蜂蜜よっつ




「そもそもあのガキがあぁなったのは兄者のせいじゃねぇか」
「そんなことは……ない」
「いいや、ありまくりだ、兄者が甘ぇのはバーモットがガキの頃からじゃねぇか」

珍しくハデスの元にやってきたのは実弟アダマスであった。
彼はどっかりと執務室のソファに座るなり机の上に足を乗せるような行儀悪さをみせるがハデスは特に気にした様子はなく、アダマスは酷く楽しそうな顔をしているのは無理もないことだ、何せアダマスはハデス以上にバフォメットと気の合う友人をしており、案外世話焼きな面からか自分の身体を今の機械の身体にして復活させたベルゼブブともそれなりの関係を持っている。
冥王として常に秩序とマナーを作り、混沌の闇を支配しているはずのハデスが乱されるのはいつもあの黒山羊の悪魔であり、アダマスもあの混沌には何度も狂わされてきたがその反面その混沌を楽しんでいた。

すっかりと花嫁修業と称してやってきたバルゼミアにハデスが困らされていると噂話を聞きつけてやってきたアダマスはハデスが甘いことを呆れたように笑ってしまい、ハデス自身は「別に甘くは」と苦しそうに否定するものの、それはいかんせん見苦しいものであるが、アダマスも多少は仕方がないとも思った。

現ギリシャ神界長兄ともいえるハデスは自身の弟であるアダマス・ポセイドン・ゼウスの世話を生まれた時から成長するまでほとんど一人でこなしてきた。まだ両親が健在であったときでも彼は弟たちを心からかわいがり自らが世話をしてやり、今全能神として神界の代表をしているゼウスにさえ彼は時折「あの赤子だったあやつがな…」と感慨深くいうことがあるほどで、彼の兄弟や身内に向ける情というのはあまりにも深く広いものなのだ。

そして男三人を育て上げたハデスはすっかりと育児も終わり、弟たちも全員手を離れていた頃に最悪の混沌の化身バフォメットと娘が生まれ、頻繁に顔を合わせたハデスはそれはもう何千何万年ぶりの赤子、特に女の子と来れば男兄弟以上にかわいがった。特にバフォメットの娘であるバーモットの苦労を思ってのことであるとされたが、それは傍からみても相当なかわいがりようであり、父の苦労を得た娘のためといいアダマスも多少は目を瞑っていたがバルゼミアに関しては違う。
秩序と規律を重んじる厳格な母と真面目で根暗で深淵のような父を持ち、愛されて育ったのだ。つまり何不自由ない彼女を甘やかしているだろうとアダマスがいう頃、ハデスはフッと鼻で笑いながらそんわけがないと否定する頃、聞きたくないハデスの城全体に警報が鳴った。通常は外部からの襲撃であるが、その音は普段と違うものであり、ハデスは思わず目の前のアダマスをみつめた。

「呼んだのか」
「いや、あいつが孫娘に会いてぇって」
「先に言え!!全く...余だ、いますぐ対策課を呼べ、それとベルゼブブに頼んで城の結界を強めてもらえ、あいつがやってきた道で異常はないかも確認をしてくれ」

ハデスはすぐに顔色を変えて執務机の上の受話器を手に取ると連絡を取り、城中に響く緊急警報の中でも聞こえる聞きたくない悪魔の高笑いを聞きつつ、眉間にシワを寄せていれば案の定むせ返るようなアンバーとムスクにサンダルウッドの香りが混じった混沌の香りと薄いピンクの煙が現れ、耐性の少ない従者達が次々と倒れたり、衣類を脱いだりとを初めて、その都度医療班達が回収していった。

「相変わらず王の城でありながらつまらぬ様子だな、我が友ハデス!!」
「お前は今日も抑える気がないようだなバフォメット、いいからその気分の悪くなるカオスを抑えろ、でなければ出ていけ」
「遅かったじゃねぇかエロ山羊(バフォメット)」
「うむ、義理の息子に挨拶にいったのだが相変わらずあそこの夫婦はいかんな、余の特性魔具を渡したところ顔を真っ赤にしてバルミュラの振動の餌食で木っ端微塵にされてしまったわ」

冗談が通じないというアダマスとバフォメットにハデスはすっかりとうんざりした顔をして、とにかくバフォメットはこれ以上被害を増やすなと強く命じれば渋々と抑えては忙しそうにバフォメット対策課という名の対魔力対策課の者たちが泣く泣く処理をしているのを申し訳なさそうに感じつつ、ハデスは珍しく集まってきた彼らの混沌にうんざりしつつも友人として顔を合わせることを嫌がることはなく素直に招いてやったものの、すぐに入ってきたメイドの一人が「こちら本日の被害報告です」といって置いていった書類の山には胃を痛めた。

「それでうちの孫娘のバルゼミアはどうなのだ、そろそろ抱いてやったか?」
「そんなわけないだろう、まあ元気にしているぞ」

バフォメットの遠慮ない言葉にいつものことだと返事をすること、ふわりと甘いアンバーとムスクに小さなはちみつのような香りが混じった匂いがするなり、カラカラと音を立ててカートを引いた一人の短いスカート丈のメイドが現れ、中にいるハデス以外の面々をみるなりいつもよりも更に花が咲いたような笑顔を見せた。

