第十話
▼▲▼
夜更けのカルデア、そこは日中のような騒がしさはなりを潜めて寝静まったりバーで静かに酒を嗜んだり、誰も彼もが自分の時間を楽しんでおり、人気の少ない地下にある偉大なるアレクサンドリア恐るべきイヴァン可憐なる紫式部図書館──通称図書館の一角には一人の天才が静かに細かな作業をしており、その手には不似合いな細いバングル型のラピスラズリの石がいくつも付いたブレスレットがあり、テーブルの上には細かなパーツや工具や本が雑多に広げられており、その向かいには獅子の頭をしたアメリカ合衆国の化身であり十九世紀の一人の天才、トーマス・エジソンが座り呆れたように目の前の男を見つめていた。
「全く貴様は何故こうも不器用なんだ」
「なに?細かい作業は貴様より得意なはずだ、貴様が作る発明品と比べれば私の作り上げるものはいつも完璧な美しさではないか」
「そういう話ではない、貴様のエクレールくんに対することだ」
エクレール──という名前が出された途端にテスラの肩が小さく揺れた。あまりにもわかりやすい反応にエジソンは呆れてしまう。からかう時や煽ることが多いが、どうしてもこの目の前の生涯のライバルであるこの男が隣に起きたがるカルデアの記録係の一人についてはからかう以上のどうしようもなさを感じざるを得なくなっていた。
「それは何をしてるんだ」
「何をしてるかだと?見ての通り助手のブレスレットの調整だ」
「外れないのではなかったのか」
「いいや外れる、暗号化した私の魔力を電力に変換しているため私にしか外せないだけだ」
はぁ───とエジソンは心底ウンザリするようにして脚を組みながら、それまで読んでいた本の手を止めてテスラを見つめた。
「やはり不器用だ、肝心なところが何もできておらん」
「器用だと言ってるだろう、肝心なところだと?このブレスレットに欠点があるというのなら答えてくれ」
ブレスレットには魔女メディアや太陽王オジマンディアスなどを借りて作成されており、テスラの魔力が注がれていることにより魔力から彼女の居場所の検知、そしてその魔力により仮にカルデアの供給が途絶えても補給されること、さらに様々なカルデアの技術を応用し簡易召喚基にもなり、近頃は彼女のバイタルや睡眠時の周波なども感知し観測している。
「さらにこの調整により、彼女が魔力も令呪もない人間だとしても安全を守れるようにとガンドと同等、またはそれ以上の電磁力を利用した簡易的なレールガンとしての機能も追加、また防御機構を搭載の上電磁シールドを追加し……」
そんな小さなブレスレットにどこまで機能を搭載するんだとエジソンは声を荒らげたかったが意味をなさないことは明白であるため諦めたようにため息をこぼして「そういうところだ」と呟くとテスラは顔を上げてやはり分からないような顔をした。
「貴様は彼女のためにしているのはわかる、だがそれ以上に足りなさすぎるんだよ」
「だからなんだ、はっきり結果を言ってくれ、私は明確では無い回答は好まんぞ」
「恋愛面だよ、れ・ん・あ・い・め:・ん」
その言葉を聞いたテスラはブレスレットに魔力を注いでいるのかバチッと小さな火花が散った、そして少しだけその白い肌が色付くのがわかり、エジソンはそらみたことかと青二才のような反応をする目の前の男にこれを機に思ったことを伝えてやろうと足を下ろして目の前のテスラをみつめた。
本人は恋愛と言われて思い当たるところが当然あるようで、少しだけ動揺しているがその手は休むことはなく的確に作業を続ける辺り、決まった法則に従い動くようにもみえた。
「突然何を言い出すかと思えば、そんな話か」
「そんな話ではないだろう、貴様がエクレールくんに想いを寄せているのは明確だ、それに彼女も理解しているだろう」
「当然だ、彼女は私の助手なのだからな」
「ほぉ?助手……普通は助手にそんな呪いのブレスレットを渡したりしないだろう」
「親愛の証だ、おかしくなど無い」
「いいやおかしい、生前の貴様は自分の助手と食事に行くことさえ滅多になかったでは無いか、自分の私室やプライバシーへの侵入など以ての外」
