悪魔・バフォメットは人の欲望を暴き、混沌を招くものである。
山羊の頭を持ち、その肉体は人型でありながら両性であり、秩序と混沌、善と悪、天と地、全ての両端を紡ぐ者とされ、地上界にて人間に混沌を招いたその者は悪魔の象徴とされ、恐怖と欲望の眼差しを受ける存在となり。
天界・冥界においてその存在は恐ろしさがありながらも神さえ抗えぬ欲望を刺激し、幸福と絶望を与える魔の存在とされており、バフォメットの名を聞けばそのカオスに怯える者、そのカオスを味わい抜けられぬ快楽を求める者など多種多様にその恐怖を味わわせてきた恐ろしい悪魔(神)である。
...というのは正解ではあるが一点抜けているところがある。
それは悪魔バフォメットがとんでもない「親バカ」であるということだった。
その悪魔の名を聞いて怯える者たちは本来の姿を見てしまえば肩透かしを食らうだろうがその反面能力だけは残念ながら一流であるのだ。
冥王ハデスの居城は静寂の中に存在する。
闇を纏うその城は常に薄暗く不気味な印象を受け、それを前にするだけで足が竦んでしまいそうな恐怖心に駆られてしまう。冥界の王ハデスは天界冥界問わずに全ての生物に敬われ尊敬され、その足に口付けを受けるべき完璧な王である。
その神の城に一つの混沌(カオス)が現れた。
「ハッハデス様、バフォメット様が来られております、城内の従者や兵が既に”犠牲”に」
「またあやつは...仕方ない、犠牲者はしばらく別室で薬を飲んで眠らせろ、くれぐれも我が城を奴の”会場”にはするな」
足音を立てて現れた側近の兵にそう告げたハデスは重たいため息をつきながらうんざりしていた。彼自身もあの悪魔(男)が現れることは予想していたものの、如何せん嗅ぎつけるのが早いもので今からの対処が困ると思えた。
蹄の音が廊下から聞こえてくるとむせ返るようなアンバー、ムスク、サンダルウッドの混ざった猛烈な甘さと深みの混じった官能的な香りがしてしまい、ドアを締めていたはずのハデスの執務室まで香りが漂い「あぁバフォメット様」「バフォメット様万歳」という声とともに倒れる声が聞こえ、次々と担架で運ばれる足音と城内全体に響くサイレンと侵入者...ではなく、バフォメットが来たことを告げる警告アナウンスが流れており、ハデスの静かな居城はここ数年で一番の騒がしさを極めていた。
ハデスがちょうど手にしていた万年筆を置く頃、彼の執務室の頑丈なドアが叩き割られるように開かれ一人の悪魔が現れた三メートル近くありそうな黒い大山羊は屈強で見る者を魅了する肉体をしており、二本の大きな角は今にも誰かを突き刺さんといわんばかりで、ギョロリとした山羊特有の瞳は不気味でありながらも見る者を狂わせてしまうカオスを宿しており、その後ろには従者や兵が瞳に混沌を抱えて倒れており、メイドが既に悪魔の腰に抱きついては自分の服に手をかけて山羊の頭を持つ悪魔の下半身を撫でている光景にハデスはため息をこぼした。
「ハデス聞いたぞ、貴様余の娘を奪うには飽き足らず、かの蝿の王たる危険な者に委ねたというではないか、信じられん!貴様のことは信頼しておったというのに何たる所業、聞くにあの蝿の王と呼ばれる若造は不気味な研究ばかりであるというではないか」
「あぁベルゼブブにバーモットを託したのは間違いない」
「何故だ!?そんな得体も知れぬ悪魔(男)に我が娘を委ねてみろ、バーモットのようなか弱く美しい娘など簡単に組み敷かれて、あの清い心を乱される!あぁ今頃バーモットはあの悪魔にピー(聞かせられない)やらピー(口にしないほうがいい)をされて挙句の果てにはピー(良い子じゃなくても耳にするのはよくない)されてしまうではないか」
怒髪天の如くやってきた悪魔の黒山羊バフォメットは自分にすがりつく女を無視してはハデスに今にも食ってかからんとばかりの態度であるが、その口から出た娘の身を案じる言葉に対しては親だとしても正気を疑う内容であり、ハデスは呆れつつ近くに対バフォメットサングラスをした従者に茶を用意するように命じては深く座り直すが目の前の悪魔は落ち着いていられんと自身の力の抑えずにいることに入口で倒れている従者たちが服を脱ぎまぐわろうとしていることにハデスは直ぐに回収を依頼した。