「おじい様!アダマス様!!」
「おぉ我が孫よ、おじい様であるぞ、さぁこの胸に飛び込んで...」
「っと、いきなり抱きついてくるんじゃねぇよ危ねぇだろバルゼミア、相変わらずいい身体してやがるな」
「アダマス、セクハラ発言だぞ、バルゼミアもメイドであるのだから控えなさい」

二人の客人の名前を呼んだと思えば彼女は祖父ではなく、ハデスの弟であるアダマスの腕に飛び込んでは甘えるようにその金属の身体に頬ずりをしており、その姿はかわいい姪や親戚の子が甘えるような態度であるが、三メートルを超える黒山羊の悪魔は大きく腕を広げたまま隣に飛び込まれてしまったことに呆然として「余は...」と呟いたかと思えば、バルゼミアは無視をしてハデスに「ごめんなさい」といいつつアダマスの腕から離れた。

「おじい様もお久しぶりでございます。お元気そうでなによりですわ」
「あぁバルゼミア、余にも熱い抱擁とキッスをしてくれぬのか」
「はい、おじい様は山羊なので好みではございません」
「そうかそうか、素直なことは良いことである、全く面食いに育ちおってからに」

それでいいのかとハデスはいつものように思いつつも、バルゼミアは客人が来たからと早速お茶の用意に掛かり、三人は執務室の来客用のソファに腰掛けてはバルゼミアが完璧に淹れた紅茶を待ち、本日のお菓子として出されたオペラを受け取った。

「それじゃあハデスおじさま、バルゼミアは戻りますわ、是非おじい様たちと楽しいお時間をお過ごしくださいませ」
「今日のケーキも完璧だな、流石だバルゼミア、楽しませてもらうとしよう」

最後に淹れたハデスの紅茶にはミルクを多め砂糖三つをいれて、彼の前に置くと慣れたようにハデスの白い頬にキスをして嬉しそうに去っていくのを当たり前のように男たちは見送り、ドアが完全に閉まるとハデスに四つの目玉が向けられる。

「新婚家庭か」
「ハデスまさか既に我が孫を迎えていたとはな」
「なにを勘違いしてるお前達、あれはバルゼミアの挨拶だろう、昔からではないか」

「ハデスおじさま、またね♡」といって別れ際にキスをするバルゼミアは昔からのことであり、ハデスはそれが今も変わらないだけだと言うが祖父バフォメットはあの瞬間にバルゼミアの瞳が山羊の瞳に僅かに変わったことを理解しており、もう立派な女性になろうとしている彼女がすっかりハデスにご執心であることはわかっていた。

「あれほど淫らだ不潔だといっておきながらハデス、貴様も余の孫に手を出しているのは随分とカオスではないか」
「まぁそういうなよバフォメット、ウチ(ギリシャ神界)ではよくあることだ」
「お前たちは何を考えているんだ、余とバルゼミアは叔父と姪として、そしていまは王とメイドとして完璧な関係を結んでいるではないか」

混沌を好むのはいいがそういう目でみるなというハデスは真剣にバルゼミアとの関係を叔父と姪のような関係の延長線上であり、いまなお押しかけ女房よろしくやってきたバルゼミアは職業体験の一環であるということに、彼ら二人はかつてバーモットとベルゼブブの恋愛に対しても悩んだものだが、ここはまた違うレベルだと思わず感じるが、それでも明確にハデスを好きだと好意を隠すことなく見せるバルゼミアに思うこともあるだろうと問うが、ハデスは「あぁかわいいものだ」と嬉しそうに話をするため、うんざりしてしまう。

「あんな格好してても何も思わねぇのかよ」
「今日の格好はまだマシな方だ、いつも腹が冷えそうな格好ばかりしてな」

それは夜、寝所にてハデスが静かに本を読んでいた頃、誰もいない完全に私室であるはずのその場所に現れたバルゼミア(業務時間外)はハデスのベッドに上がり込んでは、ドロリとした甘い香りをさせてその瞳はすっかりと瞳孔が横長の山羊の瞳のようになっており、その服装は着ているのかどうかも怪しいような紫の薄いシースルーのランジェリーであり、すっかりと実りきった女性の肉体をみせつけていた。

「ハデスおじさま♡夜のお世話に参りましたわ」
「バルゼミア...」
「さぁ今夜こそ、私の腕に抱かれて最高のサバトを開催いたしましょ...う?」
「そんなに薄い服では風邪をひくではないか!全くお前は冥界生まれ冥界育ちでありながらまだ寒さをわかっていないのか?今年は冥界インフルB型が流行っているのだぞ、毎年ワクチンを打っているからといって侮ってはならん」

