第十三話
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ベッドの中で横になるテスラをみつめるエクレールは自分が無力であることは理解していた。カルデアにおいてアヴニールという家の人間であり"観測者"という役割を理解したが、彼女にとってそれは意味を成してなかった。
今この世界において、観測者という存在がどれほど重要な役割であるのかを理解したとしても、それでもこれまでの自分を思い返せば今更自分を特別に見返すことは出来なかった。反対に特別であるのなら他の魔術師のように力があればよかったとさえ思う。
他人に蔑まれることも、魔術師としての腕が三流以下だといわれることも、そんな事はどうでもよかった。ただ普通に生きることが何よりだと思っていた。それでも危機的状況にある中で自分が無力なことを妬ましく思わない訳もなく、静かに椅子に腰掛けてテスラをみつめた。
彼は明らかに魔力を消耗し、現界するのでさえやっとのことだというのは見てわかっていた。
部屋の中にはテスラコイルや、彼が自分のためにと用意した発明品がいくつか並んでいるがそれもいつまで持つのかどれほど持つのかわからない。エクレールは左腕のブレスレットをみつめるとラピスラズリは先程よりも色を失ったようにも見えた。元々彼の魔力が注がれたものなのだ、あれ程の高出力の攻撃となればそうなるのも無理はないだろうと思いつつ、テスラの寝顔を見つめた。
「綺麗な顔」
初めて出会った頃、彼に認知される前の召還室での出会いからニコラ・テスラという偉人を知らなかった。けれども生前から語られた美しい顔立ちというのは嘘では無いのだと思い日頃から感じていたことを口にしてしまう。
普段は耳が痛くなるほど声が大きく、そして彼女をいつだって引っ掻き回すような男だ、けれども以前ブレスレットが狙われた際に命の危機を感じた時もだが、彼は必ず助けてくれる。
周囲はそのブレスレットは重たすぎるというが、彼女も同様に感じつつも嫌だとは思わなかった。このブレスレットに宿った魔力は彼のモノで、彼はそれを検知して必ず現れてくれる。こんな特殊な場所でさえ、宙から落ちる時に優しく抱き留めて、来るのが当たり前だと言うように。
彼にとってきっとエクレールが隣にいることは当たり前なのだ。
助手として彼が認めたのならば隣にいるのは当然で、そしてそれを認めた相手がどんな存在であろうと彼の中の基準で満たされていたらいいのだろうと、彼独自のルールを解釈する。
それでも自分が天才なら、魔術師としての才能があれば、もう少し彼を困らせなかったのだろうかと思い悩んでいたものの、ふとホテルの電気が突然落ちてしまい、部屋の中は真っ暗になり、テスラコイルの淡い青い光だけが部屋を照らした。敵の攻撃かと思うがテスラが設置していた検知システムは作動した様子はなく、彼の発明品が動いていることからホテルの電力源が落ちたことはわかる。
しかし問題はこのホテルは自家発電式であり、そこから電気を貰っていたため、それが止まるとなればテスラの電気を魔力に変換するという行為も止まってしまい、彼の魔力供給は完全に停止してしまうということだった。
それはつまり、完全に手詰まりになり時間の問題でテスラはカルデアに帰ってしまうということ。カルデアのシステムにより召喚されたサーヴァントは座に帰らない。本質的にはクラウドから借りてきたような存在であるのだ。そのため他の聖杯戦争などで召喚された通常の英霊召喚とはまた違うもののため安全性はあるが、残されたエクレールは一人になり、テスラをまた呼べるかと言われたらそうではないことは明白だ。
エクレールは魔術師として、そしてマスターとサーヴァントという関係についてはカルデアのスタッフとして知っている。そして昨日、テスラが自分に行った行為も。
魔力供給にはいくつかの方法がある。
その中でも電力を魔力に変換することは非常に簡単であるとされるが、現状その道を閉ざされた、食べ物は寝ているテスラには難しいことと微々たるものであること、魔力の込められた媒体については論外だ。
粘膜接触──それは相性問題もあるものの、パスが繋がっていない者が行うには条件を満たしていた、エクレールは特段唇を重ねることを気にするつもりはなかった、テスラから受けた唇の感触は理解していたが、彼もあれは生存するためだと理解していた。
「でも博士潔癖症だし、終わったあとに唇アルコール消毒とかされたら嫌だなぁ」
はぁ…と小さなため息をこぼして彼女は考えるが、先程ブレスレットを触媒に放った電磁砲を考えれば彼女自身の魔力も多少はマシなのかもしれないと思った。魔術師のようなことはとても苦手だ、昔から向いていないのだと家族揃って口にするほど向いていないのだ。
