二話
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朝七時のアラームが枕元で鳴り響くのを聞いてエクレールはゆっくりと起きる。朝はさほど弱くは無いが日によっては廊下が騒がしかったり、または緊急アラームが時間問わずに発生する場合などがあるのだ。
今日はそんなことはなく。彼女は大きなあくびと共に伸びをするとブレスレットのラピスラズリの光が強まっていることに気付いて、近頃増えたばかりのブレスレットに付随してある小さなボタンを押した。
「おはよーございます博士、起きましたよ」
『おはよう助手、起きたなら早く来たまえ』
「用意してから行きますぅ……ふぁあ」
通信相手は驚くこともないが彼女のサーヴァントであり。博士と呼び慕う相手。ニコラ・テスラであるが、彼が来いと催促するのは自らの工房で、それはエクレールの隣の部屋である。
ニューヨークでの一件後に戻ってきてから何故かスタッフの居住区から無理やり引越しをさせられて、今では隣の部屋にさせられたエクレールは当初テスラの発明の音がうるさすぎて怒りすぎたため、今では夜の二十一時から朝の八時までは音のなるうるさい発明は禁止というルールに変わっており。
テスラのみならずカルデア全体のルールとなったが、当初はサーヴァント側から一部─まぁ主に過重労働直流獅子頭と美丈夫交流男─抗議があったが、残念ながら睡眠を欲しないサーヴァントと、睡眠が必須の人間であれば鬼の婦長も味方につけている人間の勝利なのである。
エクレールはベッドから抜けて。部屋に備え付けの洗面所で顔と歯を洗って。パジャマを脱いではカルデアの制服に着替える。先日足の爪が伸びすぎてストッキングを破いてしまった為、新たに申請してもらったばかりの新しい黒いストッキングを履いて、スカートのホックを止めて、カルデアスタッフのジャケットのファスナーを上まで上げた。
それなりに長い髪の毛はそれぞれ編み込んでしまうとすっきりして、カルデアでの生活といえど、少しくらいはと薄いメイク─本当に最低限に眉を書いてマスカラと薄いリップ程度─をすると机の上に置いてあるタブレットを片手に廊下とは別で隣に繋がったドアをくぐる。
この仕様はエクレールの部屋のみであり。ニコラ・テスラが個人的に作ったものである。エクレールの部屋とは違い広い部屋の中にはいつものように電流が散ったテスラコイルや、オゾンの香りと混じった微かなコーヒー香りに釣られるように部屋の奥へと足を運ぶとデスクに向かってなにかに熱心な大きな背中をみた。
「おはようございますテスラ博士」
「遅いじゃないか、ほらコーヒーだ」
「はい、ありがとうございます。またなにか思い浮かんだんですか?」
「!……そうだ、これはもうカルデア内でも特に喜ばれる発明となるだろう。なんと言ってもあの過酷かつ無意味な資材確保のための周回を効率化するため……」
サーヴァントには睡眠は不要だ、もちろん食事も。
それでも聖杯戦争とは違い、人理を守る為にと応じてくれているカルデアのサーヴァントたちは比較的自分たちが過ごしたいように過ごしてあり。食事や睡眠に娯楽など、各々の時間を楽しんでいた。
昨晩は静かだったが、基本的に頭の中で様々な考えを浮かべて議論の末に手をつけ始めるテスラは、一晩思考に時間を費やしていたようで、机の上には紙が何枚も散らばっており、すっかりと話を聞いて欲しいといわんばかりの顔をしているため。タブレットを開くことなく、コーヒーを飲みながら話を聞いた。
テスラの話が簡単に終わることはないものの、朝七時から九時まで提供されている朝食を食べに行くため、七時半になると二人はテスラの工房から廊下へと出て、そこから広い食堂へと向かい、朝食を受け取って決まった席に座る。
二人が隣にいることや話していることは珍しくはなく。反対に当たり前の光景で、食堂の一角もいっその時間には気を使ったように開けてもらっており。二人は横並びに座ると朝食を食べながら話をしていた。
「そういえば博士、私今日お昼から藤丸くん達のお仕事を手伝いに行きますね」
「少年の……となるとレイシフトに?」
「ええ、ジャンヌさんたちと少し…私も適正に問題ないとのことなので、見学がてらてと思いまして」
「聖女のか、となればパリか?大した素材はあの時代では期待出来ないが美味しいワインがあれば持ち帰ってくれ」
