ポセイドンの城へ彼女が通い始めてもうひと月が過ぎた。
彼女は毎日何かしらを持って現れるため流石にそこまでの施しはと断るものの、職場のみんなと同じような感じだからと自分なりの理由を伝えて手渡してくることを拒絶出来なかった。

大雨の日だった。
海は荒れて空は暗く流石の彼女も今日は来ないだろうと思っていたが普段よりも遅い時間に彼女はいつも通りタクシーに乗って現れた。
門番と話をする彼女を見るのはプロテウスで、彼は「本日はこられております」といったあと、彼女の手の中にある紙袋が門番に渡されるのをみると近くのメイドに荷物を受け取りに行くように告げた。

「全くあの女神はこんな大雨だというのに……」

思わずプロテウスは呟いた声はどこか心配を含んだ声であり、彼もほかの者達のように絆されてしまっていた。
まるで彼女は氷を優しく溶かすようにこの城の人間を少しずつ変えていこうとしているのに、本人はきっと何の気なしもない。当たり前のような態度で話しかけたり、接しているだけなのだ。
廊下でメイドたちが誰が取りに行くのかと小さな話し声がするのを聞くと、以前であれば信じられないことであるが、書斎で本を読んで過ごしているポセイドンは何も聞こえないとでもいうように変わらぬ佇まいで過ごしていた。

三十分ほど経過したのだろうか。
彼女はまだ外にいるのだろうと思いつつお茶の時間となりプロテウスはメイドの用意した紅茶の香りと味を確かめ、問題が無いことを確認すると配膳しようとトレーを手にしようとした時、小さな声が聞こえた。

「ルナリア様、今日なんかすごく体調悪そうだったから心配だわ」
「いつもよりも遅いものね、先日お忙しいって言ってたし、そのせいかしら」
「傘も忘れてらしたから門番が貸すっていったのに『ポセイドンに怒られちゃうと思うしいいよ』って断ったみたいで、私の私物を貸しますっていったけどそれも断られちゃったし」

そういう所だけは頑固なのだとプロテウスは思いながら書斎にて静かに本を読むポセイドンに紅茶を入れた。
いつもの様に静寂の中の城、外は雨足が強くなり、窓に当たった雨の音がうるさい為、思わずプロテウスは彼女のことが心配になった。
彼女は律儀で自分の中のルールを厳守する。
城に入ってこようと思えば隠れて入ってくることも出来るのに、真正面から向かってきてダメだと言われるとその場に佇んだ。他人の家に来るからとでもいうように手土産を持ってくることもそのルールのひとつなのだろうと思った。

プロテウスが様子を見るように外を見ると、門の前のいつもと違う場所に彼女がいた。少しだけ雨の当たらない場所に待機しているようだったが雨足が強いため彼女は濡れていた。
遠巻きに見ても顔色や体調は分からない、バカな女神だと感じられた。
何故そこまでする?何故そこまで求める?我が主は何もしていないだろうに。何がそこまで彼女を突き動かすのか。
なにか危険な思惑があるのかと警戒しても出てくる情報は以前、最高神・ゼウスが主催のパーティに招かれた時、一目惚れをしてしまい、それを追いかけてゼウスはもちろん、冥界のハデスのところにまで行ったような女だった。

『あの女神は自分が思うから行動してるだけだ、そこに何もないのだろう』

書類を受け取ったあと連絡を入れた際に彼女のことをハデスに少しだけ問いかけると、冥界の王は少しだけ困ったような声をした。ポセイドンのことを理解する兄だからこそ、今の状況においてプロテウスが困り果てていることを理解した様子だった。
あの冥界の王までも彼女に絆されているのかと不思議に思えた。
海の王であるポセイドンが唯一尊敬し、認めるような神がそんな風に身内でもない他人を受け入れることは不思議で。それが有名な上級女神であればまだしも、無名に等しい力無き下級女神であるのならば尚のことだろう。
そう思っていた頃、廊下を走る音が聞こえ火急の知らせかとプロテウスは思うと、書斎の入口にひとりのメイドが顔色を変えて立っていた。中に入るほどでは無いということであれば王に関係することでもないかと仕方なく足を進めた。