それがどうだ、このカルデアにおいてエクレール・アヴニールという女性に対する態度。彼女は決してテスラの助手としては不釣り合いな人間である。科学的な話は全く出来ず、高校生の理数学でさえ苦手だ、根っからの文系であり、テスラとは全く思考は合わないはずの平凡な女性だ。
それこそテスラが話をしていても「時間を無駄にしたくない」と一刀両断して断ってきたような女性と同じではないかとエジソンは彼を知るが故に告げるとテスラは不服そうな顔をした。
「だから何が言いたい」
「何故、自分のモノにしない」
「彼女は"モノ"じゃない」
「では女性と」
「彼女の性別は女性だ、男に見えるか?」
非常に苛立ってしまう。ニコラ・テスラは揚げ足取りをするような言葉遊びをすることにエジソンが苛立つがテスラはフフンと鼻で笑うような態度をするが、その時点で彼は普段と滅多に違う態度を取っているのだが、本人は何一つ気づいていないのだろうかと不思議に思えてしまうほど。
一通り調整を終えたらしいテスラは工具を置いてじっくりとブレスレットを眺めると丁寧に柔らかい布で拭いていく。そもそもそのブレスレットでさえ、テスラの感性であればそのデザインにしなくても良かったはずなのだ、まるでひとつのちゃんとしたアクセサリーとなったそれは店に並ぶような美しいデザインであり、それはテスラが常に彼なりの美学を持ち美しいものを見ていたからこそ出来た作品の一つだといえるだろう。
「そんな物、普通は渡さないのだよ」
重々しく呟いたエジソンはそのブレスレットの真の力を知っている。
きっとエジソン以外も知っているが誰も詳しくは口にしない、それが作動することがないからだ。しかしそれでも今表向きの機能だけでも一人の人間に手渡すにはあまりにも重たく、そして魔術師の目から見ても異様なものなのだ。英霊となったテスラは科学に留まらず魔術にも多少精通している。そして科学と魔術はよく似ているのだ。だからニコラ・テスラはアーチャークラスでもトップサーヴァントの一人として神霊クラスと並べる。
実際彼の手渡したブレスレットによって彼女が狙われたこともあり、そんな代物を渡すことさえ異常なのだ。彼が生前自分の発明品を特定の誰かに渡すことなどなかった。彼は人類が前に進むためのものしか考えなかったのだ。
「渡すさ、彼女はこのカルデアにいながら普通の人間だ、魔術師の家系だが以前のオブセル氏が言ったようにアヴニールは普通なのだ。マスターも一般人だというが彼は違う、彼はあまりにもさまざまな経験を重ね、そして心があまりにも強い、あれは一般人とは少し離れた英雄に近いだろうさ」
だがエクレール・アヴニールは普通の女性だ。
自分に危害が加えられ、死を目前にして涙し、震えて立てなくなるような何処にでもいる普通の女性。
彼女を助手に迎えると決めた以上、それを守るのは当然だ。
「雇用主が雇用者を守るのは当然だ、そうだろうエジソン?」
「あぁもちろんだ、だがしかしそれは賃金などを与えた上での基礎的な生活だ、お前がしていることはそんな関係とは違う」
「いいや、合っているさ、私の思考は一寸の間違いもない」
「いいや、あるね、何故なら恋愛とは論文ではない」
その言葉を聞かされたテスラは眉間に皺を寄せて手の中のブレスレットを眺めると彼に呼応するようにブレスレットはテスラが放つ火花を小さく散らした。
苛立っている訳では無いがどこか落ち着かないような、まるでそれは目の前の発明品が思ったのとは違う挙動を見せている時のような反応だった。
テスラの眉間にシワが寄るとますますエジソンは何故こんなにも素直に言葉を口に出せないのかと不思議に思えた。元よりテスラが自分一人で考えがちになることがあるのは知っているが、それでも独りよがりな感情は相手を求める場合には意味をなさないのである。
「感情論は好まない、全ては論理に基づいている」
「恋愛は論理ではない、あぁいやまぁ当てはまることもあるな……彼女も実に論理的だったぞ、恋愛においては特に」
「なに?」
ピクリと犬や猫が音を聞く時に耳を揺らすように、テスラは小さな反応をして向かいの席の獅子をみつめるとエジソンは新たに入手した情報を開示してやった、それは優しさではない、意地悪でしかない。なにせそれを言ったところでこの男が素直に動けないことはよく知っているから。