「落ち着けバフォメット、なにも余はバーモットを適当にベルゼブブに託したわけではない。あの二人は相性がいいから引き合わせただけだ。それにお前が思うようなことは何も起きていない」
「そんなことを言うがバーモットのことを知っているだろう、我が娘が如何に傷つき悲しんで来たことか」
「その度にお前が冥界を壊しかけたんだがな。お陰様で余は始末書ばかり書かされ冥界の財政は圧迫されたんだが」
「そうだったかな?まぁでも仕方あるまい、我が娘に不埒に近づく者やあの無垢な心に薄汚い手垢をつけるのがいけないのだ」
余は何も悪くないもんねと反省の色もなくいうバフォメットにハデスは僅かに青筋を立ててしまう。バフォメットの親バカほど迷惑なことはない。
なにせ冥界の者たちは大抵力馬鹿の暴れた盛りであるが、この黒山羊の上位悪魔(神)は力は当然であるが何よりも強大なのはその魔力であり、冥界の中でも黒魔術の腕はトップレベルであり、目の前で話をする姿はバカバカしくも感じられるがその知恵と能力だけは天界冥界の中でも指折り数えるレベルの天才なのである。
しかしその天才ゆえに人の混沌(カオス)を好むとされており、ハデスは昔から困らされてしまい、今も手元の彼の書類はバフォメットの被害報告書類の処理であったが、紅茶を淹れた従者がついでにと新たに書類を置くが、そこには「バフォメット卿によるハデス城被害」と書かれており見たくないと思えた。
「あのベルゼブブ、サタンなのだろう?古いことで迷信だという者もいるが余はサタンの性質をよく知っておる。であれば我が娘が今にも食い破られ犯され...あぁいけん!余が守らねば!」
「バフォメットやめてやれ、あの二人については余がしっかり見ているがお前が心配することはなにもない...それどころかなんだ、毎度のことだがお前の娘か伺いたくもなるほどだぞ」
「なに...?それはどういうことだ、説明してくれ我が親友よ、サバトをした仲であろう?」
「サバトの話をするな...バーモットは”バフォメットの目”をみせたぞ」
その言葉に明らかな同様をみせたバフォメットは「それは!!」と歓喜の声を上げるため、ハデスは黙らせるためにも仕方ないかと近くのタブレットを手に取ると軽く操作をして、数日前のベルゼブブの研究室の様子を見せた。
そこには無表情無感情で互いをみることもなければ互いに本当にそこに存在して、相手を認知しているのかと疑いたくなるほどの姿が映っていた。
ベルゼブブは相変わらず研究に夢中になっており、バーモットは静かに研究室内を掃除しているようであり、それは完璧なる研究者とメイドの姿であった。何一つ話すこともなく過ごす二人であるが、床掃除を懸命にしていたバーモットの後ろをベルゼブブが通ろうとした時、バーモットが背後に気付かずに立ち上がってしまい二人は衝突してしまう。
「わっ」
「きゃっ...ぁ...すみません」
体制を崩すバーモットだったが体幹の強いベルゼブブはぶつかったが倒れそうなったバーモットを支えるものの、二人は互いのその距離感にしばし驚いた後、すぐに謝罪をしてその身を離しては照れくさそうに顔を背けるが小さなカメラの先の二人の耳や首は僅かに赤く染まり、しどろもどろとした態度で休憩でもするか...と話をしている姿はまるで高校生の甘酸っぱい恋愛でもみているようなもどかしさとむず痒さを感じてしまうほどだった。
そこで映像を止めたハデスはこの様子にどうなるのかとみつめていれば黒山羊の悪魔はその身を震わせては、より一層その色香を強くさせてしまい、ハデスの室内は妙なピンク色が散りばめられてしまい、ちょうど落ちているメイドを拾いに来た従者が卒倒しては服を脱ぎ始めるためハデスは近くの本を軽く投げつけて相手を気絶させた。
「バーモットの姿をみたか?」
