「所詮、あなたも私と同じなのよ」

自分の上に跨る妻はそういって笑ってカスティナの赤い痕の残る首筋を撫でた。
ハデスとの後、カスティナは直ぐに着替えて宿へと逃げるように向かった、遅くにやってきた彼女に対して妻は何も言わずに受け入れながらも、彼女をベッドに押し倒すなりそのネグリジェから着替えたばかりのシャツのボタンを外しては、その下に隠されていたはずのすべてを見つめた。

女であるゆえにこの女にはわかっていたのだ。
自分を愛していると言いながらその実この騎士が<女>になってしまおうとしていることに。
自分にどれだけ美しい姿を見せていても所詮彼女が同じであることをこの女は喜んでしまい、カスティナの手首を掴んではその首筋に顔を埋めた。

「ねえ男の味を知って、どう思ったのよ騎士様(お姫様)」
「違うんだ、僕はキミを」
「所詮あんたはそういう人間なのよ、騎士でもない、男でもない、ただ特別でいたいだけの聖者のフリをした醜い人間」

シャツを外されカスティナは妻の前にその素肌を晒した。
どれだけ彼女が不要だと願っても実る女の柔らかい果実がさらけ出され撫でられると肩が震えて、妻は楽しそうに男に抱かれた味を何度も問いかけるがカスティナは「違う」と呟くが妻はそれを受け入れなかった。

「あなたが私のお父様(王)と寝ていようと、兵に媚びを売っていようがなんだってよかった、ただ私と共に堕ちていてほしかったのよ」

それはきっと妻の本音であるとカスティナは気付いてしまった。
自分の上に跨る彼女は歪に笑うが、彼女の人生に選択肢などなかった。一国の姫として生まれて苦労のない人生を得たとしても自由はなく、政略結構か兵への褒美になるしかなく、唯一の父親の愛情も人の尊敬も敬愛も全て、同じ女でありながらも自由を得て、騎士として生きる目の前の女が持っているとしたのだ。
憎らしさの判明、尊敬や憧れもあった、だがしかしカスティナはどこまでも眩い光を宿した聖者であったが故にその憎しみだけが増えてしまった。そんな聖者が今や男を知ってしまったのだと思うと、それはつまり自分と同じなのだと感じられて幸福にも思えた。

「男ではないと受け入れてほしかった。私はずっと女としてのあなたが好きなのよカスティナ」
「...姫、そんな、僕は」

カスティナにはわからなかった。
男という意味も、女という意味も、ただ自分が信じる道を歩くためには性別の概念は必要であったとしても、彼女はその理から外れて歩いてきたはずなのだ。男でないことを憎んでいたはずの妻は女である自分が好きだと告げる理由がわからなかった。
艷やかな妻の指先がカスティナの唇をなぞる時、彼女は涙を零すが妻は嬉しそうに微笑んで唇を重ねた、ハデスとは違う柔らかい女の唇は離れると彼女の指輪と十字架をなぞる。

「一生苦しめばいい、女(わたし)の人生を狂わせたんだから」

そういって涙をこぼした妻がどれだけ”妻”としての役割を果たしたかったのだろうかとカスティナには理解出来なかったが、それは彼女が剣を握るという選択肢を持っていたからだろうか。
首筋に顔を埋める彼女にカスティナは何も言えずにただ背中に腕を回しながら天井をみつめるとき、彼女の安い娼婦のような香水の匂いを感じながら、ハデスの香りを思い出した、優しく包みこんでくれる香り。けれどれはもう届かない月のようなものなのかもしれないと瞼を閉じると、自分を抱きしめる腕はなく、ただ愛おしかったはずが今では呪いとなった人の重みだけがあった。

◇◆◇

冥界に一度落ちれば戻ることは出来ない。
冥界から天界へ行くには通行許可を冥王ハデスから直々に受ける必要があった。
そのためカスティナは第二の人生をハデスに捧げると決めたことも含めて冥界で永遠に生きるのだと思っていたはずだ。

翌日カスティナは城へと戻った。
宿を出る前に妻に髪を整えられながら「愛してる」と言われた時、それの意味がわからなくなっており、彼女は首にかけていたはずの指輪が自分の左手の薬指につけられているのを気付いてしまい、妻はまた新しい指輪を二人で買いに行こうと笑ったことにカスティナは小さくはにかんでその場を後にした。

