五話
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カルデア一同がオルレアンの聖女ジャンヌ・ダルクに助けられ、辿り着いたのはベオグラードでも有名な聖堂──聖マルコ聖堂であった。
シスター・ペトロヴィッチと名乗ったその名の通りの見た目をしたシスターは柔らかい笑みを浮かべ。カルデア一同を連れてきたジャンヌは少しだけ肩の力が抜けた様子であった。
タシュマイダン公園の隣にあるベオグラードでも聖サワ大聖堂の次に有名な聖マルコ聖堂の中には彼ら以外は人避けの結界でも張っているように人がいなかった。
まるで積み木のような見た目をした赤レンガで建てられた外観は荘厳であり味わい深くベオグラードらしい見た目であるが、聖堂の祭壇奥の壁の天井まで描かれた見事なモザイク画が描かれており。
さらに高い中央の天井から吊り下げられた巨大なシンプルな円形のシャンデリアが特徴的で、テスラの腕から降ろされたエクレールはすっかりと視線を奪われていたものの、静謐な聖堂は天井が高いために声が響きやすいようで、凛としたジャンヌのような相手の背中を伸ばす声がエクレールに向けられた。
シスター・ペトロヴィッチと名乗った女性はジャンヌのように美しい絹の髪をしており。誰が見ても安心してしまいそうなほど完璧なシスターの姿をしており。カルデア一同を優しく招いたかと思えばエクレールを真っ直ぐ見つめた。
「あぁジャンヌ、この方が?」
「はい、マスターの仰るようにこの方こそが、その方でございます」
ジャンヌの言葉に一同は何かと思うものの、祭壇に立っていたペトロヴィッチは歩みを勧めてくることにテスラは無意識のようにエクレールの前に立ち、目の前のシスターを見つめるが彼女はそれ以上踏み込まなかった。
その代わりにエクレールをみては胸に手を添えて深々と頭を下げた。
「ようやくお会いできましたね"聖杯様"、我々は貴方様をお待ちしておりました」
「せい、はい?」
「はい、貴方様は此度の"聖杯戦争"の"聖杯"なのでございます」
よかった……。
本当によかった……。
シスター・ペトロヴィッチが心から安堵するように涙ぐみそうになりながら言うことに、一同は理解できないという顔をしていたが、一人の男の声が「なるほど」といった。
それはカルデアのサーヴァントであり。名探偵シャーロック・ホームズであり。一同が聖堂内に入ったものの彼は一人だけ外を見ていたようで、聖堂内に戻ってくると何処か納得したような顔をしていた。
「聖杯……つまり彼女は器か、はたまた何らかのイレギュラーで聖杯を宿している。そしてそれを狙うために先程の敵が襲ってきたということか、だが何故あんなものが?」
「僕も疑問だった。僕らが来た時に見た海の最果てには見違えることのない"泥"があった。そして先程の敵も……あれは聖杯の泥だろう?」
ホームズの言葉にエルキドゥも重ねるように問いかけた。
何せエルキドゥは己の本能などからあれが聖杯の泥であると遠巻きでも理解していたのだ。
聖杯──泥──それは本来現れてはならないものだ。それは世界の終焉を知らせる合図のひとつであり、かつて第四次、第五次聖杯戦争においても莫大な被害をあたえたものである。
セルチアと呼ばれる彼らに聞き覚えのない場所は通常の人類史から逸脱している世界かもしれず。そこで行われている聖杯戦争とは何か、そして何故エクレールが巻き込まれているのかと彼らが嫌疑の目を聖職者である。シスター・ペトロヴィッチに向けられるがジャンヌ・ダルクは彼らの目に対して困ったように眉を下げて声を上げた。
「我がマスターは敵ではありません。この聖杯は特殊で、マスターはどうにかこの世界に平和と裁定を取り戻そうとしているだけなのです」
「それが分からない。特に何故我がカルデアのエクレール・アヴニールが巻き込まれたのかもな」
テスラの厳しく冷たい声は普段よりもさらにトゲが強いものだが無理もないだろう。
