第十一話
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新たな特異点の異常を検知したカルデアはそれに向けての準備に慌ただしくしていた。近頃は少し落ち着いてきたと思っていたがその分素材を集めたりと周回が増えていた為、エクレールは主な周回メンバーの話を聞き労わってあげており、さらにマスター藤丸立香やマシュのケアという名の話し相手もこなしつつ、特に問題点はないとタブレットでそれぞれのステータスや記録を眺めながら廊下を歩いていた。
特異点についての話は共有はされているものの手伝いができることのない彼女は、頭の隅に置く程度に留めていたものの昼食を終えて藤丸たちと雑談をして、午後のミーティングがあるからと別れようとした直後だった。
それは突然、門が開くように床に真っ暗な穴が現れて彼女一人を突き落とした。
「エクレールさんッ────!」
藤丸とマシュの声を最後に彼女はその穴の中に落とされた、そうだ、落ちたのだ、高度数千メートルの高さから彼女は身に覚えのない空に放り出されて重力に従うように落下した。
強い風と、重力が身体を引っ張って、彼女はなにか都市に向けて落ちそうな時、それはレイシフトに慣れたマスター藤丸立香とは正反対に情けなく声を上げてパニックに陥った。どうすればいいのも分からずにいるとき、左腕のラピスラズリのブレスレットが光るのが見えて、彼女は思わず身体を縮めながらあと数十メートルで建物にぶつかりそうだと思う時、消えそうな声で祈るように呟いた。
「博士ッ──助けてッ──」
その途端に呼応するようにブレスレットが青い光をまとい彼女を包み込んだかと思えば、大きな腕が彼女を抱き留め、そして包むように現れたのはニコラ・テスラだった。
彼らコートと長い髪を靡かせながらも地面に落ちていくのを感じながら、強くその胸に彼女を抱きとめては声を上げた。
「全く我が助手は、またおかしな事になったようだな!!」
「はっ、博士よかった」
「着地するぞ、舌を噛まないように気をつけたまえ」
そういってあと数メートルの位置で彼はジェット噴射でもするように電気を発生させてふわりと優しく着地すると、腕の中に抱いていた彼女が怯えて彼の首に腕を回して強く抱きしめて震えていた。テスラはそれを何も言わずに抱き締めたまましばらく落ち着くまで背中を撫でながら、何か大きな建物の上に着地したのだと感じつつ屋上から街を見渡したが、思わず彼は息を飲んだ。
ようやく落ち着いた彼女はテスラの腕の中で不思議そうに「博士?」と声をかけると、テスラは驚きを隠せぬように呟いた。
「ここは……私のいたアメリカに随分と似ているな、いや、その通りなのか?」
ニコラ・テスラが生きていた時代のアメリカ、それはつまり十九世紀や二十世紀ほどのアメリカ合衆国だということだった。エクレールはテスラの腕から下ろしてもらい、同じように屋上から下を見下ろした。どうやら随分と高いビルの上に着地したようであり、エクレールは見たことの無い景色に驚きつつも即座にここが何らかの理由で落とされた現代ではない場所だと察してはタブレットを起動しカルデアへの連絡手段をと思うが何も反応はなかった。
同じくカルデアからのパスがあるはずのテスラに関しても通信はなく、さらにいえばパスも外れてしまっているという。
「つまりここで私と博士は二人きり、それもアーチャーの固有スキルの単独行動がありますが、精々二日ですかね」
「いや、君のそのブレスレットに魔力を蓄積してある、現界だけなら一週間は持つだろう」
「そうじゃなかったら?」
「よくて四日程度だろう」
その言葉に嫌や汗が伝う。
アメリカという国はいつだって人に溢れた場所だと彼女は認識していた、テスラがいた時代に似ていることや、彼が周囲の建物からして把握するところニューヨークで間違いないということであれば、こんなに不気味な静けさはありえないだろうと思えた。
空は薄暗く、空気もどこか澱んでいる。人の気配はなく、まるで全てが異常であり他になにかここから分かることは?とエクレールはテスラに聞くと、一部建物などに見覚えが無いものがいくつかあるといい、やはり正規のテスラがいた時代とはまた違う世界線のような場所にでもいるのかと考えた。
エクレールは記録係という他のスタッフに比べて技術職ではないにしてもカルデアのスタッフであるため、常にどのようなことが起きたのか把握しており、藤丸立香が特異点でどう動いたのか、サーヴァントたちが何をしていたのかを把握しており、彼女とテスラはとにかく拠点を作ろうと話をした。
拠点があればカルデアとも通信ができる可能性があり、ここが明確にどの時代で何が起きているのかと調べられるはずだったからだ、そうして進もうとした矢先、屋上にいた二人に黒いローブを被った者たちが囲み始めた。