昼が過ぎた頃、ハデスに呼び出された彼女は彼の私室へと足を運び、彼に跪いたがハデスは彼女にかしこまらなくていいといいながら、二人だけの部屋の中で窓の外を眺め、一切彼女をその瞳に宿さないことを対して彼女は胸が痛かった。
昨日触れてくれたあの温もりはまるで嘘のようであり、その反対に妻に触れられた熱がハデスを前にすると更に強くなるのは、まるで古傷がえぐられるような痛みにも似ているだろう。
外は相変わらず薄暗いものの、風はまるで春のように心地よく流れて、窓を開ければハデスの長い襟足を揺らしており、カスティナは静かにそれを彼への忠誠を誓うために着ている純白の軍服姿で見つめた。

「そろそろ天界に帰ってみてはどうだ」
「え」

ようやく口を開いたかと思えば、それは予想だにしない言葉であり。
カスティナは普段のことも忘れて目を丸くしてみつめるがハデスは「もういいだろう」と肩を竦めて笑ってみせた。それは彼女にとって残酷な言葉でもあった。

「元々妻を取り戻しにきたのだろう?痴話喧嘩を終えた今であれば生前と違い、天界で上手く過ごせるだろう」
「待ってくれ、僕はキミの」
「余のなんだ?その純白を纏ったまま未だに忠義に揺れる者を騎士と呼べるのか」

それはそれまでの全てを否定するような言い方であり。
カスティナはハデスの口から聞く言葉には感じられなかった。反対にハデスは自分を騎士として受け止めてくれていると心から思っていたのだから当然であるだろう。しかし彼はカスティナの本来の目的や、彼女を否定する言葉を次々と並べた。

「余の軍に人間は不要だ」

慕う者がいるのも事実だが他に顔を向けられないだろう?というハデスの言葉はかつて生前の王に告げられた「女は不要」という言葉に似ていた。それまで人間であり女であるという全てを受け入れていたはずのハデスの言葉は嘘であるというように彼はカスティナをみることもせずに淡々と嘲笑うように告げる。

「騎士”ごっこ”に付き合うのはもう終わりだ」

ようやく振り向いてそういったハデスは天界へ帰る手続きを済ませてあるため明日には荷物を持って出ろと命じたがカスティナはそれを受け入れないというように留まった。

「本気なのかハデス」
「そなたが望んだ通りにしているだけだ」
「だが僕はキミに忠誠を誓っている!」
「そなたの忠義は不要だ」

カスティナはそれが本心でないとわかっていた。しかし一歩も引かぬハデスにそれならと腰の剣を抜こうとする前にハデスは自身の側に置いていたバイデントを先に取り彼女に突きつけた。
カスティナの喉元に触れるとバイデントの槍先は彼女の十字架に触れており、それは彼女の全てを完全に拒絶するようなものであり「本気...なんだね」とカスティナは震える声で言えばハデスは何も言わずに槍を引いて窓の外を見つめた。

「あるべき場所に戻れ」

ハデスはそれだけを告げるのを聞いたカスティナは部屋を後にして直ぐに荷物をまとめるために自分の部屋に戻った。

「そこまでする必要があったのかよ兄者」
「アダマス。これは王と騎士の話しだ、そなたには無関係だ」

ちょうど部屋にやってきたアダマスは騎士の涙をみてしまったがゆえにそう問いかけるがハデスは外を見つめた。冥界の空は今日も薄暗く光など一筋も見えなかった。

◇◆◇

愛ほど神も人もこの世に生きるすべての生命を狂わせるものはない。
ハデスはそれを理解していた、もし彼がカスティナを完全に奪えたのならば苦しむことはなかった。彼女を縛り付けて無理矢理に冥界に繋ぎ止めてしまうことは簡単であるはずだった。
それでもそうしないと決めたのは彼自身が彼女の心が欲しいと願ってしまったからだ。
自分を苦しめ振り向きもしない妻を思う一途な思いも、自分に向ける眩い忠誠の眼差しも、そしてその中に秘められた本当の彼女も全てが愛おしく求めてやまないものでありながらも側に置くことは出来ないと理解してしまったのは、彼女が愛する相手を一途に追いかける姿を見つめ続けたからだ。

はるか昔、それはまだ神々が人と近い頃、天界・地上界・冥界に人も神も自由に行き来出来ていた頃のことだ。
結婚したばかりの妻が毒蛇に噛まれ亡くなり、その妻を愛する夫は恐れながらも冥界へ妻を迎えにやってきた、男はハデスに頼み込み妻をどうか助けてほしいと願うため、ハデスは一つの試練を与えた。

—冥府から抜け出すまでの間、決して振り向いてはならない—

それはハデスなりに男を試したかったからだ。
しかし冥府から抜け出す、もう後少しの時に男は妻がいるか不安になり振り向いてしまった。
哀れな夫婦は引き裂かれ、そうして会うことが出来なくなってしまったものの、夫の死後ハデスは妻を天界に返してやった。

