あれから数日、カスティナはそれでも妻の所在をと望むことにハデスは仕方ないと受け入れてやり、見つかるまでの期間、ハデスの城にて生活をと執着から来る軟禁を提案すれば彼女は疑う気もないように「ありがとう!」と告げることにハデスは苦笑いを浮かべた。
カスティナはあれほど求めるハデス対して決して女としての態度を見せず、騎士として振る舞い続け、ハデスも彼女をいかに落とせるのかと思いつつ日々を過ごしていた。
執務室にて万年筆を片手にウンザリするような仕事をしている頃、中庭から小さな剣の音がして顔を上げてみてみれば、そこには鎧ではなくハデスの所持する軍隊の漆黒の軍服に身を包んだカスティナが他の兵を相手に手合わせをしていた。
ハデスの兵は決して弱くはない。反対にハデスに仕えて、冥界に属する者として人間以外の種族……特に魔族が多いはずだが彼女は人間の力で神器の剣でなくとも相手を負かしているほどであり、ハデスは窓からそれをじっくり眺めては、美しいものだと心地よい試合を見ている気分となる。
自分の忠臣が彼女のような騎士であればかつての王のように狂う人間も出てきてしまうだろうとハデスは神として想像した。
神は全ての人を産む訳では無いが、人が神に選ばれることはある。
カスティナはまさに神に選ばれた騎士であってもおかしくは無いどころか、時折感じる女神たちの痕跡に一人二人ではないのだろうなと薄々察しているところはあった。
遊びがてらの手合わせのようでフェンシングを楽しむカスティナは生き生きした様子で勝利を重ねて相手が苦笑いをして両手をあげるのに、もう一度とでもいうようにまた剣を構えるため、少々遊び相手を考えねばならないなと少しの休憩だとして窓際で眺めながらハデスが思っていれば隣に誰かが立ったのを彼は見向きもせず声をかけた。
「なんだ珍しいなアダマ……アダマン……アダマス」
「テメェで名付けておいて忘れんなよ、で?あれにお熱なのかよ」
そういって横に並んだのはハデスの弟アダマンティンことアダマスであり、ハデスは相変わらず言いづらい名前だと思いながらもアダマスの言葉に二つ返事をすると苛立ったようないつもの態度を彼は見せた。
「あのヤローマジでムカつくぜ、女の癖に騎士を気取りやがったからちょっと遊んでやがったら直ぐに火がつきやがる」
「随分遊んでたようだがな」
「フンッあのヤロー小突いてもビビらねぇどころか目の色輝かせやがるからやる気も失せたわ」
全く苛立つといいながら執務室のハデスの椅子に腰掛けたアダマスが口先は随分な態度だが、その実あの騎士を気に入っているのは言葉や声から分かったものであり、素直ではない弟でも未来の妻を気に入ってくれることは何よりのことだと密かに喜びを感じる頃、執務室にまた新たな客が訪れる。
「アダマス……キミはそういいながら連日彼女のところへ顔を出してるし、餌付けをしてるだろ、素直に気に入ってるといえばいいのに」
「テメェに言われたかねぇぜ陰キャぼっちのベルゼブブよぉ、テメェこそあいつのこと気に入って、テメェの研究室に出入り許してるらしいじゃねぇか」
「彼女についてまだ学ぶことも多いからだ」
「素直じゃねぇのはおめぇもじゃねぇか」
やってきたベルゼブブとアダマスが言い合うことはいつもの事であり、それは喧嘩ではなく友人同士のじゃれ合いであると知るハデスは止めることもなく、ベルゼブブから差し出された資料を見るとアダマスも興味深そうに眺めたそこには写真撮って情報がいくつか乗ってあった。
「全くあの騎士様─ナイト様─ってのは頭がおかしいんだよ」
アダマスがそう言ってしまうことは当然のことであり、彼女の過去を知る三人は彼女が生前裏切られでもなお献身的な愛を注いだことについては残念なことに好意的には受け止められなかった。
この世には聖者がいる。
聖者はいつも苦しみを抱きながらも誰からも助けられない者であり。
それは時に神からの天啓を受けし者などに該当するが、かのじょもまた十分にその聖者という枠組みに入るものだろう。
「だからこそ、余はあの騎士が欲しくなるんだがな」
そういったハデスは眩く光る魂をいつだって求めていたからだ。
そしてそれはハデスだけではないというのもまた事実。
◇◆◇
最高神ゼウスの神殿にて定期的なオリュンポス十二神会議が行われるのはいつものことでありハデスは冥界からの報告も含めてその席に参加していた。
一通りの話を終えるといつものように雑談などに変わり、早々に席を離れることが多かったが、その日は弟であり全ての神の代表であるゼウスが兄ハデスの足を止めた。
「のぉハデスよ、どうやら近頃"騎士"が冥界に言ったとか」
どこか含みを持たせた言い方にハデスは円卓を囲む中でそれぞれの視線を受けながら平然とした態度で「あぁ輝かしい白百合の騎士をな」と答えたところ、声を出したのは美を司る女神アフロディテであり。その瞳は何処か鋭かった。
「あら……騎士様はそんなところにいたのね?天界に早く戻してくれないかしら」
「それは出来んな、余はあの騎士を妻に迎える気だ」
シン……と静まり返るのはハデスの発言のせいだった。
彼が妻を持とうとしているという話題は彼らギリシャのオリュンポス十二神にとっては衝撃的なものであるが、その騎士を知る者と知らぬ者で綺麗に分かれていた。
髭を撫でるゼウスはうーんと悩んでいたようで、そもそもただの人間をゼウスが把握していることは珍しいと思った。