「あぁ初々しい反応だな」
「余はみたぞ、あの僅かな黄金の瞳、あれこそ我が娘の心が動かされている時のものではないか、つまりバーモットに春が来たのだ!!」
冥界には四季などないだろうがとハデスは言いたくなるものの、バフォメットが言いたいことはよく分かる、数百年共にしてきたハデスからみてもバーモットのあの反応は新しいもので、ベルゼブブも彼女も互いに悪くないと思っているのは明白だ。
しかしながら如何せん二人は相当な奥手かつ感情表現が乏しく、恋愛経験自体も少ないゆえかほんの少しの触れ合いですら赤く染まってしまう状況であるのだ。もどかしいところはありつつもこの短い期間で二人は着実にハデスが思う以上の相性の良さを発揮しており、仲良きことは良きことだとまるで子供を見守る気分でみていたが、隣の黒山羊(バカオヤジ)は大人しくは出来なかった。
「良いぞ、このピュアな恋、愛娘(ぷりてぃえんじぇるちゃん)のためなら余が力を貸してやろう!!」
「おい、バフォメットお前は余計なことをするな」
ハデス城内の一部にてギャーギャーと喧騒が激しくなることもつゆ知らずにベルゼブブとバーモットはいつものように穏やかに過ごしていた——あの黒山羊の悪魔にみつけられるまでは。
二人が出会い早数カ月、ベルゼブブはすっかりと彼女を受け入れるようになり、彼女もベルベブブに仕えることが当たり前になった頃、互いが静かに相手を心地よく感じるようになり、ほんの少しだけその無表情の下に宿した熱を心地よく感じていた時、ふわりとなにかあまり香りがしたような気がした。
ベルゼブブはどこかしらの部屋の匂い、またはバーモットの香水なのだろうかとその甘く深い香りを感じつつも気にせずに普段を過ごしていたときだ。
彼が水の入ったビーカーを片手に作業をしつつ研究室内を歩いていれば前方不注意によりバーモットとぶつかり、彼が「ごっごめん」と謝ろうとしたが彼は思わず声がでなかったのは表情が変わらないバーモットのメイド服のシャツが濡れてしまい薄い白のブラウスが透けてしまっていたのだ。
水に張り付いた肌とその下の彼女の下着の色と形が浮いていることにベルゼブブは目を丸くするが彼女は平然とした態度で服を替えてくるといって出ていってしまった。
「黒の...レース...」
真っ赤な顔でつぶやいたベルゼブブはそこから連日の受難が幕を開けた。
ベルゼブブが転けたと思えば前方のバーモットに飛びつく形となり彼女の胸に顔を埋めてしまったり、ベルゼブブが「ちょっといいかい」と顔を上げずに手を伸ばしたが何故か彼女の長いスカートを掴みそのスカートの下をみてしまったり、ベルゼブブが私室でシャワーを浴びていれば着替えを用意した彼女と鉢合わせて裸体をみせてしまったり。
「おっ...おかしい」
ベルゼブブはここ連日の様子にそれはもう疲れ切っていた。
明らかに不自然な現象が発生しており、羞恥心でおかしくなりそうなことばかりなのに当の本人であるバーモットは態度を崩さず、機械のような一ミリも動かない表情で過ごすことにベルゼブブだけが乱されているのだと理解しては悩んでいた。
これはなにか確実に行われているだろうと思いつつ原因を探るべく城内の図書館に赴いたベルゼブブは黒魔術や悪魔についてのことを調べていた、近頃は自身の研究ももちろんだがバーモットに関する資料として父バフォメットについても調べていた。
黒山羊の悪魔は悪魔の中でも上位者であり、神と対等の存在であり、特に現在冥界にいるバフォメットは強大な力を持つ存在であり、ベルゼブブはそれが研究に役立つかどうかなどを考えていた頃、聞き慣れたパンプスの音が聞こえた。
真っ黒でマットなパンプスが図書館の床を踏み鳴らすとベルゼブブのそばに来るが、彼はもう十五時のお茶の時間かと思いつつも本を読み耽ってしまう。しかし荷物を置いて二人しかいない城内の図書館の奥に位置する場所の脚立の上で腰掛けていたベルゼブブに「ご休憩のお時間でございます」と呼びに来た彼女にベルゼブブは仕方ないと本を閉じて下りようとしたときだった。
