カスティナが冥界に来て半年近くが流れた。
ハデスの騎士になると誓った彼女は今なおその身を冥界に置き、ハデスの為にとその腕を振るうことに対し、ハデスは彼女が生前より国の聖騎士団長であり、その名に恥じず数万の兵を率いて、時に軍師のように作戦を練り、時に官僚の如く政治を支えた。

「失礼するぞハデス、前回伝えていた西側の件についてだが」
「ハデスこの書類は全部終えたぞ」
「すまないハデス、この件について王としての助言を」

カスティナは気付けばハデスの右腕としてその身を置くようになり、ハデスの執務室には彼女はよく足を運ぶが、ハデスは彼女を愛する者という認識は当然の事ながらそれ以上に。

「優秀だ……」
「なんだよ兄者、いいじゃねぇの」
「いや、余の妻として完璧だということだ」
「まだだろ」

冥界の神の一人であるはずのアダマスは以前迄であればハデスの執務室を避けるほどだったが、相変わらずあの騎士がいるかどうかを訪ねに来ては尊敬すべき兄の恋に落ちた少々情けないが面白い姿を見ていた。
しかしハデスが他人を強く評価するのは珍しいことであり、ハデスが褒めればそれほど彼女が優秀であるのだと城中に知れ渡るのも事実、かつて同じように認められたベルゼブブは畏怖の念を抱かれ、彼女も同様かと思われたがその性格はベルゼブブとは正反対のため、気付けば彼女の後ろには人がついてきてしまった。
英雄であり聖者であった騎士の称号に恥じぬ生き方を彼女は今なお無意識の中でしていることは、所謂カリスマであり、生前のデータを眺めたベルゼブブは「彼女の王が晩年恐れてたのも仕方ない」と呟くほどにかの国は王派とカスティナ派に分かれてしまったのを彼女は知ることはなかった。

「入るぞハデス、なんだまたソレをみてるのか」
「ああ、そなたがいれば冥界も安泰だと思ってな」
「そんなことは無い、僕は王になる器じゃない、キミのような王(キング)がいるからこそ、僕は剣を持てるんだ……だろ?」

一人また執務室で彼女のデータを読んでいたハデスに書類を片手に入ってきた彼女は彼の言葉にさも当然のように笑い返してはスキンシップとして彼の手の甲に唇を置いてしまうため、ハデスは少しだけ目を丸くしたあとその耳先を赤くすると、入口のメイド達が小さく微笑んでいたのがわかる。
どれだけ取り繕ってもこの騎士の前ではハデスもまたただの王─男─にされてしまうのである。

カスティナは今やハデスの右腕かつ軍の幹部の一人となり、小さな精鋭部隊を持つことをハデスは命じた。それはハデスやカスティナが望んだことではなく、兵たちが強く望んでしまったのだ、彼女の騎士としての腕や心に惹かれて仕えたいという願い。
仕方なくハデスは一度カスティナ直々の部下になりたい者を公募した際には兵の半数が応募した為、ハデスは自分の王の威厳とは何かと思ったもののちゃっかり書類にアダマスの名が添えられていたことに取り敢えず知らぬフリをしてシュレッダーに掛けたのだった。

そうして選び抜かれた十名ほどのカスティナ直々の部下達は毎日彼女の指示の元で働いており、今や立派なハデス軍の兵──もとい騎士として働いていた。
彼女の力は絶大でハデスやアダマスにベルゼブブなどは強い力を持つが故によかったが、人があの光を耐え切れるのかと言われれば厳しいだろうと思いつつ彼女を見つめるハデスは声をかけた。

「もう時期、天界で神々の会議がヴァルハラ議会であるのだが、カスティナそなたがついてきてくれないか?」
「……神々の場だろ?」
「あそこは優秀な人間も出入りしている、それに王が自分を守る家臣を連れていくのは当然だ」
「分かった、もちろん同行しよう、僕はキミの騎士だからね」

二つ返事をする彼女の笑顔はまるで太陽のごとく眩しいと思いつつ、ハデスは彼女がついてきてくれることを喜び二人は数日後天界へ向かった。
ヴァルハラ議会での会議についてはそれぞれ主神級が各神界や担当地区の人類の様子の報告だった。天界の全てを管理するゼウス、海を支配するポセイドン、冥界を統じるハデス、ヴァルハラや北欧神界の代表オーディン、印度神界の代表シヴァなどそれぞれが集まり、小さな報告会であった。