「彼女は"言葉"が無ければ絶対に信じないと言っていた、その理由は以前の恋人から言葉を得られず、上辺の関係でこっぴどく振られたからだそうだ」
「……言葉を得られなかった?上辺の関係?」
いまいちパッとしないというテスラにエジソンはこの男が恋愛や感情について疎いのだったと少しだけ申し訳ない気持ちになりつつ、ストレートな言葉で返した。
「つまり前の恋人に彼女は愛してるという言葉はもちろん、恋人だという関係性も言われず、曖昧なまま時間を過ごした挙句捨てられたのだよ」
今の貴様と全くおなじだ!──とエジソンは声を荒らげると静かな図書館が小さく震えた。人気の少ない夜更けの図書館に響いた声に奥にいた司書の紫式部が驚いた声を出したことにエジソンは謝罪しつつも、腕を組んで鼻を鳴らした。
実際問題その通りなのだから仕方あるまい。
テスラは彼女を助手と呼び隣に置いておきながら明確な言葉を何もいわず、いつも曖昧なままだった、その癖に彼女が許可なしに離れれば声を上げ、彼なりに行き過ぎた異性との接触については静かに間に割って入る。それが嫉妬や独占欲ではないのだとしたら何か、そして恋人でもない相手がするのは些かあまりにも強欲であり、ブレスレットに関しては重い以上だった。
そしてエジソンの言葉を聞いたテスラは顔を伏せては静かに震え始める。
泣くのか怒るのかはたまた怒鳴るのかとエジソンは次にくる高出力の電磁波に備えていれば、テスラは「違う……」と呟いたあと顔を上げた。
「全く違う!私はちゃんと彼女に"唯一の助手だ"と伝えている!必要だと言ってる、彼女も"博士の助手"だと言ったんだ!共に未来を歩む相手であり、世界を照らし、私を観測し続ける、それが彼女の仕事であり、義務だ、それが伝わらないわけがない!」
「好意を口にしていないだろう、一度でも"好き"や"愛してる"を伝えたのか?」
「そんな言葉を口にせずともわかるはずだ、彼女は記録係で観測者だと言うのならば行間を読むのも長けている、実際に私が何も言わずとも欲した時にコーヒーを淹れるんだ」
「それとこれとは違う、先程から言ってるだろう」
"言葉が足りない"──と、何度言えばわかるのだとエジソンが伝えてもテスラは納得しなかった。言葉など不要だと彼は思っている。エジソンもその気持ちは理解できなくは無いが、それはあくまでも研究や発明の際に自分一人での行動の時だけで、対人において言葉の重要性は理解しているはずだと思っていた。
特にテスラは詩を愛していたのだから言葉の美しさを理解しているのに何故それができないのかと呆れつつも、深く考えるとテスラの愛は生前ひとつ向けられた、その時も彼は言葉を不要としたのだろう。
「彼女は人だ、それも記録係や観測者という役割で人の言葉をよく聞き大切にする人だろう、お前の愛した白鳩ではないんだぞニコラ・テスラ」
かつてテスラは一羽の白鳩を自分の生涯の伴侶のように愛した。
だが決して彼は人を愛さなかったわけではない、彼も小さな恋を幾度かしたが愛せたのが鳩だけだった。彼自身もその美貌や地位名誉から数多の女性からアプローチもされた、しかし彼は興味ないことには視界にも入れられなかった。美しい女優がわざと落としたハンカチにも気付かなかったし、自分のスポンサーである大富豪の令嬢からの好意も無下にした。
それ程までに彼は極端な男でありながら、頑固であり、それ故に彼は気付かない点が多い。
「彼女をよく見ているのか」
「……みているさ」
「ほぉ?なら彼女の好物を知ってるか」
「チョコレートだろう、甘いものをよく好んでる、果物も好きだなドライフルーツもよく食べてるのをみる」
桃だよ──とエジソンが笑って言った途端にテスラは全身がぞわりと栗立つ気配を感じた。なにせ彼の苦手なものの中でもトップクラスだ、見るだけでも熱が出てしまいそうになるほど耐え難いもの。
「それに彼女は以前まで友人から貰ったリボンの着いたパールのイヤリングをしていたそうだ」
「信じられない、ありえない、あんなものを付けるだなんて正気じゃあないな」
「おっ、言ったな?じゃあはやく助手から切り捨てるといい、彼女は優秀だからな、私の隣の方がずっといいだろうさ」
「なにおう貴様ァ、彼女の趣向は彼女の趣向なのだから構わん!私の前であまりみせずにみてくれた……」