「プロテウス様、申し訳ございません、どうしてもご判断が出来かねまして」
「何事か簡潔にいうのだ」
「門の前でルナリア様が倒れられておりまして、その……門番も私達もどうしてよいのか分からなくて」
「なに?!」

廊下に出ていたプロテウスは思わず書斎に戻り窓を覗くと確かに彼女が倒れていた。しかし触れることや話すことを主に禁じていた為、どうするかと困り果てており、門番は彼女のそばに駆け寄って判断を求めるように見つめた。
視線を主に向けるがポセイドンは微妙だにもしていなかったと思いきや、いつの間にか隣に来て門をみていた。倒れた女に対して彼は何も言わない、本当に彼女を見ているのかも分からない。

「どうやら発熱しているようでして、とても熱く苦しんでおられると門番から連絡が」

廊下にいたメイドがそういった。
それでもポセイドンはなにもいわないため、プロテウスは覚悟する。
ここでなにかがあったとしても、彼は自分がどう処罰されてもいいと考えて「城へ入れてやるのだ、仮眠室があるからそこに寝かせ、そして直ぐに医者を呼んでやりなさい」といった。
慌てて掛けていったメイドを見送って、隣に立つポセイドンにプロテウスは不安を感じた。彼女に対してなにもいわないがこの判断についてどう思うのかと不安になっていた頃、彼は雨が落ちるのを見ながら静かな声で呟いた。

「余の寝所を使わせよ」
「……そ、それは」
「……」

なにもいわない、ただそれだけだと言うように静かな主にプロテウスは直ぐに廊下を駆け出して、騒がしく担ぎ込まれた彼女を王の寝所へ連れていくように告げた。
真っ赤な顔で兵に担ぎ込まれた彼女は浅い呼吸を繰り返して、意識を失ってしまっていた。こんな体調で何故来たのかと思いたかったが兎に角メイドに着替えさせてゆっくり寝かせるように告げてプロテウスは直ぐにキッチンへと向かった、起きた時に何か食べられるようにと。

◇◆◇

朝起きた時、完全に体調が悪いと感じた。
風邪にしては咳も鼻もないため、よくある気圧による身体の重たさだろうと彼女は判断をしたものの、どうしても今週末のイベントの兼ね合いで忙しいから休めずに午前中はクラブ内で在庫確認やイベントに向けての用意をした。

「オーナー今日静かすぎません?」
「え?そんなことないよ、でもちょっとしんどいのはあるかも〜、でも風邪じゃないしへーきへーき」

それならいいですけどとスタッフに言われると心配させないようにしなきゃと彼女は頬に触れた。熱いと思ったがポセイドンに今日も会いに行くからその熱のせいだと思った。

あれから一ヶ月、毎日飽きないのかと言われるくらいに通って、手紙を書いて、どうにかまた一度だけでいいから会いたいと願ったが、それを周囲に言うと「ストーカーですね」といわれてしまい彼女は苦笑いした。
恋とは叶わなければ一方的なだけの暴力的なものだと彼女も時々冷静になって考えてしまう。だけど抑えられないその思いをどうしていいのかも分からない。

あれだけの事を言われても諦めきれないのは負けず嫌いだからかと思うのに、寝ても覚めてもポセイドンのことを考える。
あの夜、出会った彼は本当に物語の中に出てくる王子様のようであった。
けれど見た目だけが全てではなかった。じゃあ中身に惚れたのかと言われると分からない。なにせ話なんてろくにできていないのだから。

「ベルぴって好きな子いたことあんの?」
「何いきなり……まぁ」
「マジ!?どんな子!?どんな風に思ったの!?いつくらい!?付き合った!?何がきっかけ!?てか彼女!?」
「……君に似てる、けど僕の体質のせいで傷付けた、殺してしまった」

それはある日の冥界でのことだった。
ルナリアはベルゼブブに冥界まで自由に行き来出来るような鍵を貰った。
それ以降、天界も冥界も構わずに彼女は行き来した。
ベルゼブブは自分の中に宿る凶暴性から愛する人を失ってしまい、それ以降、自分をいつか殺してくれるナニかを探して研究しているのだと平然と答えた。
悲しい愛を得てしまった彼の話を聞く彼女は恋が全てハッピーエンドではないことを知っている。それこそ海の処女神として、自分の海に身投げをする少女達もいた。
その都度彼女はできるだけ助けてやり、どうか乙女たちが死を選ばないようにと祈った。生きていればきっと幸せが訪れる。また新しい恋に出会って、また新しい人を好きになって。そしてきっとその人と歩いて行けると信じている。

