第九話


エクレールは別に恋をしたことがない女では無い。
本当に呆れるほどに平凡な人生を歩んできた三十路目前の彼女にとって酸いも甘いも当たり前の人生は歩んできた。
恋人はいたし、将来を考えることもあった、仕事に一途でもなければそれ程不真面目でもない、それでもテスラの隣にいれば自分はとても怠惰な人間では無いのかと思ってしまうほどだ。

だからこそニコラ・テスラという男の愛情を理解していない訳ではなかった、カルデアにおいては小さな恋も愛もいくつも芽生えていることは理解しているし、それは英霊同士も、人間同士も様々で、カルデアのスタッフの中でも恋人や夫婦という間柄の人たちはいるため珍しいことではない。

それに彼女がどれだけ鈍感でいようとしても周りはそれを許さない、なにせ恋やら愛やらというのはいつだって人々の話題に尽きないものだし、英霊であろうとも人の恋が楽しい連中は多くいるし、彼女自身も他人の恋バナとやらは好んだ。
しかしそれは他人の話だから好ましいだけで、自分の話となれば非常に面倒くさくてたまらない。特にいま彼女は様々なサーヴァントに囲まれており、胃が痛むのではないのかと背中に嫌な汗をかいてしまう。

ことの発端はいつもの通りに記録係としてサーヴァントと話をしていた時だった、初めは清姫との会話であった。マスターに向ける愛情が深い彼女は恋する乙女の味方であり、そして恋や愛を何より大切にしている、そんな彼女から「そういえばエクレールさん、あの方とはどうなっておられるんですか?」と問いかけた。
あの方──という単語から彼女は誰を意味するのか理解していたものの気付かないふりをしていた「さぁ誰のことですか?」と、しかし二人が話していたのはちょうどラウンジの一角であり、それはつまり様々な方々の目に入りやすいということ、カルデアのシステムにでも組み込まれているのだろうかと思うほど恋愛話の電波をキャッチしたらしい者たちは次々と集まって、気付けば大女子会が開かれており、その中心となるエクレールは普段はあまり集まってくれないのに……と思いながらも身を縮めるが、隣にはネロ・ブライドに玉藻の前、さらに女神アルテミスに女王メイヴにマリーアントワネットから清少納言にエレナまで、片手では数えられない面々が集まっていた。

「それであやつとの式はいつ頃なのだ!」
「ブレスレットなんていう約束された勝利の剣ではありませんかぁ、これはもう正妻確定ですよ」
「もう最高に素敵じゃない!私がもっと愛の矢を撃ってあげましょっか!」
「まだシてないの?遅すぎるわよ、あなたが押し倒してガーッとやっちゃいなさい!」

前後左右、下手すれば頭上からも囲まれたエクレールはタブレットを手に仕事のフリをして彼女たちの言葉をメモしながら「へー」と返事をしていた。
彼女はあくまでも今の状況を記録係として記録しているのはまともに相手などしていられないからだ。
先日のテスラの工房において二人が抱きしめ合っていたことについては尾ひれがついて話が広がり、さらに初代観測者オブセルがテスラにアドバイスしたこと、そして以前からあまりにもあからさまなニコラ・テスラの言動について、みんな楽しくて仕方ないと言いたげに酒の肴にするかのごとく引っ掻き回してきているがエクレールは心底困り果てていた。

周りは二人を付き合っている、または付き合ってなくてもそれ以上の関係として扱っており、結婚はどうか、どこまで進んだのか、人によっては下世話な話まで飛び出してしまう始末で、刑部姫はタブレットとペンを片手に、静謐のハサンはテスラと彼女の関係について羨ましそうに頬を染めては毒を強めたり。

はたまたメディアのようにエクレールの保護者のような顔をしてテスラの評価をしたりと、まさに彼女たちは好きにそれぞれ考えているものの、当の本人はテスラとの関係は彼女たちが思うようなものではないのだと呟いたのは何度目か。

「でもテスラ博士はとっても素敵な殿方だと思うわ」
「生前も鳩を愛したという逸話がありますが一途ですし」
「顔もいいし真面目だし、多少声が大きいのと科学者気質なところはあるけど、それでもカルデアの男性陣の中じゃ、それなりには評価される男性じゃあありませんか」

マリーも、ジャンヌも、BBさえも、楽しそうに彼女を囲んで告げることに彼女はどうして聖女も悪女もまとめてこんなに構ってくるんだとウンザリしては背中を丸めて膝の上に座っていたナーサリーライムを抱き締めるが、どうやら今回はこの童話の少女さえも彼女に対して周りと同じように「博士さんのことが好きなのでしょう?」と聞いてくるしまつで、彼女はもう呆れて彼女たちを追い返すように声を出した。

「私と博士は記録係とサーヴァント、そして人とサーヴァントなんですよ、皆さんちょっと恋愛脳が過ぎます、博士のあれはなんていうか、所謂好奇心から来ているだけなんです、好意は好意でも博愛主義者のあの方にとって私は人類の一人でしかありません!」

全くもう……という時、彼女の左手のラピスラズリのブレスレットが光に反射するように小さく光る。まるでそれは彼女の言葉を真っ向から否定するような反応であり、全員が彼女の意見に聞く耳を持たない持たなかったのは当然のことだ。
ブレスレットから溢れるテスラの魔力は一介のマスターでもなければ魔術師としても能力の低い人間に渡すにはあまりにも過ぎた代物である。
現に彼女はそのブレスレットを狙われて傷付けられそうになったこともあり、その際にはテスラが助けに入ったということもカルデアで知らない者はおらず、ますますテスラとエクレールの二人の恋路については気になってたまらないわけで、二人になにか進展があるのならばと新刊を待っているかのように落ち着きなく楽しみにしているわけだった。