「アヴニール……観測者だ……」
「現れた、捕まえねば」
「サーヴァントがいるぞ、引き離して彼女だけ捕獲しよう」
ひそひそと話し声がする中で二人は不穏な空気を感じた。
アヴニール──観測者──それらを理解して口に出しているとなれば彼女をよく知る危険な連中の可能性は高く、サーヴァント──と認識していることから、彼女が何者なのか、どこから来たのかを把握している様子だった。
テスラは「エクレール、離れるな」といつもよりもさらに真剣な声色でいうことに彼女は素直にテスラの中に隠れるように寄り、彼の肩にかけたコートの裾を握ると突如として黒いローブを着た者たちが襲いかかろうとするがテスラは指を一つ鳴らした。
まるでそれは魔法のように青白い雷光がローブの者たちに襲いかかる。雷光はどれも近くのアンテナや電線などさまざまな場所から襲いかかったものであり、倒れ込んだ相手に不安がる彼女にテスラは軽めの電気ショックのため、またすぐに回復するかもしれないと告げるなり逃げ出そうといった。
相手はどう見ても人間であり、魔術師の類いであった、ともなればなにか理由を持って接触していたはずだが、狙いがエクレールであるのならば危険なことはテスラの方がよく理解している。かつて初代観測者が告げたような"観測者狩り"の連中かと危惧しては彼女を連れて走り出す。
魔力消費を考えれば霊体化が一番ではあるものの彼女一人を残すことはあまりにも危険で、建物の中に入り、屋上から一階までをかけ下りるが四十五階の建物から一階に降りるまではどうあっても時間を要する。その間に目覚めたローブの連中がさらに追いかけてくるのを気付いた。
街の中を駆け巡るようにテスラは彼女を抱きかかえて雷霆の如く駆け抜けた。相手が追いつくことは難しいが、敵は屋上のローブの魔術師だけではなく、次々と表れ、テスラは対抗するように彼女を片手に技をいくつも放ちながら逃げ走った。
公園をぬけて、映画館の前を走り、地下へと潜って、レールの上を走り、建物を抜けて、何度も襲いかかるローブの魔術師たちの魔の手から逃れ続けた。エクレールは何も出来ずにただテスラの腕に抱かれながらも、ローブの魔術師たちのローブ越しの瞳が絶望を孕みながらも希望を求めようとするものにみえられた。
まるでそれは追い詰められるように、そして決まっていたかのように二人が辿り着いたのは一つのホテルだった。
そこはマンハッタンの"ニューヨーカーホテル"と書かれた場所であった。
テスラとエクレールは追っても居ない状況下で唯一営業しているように光っていたホテルを目にしては声を失った。何せそのホテルは晩年の約十年間ニコラ・テスラが過ごしていたホテルだからだ。
マンハッタンのミッドタウン中心部にそびえ立つアールデコ調の建物、まるで映画で見たことのあるような堂々としたホテルの名前を掲示しているそれはテスラは多少の見た目の違いはあれど、自分が過ごした物で間違いないとした。
二人はまるで死んだようなニューヨークの街を走り回った中で唯一光っているその場所が罠であるかもしれないと思いつつも足を踏み入れた。広々としたロビーには誰もいない、スタッフの一人も客の一人も気配さえないのだ。
消えたと言うよりも元々ここには人がいないという状態だが、決して使われていないというわけでも無さそうな不思議な心地、エクレールはテスラを横に控えさせながらフロントにいき「すみませーん!」と声をかけるがやはりその声はロビーに響くだけで反応はなかった。
「これじゃないか?」
「三三二七号室と三三二八号室、これって?」
「私が利用していた二部屋だ、不思議なことにこのホテルは私の拠点としてふさわしいらしいな、魔力が少し安定している。罠かもしれないが敵も居ない、しばらくはここで過ごさせてもらおう、ここなら"工房"も作れそうだ」
そういうテスラは三三二七号室のルームキーを手に取って慣れた様子であるため、魔術や魔力についてはまったく分からないというような彼女はテスラの言葉に素直に従い。エレベーターに向かうのかと思えば彼は何故かスタッフルームのドアを開けて非常階段に向かうと、上でなく地下へと続く下の階段に向けて歩き出した。
「博士、お部屋は上ですよ」
「それくらい分かっている。ここが本当にかのニューヨーカーホテルなら、一つ重要なものがあると思ったのだ、まぁ着いてきたまえ」
そういってテスラは階段を下っていき、まるで迷路のような道を歩き進める。彼は非常にこのホテルを愛していたのか説明をしてくれることに耳を傾けるエクレールは先程までの恐怖心も忘れるようにホテルのツアーに参加してる気分になった。