彼は普段であれば決してそんなことをするわけがないのに、まるでいたずらのように彼は降りる直前に足を踏み外して上段から落下してしまい、バーモットは慌ててベルゼブブを支えるために腕を伸ばせば彼女の腕に抱きとめられるものの二人は大きな音を立てて床に倒れてしまう。
「っ..!?」
「ベルゼブブ様...お怪我はございませんか?」
ベルゼブブは何一つ声が出なかった。
無理もない上から落ちたと思えばバーモットが彼を庇ったものの、それは何故かベルゼブブの上に覆いかぶさるバーモットという状況であり、それだけではなくベルゼブブの顔には彼女の健康的な尻が乗せられており、彼女はベルゼブブの太ももに手を置いており、顔は彼の足の間にあったのだ。窒息と羞恥におかしくなる彼にバーモットはすぐに立ち上がり、すぐにベルゼブブに謝罪をしつつも手を伸ばし起き上がらせようとすると、次は立ち上がったベルゼブブの後ろで本棚がミシリと嫌な音を立てたかと思えば巨大な本棚が崩れて二人の上に本が降り注ぎ、ベルゼブブは慌てて彼女に覆いかぶさってしまう。
「バーモット怪我は?」
「平気でございます、それよりもこれは」
「本棚が崩れて下敷きにになったようだ、重たいな...」
ちょうど壁際の本棚であったため、バーモットの背後には壁が、ベルゼブブの背後には倒れてきた本棚があり、二人は狭い場所に閉じ込められるような形となってしまった。身動きをすればさらに本棚が崩れてしまう。
ハデスの城にある本はどれも価値あるものばかりで、下手に傷をつけることは出来ないためベルゼブブはどうするかと思うものの、ふと香るシャンプーの香りに意識が傾けば、目の前にいるバーモットに意識が向けられる、完全密着をしたベルゼブブはとっさに彼女の腰を支えたつもりがその手は腰より下の女性らしい曲線美のある柔らかい肉の上、つまり彼の手はバーモットの尻の上に置かれており、密着した彼女の胸がベルゼブブの胸に押しつぶされており、変わらない彼女の表情だがその瞳はグラグラと動揺するように揺れていた。
「本当にすまない」
「いえ、大丈夫です。それよりもどうにかいたしませんと」
「あぁそうだね、だけど動くと更に隣の本棚も崩れそうで」
「困りましたね...」
全くそのとおりだと思うベルゼブブは彼女の形いい小さな唇をみた。
口紅などはなくとも血色のいい薄桃色の唇はリップクリームが塗られているためか艷やかでぷっくりとしている、ほんのり香るハチミツの香りは一度自分に塗られたことのあるものであり、ベルゼブブは自分の心臓が騒がしく音を立てるのがわかる。
そして研究者としての観察眼が彼女を捉えてしまうため、ベルゼブブは彼女の頬や耳が赤く染まっていくことや、次第にその瞳が黄金の山羊の瞳に変わるのをみてしまうと、彼の心臓が締め付けられる。
まるで本能を刺激するように、生のエネルギーを求められるかのようで、いますぐ彼女のその清廉な姿を乱してしまえと内なる悪魔が囁くようであり、ベルゼブブの手が震えてしまうと彼女が困り果てたような声で珍しく独り言を呟いた。
「ベルゼブブ様の...心臓の音が心地よいです」
「っ!!」
その途端に図書館内で爆発音がしたかと思えばベルゼブブは自分たちを押し付ける本棚を自身のバルミュラの振動で吹き飛ばしてしまうと「コーヒーをくれないか」と慌てて逃げるように告げるためバーモットは少しだけ間を開けてすぐにコーヒーを淹れ、二人は気まずそうに図書館で過ごした。
「それで図書館とは珍しいですが何をお調べに」
「近頃僕とキミの様子がおかしいからなにか原因を調べていたんだ」
ようやく落ち着いたベルゼブブは図書館の椅子に腰掛けてはミルク少々と砂糖二つのコーヒーをいつも通り飲みながら冥界であればそうした気まぐれな呪いを受けることもあるかもしれないからというとバーモットは申し訳なさそうな顔をした。
「その...多分香りからして我が父のせいかと思われます」
「バフォメット卿の?」