バルゼミアがハデスの膝に乗って、彼の本を読む手を退けて彼の胸元に手を這わせて、それをみた生物すべてを狂わせるようなバフォメットの血を持つ者としての魅力を持って誘ったものの、ハデスはじっくりと彼女をみたかと思った途端に彼はすぐにそばに置いてあったバルゼミア用の羽織(もうほぼ毎日来るので常備)を被せて、彼女用に置いてあった長袖長ズボンのもこもこパジャマを着せてやり、すぐに外に控えているメイドにはちみつたっぷりのホットミルクを用意させてやり、身体もすっかりと温まり夜も遅くなってしまうと彼女が眠気に誘われるのでハデスは優しく背中をトントンと叩いてやると眠ってしまうため、冥王自らが彼女の私室(メイドたちとは違うちゃんとした専用の部屋)に連れていき寝かせてやるとその寝顔をみつめて微笑んだ。手のかかる娘であるように思いながら。

「全く今どきの者はすぐに冷えた格好をするからな、寒くないのか?」
「いや、それはお前を誘惑しておるのだろう」
「そうだよ、それこそあいつから聞いたけど下着みせたりしてるって」
「なに?我が孫娘、流石のカオスであるな!ハデス貴様もそれには己の野生を感じざるを得ないだろう」

その言葉にハデスは「下着?」と小首をかしげた後、黒いツヤツヤとしたオペラケーキをみながら思い出していた。
それはハデスは執務室で一人のとき、届いた手紙や招待状などを読んでは返事を出したり不要だと切り分けたりする頃、バルゼミアが紅茶を片手に現れたときだった、彼女はいつものようにミルクを多め砂糖を三つの紅茶を淹れて置く時、一通のカタログが届いてるのをみては目を丸くした。

「これおじい様のブランドのカタログですわね、ハデスおじさまもお召しになられていたのですね」
「いや勝手に試供品もまとめて送られてくるだけだ、余はそんな派手なものは好まぬ」
「ですがおじい様の手掛ける作品(下着)は機能性はもちろんですが、とても美しくまさに芸術ですわ、ほら私の本日の下着もおじい様のブランドでございますの」

分厚いカタログはバフォメットが冥界で展開している大人向け下着ブランドのものであり、バルゼミアはそれをみるなりとてもうれしそうな顔をしては恥じらいもなくハデスにその短いスカートを捲り上げると黒い総レースのパンティを見せつけるが、ハデスはそれをみたものの顔色を変えずに「はしたないぞ」と一蹴し、残念がるバルゼミアを眺めながら思っていた。

「こらバルゼミア、そんなに走っていてはこけてしまうぞ」
「平気だもんっ、きゃあ」
「ほらいわんこっちゃない、平気か?」
「うぅ...おじさま、バルゼミアのおぱんつみえた?」
「いいや、みてないぞ」

それはかつて幼かったバルゼミアが中庭で走っていた時、微笑ましくみていたハデスだったが盛大に転けた彼女はかわいい子どもらしいイチゴ柄の綿パンツを丸出しになってしまい、それをハデスにみられたとおもい真っ赤になって泣きそうになったのを懐かしく思い出していたからだった。

「もうイチゴパンツを履かなくなったのだな...と思うと少し成長を感じて悲しくなるものだ、そう思わんか?」
「思わねぇよ、悪ぃけど兄者は俺が思ってるよりも賢者かも知れねぇな」
「うむ...昔からこやつも純情なタイプだったからな、しかし流石どうかとも思うが」

いっそのことバルゼミアに同情してしまうとアダマスとバフォメットはいいながらも、ハデスはすっかりと叔父が姪をみるような目をしてしまっており、これをどう説こうが意味はないのだろうと頑固な彼に若干の諦めを感じつつ、適当に三人は時間を過ごし終えると解散し、ハデスはバフォメットに問題を起こさないようにと告げて見送った。

「おじさま」
「また来たか、今日はちゃんとした服を着ているな」
「はい、おじさまがこの間くれたパジャマにしました、どうですか?」

もう寝るかと思う頃、ハデスの寝所がノックされると返事も待たずに現れたのは日中の結っていた髪を下ろし、Vネックの美しい袖丈の長い紫の椿が描かれたレーヨン生地のワンピースであり、それは以前彼女のためにとハデスが贈ったものであり、ハデスは寝所の窓際で一人でチェスをして過ごしていたがバルゼミアはやってきては問いかけた。

「とても綺麗だ」

素直にそう思うとハデスは告げる。
バルゼミアは幼い頃から愛らしかったがすっかりと大人へと成長し、そこいらの女神よりもずっと美しい女神であるとハデスも心から思った。そしてそういわれた彼女はいつもとは違う素直な乙女のような表情で頬を赤く染めて微笑むため、ハデスの胸は暖かくなり、一局相手をしてくれといえば向かいの席に座る彼女はかつて自分の専属でそばにいてくれたバーモットとは全く違うバフォメットの血を継ぐ者だった。

「これに勝てば今日は朝まで一緒に寝てくださいますか?」
「勝てばな、負ければ今日もホットミルクを淹れてくれ、ハチミツは多めでいい」
「えぇもちろんです、ハデス様」

外の月明かりを受けながら微笑んで駒を動かす彼女はもうすっかりと大人だった。