「屈辱的だ……しかしやはり王たる方が用意するものだから美しい……これを彼女が着ていたら……あぁきっと美しいだろうな」

目覚めてしばらくベルゼブブと話をしていたカスティナだが、そろそろハデスの元へ向かえといわれてしまい、仕方なく用意をしていたが着慣れない服に戸惑う間にやってきたメイドたちに検査着のまま別室に連れられて、下着からドレスまで着せられた彼女は屈辱だと思いつつも、それが敗者の受けるものであると言い聞かせた。
鏡に映る彼女をメイドたちは「お美しいです奥様」と告げたことに彼女に「僕は騎士だ、彼の妻ではない」と一刀両断しつつも、鏡に映る自分の肉体は何処までも女であると見せつけられてしまうことに胸が痛んだ。

純白のシルクのドレスは彼女が普段鎧で隠していた女としての華奢な肉体を見せるように肩を出し、女として主張するような双丘をみせつけ、ロング丈の地面を擦りそうなドレスに対して自分が自分ではないように感じた。
泣くことも悲しむこともない、ただ自分が女であるという現実は幼少期より鏡を見る度に感じつつ、そしてそのドレスを身につけるのは自分ではなく最愛の人の方がずっと似合うだろうなと考えながらメイドに案内されたのは花咲き誇る庭園だった。

冥界というの暗く冷たいが庭園は美しい花々が咲き誇り、小さなその場所で優雅に紅茶を嗜む男は以前、剣を交えた冥界の王ハデスであった。
彼は振り返ることもなく静かにティーカップに口つけており。カスティナは堂々とそのドレスのまま彼の傍に寄ると、右目に付けていたベネチアンマスクを外したハデスが彼女を捉えると感心したような吐息を零した。

「美しいではないかカスティナ、よく似合っている」
「こんな物を僕に着せるとは悪趣味だ、僕の好みでは無いぞ、というよりもなんなんだこれは」
「寝ていたそなたに余からの捧げ物だ、気に入らないのか」
「当然だ、僕の鎧と剣は何処だ」

挨拶もそこそこに怒りを交えたカスティナにハデスはフッと笑うと控えていたメイドがもう片方の席に紅茶とケーキを置いた。今日のティータイムはホイップ付きのシフォンケーキに落ち着けるようにと用意されたオレンジとカモミールの紅茶であった。
彼女はちらりと見つめると椅子を引かれて招かれてしまい、少し悩んだあと素直に腰掛けるとハデスは傍に置いていた彼女の剣を素直に返した。

「中々よい剣だが女神の加護─愛─を強く感じたぞ、全く妬ける」
「神に人器は無意味だと聞いてお力を添えていただいたんだ、鎧は何処だ」
「鎧は傷が多かったので直していたところだ、もう終わってはずだ……おい、渡してやれ」

そういうと傍に控えていた従者が直ぐに彼女が纏っていた純白の騎士の鎧を見せるため、彼女は手に取るとまるで新品同様になっていたことに目を丸くしてハデスをみる。

「この鎧……ハデス、キミが直してくれたのか?」
「壊したのはこちらだからな」
「ありがとう!キミはベルゼブブがいうように優しい王なんだね、あぁてっきり鎧を捨てられたのかと思って僕は……本当はとても悲しかったんだ」
「人の物を勝手に処分するような器量のない王ではない、着替えたければすぐに着替えても構わん」

そう告げたハデスにカスティナは少し悩んだあと「これがこの席の正装だと言うのなら僕はこのままを受け入れよう」といって、ハデスから与えられた純白のドレスのまま座り直したことにハデスは驚いてしまう。
数日前、彼女を完全に叩きのめしたハデスは彼自身も騎士を侮辱するかのように身を委ねろと命じた。しかし彼女はそれに対してあの時ほどの怒りはなく、今は反対に目の前のシフォンケーキをじっくりと眺めており。
その姿はエサを待つ犬のようであり、ハデスが食べても良いと許可すると彼女は目を輝かせて直ぐに行儀良くケーキを口に含み、甘いものにはとことん目がないので嬉しいという姿をハデスはもちろん、周囲の従者たちも目を丸くしてみつめた。