それでも多少の知識はあり、カルデアに来てからも時折サーヴァントたちに魔力の流れなどを学んだ、才能はやはりからっきしで苦笑いされるほどだが、それでも完全に無いわけではなかった。
「怒らないでくださいね」
長いまつ毛を伏せるテスラの頬に手を添えた、ほんのりと冷たいが死んでるわけではない、そもそも英霊は生死という概念はない、エクレールが生きる時代を考えればテスラはとっくに亡くなり、人々は彼が亡くなる前までは彼を嘲笑した、高級ホテルの狭い一室で彼は最愛の白鳩を亡くした数ヵ月後に息を引き取り、清掃係が来るまで気付かれなかったという。
そんな悲しい最後を思い描くとエクレールの胸は張り裂けてしまいそうだった。
サーヴァントという存在は逸話や人々の語りなど様々なものを媒体に曲解されて、とても変質した形で現れるのだが、ニコラ・テスラもその一人でてるため、彼が本当にその時代その時を生きた完璧なるニコラ・テスラなのかと彼女が問われるとそれは分からなかったが、カルデアにいる英霊の一部なんかはまさにそうだった。
今を生きている人間の身体を媒体にしている者もいれば、国と象徴とその他を混ぜ合わせてキメラのようになった者もいる、それらを深く考えることはエクレールはやめておいた、頭が痛くなるからだ。
自分がそうしたいと思うのは目の前の彼であるのは事実、助けたい助けられたい、どうにかしたいと願うのはベッドに横になっている雷電博士をみつめ、そしてゆっくりと唇を重ねた、それは人工呼吸のようなものだ。
一度触れて離れてみてもテスラは反応はなかった。
当然だろうと思えて彼女はもう一度触れた、少しだけ長く唇を重ねて離れた、魔力が僅かに流れるのを感じる。
粘膜接触を教わったのは恋愛話が好きなサーヴァントからだった、彼女が魔力もないし何かあればと言われた際にニヤニヤと女狐に教えられたのだ、嘘のようではないが彼女はあまりにも詳しく教えられすぎたと感じた。
魔力は体液に溶けやすいとされるが血を流すことは出来なかった。怖くてたまらなかったしきっと彼の衛生観念を考えれば相当怒られてしまいそうだったからだ。唇なら怒られてもマシだと思ったが目覚めないことに彼女はため息を零した。
「本気でするの?いやするしかないの?でも起きないかも?けどちゃんと魔力の流れは感じるし」
一人で唸り続けて早数分、テスラの顔色が少しだけましになったように感じた彼女は暗い部屋の中で確かにテスラの魔力がマシになっているのを感じた。どれだけ悩んでも敵は外にいる、時間は限られているのだと彼女は考えては今更もういいかと思いつつ「ごめんなさい」と呟いてもう一度唇を重ねた。
薄く開いたテスラの唇を濡らして、そしてその隙間から舌を滑らせた。
ベッドの縁に腰掛けて愛する人を求めるように唇を重ねて舌を絡ませた。
寝ている人を相手になんてことをしているのかと思う反面、どうしようもない気持ちが心の中を支配する。嗅ぎ慣れた彼の香りを感じて、知らない彼の口内の味を知って、彼女は自分がどうしようもない女だと思いながらもテスラに唾液を流し、それが彼の喉を通るのを感じながらも何度も唇を重ねた、無我夢中だった。
ふと彼の指が動いて、ゆっくりと腕が持ち上がるとエクレールの腰に彼の手が触れた。ビクリと肩が震えたがテスラは彼女の後頭部に手を優しく添えて互いがまるでそうあるのが普通だと言うように唇を求めて舌を絡めた。
一方的だったものが交わると次第に呼吸が苦しくなり、エクレールはテスラの胸を優しく押すと名残惜しそうに二人は離れた。
「「…………」」
暗い部屋の中で異様な無音が流れ、テスラも彼女も上半身を起こした。
「お、おはようエクレール」
「お、おはようございます博士」
あまりにもたどたどしい返事だったが仕方ない。
二人はしばらく黙り込んだが、テスラは部屋の様子を見て「何かあったのか」というため、彼女はホテルが停電している状態で電力供給が取れないこと、センサー反応はないため敵の攻撃ではなくホテル自体の問題の可能性が高いことを伝えるとテスラは「まずいな」と声を出した。
「ブレスレットの方も魔力はもうほとんどない、私の方も先程の宝具で随分消費してしまった、他に動力源を探したいところだが今は外に出るのは良くないだろうな」
「ええ、でもカルデアの様子も分からないのでいつまでこのままでいられるか、それに博士も一時的とはいえ、ほとんどないんですよね」
「あぁそうだ、留まっていられるのも霊体化して一日、ともなれば君を守ることは出来なくなるだろう」
「そんな……」
エクレールは公園の男の言葉を思い出し、自分が人ではないパーツにされるのだと思い返しては身震いしてしまうがテスラはそれをみつめては大丈夫だとはいえなかった。彼自身今の危機を理解しているからだ。
