「どうしよ、どうしよ、やばい、やばい、やはいやばいやばい」
「落ち着いたら」
「だっ、だってあと数時間でポセイドン来るんだよ?ベルぴ会ったことあるんだよね?」
「まぁ」
「緊張してきた、やばいかも、ちょっともっかいこれ食べて」
「もう食べれないんだけど」

冥界──キッチンにて、恋する乙女は隣のベルゼブブの口にまた一つお菓子を詰め込んでは「どう?どう?美味しい?」と泣きそうな声で問いかけるが、ベルゼブブはそろそろ天界の先……魂の還る場所が見えた気がした。

ポセイドンと会う日、昼にお茶をしようと誘ったハデスに対して彼女は自分がお茶菓子を用意したいと告げて朝早くからキッチンを借りていた。メイド達はニヤニヤそわそわとしつつも、途中で匂いにつられたベルゼブブが来た途端に恐れ多いからと隣へと逃げてしまっていたが、彼は一通り味見をさせられた上に、さらに二周目を食べさせられようとしていた。

「マジやばいよ、本当はちゃんとした服がいいって分かってたけどこっちのワンピのがかわいいって思って普通に着てきたけどやばいかな?ねぇベルぴどう思う」
「いや分からないし、ハデスさんに聞きなよ、メイドとか」
「みんな問題ないって言うけど、ポセイドンみたことある??あんな完璧な人見た事ないよ、絶対目の前に来たらかっこよくて直視できないし、やばいと思う、マジで想像つかない、今日まじメイクとか大丈夫かな?」

ベタベタと触れてくる彼女が自分に恐れも何も感じないことをベルゼブブは懐かしい友人を思い出してしまう。初対面から騒がしく人の心に土足で踏み込むタイプで苦手だと思っていたが、どうも距離感を取るのがうまいようで本当に踏み込んで欲しくないところにはこない彼女が冥界で常に誰かしらと話している声が研究しているベルゼブブの部屋まで聞こえてきていたのは印象深かった。

「別に、普通に綺麗だと思うけど」

ベルゼブブは素直に友人にそういった。
彼女の見た目は派手だというがベルゼブブは嫌いではなかった。
オシャレというのが好きなのだろうと女性らしい印象を受けたし、反対に彼女もベルゼブブの服装などを好ましく思ってくれた。
研究などについてはさっぱりわからない様子でも、彼の創造したアダマスことアダマンティンのボディを熱烈に語ってくれたことは嬉しいと思った。

「えー!?なになになになに!?ベルぴがデレるとか貴重すぎる、めっちゃ自信出てきた、本当ありがとうまじ感謝!!」

そういってまた小さなケーキを口に入れてこようとする彼女にベルゼブブは申し訳ないが断って仕事があるからと戻った。
出来れば上手く連絡先の交換でも出来ればいいと祈ってやりながら。

「どうしよマジヤバイお腹痛くなってきた」
「トイレへ行ってこい」
「いやそういうのじゃないから、緊張って意味ね、てかまじ今日はありがとうね、本当に感謝してもし切れないから、お礼にエアコンのフィルター掃除とかしてあげるね」
「要らぬ、それよりも今日はより一層めかしこんでるな」
「わかる?ポセイドンに会うって思って気合い入れて来た。あたしの神服って地味だし古臭いから、こういう普通の人間みたいな服のがいいんだよね、あとほらネイル新しくした、オーシャンネイル風で貝殻っぽいデザインにしたの」

全体的に落ち着いた感じで整えたんだけど。と言いながら彼女が立ち上がってクルクルと回る姿を眺めていれば確かにタイトで肩や鎖骨の出たミニ丈の黒いワンピースに対してピアスなどは金色で上品で、ロングブーツは今日も変わらず十センチはありそうな厚底で、メイクも普段よりも丁寧にしている彼女の見た目だけでいえばハデスは評価がし難い。
人の好みというものがあるからだ。
しかし彼女なりに相手を思ってしているということは素敵な事だと彼は思い評価した。