「……ルナリアは、どうしてポセイドンさんが好きなの」
「あたしも分からないんだよね。あたしは直感だけを信じてるし、だからポセイドンのことを直観的に好きになったのに、理由ってまじわかんない。赤い糸があってその先にいるのがポセイドンだと思ってたのに、追いかけてみたら彼の足元には沢山糸が落ちてんのに、小指についてないんだよ……ってベルぴこういう抽象的なのわかんないよね?」
「うん、でもその足元にある糸を相手の足に絡めて縛ったらダメなの?」
「……え!?ガチ面白すぎる、最高の発想してんじゃん!えーその作戦で行くしかないよね。てか殴り続けたら壁って壊れるし?アナ雪のアナばりにドアを開けてってやっちゃったらいいのか!!」

正直なところ城で待ち続けることが正しいのか分からなかった。
だけど当たって砕けたらいいかと改めて自分に言い聞かせた。
またあの深い瞳を見てみたいと思ったからだ。

好きだと思う──そこにどんな理由を求められても「好きだから好き」という言葉以外浮かばない。
恋とはそういうものなのだ──好きだからバカになって、好きだから苦しんで、好きだから走り続けて、好きだから命まで投げ出してしまう。

冷たくて静かな空気の中で彼女が目を覚ました。
広いベッドの中で彼女は隣に誰かがいるのを感じられて、視線を向けるとポセイドンがいた。
夢だとわかっていても嬉しいと思った。好きな人がそこにいて、自分の隣で何もしていなくても、ただ安心できて彼女は少しだけ手を動かして、彼の服の裾に触れると本を読んでいた彼が肩を揺らした。

「ポセイドン……」

夢だから……いつもみたいに話せなくていいのに、思っているよりももっと声がでなかった。夢の中でも喉は乾燥するのだと思いつつもやはり夢だと理解したのは彼が振り返ったからだ。
目を見る訳ではなく、ただ服が木に引っかかったから視線を向けるかのようなものだったが、少しでも関心が向いてくれるのなら夢でも嬉しかった。

「好きだよ、ちょー好き、夢だから触れちゃうのかなぁ、すごくしあわせ」
「……」
「迷惑だよねごめん。わかってるんだけど、だけどあたし初めて人をのこと好きになったからわかんないんだよ。どうやったら振り向いてもらえるかとか、どうやったら好きになってもらえるかとか、でも別になにかして欲しいとかないんだよ。まぁ絶対ってわけじゃないけど無理なもんは無理だろうし、あたしあなたに嫌われてるの知ってるし」
「……」
「夢の中でも無口なんだね、まぁそっか、あたしってあんときのポセイドンしか知らないもんね。相変わらず本当かっこいいよね、今まで見てきた生き物の中で一番好きな見た目してる」
「……」
「見た目だけじゃないよ、佇まいとか声とか、性格は分かんないけど本好きなんだよね、読んでる時の顔も超好き、お茶飲んでた時の指とかも綺麗だったなぁ、マジでどんだけ見てんのって感じで自分キモイね」

そういって熱の残った顔で彼女はヘラヘラと笑った時、ポセイドンの声がした。

「何故余を想う、何がお前をそうさせる」

ルナリアは驚いたようだったが「あぁまたそれ?」と返事を返した。
ポセイドンがそういうのは無理もない。
というよりも、きっと全員がそう思うのは当たり前のことだったが、恋に理由なんてない。
愛する人が出来てしまうと、裸足でも駆け出してしまう。その人のために命を落とすことだって出来てしまうからこそ、恋とは簡単には解明できないのに、蚊帳の外のものは理由を求めるのだ。

「好き以外理由は無いよ。あたしの赤い糸の先にポセイドンがいる。それだけなの。好き、好き、大好き、夢だから……言ってもいいよね?」
「……」
「好きだよポセイドン」

