三話
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空は快晴であった。
街並みは石畳で出来ており。青い海や心地よい潮風が街の中を通り抜ける。人々は穏やかで時折猫が足元を通っていく。子供たちの笑い声に屋台の店主の呼び声。
街並みはその地区ごとに切り分けられたように異なり。赤いレンガ屋根が立ち並ぶ住宅地から、中世を思い出すような何処か懐かしくも清廉さのある建物と近代建造物が並ぶメイン通り。
そこを歩くのは一人の女性。
首からカメラをかけては大切そうに手に持って。
シンプルな白いノースリーブのシャツにシンプルなジーンズ。肩からは少し大きめのショルダーバッグを掛けており。薄い上着とノートがはみ出ているのが見えた。
左手にはラピスラズリの光るシルバーのブレスレットをしており、彼女は目の前のベオグラード要塞をみてはカメラのシャッターを何度も切った。
「あれ?珍しい白鳩だ……綺麗だから撮ってあげるね」
丁度正面から写真を撮っていると一羽の被写体が現れた。
被写体は美しい白い鳩であり、その毛先は少しだけ灰色で特徴的な存在であった。
彼女は数枚撮ったあとお礼にと鳩のそばにポケットに入れてあったクッキーを食べやすいように砕いて置いてやると、鳩は喉を鳴らなして食べるのを見た。
「あ〜本当セルチアってすごく素敵な国だなぁ」
彼女は橋の上で大きな独り言を呟いては夫婦が並んで歩いているのを見て微笑ましそうに笑みを浮かべてしまう。
ここ──セルチアはかつてオーストリア帝国が崩壊後に作られた国であった。自然豊かで歴史が深く。青い海や美しい建造物に美味しい料理が並んでおり。彼女はそれを味わうと幸せな気持ちになりながら観光を楽しんでおり、時計を見ると時刻は夕方を回ろうとしており。
要塞も本来は夕方の日が暮れた瞬間が綺麗だというが見て回るところが多いからと彼女は仕方なく諦めて、またゆっくり来ようと歩きだした。
寄り道をしつつ歩いて元のメイン通りに戻ってくる頃には、すっかりと空は暗くなっており。星々が眩いほどで、彼女はそれをうっとり眺めながらも目的地へと到着するとさらに目を輝かせたのだった……。
一方その頃、ニコラ・テスラはカルデアでのエクレール・アヴニールのレイシフト事件から即座に彼女のブレスレットに残してある自身の魔力を辿るようにして強制的に簡易召喚を彼の側から行ってみたものの、想定外の事態となった。
それは通常簡易召喚となれば、彼女の前に現れるはずだったが、テスラの前には彼女はいなかった。反対にどこかの路地であり。空はまだ明るく。人々は穏やかに過ごしているようであるが僅かに残った魔力から、彼女がこの土地にいることは間違いはないのだと思った。
「ここは……クロアチアか?」
ニコラ・テスラはそう呟きながら極力魔力を使わないように霊体化で探索した。出てくる直前にエクレールとのパスが切れていたこともあり、緊急でカルデアから魔力を着服してきたものの、通常の現界はアーチャークラスの単独スキルでも二日しか持たない。カルデアにはあとから来るように頼んでいてもそれが二日以上──というのはまず無いだろうが──経ってしまえば、テスラはカルデアに強制退去となってしまうのだ、
時間勝負についてはニューヨークでも味わった。
あの時にはエクレールと緊急契約や魔力供給ができたが彼女は隣にいない。
それどころかこの土地に来ると完全に契約のパスが切れてしまっているようで、それまるで繋がっていた糸をハサミで切られたような感覚だと感じた。
つまりは誰かの手で無理やりということだろう。
テスラは自分の持っている小型端末でエクレールの居場所を確認しようにもブレスレットは完全にアクセサリーとなっていたようで、思わず自分で自分に舌打ちをした。
