという若い海の処女神であるということは知っていた。彼女は「うわーまじごめん」といいながら、バッグの中を漁りながら丁寧に両手で「ルナリアです」と名刺を出すものだから、アレスは受け取りつつもクラブ・アトランティス・オーナー・ルナリアという名刺の文字を読みつつ、若いのにあの老舗クラブのオーナーとはと素直に感心をした。
「それで話とはなんだ」
「そのさ……ポセイドンの好みってどんなのか分かる?」
「は?」
「いやさぁ、ハデスが会わせてくれるっていったんだけど、あそこの兄弟全員"お前はタイプじゃない'っていうから、そんなの分かんないじゃん?って思いつつも結構悩んでてさ。あたしこういうの初めてだし聞いたらアレぴって恋してきたらしいじゃん??」
確かに……確かにアレスは自慢じゃないが(※自慢)それなりにモテた。
筋骨隆々で太く頑丈そうな顎に美しい絹のような金色の髪、父親譲りの肉体と顔をしており、昔はとことんモテたが近年男性も細くて筋肉のあるタイプ──いわゆる細マッチョが人気であり。
アレスのようなボディビルダー並の体格の男は軒並み「汗臭そう」「ゴリラ」「自分に酔ってそう」という反応をされていた。というよりも目の前の彼女も似たような反応をした。
「あたしさぁ、こういう見た目とノリだから勘違いされるけど、処女神だからそういうの大事にしてるんだよね。だからどうしたらあの人が振り向いてくれるのかなって思ってんの。ゼウスに相談しても笑われるし、ヘルぴ…ヘルメスは多分なんか違うしさ、ハデスは多分真面目に考えてくれるけどお兄ちゃんだし聞きにくいし、ベルぴ…ベルゼブブは絶対そんなのわかんないし、アダマ……アダマンティンは全裸でいけとかいうし話になんないんだよ」
うんうん、かわいいね、女の子だね、恋だね……とアレスは優しい気持ちで聞いていたが、後半の辺りから「ん?」と首を傾げた。ハデス……ベルゼブブ……アダマンティン……
「誰に聞いちゃってんの!!」
「え?いや普通に友達だけど」
「マジでヤバいって!ハデス様でもなのに、ベルゼブブとか、アダマンティン様とか!よく命あったな!!」
「みんなめっちゃいい子だよ、冥界生活結構楽しかったし」
冥界って薄暗いし、なんか夜とかめっちゃうるさくてクレームいれたし、ケルベロスの奥さん出産したりとか大変だったんだよね〜〜と実家に帰った程度の話をする彼女にアレスは「やっぱりこの女怖いかも」と感じつつも「まぁみんなにポセイドンの話聞いたんだけど悩んだ時にあんたがいたから話しかけたんだけど、なんか……知らない?」と小首を傾げて聞いてくる彼女もやはり一介の女神ではある。
幼い顔立ちをメイクで隠すようにしているが、そのパーツ一つ一つは整っており、流石は処女(乙女)の女神であった。
アレスは小さく胸が高鳴りつつも、自分の知るポセイドンという王は女の香り、否、人の香りをさせない方だった。
王はいつでも一人であり、完璧であるとする彼に女の影は見えたこともない。
群れることも、下らないことだと一蹴する、あの王はだからこそ孤高の王であり、誰もが尊敬する存在であるはずだった。
「だからなぁ、オレも正直わからんな」
「そっかぁ、まぁそういうとこもメロいよね」
「メロ……なんだそれ」
「え?まじ偉い神様ってみんなそういう地上の言葉知らないよねぇ、たまには人類に目を向けなよ、あんなに楽しくって愛に溢れてるんだからさぁ」
「ハッ、人間なんぞ、我ら神にとってなんの意味もない存在だ」
「それよくないよ、人がいるからあたしらみんな……ってこういう話は不毛だからやめやめ!アレぴ今度デートしようよ、人間の街も結構遊べるしさぁ」
デート……という単語を聞いたアレスは目を丸くして「貴様ポセイドン様が好きだと言いながら!いやまぁオレが魅了であることは仕方ないか」とキザを気取ったものの「遊びに行くのをデートっていうんだよ」と冷静に返されてしまい。人類の街か……と思いつつ彼女に熱心に口説かれてしまうと折れてしまう。
「じゃあそろそろ帰るね、本当ありがとう、アレぴともっかい話したかったから超絶嬉しかったよ……あっ、連絡先は後ろのでよろ」
じゃあね。と手を振って行ってしまった彼女はやはり台風のような女だと思いつつ小さな名刺を眺めては、自身の天界用スマホを取り出してIDを検索すると水着姿の彼女がアイコンになっており、アレスは思わずお茶を吹き出した。
まぁ……うん、良い奴だと思う。と彼がいう頃「おや、あの方と連絡先を」と声をかけてきたヘルメスに猫のように怯えて飛び跳ねたのだった。
◇◆◇
恋をする女の子はみんなかわいい。
そう思いながら彼女は水面を覗くと人間が海を見ていた。
少女は海に向かって小さな何かを投げて「あの人と付き合いたいです、神様どうかお願いします」といった。
きっと叶うと思う、だってこんなに恋をする女の子ってかわいいんだもん。それは無責任な言葉だと思いながら胸の内でそうあってほしいと願った。
恋だけではなく、人の幸せを彼女は願っており、女神として下級だからなのか人の願いを叶えてやることは出来なかった。ただ水面から人の願いを聞いてわかったフリをするだけ。
叶えば喜び、叶わなければ泣いて、そして海はその涙を拭うように広く溺れさせてくれる。
乙女達はみんな海に入ってこようとするのを拒絶した。
恋なんて沢山あるよというように押し返した。
泡になって消えてしまうなんて、そんなの絶対に嫌だったから。
きっとあの人魚のお話も自分の管轄内なら助けられたのにと思いながら彼女は自分を考えてため息をつく。
「どっかの女神があたしに加護でも与えてくれたらいいのに」
あの王子様の目に留まりたい。
美しい海のような目をした王様。
「あたしの……王子様」
どんな人かなんて知らなくていい。
赤い糸はちゃんと見えてるから。
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