そして随分深くまで来たと思えば、地上から約九メートル離れた地下であり、このホテルの発電室へとたどり着いた。そこはこの時代、いや現代においても非常に珍しいほどの電力を自家発電として持ちうる場所であり、約二二〇〇キロワットの発電能力を有するビルであるとされ、テスラは楽しそうに話をするがエクレールには不思議な事ばかりだった。
「よし、あったな」
「なんですかそれ」
「テスラコイルの一部、また私の発明した電力増加装置などだ、しかしまぁ不思議なものだ、ここは私のいた場所と若干違うのに私のものがある、私がいたということなのか、それともあくまでギミックなのか」
「分かりませんけど、この辺のもの全部持っていくんですか?重たそうですけど」
「いや、これだけでいい、工房作成の媒体にするだけだ、見る限りこのホテルは今なにか不思議な、聖杯かなにかの力も感じる、はやく案内された部屋へ向かおう」
テスラは発電室の中に置かれた発電機の一部やパーツなどを手に取ると考えた末にまた戻ろうとするが、彼女はエレベーターがあるからそれで戻りたいと告げることにテスラは仕方ないとエレベーターで三三二七号室へと向かった。ホテルは複雑な造りになっており、彼女はすぐに迷ってしまいそうだと不安になりながらもテスラの背中を追いかけてはたどり着いた部屋でテスラはルームキーを差し込んで部屋のドアを開けた。
そこはとても狭く、カルデアのテスラの部屋とは大違いで、エクレールは彼がここで最後を過ごしたのだと感じながら指示されるがまま彼に運ぶのを手伝うように言われて手に持っていた謎の装置を床に置いて見ている間にテスラは部屋にあるペンで床に数字を書き始める。魔術師の詠唱とは少し違うようにも見えるが、次第に文字はテスラの魔力を帯びて青白く光り輝きテスラが「Q.E.D.だ」と低い声でつぶやくと同時に部屋は少しだけ形を変え、なにか薄い膜が張られたように感じるが、それが結界であるのだと感じる。
「博士ってアーチャーですよね?ほとんどこれキャスターのスキルですけど」
「本来適正クラスはキャスターだろうからな、この程度のことであれば少しは可能だ、とはいえキャスタークラスの真似事程度だがな。しかしこれで少しは魔力は安定するし、このホテル自体も薄らと私に馴染んでる様子だ、襲われない限りはここで少し検証を重ねたいところだな」
「そうですね、ところで工房化したってことは安定してる訳ですし、カルデアと連絡が取れませんかね…」
「そちらに関しては難しいな、だが試してみるからタブレットは貸してくれ」
テスラはすぐに仕事に取り掛かるように椅子に座り机に向かうと、エクレールは隣のシングルベッドに腰掛けてタブレットを手渡した。テスラはすぐに打ち込み始めるとエクレールはいつものカルデアの工房のような光景に少しだけ安心して気が抜けてしまい瞼が落ちてしまうが慌てて姿勢を正すもののテスラの視線は彼女に向いていた。
何も出来ない彼女はテスラ一人に任せている中で申し訳ないと思いつつ謝ろうとするがテスラは気にした様子はなく、反対に彼女を気遣うような優しい目を向けた。
「少し寝るといい、私も現界しているから安全だ、何かあれば必ず守ると約束しよう」
「……はい、じゃあ少しだけ言葉に甘えますね」
「あぁ、その代わり起きたら助手としてしっかり働いてもらうぞ」
そう言って笑ったテスラに彼女も安心したように笑ってベッドに潜り込むと少しだけやはり懐かしいようなベッドの香りと、テスラの香りに似たものがした、これは彼が本当に使用してたのだろうかと不思議に思いつつも聞こえてくるペンの音、ぶつぶつと話している独り言、心地よいオゾンの香り、それらを感じると自然と瞼が落ちて深い眠りに誘われる。
小さな寝息が聞こえ、テスラは振り返るとエクレールはすっかりと寝ていた、アヴニールを求める魔術師たち、そしてかつて彼がいたはずだが知らないこの場所、一体何が起きているのかと思いつつもテスラは自分がこの一日で魔力を随分消費してしまっていることを感じながらエクレールをみると、彼女からはか細くも魔力が溢れていた。
「すまない、これも君と私のためだ」
そういって眠る彼女に近づいてテスラはラピスラズリのブレスレットに手を重ねながら彼女の唇にほんの少しだけ自分の唇を重ねると、自分の中に魔力がほんのわずに流れるのを感じた。
生きる為だと言い聞かせながらも酷い男だと彼は理解していたが、着実に時間は進み、そして自分が危険になれば彼女がもっと危険に晒されることも理解するゆえに言い聞かせた。早くこの街からでる事、それがいまテスラが達成せねばならない目標である。
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