そしてその中でブレスレットを眺めては歯切れの悪そうに言葉をかけた。
「一つだけ打破出来る方法がある」
「本当ですか?それってどんな方法でしょうか」
「君と私のパスを繋ぐんだ」
エクレールはテスラの言葉に少しだけ間を開けた、そして小首を傾げて「意味無くないですか?」といった、それは仮にできたとしても彼女の魔力はとても弱い、弱さでいえばアンリマユくらい弱い、最弱の魔術師、いや魔術師と名乗るのも恐れ多いはずだ。
そんなことは彼わかってるはずなのにと彼女は困ったような顔をして返すがテスラはどうやら違うらしい、それどころか自分が悪いことをしてしまったような顔をしており、エクレールはなにかしたのだなと察してしまう。そうだこの男は論理感が多少あるが所詮は科学者なのだ。混沌・善を持つ彼はその名の通り善性はあるが混沌を持っており、つまりは事と次第では人類を脅かす可能性もある。
「博士素直に言ってください、何をしました、どうする気ですか」
「あー、それはだな、君のブレスレットに関して少し隠した機能がある」
「だからなんですか、素直に言ってください怒らないから」
「怒ってるではないか、ええいもういい!貴様のそのブレスレットにはわたし自らが考案した魔力回路増幅機能があるのだ!理解力のない君に説明すると……」
説明すること三十分……
「すみません、つまりは?」
エクレールは崇高なる雷電博士の講義を欠伸をしながら聞いては結局意味がわからないと思いつつ、要約を求めるとテスラは肩で息をしながら、それまでの説明をまとめた。
「つまり君の魔術回路を弄って増幅させている、平均的な魔術師程度にはなってるはずだ、でなければあの時の電磁砲も放てなかった。あれは私の魔力と君の魔力が混じり合い放たれた簡易宝具のようなものだからな」
「……ストップ、本当にストップ」
有り得ない信じられない何してるんですか人の体のこと分かってますかとまくし立てる彼女にテスラは三角座りで耳を抑えた「聴覚過敏なんだやめてくれ」というが「普段うるさいのはあなたでしょ!」と叫んでみればテスラは自分でも何をしているのか理解して悪いとは思いつつも万が一のためなんだと話した。
現に今それで助かったのも事実で、以前ブレスレットを狙われた時から色々と考えていたのだという彼の真っ直ぐな言葉に彼女は責め続ける気力を少しだけ無くしてしまう。
「でもおかしいでしょ、私というかアヴニール家は代々魔力回路や魔術刻印なんてないような家庭、それをそんな簡単にって」
「それはオブセル氏を見て考えたのだ、彼は大魔道士と呼ばれ確かに記録があった、それはもう冠位クラスともいえるほどの実力だ、でなければ世界を観測する力を持つことはできない。その代わりの代償に認められた継承者は魔術回路などを失う形になった」
テスラの説明についてエクレールはうんうんと頷く、非常にわかりやすい説明で質問もいい意味で出てこない。
「だがそれは過去の話だ、君たちアヴニールは短命な者もいたし、長命でも使命が終われば次に切り替わるらしい、そうして重ねてきたとなれば当初の力は薄れと推測した、そして実際に君の記録をブレスレットから確認した結果、君の奥には存在していた、未開通の魔力回路が」
「それを広げたってことですか?」
「元々は大魔道士を継いでるんだ、オブセル氏の血の繋がりは無いにしても彼の弟子だった者の血を継いでいる。彼もまた優秀な男だった」
エクレールは自分よりも詳しい彼によく調べたと思い感動するが、テスラも調べるのには大変だったんだと苦い顔をした。
「隔世遺伝も重なり君は可能性を秘めている、まさにアヴニール(未来)を持っているんだ、だからパスを繋ぐことは問題ないだろう、まぁ少し問題はあるが」
そこまで説明を終えたテスラは立ち上がりコーヒーを淹れようとするが電気がないため出来ないことにか少しだけ苛立っていた。しかし苛立つと言うよりも落ち着きがなく、なにか妙なことを考えているのか、それとも何かを隠したいのか、彼女はまだ何かあるのかと困って「もう怒りませんから素直に言っていいですよ」というと、テスラは背中を向けたまま独り言を小さく呟いていた。
聞き取りにくく、彼女は何かと思い彼にもう少しちゃんと話して欲しいといえばテスラは呟いた。
「君の魔力回路はまだ開通しきれてない、ブレスレットの開通はゆっくりと穴を広げる作業だ、だからパスを繋げ安定供給となれば強い刺激が必要となる」
「はぁ……どんな?」
「先程よりも強く深い粘膜接触だ」
「……それってつまり?」
性行為だ────と言ったテスラにエクレールは信じられない顔をするのだった。
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