「もう博士ったら、旅行じゃないんですからね」
全くと呆れつつも美味しいのがあれば。と返事をするあたり彼女もテスラに甘かった。
朝食を終えてしばらくテスラの工房で互いの職務をこなしては昼を食べ終えると彼女は予定通り、食堂の前で「ではまた」と返事をしていった。なにか異変が起きてもテスラは彼女に託しているブレスレットや彼女の左手の令呪があるならば大丈夫だと思いつつ、優しく見送った。
かつてニューヨークの頃には二人の繋がりはブレスレットのみだけだった。
しかし今は令呪という強い契約があり。過去を踏まえても安全のためにもブレスレットの強化やメンテナンスは欠かしていなかった。その上数多の戦場を駆け抜けた経験者の若きマスター藤丸立香がいるなら安心だとも思っていた。
しかし、それは杞憂になると思わなかった。
『緊急事態発生!緊急事態発生!』
昼過ぎのカルデアの中で大きな警告音が鳴り響いた。
サーヴァントではなくスタッフに向けたものであり。騒がしい音に工房で作業をしていたテスラも思わず手を止める。普段なら気にしない事だったが今回ばかりは彼女も関わっているため、何かしらがあるのかとスタッフに続くように管制室に向かうと、中は既に慌ただしくなっており。
ダ・ヴィンチやシオンにネモの焦った表情、レイシフトを予定していはずのマスター藤丸立香やマシュはまだ残っていたが、テスラは周囲を見渡すと目当ての人物がいなかった。
「来てくれたのかいテスラ博士、呼びに行く手間が省けてよかったよ」
「何が起きた?状況を説明してくれ」
ダ・ヴィンチの言葉にテスラが嫌な汗を感じながら問いかけると、冷静に話を聞いて欲しいと前置きをされた。最悪の話だということはもうわかったため、テスラは頷いた。
「エクレールちゃんが消えた。先程マスターたちとレイシフトを予定していたが転移前にエラーが発現し一時停止をしたが何故か彼女が忽然といなくなっていたんだ。現在彼女の居場所を特定中だけど君の方で分からないかな」
「……タブレットかパソコン、何かを貸してくれ」
テスラは至って冷静だった。
それは先に最悪の事態であることを告げられ、自分に向けてということは即ちエクレール・アヴニールについてのことだと察していたからだ。
マスター達は前回ニューヨーク事件の際にもエクレールを目の前で失ったが、あの頃は転送魔術のようなものでエクレールは誘拐された。しかし今回は違うとなり、テスラは彼女の左手のブレスレットの情報を確認し、その上で一つの違和感に感じた。
「博士どうしたの?なにかあった?」
「あ……あぁ、信じられないことに彼女と私のパスが薄れているのを感じる」
「それって契約が消えてるってこと?それとも一時的に消えてるだけ?遠いから?」
「場所もおかしい。この地球の座標とは一致しないのだ……すまない少年、私は先に向かうから君たちはあとから来てくれ」
場所はそこだとテスラはタブレットを藤丸に手渡しては自分で今わかった情報はそこにあることを告げるなり、エクレールに託しているブレスレットの効力やパスが完全に終わるまでに動かねばならないとして、即座に自分の回路を辿るように短い詠唱と共に管制室から姿を消した。
「テスラ博士はエクレールちゃんのとこに行ったみたいだね、さてと、私たちは一度情報精査の上で作戦を練って動こうか」
ダ・ヴィンチの言葉にそれまで固まっていたメンバーは異常事態を察知して頷いた。
エクレール・アヴニール
彼女はこの世界の過去から今までを観測するアヴニールの一族の現"観測者"当であり。それはつまり、歩くアカシックレコードともされている。
それを狙う為なのか、それとももっと違うなにかの因果なのか、分かりはしなくとも、この事態が大きな事件であることに変わりは無いとしてカルデアは即座に対応に取り掛かることとなるが、テスラの置いていったタブレットの座標を見ては誰もが理解できない場所にあった。
それはルルハワや三〇一七年ドバイや異聞帯でもないような、また一風変わった世界の場所である。
人はそこを───セルチアと呼ぶのを彼らは知らず。
そしてセルチアにて行われている新たな終末世界への扉が開かれるのだった。
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