ベルゼブブが驚いていればアンバーとムスクにシダーウッドの香りなどがするのではないかとバーモットにいわれ、その通りだと返事するとそれはバフォメットの能力の香りであり、近頃城の中でよくそれの香りをしていたがてっきりハデスと過ごしているのだとも思っていたが、自分たちが遊ばれていたのだと気付く。
「父には私から注意しておきますので」
それは珍しく恥ずかしそうな申し訳なさそうな、迷惑な父を持った娘のような表情であり新鮮であり、ベルゼブブは不覚にもそれまでの接触とは違う胸のときめきを僅かに感じつつ、上級悪魔の迷惑さを痛感するのだった。
そしてすっかりと娘にやめてくれと言われた黒山羊の悪魔の王バフォメットはその山羊の頭で悩ましくしていた。
ベルゼブブという存在は全く持って彼が娘を託せる相手ではないものの娘が認めた相手ならという気持ちであった。しかし超絶ポジティブ悪魔としても知られるバフォメットはベルゼブブに個人的に会いに行ってはその都度迷惑を掛けていた。
「というわけで来たぞ義理息子よ、相変わらず無愛想でジメジメして根暗で友達もいなきゃセフレの一人もいなさそうな顔をしているな」
「...失せろ、じゃなかった帰ってくださいバフォメット卿」
「まぁ良いではないか、そなたの為に余自らのプレゼントであるぞ」
バフォメットは娘に怒られることを理解しているが故に不在時に現れてはベルゼブブにちょっかいをかけるものの、ベルゼブブが文句をいいつつもバフォメットの採血をしたり、毛を抜いたり、角を削る姿というのは全く遠慮はなく、黒山羊の悪魔の王と呼ばれるカオスの王は寛大な態度をみせつつも自分の手の中の分厚い本をベルゼブブに渡した。
「なんですかこれ」
認めたくはないがバフォメットの能力と知性だけは屈指の才能があるとして、ベルゼブブはなにか役に立つものかと思い表紙を見れば「愛と性とカオスのリビドー第一巻」と書かれてあり、ページをパラパラと捲ってはベルゼブブは目の前の大山羊をみつめたあと、本を後ろに投げ捨てるとそれはすぐに火の中で燃えた。
「余が千年掛けて書いた教科書が!」
「知りませんよ、なんですかあの汚らわしい不潔なもの」
ベルゼブブは耳を真っ赤にしてブチッとバフォメットの頭の毛を毟ると彼は「あれは余がこれまでのカオス(サバト)で得た知恵と愛を記したもので...」と必死に解説をするものの、聞き慣れたパンプスの音が研究室に聞こえたかと思えば呆れたようなバーモットの抑揚のない声が聞こえた。
「お父様、ベルゼブブ様にご迷惑をかけないでください、そもそも城へは出入り禁止だとハデス様から言われておりますよ」
それでなくとも研究室の外の上階では既にサイレンが鳴らされている始末でバーモットが来るまでの道のりでも倒れた兵や従者たちにうんざりしてしまうほどだった。
しかし当の本人は「二人の恋路を思ってだな」というものの二人ともに不要だと一刀両断されて追い出されてしまい、ベルゼブブは毟ったバフォメットの毛を検査にかけ始める頃、彼の背後で燃えカスになったあの迷惑な黒山羊の本を掃除するバーモットが見えた。
「キミはその本を読んだことが?」
「はい、全三十五巻全て渡されお読みしております」
正直な回答に微妙な気持ちになるのはあの本の内容は図解付きで所謂愛という名の性交についての話が正確に描かれているからだった。しかし彼女は平然とした態度で父親は昔からそうであり、あの本は天界冥界地上界問わずに人気であるのだと話をすることに父親に振り回されつつも嫌いではないのだと感じ、彼女の愛をベルゼブブは痛感する。
「ですがベルゼブブ様には不要です、本当にそう思いたいと思うとき、ヒトの本能は無意識にその奥の愛を語れますから」
「キミも、なのかバーモット?」
「どうでしょうか、私は父とは違い、少し臆病ですので」
そういってミルクを少々と砂糖二つを淹れたコーヒーを差し出した彼女にベルゼブブは静かに胸の内で「僕もだよ」と呟くと、マグカップの上でコーヒーが小さく波紋を描くのだった。