生まれ変わるような朝が来た。
まるでそれは初めて騎士として認められた時のような気持ちだとカスティナは目覚めると同時に冥界の広いベッドの上で起き上がり、外のカーテンを広げては「うん、今日も暗い!」と声を上げて早速着替えようと自分の服のボタンに手をかけた時、昨晩のハデスを思い出してしまう。
女でも男でもない、騎士でも聖者でもなく、ただのカスティナという存在を求めるといった彼にボタンを閉められた時、心から安堵したのだ。

「それにしても僕はなんてことをしたんだろうか、あんな服であんな風に求めていては仮に妻だとしても娼婦ではないか!全く……ッ」

自分に文句を言いつつも服を脱いが彼女はあの後、部屋に戻ってきてはそのままホットミルクの温もりに流されて寝てしまったことから、パジャマの中は昨夜の下着姿のままだったことを思い出して顔に熱が篭もる。
その上、パジャマもハデスからのものであり、彼との体格差から袖丈は長くなっており、まるで女としての下着の上から男である彼に包み込まれているようだと思うと彼女は顔に熱が篭もった。
恥ずかしさを隠すように襟首に顔を埋めるとハデスのウッディムスクの香りがして、カスティナはますます顔を真っ赤にさせた。

「ああもうこれでは騎士失格だ!彼は今や僕の王なのになんてことを……あっ」

羞恥心に駆られてシャツを慌てて引き剥がすとビリッと音がしてしまい、よく見ると生地が破れてボタンが外れてしまったことにカスティナは顔を青ざめさせながらメイド達に泣きながらハデスのパジャマを返却し、下着はこっそりと着替えの山に忍ばせてハデス軍の漆黒の軍服に着替えたのだった。

◇◆◇

「そんで兄者抱いたのかよ」
「余をなんだと思ってる」
「あいつら(ポセイドン・ゼウス)の兄者」
「……恋愛に関してはあやつらと同じにするな、特にゼウスと」

執務室にて仕事をしていればやってきたアダマスは酷く上機嫌であった。
無理もない、誰よりもカスティナが悲しむことに怒りを表に出して、あまつさえ彼女を傷付けた妻を殺すとまで言っていた彼なのだ。
昨晩ハデスの部屋から出てきたカスティナの表情が柔らかかったことや、今朝から彼女が元気に「アダマスおはよう、僕ハデスの騎士になることにしたんだ」と人懐っこく話をした後すぐに行ってしまったことに対して、彼女と妻との結末だけを知っていたアダマスは本来持っている征服神としての凶暴的な感情を消して、何かしらいい事があったのだと察していた。

だからこそ兄をからかう訳だが、ハデスはポセイドン(過去に愛した女性と他人の神殿で寝た)やゼウス(前科〜犯)とは恋愛面においては同列にされたくないと少しだけうんざりした顔をしつつも、仕事を続けている頃、ドアが開いてベルゼブブが入室した。

アダマスもベルゼブブも以前は全く他人のようだったというのに、あの聖騎士が来て以降はなにかしらハデスのもとに現れるようになったことは密かに喜ばしいことだと彼は思ったのもつかの間にベルゼブブはハデスの執務机の前の来客用のソファに腰掛けては呟いた。

「抱きましたか」
「そなたらはタルタロスに送られたいのか」
「冗談です、すみません……それで昨晩はどうなったんですか?」

ベルゼブブなりの魔界ジョークだというものの、真顔かつ普段冗談をいわない彼であればハデスも真顔で返事をする他なかったが、二人とも結局はカスティナとハデスの両者を心配している様子であり。
ハデスが彼女を愛しており、妻にしたい願っていることを理解する二人はカスティナが彼女自身の妻と縁を切ったこともあり、このまま式を挙げるのかと少しだけ期待した様子だが、ハデスは普段頼られることばかりの兄に世話を焼ける可能性があるということから期待した目をする二人に小さく笑った。

「妻になると言われたが断った。その代わり余専用の騎士となると誓われた」
「断ったってどういうことだよ兄者」
「カスティナになにか?」
「違う。心から嬉しいが……本人にその気がないのであれば意味はない、心の無い愛など無意味であろう?」

そう説明すると意外にも純愛派の二人はそれはそうだと理解してそれぞれソファに腰掛けては、まぁそれでもカスティナが妻と別れたことはよかった。あの後壊れずにいつもの様子だったし……というアダマスにそこまで単純ではないんだがとハデスが内心苦笑いをする時、またしてもベルゼブブが呟いた。

「……下着」

ハデスの手が止まった。

「……胸」

ハデスの手元の重要書類が破れた。

「……抱いても」

ハデスは突っ伏した。
ベルゼブブは深いことは言わなかったが、アダマスはやはり抱いたのか!と楽しそうに笑みを浮かべたがハデスは机に伏したまま、恨みがましく「なぜ知ってる」といえば、ベルゼブブは「研究のためです」ということにハデスは一度二人をカスティナが妻になるまで数千年程は追い出すか?と考えつつ、職務の邪魔だと言って無理矢理に追い出しては深い溜息をこぼした。

ハデスは昨晩、自分の中の理性と戦っていたことは自分が一番理解していた。
悲しみに暮れて全てを投げ出していいと告げて、その素肌をハデスの前に晒した彼女について、騎士として、女として、美しいと心から思った。
手招かれて触れた心臓は落ち着いていたが、その胸のやわらかさや薄い黒のヴェールのようなシースルーの布に覆われたその肉体をハデスはしっかりと覚えていた。