「ポセイドン様がご到着されました」
「そうか」
「え、到着って?えっ、ちょっ、まじ?どうしよ、あたしまじ大丈夫かな、変かもってハデス先に行かないでよ、ちょっと!マジでやばいんだからさぁ」

従者の言葉にハデスは立ち上がり歩き出していくが彼女は心の準備も出来ずにハデスを追いかけた。彼の後ろで何かしらをつぶやく彼女はずっと恋をした女の顔をしており。ハデスの城の従者は全員が少しだけ緊張してしまう反面ドキドキと期待していた。

誰もがみな、その女神を受け入れられないと思った。

しかし彼女はとても親切で優しく思いやりがあり、少しうるさいけれども気さくに話しかけてくれたり人をよく見る神だと知って、短い期間に簡単に彼女を好意的に思う者が増えていった。
それはもちろん、ハデスもだった。

そして彼女が冥界にいた間に整えた庭園にその人はいた。
冥界の暗い空の下、庭園の真ん中に佇む東屋に一人の王が静かに鎮座しており、その者はやってきたハデスをみるなり「久しぶりだな兄上」と声をかけて立ち上がると、ハデスも「久しぶりだな弟よ」といって挨拶を交わした。

さて……ここであの台風のような女はどうなるのかと思っていた頃、ポセイドンはハデスの後ろにいる女に気付いては「その者は?」と問いかけるため、横にズレてやると、人が恋をするというのはそういうものなのかと感じてしまうほどに焦がれた目をした女神がいた。

「……?」
「………」
「ルナリア、そなたが会いたいと願ったのだろう」

ポセイドンは一度彼女に視線を向けたが、まるで興味も無さそうに視線を逸らした。
そして三人の間に沈黙が流れたあと、ひとつの風が流れると、彼女は手で顔を覆ってハデスの背中に顔を埋めた。

「やっ、やばいやばいどうしよ、まじでかっこいい何話しいいかわかんないんだけど、まじで王子様すぎるよ、あたしやばいかも、ちょっと好きすぎて言葉にならないし、顔面が国宝級っていうか、ガチで無理すぎるんだけど」
「その者は何を言っている」
「わからん、近頃知り合った者でな、お前に会いたいといったから仕事の手伝いの例にとお前を呼んだんだ、すまないな」
「……そんな、ことで?こんな下級女神のために、か……まぁ、お前のためならいい」
「ほら、ルナリア挨拶をしろ」

全くこれでは意味がないだろうとハデスは呆れつつ、ポセイドンが彼女に全く興味もない、というよりも間接的に彼女に呼び出されたことを少しだけ気に触ったようにしていることも想定内だが、困ったものだと感じてしまう。
ハデスは人が良く、ポセイドンは自分以外を認めない存在で、その中でハデスだけは違ったが、それ以外の全てに興味を持たない神だった。

「はっ、初めましてポセイドン、あたし……その、あなたのことが好きです!!」
「……そうか、ではハデス帰っていいか?」
「せっかくだ、茶でも飲んで帰れ」

ルナリアの渾身の告白は流された。
まるで風でも吹いたように扱われて、彼女は真っ赤な顔で頭を下げて右手を差し出したものの、ポセイドンは短い返事だけをして帰りたがるため、一応は兄弟の再会でもあるのだからといって呼び止めた。

メイド達に混じってスイーツプレートの用意をするルナリアは「大丈夫です」「こんなお菓子食べたらイチコロですよ」「ファイト!」とメイドたちに言われてながら、英国式のアフターヌーンティーのような三段の大きなプレートをテーブルの真ん中に置いて、それぞれの前にジャムとホイップクリームを置きつつ「王道のアフターヌーンティーをイメージして、シンプルにダージリンティーにしてみたんだけど、もし他に飲みたいのとかあったら全然……」もいつもの様に口数多く、説明をする中でもポセイドンは見向きもしなかった。