そういって彼女はポセイドンの手に自分の手を重ねた。
振り払おうとしたかったのにポセイドンは自分に向けられた目を見てしまった。
そこには真っ直ぐと愛しているというように恋焦がれた目をした彼女がいたが目を閉じてしまう。
寝惚けていたのだと思いながらポセイドンは思わずもう片方の手で彼女の頬に触れるととても熱く、こんな状態で来てしまう彼女がとても愚かだと思う。
しかし門から城の中まで聞こえていた声の主がこんなにも静まり返ってしまうことを彼は少しだけ物足りなく感じて、重ねられた手をそのままにして静かに顔を寄せて寝顔を眺めた。

「愚か者」

その声はとても優しく外の雨は止んでいた。
ただ暗い寝室でポセイドンは外の月明かりに照らされた彼女を眺めるだけだった。

◇◆◇

目を覚ますと知らない場所にいた。
広いベッドに大きな部屋、明らかに何処かの城の中だと彼女は気付いて起き上がるとベッドの傍には水と薬が置かれてあったことに、昨日のことを思い出す。
確か仕事を終えてポセイドンの城に来て、そこから……と思った途端に彼女は「え!!」と大きな声を出した。

「待って!あたし昨日もしかしてあの後めっちゃなんかやらかしてた?全然記憶ないよ、お酒飲んだ時並に覚えてないんですけど、てか何この服めっちゃかわいい〜〜ッ!って服!あたしの服どうなった!?やばいやばいマジで何事〜〜!?」
「おはようございますルナリア様」
「……プロぴーじゃん」
「なんなのですかその呼び方は」
「プロテウスだからプロぴーだよ、かわいいっしょ?てかまじここどこ?いや言わないでなんか分かってるから、ここあれでしょポセイドンのお城の中でしょ、でもって客間かなんかでしょここ、ふふっ名探偵って感じで褒めてもいいよ」
「我が王の主寝室でございます」

主寝室……主な寝室
我が王……ここはポセイドンの城、つまり王はポセイドン

チクタクチクタクと時計の針の音がなった。
一分ほど経ったあと、彼女は視線を下に向けて自分の寝ていたベッドをみた。
天井のついたベッドはその天井に美しい絵画が描かれており、彼女はすっかりと見惚れたあと、四本のベッドの柱が黄金で出来た見事なものであると思う。大人が四人寝られそうなそこはとても広く自分の家には入れられないなと思いつつ、ベッドに薄いシアーのカーテンがついてあることに王室のベッドってこんな感じかぁと感心した。

「え、つつつつつつまりあたしポセイドンのベッドで寝たの!?あの人どこで昨日寝たの!?」
「隣で寝ておられました」
「嘘でしょ!なんで!意味わかんない、ちょっと待ってまじで昨日の記憶ないんだけど、どういうことか誰か教えて欲しい」
「昨日来られた貴方様が門前で倒れられ、我が主が主寝室に運べと命じられました。メイドが着替えさせお荷物は全てそちらに置いてあります」
「そうなんだ、本当ごめんまじごめん超ごめん、すぐ帰るから」
「いえ、朝食をご用意しておりますので是非、お席へお越し下さい」

それでは……と去っていったプロテウスに彼女は理解出来ずに目を丸くしたあと、あの口ぶりであればポセイドンがいるのだろうと察して彼女はすぐに着替えた。着せられていたネグリジェはとても質のいいシルクのホワイトパールのようなカラーであり。流石は海の王だと思いながら「これ元カノのとかじゃないよね」と呟きながら着替えをした。
メイクはすっかり落とされてしまっていたことにも悲鳴をあげながら仕事終わりに来ていたこともあり、メイク道具は一式揃っていた為、最低限にはなるがここは我慢と言い聞かせてポセイドンの部屋の鏡を借りながら、自分の部屋と違う広さと部屋の姿に思わずまじまじと見てしまう。

寝所というだけで特段物があるわけではないものの、置かれてあるチェストや椅子に机などはどれも一級品であり、天界一のナイトクラブのオーナーをしている彼女もそれなりに目利きが出来るため、どれも本物なのだと思うと恐ろしくて迂闊に触れられない。
そもそも彼女は他人のプライバシーに踏み込むつもりもないため、それがどれだけ好きな人の部屋だとしても僅かに感じる好奇心を抑えて、昨日雨で濡れていた服も丁寧に洗濯され乾燥まで終えた様子で着替え直すと、気合いの入らない格好だなと少しだけ気分が落ちる。