ん?とテスラはその言葉を言い切る前に彼女のそんな姿を見たことはないと感じた、そしてエジソンにからかわれたのかと思うが「嘘じゃない事実だ」と答えては彼の視線が本棚に向いた。
カルデアの大図書館の中にある本棚の中の一つ、そこにはニコラ・テスラに関する本がいくつも並んでおり、その棚を見るだけで彼女──エクレール・アヴニールがよく本を読んでいるのをテスラは思い出す。
「彼女は努力家なのだろう?」
無理やりとはいえ助手と任命されてから分からないなりに自分の苦手なことを学び、テスラのことを理解しようとしていた。その過程で彼を知るのは当然のことで、その中でテスラの一風変わった思考やルーティン、生前悩まされた過敏症や強迫観念についても理解しているはずだった。
それを理解してしまったテスラは何も言い返せずに言葉を返せずにいれば、エジソンは珍しく勝利を味わったように感じつつ、チェックメイトといわんばかりに声をかけた。
「愛してるといって、拒絶されるのが怖いのか、天才ともあろうお前が」
「エジソン、貴様…ッ」
「フハハハッ、臆病だな、日頃から交流だどうのと言っておきながら、貴様の愛は一方通行の直流ではないか」
「それだけは許さん!さすがに愚弄しすぎだ!」
「おっとぉ?本当のことを言ったまでのことじゃないか、まぁ私からのアドバイスだ、なにせ二回結婚してる私からのな」
女には言葉が必要だぞ。といいながら立ち上がったエジソンは満足したようにテスラを置いて出ていくのを彼は眺めて、全くと思いながら深く椅子に腰掛けると足音が聞こえ、入れ替わるようにやってきたのはエクレールだった。
彼女は夜分遅いこともあり、彼女は少しラフな格好にも見えたがどうやらブレスレットを取りに来たのだとテスラも理解した。
「エジソンさんと喧嘩しませんでしたか?あの人通り際に『不器用な人間が想いを伝えるならモールス信号がいいぞ、まぁ私のプロポーズの方法がそうだからな』なんていってきたんですけど」
「〜〜ッあの男、必ず次の電流戦争でギッタンギッタンにしてくれる!」
やはり余計なことを言ったと思いつつも隣に招いて左腕を貸してもらうとテスラはブレスレットをはめてやり、少しだけ自分の電気を通してやるとそれはきっちりと彼女の手首に固定されて動くことは無さそうだった。
彼女の細い手首を彩るラピスラズリのブレスレットをみて、テスラは満足そうにそのデザインの美しさを眺めていると、彼女もそれを眺めた。ラピスラズリは最古のパワーストーンと呼ばれ、紀元前より聖なる石として愛され、古代エジプトでは王族のみが身につけていたとされる。
小ぶりながらもかの太陽王オジマンディアスから譲り受けたラピスラズリは通常の石よりもはるかに強いパワーを宿しており、それ故にテスラはその石を美しさではなく機能として利用したが、彼女にはよく似合っていた。
「そういえばこの石って、幸運や知恵をもたらすんでしたっけ」
「あぁそうだ、人生の試練を乗り越えるための直感力や決断力を養い、持ち主を正しい方向へと導く効果を持ち、邪念や厄を避ける幸運の印だと」
「へぇ……じゃあ博士に貰って正解かも」
「何故だ」
彼女は腕を掲げて落ち着いた図書館の光に当てながら嬉しそうにみつめた。
「だって、これがあれば博士が私を導いてくれるってことでしょ?」
そういって笑った彼女にテスラは呆気を取られてしまうとエジソンの言葉を頭の中で繰り返した、言葉を伝えなければならないということ、それが怖いという訳ではなく必要性がないと彼は感じていたのだ。
「エクレール「博士」……なんだ」
「もう遅いから寝ますね、遅くなりすぎないように、おやすみなさい」
震える声で彼女を呼んだのに彼女はそれを遮った、わかったような顔をしていた、テスラがそれを望まないのならいいというように。彼女もまたきっと少しだけ臆病なのかもしれない。そのまま返事も聞かずに去っていく彼女を見つめて、一人残されたテスラは珍しく机の上に項垂れながら手元のペンを手にして紙の端に数式を一つだけ書いた。
128√e980
その上半分にペンを置いては、一人だけで答えを口に出せずにその場から動けずにいるのだった、
▲▼▲
- 18 -