「一段目がミックスサンド、二段目はプレーンとこのお城で取れたブルーベリーのスコーンで、三段目はこっちから順にいちごのマカロンに、ティラミス、タルト、クッキーって感じ、どれもちゃんと味見したし、みんなも美味しいって言ってたけどポセイドンの口に合うかなぁ?お皿入れさせてもらうけど、アレルギーとかない?その辺はハデスに聞いてるんだけど」
「何故貴様はハデスを呼び捨てる。下級女神だろう」
「あ、っそうだよね……そうですよね、すみません友人として扱ってもらってましたから、なんていうか気さくにし過ぎましたね、お兄さんをそんな風に言われたらそうなるよねーっはは」
「ルナリア気にしなくていい、それより二人で話してみたらどうだ、余は少し職務もある」
「お前が帰るなら余は帰る」
「………」

ポセイドンがいうことはごもっともだった。
反対にハデスのことだけを言われただけマシな方だと彼女は自分の中に言い聞かせるが空気は最悪だと思った。それでもどうしても赤い糸が残っているように見える。
この人が好きだと本能から感じてしまう彼女はなんとかポセイドンに話しかけてみるものの、元々寡黙なところも相まって、彼は彼女に返事をしなかった。
ハデスも話すことがないと黙り込んでしまい、お茶を嗜むが一時間ほど流れたところで「……では帰る、また会議で」と静かに立ち上がり行ってしまうポセイドンが他人を視界に入れることはない。

彼女とハデスの皿は空になったのに。
ポセイドンは紅茶もお菓子も何一つ手に付けられいなかった。
ハデスも友人である彼女に同情しつつ、ポセイドンが元からそうなる可能性については説明していた為、気にしないようにいった。
控えていたメイドたちもどう慰めてやればいいのかも分からないと思うが彼女は俯いたあと自分の頬を叩いては顔を上げて声を上げた。

「やばい!かっこよすぎて見惚れちゃってた!連絡先聞いてないから聞いてくる!片付けやるから置いててね!食べたかったら食べてていいから!!」

厚底で走り出した彼女にメイドたちはあぁ彼女らしいなと思うが、ハデスには彼女が悲しんでいることは分かっていた。
静かな冥界の道を歩くポセイドンは無駄な時間を過ごしたと思っていた頃背後から足音が聞こえたが止まらなかったものの、その自分より小さな影は彼の前に現れて廊下の道の真ん中で腕を広げて通さないような素振りを見せた。

「あたし本気であなたのこと好きだから連絡先知りたいんだけど、個人の連絡先がダメならお城でもいいし、電話とかないなら鳩とかキューピット使うし、兎に角ポセイドン、あなたの連絡先が知りたい、あたしこう見えて真剣─ガチ─なの。めちゃくちゃ好きなの。お茶とかお菓子とかあたしが作ったから食べれなかったんならマジごめん、だけどちょっと自信あったし食べて欲しかったんだけど、ちょっとくらい見てくれたって……「うるさい」……あ、っと」
「頭が悪いようだから余が直々に教えてやる。身分を弁えろ、好意?愚かだ……王はそのようなものを求めない。我が兄ハデスの優しさにつけ込むのはいいが、図に乗るな、雑魚が」

ポセイドンにとって当然のことだった。
神にも階級がある。
その中で身の程知らずに現れた目の前の女の身なりも話し方も態度も全てが彼にとって癪に障る。下らない存在で、ハデスが彼女と友人や知人であることは、あくまでもハデスの選択であるが、ポセイドンにも自分の選択がある。
その中に他者と下らない関係を持つつもりも、ましてやそれが下級女神であるならなおのこと。