好きな人の前でこの格好は些かどうかと悩みつつも三十分以上も用意に時間をかけてしまった彼女はそれでも普段より断然はやいのだが、待たせている可能性を考えると慌てて部屋を出て寝所の前で立っていたメイドに着替えを返して、もう一人のメイドに案内をされた。

「本当にこの城広いよね、ハデスのお城も広かったけど、ここはなんていうかすごーく広いし大きいし、似たような感じだからめっちゃ迷いそう、メイドさんたちって迷わないの?」
「仕え始めの頃はみんな部屋を覚えることからでしたので」
「だよねぇ、てかメイドさんって前に差し入れ受け取りに来てくれた子だよね?確か先週くらいの、イチゴのタルトのお菓子持ってきた時の子でしょ?違ったらごめん、みんな同じ服と髪型とメイクしてるから勘違いかも」
「いえ、わたくしでございます。まさか覚えてらしただなんて大変光栄です」

食堂まで案内をするメイドは目を丸くして驚いたが隣を歩く彼女は「だよねぇ!パールのそのピアスめっちゃかわいいって思って覚えてたの、また会えて嬉しいんだけど、あれ美味しかった??」と陽気に話しかける彼女にメイドは嬉しい気持ちになった。
昨日のことをきっかけに従者たちは全員夜更けに呼ばれ、執事長のプロテウスより彼女に関して客人としてもてなすように指示をされた。客をもてなすとはつまり失礼に値しない範囲で相手を心地よくさせて帰るということ。
その為、彼女との会話についても解禁されたということであり、メイドは着替えを託されたもう一人のメイドと別れ際に勝利を掴んだように笑った。なにせメイドたちは既にこの女神に心を奪われていたのだ。

会えば気さくに話しかけてくれて笑顔を向けてくれる。
メイドも兵士も気にせずに分け隔てなく接し、女性に対しては特に優しく丁寧に話してくれる上に、ちょっとしたことにも気付いては褒めてくれる彼女に悪い気がするはずもない。
それでなくてもこの城は規律を重んじており、私語など以ての外。メイド長は比較的優しいところもあるが如何せん忠臣のプロテウスは常に全員に厳しい。

「そういえば昨日ポセイドンの部屋で寝てたって言うんだけどさぁ、その……なんていうか一緒に寝てたらしくって、あたしまじ……ほんと今日どうしよって感じなんだけど」
「朝食の席に我が主もおられますが」
「そうだよねぇ?まじどうしよあたし彼の顔見れないかもしれないし、てかなんで?普通城に入れるとしても入口とかで寝かせてたらいいのにさぁ、まじそういう優しいことされると惚れちゃうんだけど。あっ、あたしねポセイドンのこと好きなんだけど」
「承知しております」

どうしよ!どうしよ!と話す彼女をおなじ女性としてかわいいと思わないわけがない。
あのポセイドン──神からも恐れられしオリュンポス十二神の一人であり、ゼウスやハデスの兄弟である海の王であり海の神、海神という特別な異名を持つ、あの男に対してどうしようもなく恋している彼女の一途で健気な姿は素直に応援していたくなり、娯楽に飢えたメイド達にはちょうどいい話のネタなのである。

「ではこちらが食堂でございます、後は中でご案内がございます」
「ありがとうフリューシアちゃん」
「え」
「名前くらい知ってるよ、前に聞いたじゃん、またよかったら話そうね」

そういって手を振って食堂の中に行ってしまった姿を見届けた下っ端メイドのフリューシアは「あぁあの人を好きになる理由しかない」と感じながら、自分の仕事にまた戻った。

「おはよー……ってなんか遠くない?」

食堂に招かれたルナリアは席につくが、目の前をみてはそういった。
冥界の食堂も確かに長いテーブルの先と先などで食べていたと思い出す。
彼女の席にはまだ何も用意がなかったため、彼女は椅子から立って、そのままツカツカとヒールの音を立てては一番奥に座っていたポセイドンの左前に座る。