カスティナという騎士は同じだった。
妻を迎えに恐れ多くもやってきて、全てをハデスに捧げると誓った。自分がどれだけ傷つこうと苦しもうと会いすると決めた相手を守り抜くことが自分の生きる全てなのだと思っているのだろう。
だからこそハデスは彼女を自分の側に置くことが危険であると感じた。あの日彼女の身体に触れてしまった時、ハデスは彼女を騎士ではなく女とみていることを隠すことなく、その欲望を与えてしまいそうになり、その時の彼女の表情は彼女ではなかった。
妻と自分の間に揺れる彼女の心は弱く、そこに付け入ることはどこまでも残酷で醜いだろう。

「それが彼女の幸せなんですか」
「幸せではない。選択だ」
「泣いてましたよ」

ハデスはただ静かに手元の真っ黒なコーヒーを見つめた。
それは自分の中の欲望と同じ色であり、彼女には決して似合わない色だとも感じながらミルクを注ぐと、黒から茶色に変化するのに、それは白には戻らない。
ベルゼブブの研究室にてハデスはただ研究の様子をみにきたと言いつつも、ベルゼブブは彼がその場所に来た理由は理解している、彼自身も迷いがあり、それを誤魔化しているだけなのだ。
あまりにも不器用であるハデスに「無駄すぎる」と呟くが彼の考えがベルゼブブの言葉一つで変わらないこともわかっており、それは先にカスティナとハデスのことを気にかけていたハデスの弟であるアダマスも理解していた。
どれだけ悪態をついても最後に選択するのは本人たちであり、その中でハデスは彼女に真の自由を与えるために天界に戻るように言った。本来はとっくに戻れていたはずの彼女を縛り付けていたのも事実。人間のいない冥界で妻と共に唯一の人間として生きるカスティナは異端者であり。
だからこそ、冥界の者たちはその光である、あの白百合の騎士を求めてしまおうとするのだった。

「ベルゼブブよ、愛する者に幸せでいてほしいのはそなたもよく知っているだろう」

その言葉を聞きながらベルゼブブは手元の自分の真っ黒なコーヒーをみつめては何も言わずにその苦みを喉の奥へと流し込むのだった。

◇◆◇

「ハデス様が僕ら二人を天界に帰る許可をもらったよ、だから帰ろう」

カスティナは宿に戻りそう告げると妻は嬉しそうに笑って彼女の首に腕を回して抱きしめた。
部屋にある荷物を持っていけと命じられたカスティナは荷物の片付けがあるから今晩だけはと断りをいれてハデスの城で天界に帰るための荷物の準備をした。
用意されたトランクケースの中にいくつかの必要なものだけを片付けていき、クローゼットを開いては全ては入り切らないが自分用にと用意されたものを置いていても仕方ないだろうと思えていくつかをトランクケースの中に詰め込む。
着慣れた軍服や替えのシャツや手袋に靴下など細々したものを入れていく中で、何度も着ていたシルクのネグリジェを手に取ると静かに詰め込み、そしてもう一着のワンピースを手に取った。純白のパフスリーブワンピースのスカート部分は二重生地となり、白い生地の下には薄いラベンダーで、刺繍が美しくされたそのワンピースはカスティナにはとても甘くて着る機会もなかった。
けれど彼女は数着あるワンピースなどの中でそれだけを唯一中にいれて、部屋に置いてあるノートや万年筆など全てを直していく、しかしそれは全てハデスから支給されたもので、それを持ち帰るのが正解なのかどうか分からなかった。

「本気で出ていくのかよ」
「アダマス...あぁ僕はもう冥界(ココ)には不要だからね」
「兄者の、ハデスの言葉を本気にするつもりかよ、あんな女と共にまた天界に帰ってどうするんだ、どうせあのクソ女はお前をまた裏切るってテメェ自身わかってんじゃねぇ...」

用意をしていたカスティナに声を掛けたのはアダマスであり、彼は苛立った態度で部屋の入口で壁にもたれながら、いつものように厳しい声を掛けるが言葉が止まってしまうのは無理もない。
カスティナは肩を震わせて涙を流していた、ただ静かに葉の先から雫が落ちるようにとても静かに涙を一粒ずつこぼしてく彼女にアダマスの声帯がそれ以上声を出すことを出来なかった。