そこまで伝えなければ分からない愚か者に向ける情はないとポセイドンは無表情のまま通り過ぎようとした。
神にも様々な種類がいるが、この女が情熱的な愛と乙女の女神であると彼は知らなかった。ポセイドンは人と目を合わせることはない。実兄・アダマスでさえ、彼の死の直前にしか目を合わせなかった。
まるで深い海のような瞳を持つ彼が、彼女と目を合わせた時、そこに不思議な月明かりのようなものを感じた。まるで彼女は月の女神・アルテミスのような力強い"乙女"の瞳をしていた。
細い手をした彼女は長い爪をしつつも優しくポセイドンの腕に触れた。

「身分なんか知らない!だってあたしは処女(乙女)の女神だもん。恋するあたしを止めたいなら止めてみてよ。あたしあなたのことが好きだから、真剣(マジ)で振り向かせるから!!」

下らない、神は-…と思う間に彼女は去っていった。
真っ赤な顔をして、女神なんてとんでもない、まるで人の姿のまま逃げ出す姿をポセイドンは眺めた。
バカらしいと胸の中で呟いても、それでもあの女の眼差しが消えなかった。真っ赤な顔で真剣に想いを伝える姿。目を見てしまえばまるで火を灯されたかのようにポセイドンは身体の内側が熱くなった。

「……?」

そして彼は帰っていった。

「……マジ最悪、絶対嫌われた、終わった、マジ最悪、連絡先聞けなかった、写真くらい撮ればよかった、マジありえないガチショック、てか普通にお菓子食べてくれなかったの無理なんですけど、え?潔癖とか?そしたら結婚してもご飯作れないじゃん」
「うっせぇんだよ!!何ゴタゴタ抜かしてやがんだよ!!」
「だって聞いてよアダマス、ポセイドンに初対面でガチ説教食らってまじ萎えなの、あたしのお菓子って不味いのかなぁってか爪とか気にする…?あーしそうだよね、見た目からして完全王子様だし、あたしまじ魔女っぽい爪だしね、ねるねるねるねとか作ってそうな魔女みたいな爪だと思われたんだよ」

アダマスことアダマンティンは態々お茶菓子を持ってきた彼女に居座られ続けていることに苛立ちつつも、しっかりアフターヌーンティーを食べていた。
冷めても悪くない味をしていると思いつつも素直な彼はそれをいわずに悩み果てる彼女の背中を足で小突くとため息が零れてしまうが。アダマスはポセイドンがそうなることは分かっていたことだとハデスのようにいう。きっとゼウスもだ。

「あの野郎が他人の気持ちなんか考えるわけねぇんだよ、かわいくもねぇ愚弟だ」
「でもあたし、帰りにめっちゃ喧嘩売っちゃったの、振り向かせとか出来ないこと言っちゃった、マジ有言実行ってのを心情にしてんのに最悪すぎる、連絡先聞いてないからもうアプローチ出来ないし」
「まだ諦めねぇのかよ、ゴキブリばりの生命力だな」

口が悪いと思いつつもその実、元征服神・アダマスは凶悪な男であるが優しい相手だと彼女は思っていた。
実際いまも彼のベッドを我が物顔で利用して寝転がる彼女はハデスには申し訳が立たないし、ベルゼブブは忙しいし、アダマスはきっと自分を慰めもせずにいてくれると思ってた来ていたのだが、彼もそれを理解したような態度だった。

「……でもマジかっこよかった、かっこよかったんだよ、あたしの王子様」

でも少しだけ悲しいことが分かった。
赤い糸が見えていると思っていても。
相手に結ばれてるかなんて分からないことを。

ルナリアはベッドに寝そべって自分だけの中にある運命の糸を考えた。
それは自分だけの一方通行の糸であり、ポセイドンがそれを拾って自分の指にかけてかくれなきゃ意味はないのだと。

恋とはなんと複雑で難儀なのかと思いながら瞼を閉じると彼女はぐぅ……と眠った、まるでガキだとアダマスは思いながら、ドアの外で待機していたこれまた世話のやける者が好きな兄心のある男が苦笑いをして、どうにかして接点を作ってやろうと考えるのだった。

そう、この恋はまだ始まったばかりである。

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