「ここでもいいよね?話したいことたくさんあるし」
「……」
「昨日ごめんね、本当は体調悪いんだけど、ちょっと会いたくてきたつもりが迷惑かけてたみたい。でもでも安心してよ、来るのこれから控えようって思ってるし、昨日なんてベッド借りたって聞いたけど本当はそういうの気にするタイプだけど気を使ってくれたんだよね?本当そういうとこ優しくて好きなんだけど、あたしみたいなのに気を使っちゃダメだよ」

昨晩のプロテウスからの報告では彼女は四十度近い熱を出していた。
しかし一晩経って、心地よい朝が来たと同時にいつも通りの騒がしい彼女に戻ったと思いつつも、それは遠慮を含めた言葉であった。
二人の前にはナプキンやカトラリーのセットが置かれ始め、その次に焼きたてのパンやサラダにフルーツなどの豪華な朝食が並び始めて、最後にプロテウスから「アッサムでございます」といわれて紅茶をいれられると彼女は目を輝かせた。

「すっご……ねぇこれ朝ごはんなの?食べていいの?」
「もちろんでございます」
「これいっつも一人で食べてるの?ハデスもそうだったけど、一人だと寂しくないの?朝はパン派なんだね覚えとく、あたしはお米も大好きだけど炊くの大変だから日曜日だけにしてるし、朝起きたつもりがお昼になってたりするんだよね」
「……」
「って話戻すんだけど、昨日あたし本当迷惑かけたでしょ?汚したりしてなかった?もし汚してたら請求書出してくれたら明日中にはちゃんと処理しとくから教えてね?もしクリーニングとか清掃いるなら全然言ってくれたらあたしのお店から信頼できる業者呼ぶし、まじで遠慮せずにいってね」
「……」
「てかあのベッドすごいね、まじで快適過ぎて朝までぐっすりだった。めっちゃ幸せな夢見たんだけど……あっポセイドンが出てきたんだよ、めっちゃ優しかったからあたし好きだよってめっちゃ言ってたかも。って夢の話だから怒んないでね」
「……」

口を閉ざすのをやめない彼女がどこか懐かしいようにも感じた。
初めて城に来た時から彼女はずっとこの調子でポセイドンが話を聞いていようがいまいが気にせずに自分の好きなように話をする。
しかし相手をよく見ているのかメイドがポセイドンの皿にパンを入れる前に彼女は何かを察して彼の皿を手に取ると「どれがいい?さっきバターロールだったし、次クロワッサンかな?」といいながら置いてやった。

ポセイドンは何も言わずに無言で朝食を進めていき、ずっと話をしていた彼女はゆっくりと朝食をとっていたが、ポセイドンは食べ終えても静かに席についたままで、彼女が食べ終えると彼は立ち上がり、彼女も慌ててその背中を追いかけるかと思えば追い抜いて振り返った。

「ポセイドン、あたしもう帰るんだけど、あのさ……本当ごめん。来るの月一とかで控えるから……その、またお城の前に来てもいい?」

泣きそうな顔でそういった彼女は今回のことを酷く反省しているのだろう。
他人の家に迷惑をかけてしまった、好きな相手はもちろんだがメイドや兵士などたくさんの人たちにと思う彼女は申し訳なさを感じた。
体調不良だと分かっていて来たことが原因だが、結局はポセイドンが何も言わないことをいいことに好きにしていたのだと反省した彼女をポセイドンはみた。

「好きにしろ、城の外でも中でも、いつでも」
「……それって、え、あたし……っなんでこんなときに電話?あぁもうっ!とにかく今ので言質取ったからね!明日とかも来るから!まじで好きにするからね!」

今更ダメって言ってももう遅いんだから!!と叫びながらスマホの着信を取るために走っていってしまった彼女を見届けたポセイドンは外を見ると海はとても静かで心地よいほど落ち着いていた。
朝の眩しい太陽の光を受けた海はキラキラと輝いており。ポセイドンは静かに廊下を歩いていく。廊下の奥で騒がしくしていた彼女は荷物を受け取って出ていこうとするのが見えたが、ポセイドンを見掛けるなり花が咲いたように笑って手を振りながらまた去っていった。

「うるさい」

昨晩とは全く違ううるささだと思いつつも歩いていくポセイドン。
城の中はほんの少しだけぬくもりを宿したようだった。

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