「わかってるんだ、本当は僕が誰からも望まれていないことくらい。だけど僕は彼女に一時的だとしても求められることが嬉しい。そしてハデスに愛されていると感じるときはそれ以上に幸せだ。だけどダメなんだ...僕は選択できない」

ずっと選択を間違えてきたのに今更選ぶことができない。
兄が亡くなり、その後を継ぐと決めたときから、両親が耐えきれずに逃げたした時も、騎士になり流れるままに王の息子になったことも、全て自分が選んできたはずの人生であったはずが全て違うと言われた今なにを信じて、なにを手にとって生きてばいいのかわからないのは当然だろう。

「もし...もしも誰かが僕を連れ出してくれるのなら、僕は今...きっとそれが冥界の先だとしてもついて行ってしまう」
「...バカいうんじゃねぇよ、お前は選んでいいんだよ、というよりもお前は何も掴んじゃいねぇんだよ、大層な口を叩いて”白百合の騎士様”?そんなツラしてやがる奴が何かっこつけてんだよ」
「別にかっこつけてるわけじゃ」
「じゃあテメェで選べよ。本当に自分が誰とどうなりたいのか、その上でテメェがあっち(天界)に行こうがここ(冥界)にいようが好きにしやがれ」

それ以上はないと告げて出ていったアダマスに残されたカスティナは自身の机の上におかれたイヤーカフをみつめた。
それは夜の部屋の中で眩いほどに輝いており、カスティナにはあまりにも眩しいものであった。

◇◆◇

「それじゃあね、ベルゼブブ、アダマス」
「うん、道中は長いから気をつけて」
「精々泣きべそかくんじゃねぇぞ」

次の日の昼頃カスティナは二人に挨拶をした。
そして天界へと続く虹と闇の門(ビフレスト)へ向かおうとしたが行く前にベルゼブブが彼女を呼び止めると「ハデスさんがキミにずっと渡そうとしていたものだ」と告げて小さな箱を手渡した。
カスティナはそれをしっかりと受け取ると最後まで挨拶が出来ないことを悔いながら別れた。
これでいいと自分に言い聞かせて妻に腕を絡められて片手にトランクケースを持った彼女は天界へと続く長い道へと向かい、来たときにもみた門の前に立つと、天界へと続く眩しい門が開かれていく。

冥界の重々しい空気とは違い、天界に向かう美しい空気と優しい香りが全身を包み込むようで、開かられた門を先に潜ろうと歩き出した時、カスティナは思わず足を止めてハデスに最後に渡された小さな箱を開けた。
そこにはただ一つの白百合の指輪が存在した、まるで指に結ばれたような形の指輪に対してカスティナはハデスの深い愛をみてしまう、白百合の側には小さなアメジストが埋め込まれており、それは白百合に寄り添うようであった。

カスティナは指輪が相手に向ける深い愛の意味を知っている。
愛する者に贈るためにと選ぶ時の緊張や不安、そしてなににも代えがたいほどの高揚感と相手を想う愛おしさ。それは今彼女自身が左手につけた薬指の指輪を贈る時に感じたものであったからだ。
自分の名前を呼ぶ妻は先を歩いており、既に天界に向かおうとして光に包まれている女性はとても美しいと感じながらもカスティナは手の中の指輪を見つめては笑っては足を進めた。

「すまない。やっぱり僕はいけないよ、僕は...ううん、私はやっぱりあの人を愛してる。キミを傷つけたことはわかってる。だけど私は女としてハデスを愛するから、これはキミに今度こそちゃんと返すよ」

今度こそとカスティナは妻の手の中に自分の左手の指輪を置くととても美しく笑った。
妻はそんなカスティナをみつめては「...本当あなたって」と諦めたように呟く間に門が閉まると言われてしまい彼女はトランクの中身を開けて一着のワンピースだけを回収するとトランクを妻に押し付けた。

「キミに似合いそうな服とかいろいろ入ってるから持ってって、僕はもういくよ!!」

そういってカスティナは門が閉まる直前に妻を置いて来た道を走って戻った。
その手の中には白百合の指輪とワンピースを持って。
今度こそ自分の愛する人に誓いを立てると決めたから。

◇◆◇

これでよかったとハデスは外を眺めながら考えていた。
彼女が来たこの一年弱はとても不思議な日々だった。自分が他人を久方ぶりに愛することも、それが届かない光であったことも。
まるでそれは夢のような時間だったと年甲斐もなくロマンチックに感じては自分に苦笑いをしつつも、最後の最後にベルゼブブに託してしまった指輪の女々しさには冥界の王などという肩書きさえ馬鹿らしくなるほどだと自分を嘲笑してしまう。