「その……じゃあ、エクレールさん自身は博士についてどう思われるんですか?」

騒ぎ立てる女性陣の中で透き通ったのは誰よりもマスター藤丸立香の隣に並び、そして彼を先輩と呼び慕い、そして密やかな恋心を持つデミサーヴァントのマシュだった。
エクレールは真っ直ぐとしたその声と視線を真正面から受けては思わず目の前の紅茶に手を伸ばしては一口だけ口にした。静まり返る中で彼女は素直に問われた質問に答えた。

「好きですよ、博士としても……多分、男性としても」

その言葉に全員が「おお」と声を上げてはさらに好きに話をし始めるものの、彼女は紅茶のカップを戻しては「でも」と付け足した。それは酸いも甘いも当たり前の恋をしてきた女の顔であり、そして今を生きる女の顔でもある。

「サーヴァントと人間です、博士はカルデアと契約を結んでるし、この契約が終われば座に帰るんです。私は普通の人間であの人の隣に今はいてもほんの少しのきっかけでそれも終わる、そんな関係で深い仲になれませんよ」
「今だけの関係の何が不満なのだ、想いがあれば永遠に続くではないか」
「そう思えたらいいですけど、もし座に帰って、そしてまた次会えた時、あの人に覚えられてなかったら?そんなの辛いじゃないですか……それになにより博士は私に関係を望んでない」

断言するような彼女の言葉に話を聞いていた面々は彼女は鈍感なのか、それともそれ程テスラを受け入れたくないのかと思わず驚いてしまう。サーヴァントと人についての悩みについては理解できたとしても、関係を望んでいないわけがないとブレスレットや彼の態度からして分かることに何を言っているんだと全員から言葉が飛び交うのを聞く彼女は反対に相手が女王でも、女神でも、魔女でも気にしないというようにキッときつく睨みつけるようにしてみつめた。

「皆さん好き勝手言いますけどね!あの人は明確な言葉を出さないんですよ!助手になれだとか、交流電流だとか、困った時のためだ、だとか……わかりますか!?」

その言葉に話を聞いていた女子会メンバーは隣の者と顔を見合せた。
そして確かにニコラ・テスラは彼女に「好き」や「愛してる」の一言を告げていないことを思い出す。一丁前に嫉妬や独占欲はあるが彼女を助手と呼んで無理やりに隣に置いているが、それ以上を与えていないことについては確かに問題ではあるが、あの不器用な男であればそれも仕方ない。反対にその言葉や行動こそが明確な言葉なのではないのかという意見も飛び交ったがエクレールは首を横に振った。

「明確な言葉がないのはつまり嘘と同じ、契約書のない契約と同じ、私は絶対にそんな中途半端なことを認めません」
「……そこまでいうって何かあったのね」

聖女マルタの冷静な言葉にエクレールは肩を震わせた、これだけは許せないのだと思いつつ彼女は膝の上のナーサリーライムを膝から下ろしてはテーブルに拳を置いて、過去の恋愛について怨念があるかのように「私に彼氏がいたって、別れたって知ってるんですよね?」と低い声でいうため、思わず身構えた彼女たちは小さく頷いた。
普段は穏やかで基本的にサーヴァントがどんなことを言おうがしようが困ったような顔をしつつなんだかんだ対処してくれるはずの彼女が怒りに満ちた顔をしているのである。これはどういうことかと唾を飲み込むと同時に彼女は過去の恋愛の話をした。

「別れたっていうか、付き合ってなかったんですよ」
「「「は?」」」
「付き合ってたと思ってたんです!!だけど相手の男は付き合ってないって!!六年ですよ?年上彼氏で私が学生から付き合ってたと思ってたのに、そろそろ結婚かな?とか思ってたら『え?俺たちセフレじゃん、付き合おうとか言ってないし』って言われたんです!」

確かに好きも愛してるも言われたことはなかった。
それでも夜は何度も過ごしたし、エクレールは本気で男を愛していたのである。記念日を祝われなかったり相手の誕生日は毎年過ごせなかったものの、まさか最後のオチが付き合ってない、その上に相手からは「来月結婚するから結婚式場来る?」と言われたしまつであり、エクレールはそれ以後の恋愛はとても神経質になっているのも事実であると言うが、それを聞いた面々は「いやそれは男がクズでしょ」「稀に見るゴミ」「殺していい」「焼きましょう」と言われ、エクレールはその話は友人達にも言われたことなのだといいつつ、それがある今は明確な言葉が無い関係は全て認めないのだと言った。

「ですので皆さんがどれだけ言おうとも私と博士は、博士と記録係です!どれだけ顔が整っていて高身長で知的で、子供っぽいところがあってかわいいところもあり、私のことを必ず守ってくれる包容力がある人だとしても決して揺らぎませんからね!」

さぁ仕事に戻ります!と彼女は人混みをかき分けて去っていくのを見届けた女性陣は彼女の理由を理解したものの、最後の言葉を聞いては「結局好きなのね」と納得したような顔をしてはまだ不器用な二人の恋愛を今はまだもう少し見守ることにした。
きっとあの天才に素直に口にしたらいいとアドバイスをしたとしても彼は小首を傾げて「もう十分しているが?」と答えるのは目に見えているから。そしてきっと恋というのは不思議な縁であり、きっとどこかで運命が動くことを知っているから。

「それに……博士が一途なことくらい、嫌ってくらいわかってますよ」

誰もいない場所でそう呟いた彼女はそれでも彼の愛がどこに向いているのかなど分からないといった、何せ彼女は人類の一人だから。

一方その頃ニコラ・テスラはといえば、自身の工房で大きなくしゃみをしては「ム……またあの直流め、私の悪い噂をしているのか?」とつぶやくのだった。

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