困り果てたようなジャンヌとは正反対にペトロヴィッチは冷静で、反対に彼らが自身に敵対心を持つことは当然のこととしていた。
そしてエクレールに近付こうとしていた足取りをそのまま反対に向けて背を向けると、彼女は彼らを招くように聖堂の地下へと誘った。
「ここで立ち話もなんですから、お茶でも飲んで話をしましょう。ご安心ください、ここは聖なる場所。罠も仕掛けも神に誓ってございません」
困惑する一同だったがホームズは問題ないことを伝えるとペトロヴィッチの後に続いた。
聖マルコ聖堂にはセルビア国王の石棺や総主教が埋葬されていたりと、セルビアの建造物の中でも歴史と趣のある貴重な場所だった。それらが眠る地下とは別の道を進んでいくと客間があった。
聖堂の雰囲気と同じ何処か優しく柔らかい印象を受けるその広い客間のソファに招かれ。エクレールとテスラ、その向かいに藤丸とマシュ、そして別の一人用のソファにホームズが腰掛け。
ヨハンナは聖職者として気になるからと礼拝堂などを見に行き、エルキドゥも待ちの様子を教会の外から確認するといい出ていき。ペトロヴィッチのサーヴァントであるジャンヌは静かに佇み。当の本人は人数分のコーヒーを淹れてはそれぞれの前に置くと。彼女もまた彼らに話す為にとスツールを持ってきては座っては、先に一口。まるで彼らにこのコーヒーは安全だと言わんばかりに飲んで見せた。
どうやらこのシスターもただのシスターではないのだと彼ら一同は感じる時、ペトロヴィッチは話を始めた。
「聞きたいことは山のようにあるでしょうが、一から説明を致します。まず初めに現在この土地"セルチア"では聖杯戦争が行われております。それも通常とは違う……特殊な聖杯戦争でございます」
「特殊……というと?」
「まず初めに、この世界はこのセルチア以外は滅んでおります」
「滅んでいる。とはどういう事ですか?」
シスター・ペトロヴィッチは詳しく状況を話した。
事の発端は一年ほど前のこと。
それは通常のような聖杯戦争と変わらないものでした。もちろん。よくある冬木の聖杯戦争を模したものですが、参加者の中には聖職者、そしてアインツベルンも関与しており。聖杯の力は多少なりとも本物でした。
七人のマスターに七騎のサーヴァント。聖堂教会もいて管理者もいた。
聖杯戦争は進んでいく中、一人が聖杯戦争中に死にかけた際、勝利とは別の形で聖杯に触れては願ってしまった。
──生きたいという願い。
──死にたくないという願い。
──この世界への恨みという想い。
それらに触れた歪な聖杯は聖杯戦争のルールを無視して願いを叶えようとしてしまい、この世界を崩壊させようとした。
聖杯戦争を許可したのは本来介入しないはずのカトリック教会であり。聖堂教会とも強い繋がりのある教皇並びに枢機卿でした。
彼らは既に自分たちの中からもマスターを選出していたため、責任を取らねばならず。さらには聖杯の泥がまず海を覆い初め、海の生物を奪い。そして地へと来ては次々と飲み込もうとするのを世界各国の魔術師で抑えました。
しかし完全には抑えることができず。教皇が考えたことはアインツベルンに空の聖杯を作らせ。そこに彼ら聖職者たちの祈りとなる魔力を注ぎ。聖なる聖杯を作り。泥を注ぐ黒き聖杯を封じようとしたのです。
時間をかけて彼らはあらゆる手を尽くし、その身を捧げて白き聖なる聖杯を作りました。特殊なこの聖杯戦争は世界を救うためにクラスは"ルーラー"のみであり。どんな者が来ようと全員ルーラーにクラスを書き換えられ。その上で再度聖杯戦争を執り行うことにより。世界を覆う泥を止めることに成功しました。
「しかしそれは聖杯戦争が行われている土地のみであり、このセルチアでした」
「何故だ?普通教皇などカトリックが噛むならバチカン…またはローマかイタリア全土だろう?」
「すでにイタリアや主要国家は先に聖杯が目をつけて飲み込みました。その為この小さな国は周囲が川や海などもあり。さらに儀式の為にと移動してきた皆様がこの土地を選びました」
テスラの問いかけにペトロヴィッチは話を続ける。
では皆様思うでしょう?