全く緊急用だと言うのに緊急時に使えないなら意味はない。と科学者としての悔しさに似た言葉だが、それでもテスラはどうにか彼女に残した自分の魔力を探した。
「ベオグラード要塞か美しいな……全く先程から探してるというのに本人は観光者気取りなのか?あったら少し叱責が必要だな」
夕方のベオグラード要塞はサヴァ川とドナウ川の合流地点を見下ろせる丘の上に位置した場所にある。歴史深いその要塞の一番上から静かにその街を見つめるテスラはサーヴァント故に見える海の奥の黒い何かについてを思いつつも、今はそれではないとして自分のそばにやってきた白い鳩を優しく撫でた。
「全く君のように来てくれればいいのだが、我が助手は自由人らしい」
困ったものだと呆れたように優しく微笑むテスラは再度彼女を探すことを再開した。
時刻はすっかりと二十時を過ぎており。街は随分と静かになった。
まるで何かから隠れるかのように店も閉まり、テスラは人の少なくなったメイン通りを探索している時、それは強く感じた。
まるで磁石が反応するような。なにか電波をキャッチしたような。不思議なものだが、彼はそれをエクレールだと認識することができた為、即座に足を進めた。霊体化をやめて自らの足で迷子を探すように力強い足取りで石畳の地面を歩いていくと、そこには一人の女性がいた。
見違えるわけのない横顔。
孤立した小さな建物は博物館かなにかだろう。
小さな腰ほどの高さの柵に囲まれて、入口には門があり閉まっている。柵を抜けると左右両方から上がれるような階段があり、正方形のような形をした博物館の入口に続いているが、時刻も相まって閉鎖しているようで。地面からのオレンジ色の照明を受けて照らされたそこは"ニコラ・テスラ博物館"という名前が書かれていた。
彼女はカメラに夢中で何度も建物に向けてシャッターを切っていた。
テスラはカルデアの制服でもない、見たことの無い私服を着た彼女を見て少しだけ戸惑うが、その見た目や笑顔は紛れもなく彼女であり。さらに彼女の左手にはテスラしか外すことの出来ない彼が贈ったブレスレットがちゃんと存在していた。
「エクレール」
そう呼びながらテスラが声をかけるが彼女は振り向かなかった。
「エクレール」
もう一度呼ぶと彼女はカメラを下ろして不思議そうな顔をした。
「エクレール・アヴニール」
三度目の呼びかけに振り向くと、やはり彼女は本物だとテスラはその瞳から理解した。もちろん、偽物がいるわけもないと思っていたが、その瞳の色が何よりも本人を物語っていたのだ。
「わたし……ですか?」
「君以外いないだろう。全く突然のことだというのに観光を楽しんでいるとはな、以前から少々図太いところはあったが、今の君は相当だぞ。まぁしかし何も無くてよかった。カルデアと通信を取るから帰るぞ」
「あの……」
「なんだ?」
まだ帰りたくないというなら今度シミュレーターで利用しろとテスラが言おうとする前に、エクレールは酷く困惑した顔をしながらいった。
「あの……誰かと勘違いされてます?」
「いや勘違いしていない。君はエクレール・アヴニール…私の助手だろう?」
「はい、名前はその通りですけど、私誰かの助手になったことなんてありませんよ?」
大学も文系だし、そういうのは面倒だったし。と話をする彼女の左手の甲を見ると、そこにはテスラのマスターであるはずの稲妻のような形をした令呪が無くなっており。
テスラは思わず彼女の細い左手を取り、手の甲を見ては「どういうことだ!」と思わず声を荒らげてしまうが、当の本人であるエクレールは全くわからないという様子ですっかり怯えてしまい。テスラは目を丸くしては「す…すまない」と謝った。
「知り合いと似ていたようで勘違いしたのだ。ところで君は同じ名前らしいが何をしてたんだ?」
「旅行者で観光してたんです。私セルチアに来るの初めてで……あなたはもしかしてここの学芸員とか関係者の方ですか?」