「では待っていてくれ」
「あぁ……おっとハデス失礼するよ」
「……っ」
「髪が乱れていたからね、それじゃあ僕はここで待機しているよ我が王」

会議室に入る前にカスティナはいつもの白銀の軍服姿で、ハデスとカスティナの二人が並べばまさに絵画のような美しさだとメイド達が黄色い悲鳴をあげていたが、ハデスも自分の髪を直してくれる彼女に胸が少しだけ締め付けられつつも平然とした態度を見せて短い言葉と共に会議へと向かった。

中身はいつものように特段変わることのない定例報告であるためほんの一時間程で終えてしまうが、ゼウスが「そういえばハデスよ、白百合の騎士はどうなったんじゃ?」という話題に食らいついたシヴァや興味を見せるポセイドンのお陰で話が脱線してしまう上に、あのオーディンさえ興味深そうに話に耳を傾けることに天界でもこうなるのかとハデスは苦い顔をしつつ、話題を出したゼウスに少しだけ苛立ちを感じた。

すっかりと一時間で終わるはずだった会議は結局三時間近くになり、ついには騎士が欲しいという主神の話し合いにまで発展し「あれは余の騎士だ」と一喝する羽目になり、ハデスは疲れて会議を終えると元の場所にはカスティナがおらず、近くの者に聞けば女神たちに中庭に連れていかれたと言われた際にはかしくも冥府の王でさえため息が零れる。
人も神も他人を引き込むカリスマとしての能力があるのは理解出来るが、彼女の能力に関してはそれだけでは済まないとハデスは痛感せざるを得なかった。

仕方なく議会の中庭へと足を運べばそこには確かに見覚えのある上級女神に囲まれたカスティナが物理的に取り合われるように弄ばれており、女性にはてんで弱い彼女は困り果てた様子で断りきれずにされるがままとなっていた。
黄色い女神の笑い声の中に「あの女神様困りますよ」というカスティナの声はまるでかつて姫に遊ばれていた頃の騎士の時のような表情と態度でハデスは自分はもちろん、城の者たちに見せたことのない新しい表情であるとして静かに眺めていた。

「取り戻さなくていいのか兄上」
「ポセイドンか……あぁ楽しそうにしているからな」
「自分の騎士だというのに兄上はあの騎士をどう見ているんだ」
「どう見てる?愚問だな弟よ、余はカスティナをカスティナとしかみていないぞ」

隣へとやってきた弟ポセイドンの声掛けに珍しいこともあると思いつつも、ポセイドンが密かにあの騎士を人間として認めていることを知っているが故にハデスは答えた。
天界の美しい日差しの下で女神たちと共に照らされる彼女の純白の姿は美しく、柔らかな風を味わいながらしばらくハデスとポセイドンは黙って眺めていれば女神たちに弄ばれていたカスティナは回廊の下で眺めていたハデスを見るなり慌てて女神達に声をかけて逃げ出す。
小走りでやってくる彼女に急がなくてもいいと言いたかったが、ハデスとその隣のポセイドンをみては目を輝かせるものの、それはまるでラブラドールレトリバーの如くな姿であり、直ぐに二人の前にやってきた彼女は「すっ、すまないお嬢様方に遊ばれてしまっていて」と言った。

「随分とかわいがられたようだな」
「あぁキミを待ってたら呼ばれたと思ったらこれだ」

髪を編み込まれたり飾られたりとしている彼女はまさに遊ばれた騎士のようでありハデスが思わず彼女の編み込まれた髪を撫でて「似合ってる」といえば彼女は照れ笑いをするのをポセイドンは静かに見つめた。

「……兄上はやはりこの騎士と番となったのか」
「ポセイドン!?何を言うんだ僕とキミのお兄様は王とそれに仕える騎士であって!」
「だが満更でも無い顔だ」
「主に褒められて光栄なだけで…!」
「騎士の顔では無かったぞ」
「〜〜ッそ、そんなわけ!!」

無いと断言しようとするが声に出せずにいる彼女はポセイドンに困り果てては遂にハデスに助けを求める顔をするが素直すぎる反応にハデスも「余は構わないがな」と笑うと彼女はますます顔を真っ赤に染めて二人に対して騎士たるものと説くが騎士が王達に説くとはまた珍しい、さらにあのギリシャ三兄弟の二人、冥王ハデスと海皇ポセイドンとなれば近くを通りがかる者たちはギョッとした顔をしつつそそくさと離れた。