「うん。このシフォンケーキ、オレンジピールが入っているんだね、とても美味しい。フワフワしているしオレンジの酸味と甘味がシフォンと共に口の中でマリアージュしているよ」
「気に入ったのなら余の方も食べて構わん、おかわりもある」
「本当かい?キミに剣を向けたというのに、なんたる慈悲……流石冥府の王だ」
「妻に優しくするのは夫として当然だ」
「すまない僕は既婚者だ」

花の香りがふわりと香る庭園の中でパクパクと擬音が付きそうなほど心地よくケーキを食べる彼女に自身の皿を差し出すハデスはその騎士の眩さはやはり対峙した際と同じであると思い、彼女の近くの花がより華やかに元気になるのをみては冥界の花は光が少ないこともあり目に見えて変わるのがわかった。

サラリと王であるハデスが彼女を妻扱いしようとしたがキッパリと断ったことについてその場にいた従者達はすっかりと戸惑っていた。
数日前、城を壊さんとばかりに来てはハデスに剣を向けたはずの彼女について、彼は全員に「あの者を妻として迎える」と宣告したのである。
彼が妻を新しく作るとはどういうことなのかと戸惑ったものの、眠っていた彼女の身の回りの世話をしていたメイド達は戻ってくる度に「眩すぎる」と謎の言葉を吐いていたことを、何も知らないメイドたちだけでなく従者たちは今現在感じざるを得なかった。

「しかしハデス、今回僕はキミに多大なる迷惑をかけてしまったことについて心から反省している。キミが望むのであれば僕はあなたの剣となろう」

そういって彼女は席を立ち床に膝を着いて忠誠を誓おうとするとハデスは彼女の手を取り立たせては、彼女の腰を抱いて顎に手を添えるとその太陽の瞳を月のような瞳でみつめた。

「言っているだろう妻になれと、そなたはとても美しい、余はそなたを欲しているのだ白百合の騎士……いや、白百合の姫よ」
「それは無理だ、僕には妻がいる。キミは神だから気にしないのかもしれないがね、人間というのは基本的に一妻一夫だ、僕は彼女を裏切ることはできない」

そもそもここに来たのだって妻を探しに来たんだから。と簡単に彼の手からすり抜けたカスティナに従者達はドギマギとしながら見守っていた。
冥王ハデスはとても美しく、その美貌は数多の女に望まれてもなお、揺れ動くことは無いものだった。しかし彼は目の前の騎士にその心をあの日奪われた。
どんな暗闇でも照らすような輝きを持つ光の騎士は冥界には似合わぬ程の輝きを持ち、それは太陽神アポロンにも引けを取らぬ美しさであるだろう。
実際に彼女の鎧や剣を見てわかったことは彼女には幾人もの女神がついているということで、冥界まで真っ直ぐ来られたことは彼女の強い心と女神の加護あってのことであるだろう。

もう一度席に座り直したハデスはしかしながら納得がいかないと思い、目の前の彼女を見据えると、その低い声で問いかけた。

「何故あの女に拘る、あの女は……いや、そなたは今も高貴な騎士を貫いているが、そなたがされてきた事は普通は怨恨に変わってもおかしくはないハズだ、もしやあの女を追いかけているのはそういうことか?」

その言葉について彼女はティーカップを一口つけてはハデスを正面から見据えた。

「怨恨なんかじゃない、僕は彼女を愛してるからだ」
「あんな過去があってもか」

高潔すぎるとハデスは彼女の過去について思い浮かべた。
それは彼がカスティナを欲しいと願い、彼女の生前ログを読んだ為に知っていたことだった。
主神の一人であり、冥界にて数多を管理するハデスは天界にいる者は神々も人間も問わずにその者の全てを知ることができた。