「セルチア……?いや、私も観光客のようなものだ、ところで君はいつからここに?」
「数日前…?あれ…昨日?なんかハッキリしないなぁ、でも最近ですよ」
多分飛行機のチケットを見たらわかるという彼女にテスラは記憶の欠如、令呪やパスの消失、セルチアと呼ばれる知らない場所についての違和感を抱きつつ、これも縁だからと少しだけ話を付き合って欲しいといえば、彼女は二つ返事の了承をした。
本人で間違いはないのだと会話や態度からしてもわかるものの、テスラは異様な違和感を消すことができなかった。
魔術や魔力についても分からずに漫画の話かと言われ、彼がニコラ・テスラだと名乗ると目の前の博物館も同じ人なんです。と楽しそうに言うため、テスラはどうすればいいのか分からなかった。
彼女を連れて帰るのは少し魔力を消耗しているため、何かしらで回復をするなり、カルデアとの合流などを考えねばならないと思っていた時だった。
「下がれッ────」
「キャッ!」
突如背中に嫌な気配を察知するとテスラはエクレールを片手で背中に回しては鋭い何かを電流で弾き返した。
暗い中から現れたのは複数の海魔が現れるなりテスラとエクレールに襲い掛かるがテスラは自身の右手から放つ電流で相手を倒したが、その数は二、三匹では終わらぬ様子であった。
「なに……あれ……」
怯えきった彼女の声にテスラは得策ではないとして彼女に「分からないが逃げるぞ」というなり、慣れたように彼女を片手で抱えると、自身の電力を利用して瞬発的な速さでその場から離れた。
敵の攻撃からしてテスラよりもエクレールを狙っているのを感じた彼は逃げる他はないとした。
ようやく辿り着いたのは二人がいたベオグラード要塞の中にある、誰もいない聖ルジツァ教会であり。
教会は誰もを招くというように明かりを灯して開いていた。
小さな教会だが、壁も天井もフレスコ画で埋め尽くされており。狭い教会だが華やかさを飾るのは、さらに中央天井から吊り下げられたシャンデリアからだった。
「ハァ──ハァッ──足が早いですね」
「君はほとんど走っていないのに息切れをするとは」
「走り……ッましたよ!公園の入口とこから、要塞を抜けてっ」
高校生の頃の体育祭より走ったという彼女に少しは余裕があるようでよかったとテスラは安心しつつ、改めて彼女に本当に何も覚えてないのかと問いかけた。
「アヴニールのことも?」
「私の苗字ですけど……別に大した家庭じゃありませんよ?両親と兄弟と犬がいるくらいで、それよりさっきのあれはなんですか?大きな人喰いヒトデ?」
「いや違う、あれは海魔だ。君を襲ってこようとしていたようだが身に覚えはないようだが色々あるらしいな」
「なんでそんなの分かるんですか」
「……この際はっきり言うが。私と君は知り合いだ…いや、それ以上だった。今は記憶がない上になにかに巻き込まれているようだが少しすれば必ず解決するだろう」
私がしてみせる。とテスラは自信を持って告げるのは、そうしなければならないと使命を持っているからだ。
しかし言われた本人は分からないというように首を傾げてはテスラに問いかけた。
「私たち恋人なんですか?」
「ブッ──ちっ違う!私と君は助手と博士だ、決してそのような浮いた関係ではないようなあるような、なんていうかそのあれだ!」
「そっかぁ……まぁいいや。取り敢えず一旦は安全そうならホテルに帰りたいです。お腹も空いたし眠たいし、あっ男女だから気にします?ソファもあるし平気ですよ」
私は床でもいいですから。と笑って言うエクレールに呆気を取られたテスラは命を狙われていたことを忘れたのだろうかと思いつつ、周囲の魔力の動きからしても問題はないことや、今は少しでも自分の回復やカルデアとの通信のための拠点を作るのも大切だとして彼女の言うことを聞いてやり。エクレールが泊まっていたベオグラードのホテルにいった。