「ヘラがのぉ、騎士が帰ってこんから心配しておるんじゃわ。そーかそーか、義姉になるのなら良いかな」
「ヘラ?なぜお前の妻が心配する」
「いやなんか神器を貸しただとかみんなで加護を与えたとか何とか言っておったような」
分からんけど……と付け足すゼウスにカスティナが手にしていた剣が神器であり力を纏っていた理由を知り、アフロディテをみつめると彼女は「あら睨まないでよ」と挑発的に笑うことにこの女も関係していたのかと思うが、ヘラやアフロディテが絡むとなればもしや?と思いつつ視線を向けると事情をよく知っている様子のヘルメスに「騎士様って?」と声をかけるアレス、そして何よりも静かに佇むポセイドンが動かないことから、妻として迎える以上は説明がいるかと考えた。
「先日冥界に来た人間の女騎士だ、余はあの娘を妻に迎える。それでヘルメス、何か知っているのか」
「基礎情報だけですよ、聖人君子の男として育った女騎士。愛する妻と王に裏切られた悲しい人間だと……それと彼女には数多の女神が付いているとか」
当然かというハデスは些か骨が折れることも起きそうだと思いつつ、気になるなら調べればいいと投げて会議の席を後にして冥界へと戻ろうとする時、彼の背後で冷たい視線が送られた。振り向くとそこには海の王であり弟ポセイドンが静かに佇んでいた。
「何故雑魚─人間─を娶るのだと言いたげだな」
「そうだ、兄上ほどの存在が、落胆してしまいそうだ」
想像通りの言葉にハデスは素直に笑みを浮かべた。
誰よりも神としての尊厳を持つポセイドンにとって無意味に群れることはもちろんだが、人類など視界にも入れる意味もない無駄な生き物。それはまるで海のプランクトンのように目にも入らなければ、ゴミのように邪魔な存在だ。
それをこの世で唯一尊敬出来る兄ハデスが望むということを理解し難く、回答次第では……とも思うほどにポセイドンなりの動揺を感じていたのだがそれを理解するからこそ納得のできる言葉を返した。
「その人間は余のバイデントと対等に渡った、そして……余に傷を負わせたのだ」
ハデスはシャツの裾を捲り素肌を見せると、そこには治りかけているがうっすらと残った剣で切られた傷が存在しており、ポセイドンは肩を小さく揺らした。
ハデスが神槍バイテントを出すのは勿論、その玉体に傷を残すなど信じられなかった。兄を知る弟だからこそハデスはどんな相手でも決して手を抜くことはなかった筈だ。
「その者は何故冥界へ」
「妻を探しに来たと言っていた。しかし……まぁ時間の問題だろう」
「……そうか、くだらない雑魚であれば余が消すことになるかもしれないぞ兄上」
「あぁ構わん、アレはきっとお前も気に入る……いや?余が先に手を出さねばお前が手を出しそうな程だ」
兄弟というのは案外似ているもので、特にハデスを強く慕うポセイドンであればあの騎士を気に入るかもしれないと思うと顔を併せをさせるのも外堀から埋めるという考えも含めていいかもしれないとハデスほいい考えが閃いたように明るい表情をした。
「それで君が海の王・ポセイドンなのか!!なんという神々しさ、目に見えてわかるキミの強さ、流石はハデスの御兄弟……ぜひ手合せを!!」
「好きだろ」
そうして勢い任せに珍しく冥界へと誘ったハデスはカスティナとポセイドンを引き合わせてみれば案の定カスティナは簡単にポセイドンに懐き、名前は知っているがという態度で顔を見るがポセイドンは視線を合わせることはなく。カスティナは不思議と視線を無理やりに合わせると「美しい瞳だね」とさらなる賛美を告げたあと、手合わせの返事のないポセイドンを置いて、飽きることもなく剣を振るっていたが、いよいよ相手もいなくなりベルゼブブが研究で作り上げた怪物を相手に騎士として剣を振るっていた。
優雅な午後を楽しみつつハデスは自慢げに広い中庭で駆け回るカスティナは生前騎士であり、今も誇り高い崇高なる者だと告げるがポセイドンの視線は完全に騎士へと向かっていた。
戦闘用にと鎧に着替えた彼女の高貴なる騎士としての純白のマントが靡き避けて進んで相手を打ち倒す姿はまさに聖騎士の名に恥じぬ実力を持ち得ていた。
「だが人間だ」
「構わん、人から神になる者もいるからな」
「それと、あの騎士は女狐共の香りが強い」
それもそうかもしれないと思う頃、彼女が一体天界や生前でどれほどの女神に目をかけられていたのかを微かに感じるその雰囲気から考えている間にハデスの天界/冥界用の連絡手段となるスマホが震えて開いてみると、ちょうど今朝から調べていたベルゼブブからの連絡に記載されている女神たちの名前にハデスは笑いながらポセイドンに見せるがスクロールしきれぬほどの名前と内容が記載されており。
生前で悲劇を産んだゆえの神々の愛なのだと理解するハデスは自身が与えられる加護は彼女のためにならぬものと知って授けなかった。
「真実は教えるのか」
その言葉についてハデスは瞼を閉じて穏やかな表情をした。
「まだだ」
その時じゃないというハデス、そしてポセイドンが座りお茶をしている東屋に向けて一通り汗を流して満足した様子の騎士が駆け寄ってくるものの、その表情と姿はどこか犬に似ていると思うハデスと同じことを思ったらしいポセイドンは「兄上あれは騎士ではなく犬だ」と抑揚のない声で告げられると、それはここしばらく共に過ごしているから痛いほど理解していると思いつつ、家族がみとめてくれることに感謝しつつ、この小さな世界に騎士はいつまで留まれるのかと考えるのだった。