カスティナという騎士は裏切りや道具として生かされながらも心の火を消すことのない美しい心を持った騎士であった。

生まれは騎士の家系、幼い彼女には年の離れた兄がいた。
父は厳格な騎士であり、兄を立派な騎士へと育てたが兄は戦死した。
女として生きてきたカスティナは悲しみに暮れる父を見て、兄の代わりに騎士になると告げたが父は彼女を受け入れることをせず家を出た。
母は父や兄の影を追う彼女に耐えきれず男を作って逃げ出した。
孤独の中でも彼女は騎士になる為に"女"を完全に捨て、弛まぬ努力を重ね、どんな男にも負けない騎士として王国の聖騎士団長を務めるような者になった。

王は真面目で高潔な騎士であるカスティナを男として認めた……否、男にしてやりたかった。自分の息子にして、自分の子にして、自分の血族に入れたかったのだ。
王は騎士を何よりも誇らしく国一番の存在だとして掲げ、功績をあげるカスティナに自らの娘を与え、夫婦にさせた。
王から目に掛けられた騎士が女であることについて不満を感じる者もいれば、彼女を尊敬する者も多くいた。

しかし妻は彼女を受け入れなかった。
反対にカスティナという高潔なる騎士以外を受け入れ続けた。

ある日、戦から戻ったカスティナがドアを開ければそこには幾人もの男と夫婦のベッドで交わる妻がいた。
それは一度や二度ではなくカスティナは夫として悲しみを抱いた。
不貞を行っていた中には彼女を嫌う兵もおり、カスティナは耐え切れず王に妻を自由にしてやってくれと頼んだ。自らが女であるから彼女を苦しめるのならば自由にしてやれと。
しかし王はそれを拒絶した。

「そなたの王はこういったそうだな」

─カスティナよ、我が娘が奔放であることを悲しむことはない。夫であるのならばそれを受け入れるべきだ。世継ぎも出来ぬお前をワシもあやつを受け入れた。それが我慢できぬのならばワシの"女"となり孕み、王子を産めばいい─

それは彼女にとっての絶望だった。
国の為、王の為、彼女はその身を捧げた。
騎士は女であることを許されないからと彼女は長い髪を切り、いつだって民の前で笑顔を作り、気高く美しい魂を持つ騎士でいようとした。
そしてそれを王も受け入れてくれていたと思っていたのは、全て嘘だったのだ。

ただ彼女の高潔なる"騎士"の血が欲しいというだけ。
与えられた全ては嘘であると理解しても、彼女は真実だけを見つめた。

「それでも僕には護るべき部下や民がある。それに誓ったんだ……彼女を護ると。約束だけは守らなければ騎士の恥だ」
「例え殺されたとしてもか」

ハデスは言葉を重ねると彼女は「あぁ」といった。
愛する妻や尊敬すべき王に裏切られてもなお、彼女は国の為に全てを尽くした。帰れぬ夜には妻の安寧を祈り。王の為にと聖騎士団長という国一番の騎士団の団長として戦場を駆け。
家に帰れば妻に拒絶されて冷たい床で横になり、彼女のためにと全ての財産を与え、贅沢の限りを尽くす妻の横で彼女は夫として喜んでくれるならと受け止め続けた。

しかしカスティナは妻から最後で最大の裏切りを受けた。
任務を終えた彼女に妻は労るように料理を作ってやった。
毒を込めた料理に苦しむ彼女の前に現れたのは自分の部下であり、彼女は自らの剣で刺し殺されたのだ。

妻は言った「男でも無いくせに男の真似をして人生を壊したと、彼女が死ねば彼が次の英雄として団長に選ばれる」とそして騎士カスティナは裏切りの中で息を引き取り、高潔で一途な美しい騎士の魂は女神が保護したのだと。

「これを読んだ時、人間の醜さにはウンザリとしたぞ、ベルゼブブでさえそなたを哀れんでいる」
「僕の選んだ人生だ、後悔はない」
「呆れるほどに美しい。しかしそれでもなお探すというのか」
「ああ、その為にここに来た、例え天界に戻れないとしてもね」

そう告げたカスティナは出された柘榴を手に取って丁寧に剥いて口に含んだ。
どこまでも哀れな騎士でありながらも、彼女の目には希望は潰えず、眩いほどの光だけを宿していた。
ハデスはそれを見つめてはますます彼女を求めてしまう。
気高いその魂に安息を与えたいと思いながら。


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