一流ではないが三流以下でもない平凡なホテルのチェックインを済ませると、三〇六部屋のルームカードを受け取ってエクレールが戻るとテスラも霊体化を解いてエクレールに一声かけて作業に取りかかる。
「私シャワー浴びてきますね」
背中越しに聞こえた声に特に気にせずにテスラはホテルの電気を多少拝借しつつ、テスラコイルを設置し、自分の回復と同時に部屋に置いてあるフロントへ通じる電話と、部屋に備え付けのテレビを利用してカルデアへの通信を繋ぐ。
多少の電波の悪さはあったものの、直ぐにカルデアと通信が繋がり、完全に通信が切れたことや魔力検知もできなかったことから心配していた仲間たちの声にテスラの胸もほっと撫で下ろされる。
「エクレール・アヴニールの保護は完了したがこの世界は少し異常だ。彼女の記憶も失われており、私のパスも完全に切れてしまっている。帰ろうと試しみたが魔力不足のようなのですまないが迎えが欲しい」
『了解、座標は特定出来てるけど、エクレールちゃんが行った時の一時エラーでコフィンの復旧に時間を貰ってる。明日の昼まで待ってくれるかな?』
「それは問題な……「ねぇ博士〜バスタオルください」……ダ・ヴィンチくん少し待ってくれ」
君はそんな格好で出てくるな!あとタオルは先にチェックをして入りたまえ。湯冷めしないようにちゃんと髪は乾かすのだそ……それから……
「すまない戻った」
『あー、うんいいよ…どうやらテスラ博士は記憶のないエクレールちゃんに振り回されてるみたいだしね』
「いささか困ってるのは事実だ。それと少年、ここはセルビアのようだが違う……彼女は"セルチア"と呼んでいたことや、街の地図からセルビアとクロアチアが合体したような都市だろう。地図は来たら何処にでもあるが明日は到着次第、ベオグラード要塞の聖ルジツァ教会へ来てくれ」
『分かりました。くれぐれもお気をつけて』
お互いにな……とテスラは言い終えると通信が遮断される。
通信ができただけでも儲けものだと思うとき、部屋に戻ってきたエクレールにテスラは目を丸くする。
シャワーを終えた彼女は髪の毛を適当にタオルドライとドライヤーで乾かしているがほとんど濡れたままだった。その上服装はインナーとショートパンツのみであり、テスラは無防備な彼女になんて格好なんだといえば反対に驚かれてしまう。
どうやら記憶がない彼女はテスラを男とも認識していないのか、それとも旅行先だと思っているからか普段とはずっと抜けている姿であったが、テスラは完全には悪い気ではないため、呆れつつも彼女の髪を乾かすように命じた。
「寝ないんですか?」
「軽く説明したが私はサーヴァントだからな、寝なくてもいいし、寝たとしても霊体化できるから不要だ」
「じゃあ寝てる間も博士が守ってくれるんですね、よかった」
無邪気な声でそういった彼女に胸が締め付けられる。
守る──ということほど難しいことはないと感じながら、食事もシャワーも全てを終えて、ベッドに横になる彼女を椅子に座りながら眺めつつ、情報収集に務めた。
記憶を失っててもいい……ただ彼女が傷つかなければそれでいい……そう言い聞かせながらも彼女が普段呼ぶ"博士"とは違うように感じてしまうことに少しだけテスラは心苦しく思いながら彼女の寝顔を眺めた。
「全てを忘れる方が観測者のとしての君は幸せなのかもしれない。それでも……私だけを忘れないで欲しいものだったな」
誰とも分からないような目を向けられた時、テスラは言いようのない悲しみを感じた。仕方がないと言い聞かせても、いつものように照れたり、呆れたように怒ってくれる彼女がいないのが、今は何よりも寂しいとも思えて、彼女の左手のブレスレットを撫でてはその手に指を絡めた。
「君は我がアヴニール(未来)なのだよ、エクレール」
静かな部屋でそう呟いた声を拾う者はいない。
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