一通り時間を過ごしたポセイドンが「そろそろ失礼する」とハデスに伝えて帰っていくとすっかりからかわれたカスティナはその頬を僅かに紅潮させていたものの、ハデスはそんな彼女を見ては普段とは違う編み込みや、髪飾りがついているのことに思わず手を伸ばした。
彼女がハデスに触れられることを当然のように受け入れるのは信頼から来るものであり、彼女は彼が自分を傷つけない相手だと今やすっかり理解していた。

「似合ってはいるがあまり他の者に触れさせるな、そなたは余の騎士だろう」
「女性への断り方は分からないんだが主がそういうのなら善処しなければね」
「ああ是非そうしてくれ、でなければ余がそなたを着飾ってしまいそうだ」

誰のものでも無いこのハデスの騎士であると──と彼女のイヤーカフのついた左の耳元で小さく囁いたハデスにカスティナはそれが騎士や王ではない熱だと感じては慌てて耳を抑えれば、彼は歩き出してしまうため、全く人をからかうのが好きな王には困ったものだと思いつつ足を進めた。

そうしてハデスと天界を歩いていれば彼が如何に神に尊敬される神であり、ほかの者とは違うのだと彼女は背中を眺めつつ感じた。冥界の姿での彼しかしらないが、靡く白銀のコートや髪はほかの者を圧倒的に凌駕する美しさと雰囲気を纏っており。
斜め後ろからついていく彼女はハデスを知らなければ簡単には話しかけることも、ましてや剣を向けるなど出来ないと感じてしまうほど彼には隙がない。通った鼻筋に太陽の光も知らないというような雪のように白い肌、神々であるというような彼の額の左上の月桂樹のタトゥーのようなもの、無駄がないとはまさに彼のことであり、神が美しいとされる理由はハデスを見つめるカスティナは納得さえしてしまう。

王の顔をマジマジとみるのは悪いと彼女はすぐに視線を逸らして歩いているうちに気付けば二人は冥界に戻ってきており、気付けば遅い時間になっていたが互いの職務に戻ることを告げて分かれてしまった。

カスティナは一人きりとなるなり部下に冥界の様子を聞いてみれば特に問題は無いと言われるが、近頃の報告で冥界の一番大きな街の一部の治安の悪化を聞いており、頻繁な巡回が必要だとしているためカスティナはついでだからと自分が巡回しに行くと告げて、同伴を希望した部下二名を連れて街へと向かった。
冥界の街は空が暗いものの天界とさして変わらなかった、禍々しい種族が住んではいるものの中身はあまり変わらず、カスティナも彼らと知り合い交流を重ねればいつからか「騎士様」と呼ばれ可愛がられるようになっていた。

丁度メインの通りから離れて夜の店が多い場所へと続く時、カスティナは何故か胸がちくりと痛んだ、まるで行かない方がいいと言うようなもので、その痛みは心臓ではなくその服の下に忍ばせた捨てきれない指輪からの痛みのようだった。
悩みつつも部下からの心配したような声にカスティナは「なんでもない」といいつつ石畳の道を歩いていくと、突然の怒号とドアから蹴り飛ばされた女が彼女達の前にみえた。

「お前みたいな女鬱陶しいんだよ!!」

明らかに暴行を働かれた女性は石畳の地面に倒れて、男はドアを閉めるのをカスティナは慌てて駆け寄っていつも通り優しいその純白の姿で相手の背中を支え起こそうとしたが、その相手は彼女のかつての妻だった。
数ヶ月前確かにカスティナを捨て去った女性の頬には痛々しい青痣が出来て、肌も目に見えてわかるほどに荒れて、弱っていたのが見えたことに彼女は狼狽えた。

「カスティナ……あぁ、私の旦那様、私の、騎士ね」

弱々しく彼女に頬を撫でられたカスティナは心臓を掴まれたようだった。
それは優しく甘いものではなく、悲しみに似た苦しみだった。
自分をこっぴどく捨てたはずの彼女が、逃げるために冥界まで落ちた者が死してなお傷付く姿に彼女は悲しみを抱いた。
グッタリとした妻は眠ってしまい、カスティナは背後の部下の声を聞きながら悩んだ末にかつての妻を抱き上げると「倒れた人……特に彼女は人間だ、放置できない」と言い聞かせては連れ帰った。
それが彼女にとってどんな結果になるかなど分からずとも、目の前の元妻を彼女はその腕でかつてのようにお姫様抱っこしては腕の力を強めて慈しんだ、こんな姿を見たいわけじゃなかったと思いながら。

その頃、天界では珍しく雨が降らされていたことを彼女もハデスも知ることはなかっただろう。


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