目のやり場に困るからと自分の服を貸した時も、彼女が普段背筋を伸ばして高潔な騎士として立つ姿とは違い、想像するよりも華奢な身体に自分で包んだような身なり。
話をしていれば時折、年相応の人間のような顔をする彼女も全てハデスの心を乱すには十分な材料であり。心が欲しいと告げて拒絶したものの、あれは所詮、自分の自尊心を守るためで、その奥に宿る欲望に気付かないわけがない。

無垢な白百合を踏みにじり自分の下で全てを見てみたい。
神である以前の男としての欲望としては当たり前のことであり、他の神々であれば認めないだろうが、ハデスは素直に彼女を愛していることも求めてしまうことも受け入れられ自分もやはりかつてベルゼブブに言われたように"面倒くさい神"ということなのだろう。

「なにしてるんだハデス」
「……カスティナ、もう動いていいのか」
「ああ戦場に出ていたわけでも無いからね、以前から新兵の訓練を手伝ってほしいと言われてたから丁度いい息抜きだ」
「それでどうしてここに?」
「いや、僕は騎士だがキミに仕えなきゃね、その中で我が軍の動きについて学んでいたんだが……」

現れたカスティナはハデス軍の漆黒の軍服を身につけており、彼女は数日前と変わらぬ態度で生前の聖騎士団長のように軍内についての話をする姿はどこか誇らしげで、ハデスが悩んだようなことなど忘れてしまいそうな程であった。

冥界を守る軍の殆どはもう既にカスティナを知っており、その実力や性格も含めて彼女を仲間として迎えいている者は多く、彼女を部隊に招くのは効率や戦力としてはとても大きいという話を聞くハデスは彼女に軍を任せることもいいかもしれないが、団長クラスに入れるにしても周囲の不満は大きくなるだろうと考えつつ、今の彼女がどうすれば快適に生活できるのかという事ばかり考えてしまう。

「我が軍はどうだ」
「キミの部隊はどれも素晴らしいよ、兵士だけではなく、従者の者たちもだ。これ程までにそれぞれ個人が心地よく働ける場所はないだろうな」
「そなたも働きたいと思うのか」

望むなら与えようとするハデスにカスティナはうーんと悩んだ。
ハデスの兵は彼女が生きていた時でも珍しいほどに規律を守り、厳格でそのどれもが強い力を持つ者たちであり、カスティナは手合わせを毎日してもらうが命懸けなのにと笑う。

「それに人間の僕が彼らと混じれば彼らの不満が溜まるぞ?」

カスティナは生前から人間の集団行動という原理を知っている。
男の世界であるなら男が入り、女の世界であるなら女が入る、そして人間と神々は交わるべきではないと……天界において神々と人は適度な距離を保っている。選ばれた人間は神々と生活もしているがカスティナは自分にはその権利は無いだろうと今の環境の中では烏滸がましい発言だと理解しているが、それでも規律(ルール)は大切だと思うと悩んでいる。

それを聞いたハデスは少し間を開けたあとこの一ヶ月、彼女がここに来てからハデスの城にいる者たち全体が変わってきていることを彼女は知らないのだろうかと思うと自然と口元が緩む。

「そうか、それなら今はそれでいいだろう」
「理解ある王に感謝する、だがハデス、キミが命じるなら僕はどんなこともして見せるよ」

それが騎士だからねと笑う彼女にハデスはそれなら騎士団長にでも……と冗談交じりにいえばそれは違うだろ?とまた困ったように笑うが、それが現実になるのも時間の問題だとハデスは理解して話を終えるとカスティナはまた兵たちのところへ戻るといって部屋を出ようとする背中を見たあと直ぐにハデスはまた書類をみつめていれば「あっ」という声と共にカスティナの足がハデスのもとへ戻る。

「そういえばハデス、思ってたんだがキミ、眉間に皺を寄せすぎだぞ」
「なっ」
「キミは綺麗な顔をしてるのに勿体ない。疲れてるんだろう?眉間の辺りをこうやって指でするとマシになるんだ、神々に効くのかは知らないけど」
「……効いておる、十分にな」
「そうか?ずっと難しい顔をしてたようだから心配だったんだが、それならよかった!キミが疲れるならいつでも呼んでくれ、書類仕事は苦手だが肩たたきは得意だからね」

彼女は突然ハデスの顎を掴み顔を上げたかと思うとカスティナは眩い笑みを浮かべながらハデスのシワが寄りがちな眉間を優しく撫でて無理をしないようにと労わった。
一通り撫で終えるとそれじゃあ本当にこれでと彼女が去っていくのをハデスは呆然とみつめるが、その耳先は赤く染まり、冥界の王として、冥府の番人として、そしてギリシャ神界の兄としての立場を作ってきた彼は人間に、しかも惚れた相手にそうされたことに彼の心臓が騒がしいほどに音を立てた。

「……全く困った騎士だな」

生前も死後も女(神)たちが夢中になるわけだとハデスは一人苦笑いをする中、丁度お茶を淹れにきたメイドの心臓もまた騒がしいほど音を立て、大変なものをみてしまったと城内で噂話になるのだった。


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