瞼を閉じなくても彼女の細部まで思い出せてしまうとハデスは感じた。
自分と対等に渡り合える強さを持ち、どこまでも真っ直ぐとした光のような心、性別に関係のない魂の色やその中身全て、あそこまで輝かしい存在をハデスはきっともう知ることはないだろうと感じた。だからこそ愛したのだ。
そして愛とは決して自分の隣に置くものではないことも理解している。愛しているからこそ手放すべき必要もあるとした。それでいいと言い聞かせなければ彼女を縛り苦しめるだけになると理解して彼は今頃は門を通り、天界へと帰れただろうかと思っていた時、城の中が騒がしくなり、そして足音とともに彼の私室が大きな音を立てて開かれた。

そこには肩で息をするカスティナがいた。
かつて自身が用意したパフスリーブにデコルテの広いワンピースを身にまとった彼女は慌てた様子で髪が乱れており、ハデスが驚くのも束の間に彼女は騎士の時と変わらない堂々とした歩き方でハデスに近付いてくるため、頬の一つでも張られるのか、それともなにか最後に言われるのだろうかと思う間に目の前に来た彼女はハデスをみつめるなり、その頬に手を添えて、ほんの少しの背伸びと共にハデスの唇に自分の唇を重ねた。

「...カスティナ」
「すまない、私はやはりあなたに全てを捧げてしまったんだ」

触れるだけの小さな口づけのあと驚いたハデスが名前を呟くと彼女は照れくさそうに笑ったが、ハデスは何故ここにいるのかと問いかける前にカスティナはハッキリと告げた。

「考えたんだ。本当に私が愛する人は誰なのか、僕が本当に選ぶべき道はどれなのか、その中でぼ...私はやはりキミといたいと思った」

呆然と窓際で立ち尽くしていたハデスの両手を取った彼女はその大きな瞳に光を宿して。
ハデスが欲しいと言った、自分が男として与えられ妻を愛していた気持ちに嘘はないが、それでも女として、カスティナという自分個人として求めるものはハデスだけであり、そこにはもう迷いなどはないという。
そしてハデスは自分の手を掴む彼女の手を見るとそこには以前の指輪ではなく、自分が用意していた指輪をつけているのをみてしまうと、彼女はすぐに指輪を外してハデスに手渡してワンピースの姿のまま片膝をついて頭を下げた。

「ハデス、どうか僕にあなたの隣りにいる権利を与えてくれないでしょうか。騎士でも妻でも奴隷でもなんだっていい。僕はあなたの一部になりたいのです」

それは王命をまつ騎士の姿であり、ハデスは驚いたようにみたあと、その彼女の心を受け止めては「まずは立て」と告げてやり、立ち上がった彼女の折れたスカートの裾や埃を払ってやり、背中がみえるとファスナーが中途半端になっていることに気づき、少しだけ呆れて上まであげてやると「すまない」といつものように謝ることにハデスはいよいよ声を出して笑いながら跳ねた彼女の髪を手で直してやった。
部屋の中にこだまするようなハデスの笑い声にカスティナは次第に羞恥心が増していき「似合わないからって笑わなくても」と恥ずかしそうに告げるが、目尻に涙を貯めたハデスは拭っては否定した。

「余が選んだんだ当然似合ってはいる。しかしなんだカスティナ、そなたは大事なところで締まりきらないな」
「そっそれは普段と違ったし、本当に慌ててきたから仕方なくだね!というかそんなに笑わなくていいだろ!!」
「無理だ、余の為にそんな愛らしい姿で現れて喜ばないわけがないだろう」
「よろっ...キミはこの姿を気に入ってくれるのかい?」
「あぁそうだな、慣れない一人称と言葉遣いもいいが、今のままでその格好がいいぞ」

ハデスの指摘にカスティナは自分が淑女らしくない話し方の上にいつもの一人称になっていることに気付いて慌てて口元を抑えるがハデスはその手を取って、その左手に返された白百合の指輪をはめると、その手の甲に唇を置いた。

「この指輪を選ぶということはもう戻れない道に来るということだ」
「あぁもちろんだとも、僕はキミの望む僕になりたいんだ」
「では...余の騎士であり、妻となってくれるか、この暗い冥府の光と」

彼女の腰を抱き寄せて告げると彼女はしっかりとハデスをみつめて彼の白い頬を撫でて、照れくさそうな恋をした少女のような顔をして答える。

「キミだけの光となろう、我が王(夫)よ」

そういった彼女からの口づけにハデスは更に強く抱きしめては互いの手を絡め合い、二人は正式な王と騎士(妻)になることを固く近いあったのだった。


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