このまま聖杯戦争を続けた"フリ"をすれば助かるのでは?と。それは当然考えましたが黒い聖杯もまた考えたのです。
そしてあの黒い泥を時折出現させてはセルチアの街を襲い内側から飲み込もうとするのです。聖杯戦争を続けなければならず。我々は戦い、既に多数の犠牲者を払ったものの、聖杯は何一つ作動していないことに気づきました。
「本来ルーラーは聖杯戦争には一人が基本だ。当然そうなるだろう。そして私や女教皇ヨハンナが簡単に来られたことも理解できた」
「ええホームズ様、あなたはルーラークラスのようですね。エルキドゥ様も神の武具であった為に来られたのでしょう」
「……私は土地というわけか」
「そうですねテスラ様。あなたはこの土地の誇りです。そして神に誓い人類といえたからでしょう」
ホームズやテスラの言葉に美しい笑みを浮かべて返事をするペトロヴィッチだが、テスラの隣に座っていたエクレールは不安げな表情を浮かべてはペトロヴィッチに静かに問いかけた。
「でも……どうして私に、その聖杯ってやつがあるんですか?私は神に近くもありませんよ?」
「あくまでも仮定の話ですが、この聖杯戦争は通常が全員ルーラークラス。通常ルーラーは聖杯が直接呼ぶためのものでしたが、教皇は作動しない聖杯を無理に作動させた為、聖杯はバグを起こして世界を観測する力を持つ"アヴニール"を呼んだのでしょう」
聖杯を作動させるために自らを捧げた途端、聖杯戦争途中でありながらも聖杯は突如として身を隠すように消えてしまい。泥が動き始めたものの、エクレールやカルデアが現れたことにより。聖なる聖杯が作動したため、再度黒き聖杯は止まった。
「それもいつまで持つか分かりません」
遠い目をしたペトロヴィッチは疲れきったような表情をしており。ジャンヌは優しくペトロヴィッチの肩に手を添えて、この聖杯戦争はこの世界のために行っており。人の簡単な願いだけではないとした。
しかし聖杯戦争にはルールがあり。それを守らなければならず、戦闘は避けられないことであり。そして聖杯を手にしなければならないのだと言った。
「あの……手に入れるってどうやって?」
控えめに挙手をして問いかけたのは藤丸だった。
話を静かに聞いていた彼はこのメンバーの中でもマシュ同様の若い少年だが、数多の戦地をくぐり抜け。聖杯のことを理解しているゆえにこの世界のルールも理解したが、聖杯をどうするのかと問いかけるとジャンヌは顔を伏せて。ペトロヴィッチも薄暗い顔をした。
「最終的にはエクレールさんから取り出すことになりますね……そして聖杯は彼女の心臓の部分にあるのがわかっています」
「つまり彼女に死をということか……ッ!」
テスラは思わず声を荒らげてしまうがカルデアの面々にとってテスラが怒るのは無理もなかった。
かつてニューヨーク特異点にて、別世界のニコラ・テスラは自分の世界を救う為にとエクレール・アヴニールを完全機械にするという名目で殺そうとした。あの時も世界を。今も世界を。
アヴニールという世界の始まりから今までを記録する観測者、
大魔道士であり。初代観測者オブセル・ウァートル・アヴニールは人類への愛のために始めたことだった。
あの大魔道士は自身で非道なことをしたと自覚があるが、それでもこれまでアヴニールの観測者を継ぐもの達と話をしてその人生を観測して欲しいと頼み。彼らは平和な世界でその五感と五体で感じては記録した。
ニコラ・テスラにとってエクレール・アヴニールはあまりにも非凡な人間だ。
隣にいる彼女を見れば顔を暗くさせて「そんな…」と呟いており。テスラの胸は痛くなる。人類はいつも何かを犠牲にせねば前に進めないのか。そんなわけが無いと彼は知っていた。彼の時代に戦争はあった。人の苦しみも悲しみも当然あった。だが彼が人類に光を届けたように。人類は犠牲なくとも歩んで行けると信じていたのだ。
「勘違いなさらないでください。私達も別の道を探しています……残った参加者たちも三者三様ではありますが。私とジャンヌはエクレールさんを犠牲にせずに……と考えています」
泣いてしまいそうな震えた声で語るペトロヴィッチの表情に嘘など見られなかった。
これが嘘なら相当な女優だろうとも言える程で、ここで押し問答を繰り返しても仕方がないことも全員が理解しており。エクレールが一番辛くなるのを見て、テスラは無意識に彼女が自身の膝に置いている手を大きな手で掴んだ。決して離さないとニューヨークの時に誓ったように。
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