七話


何故自分なのだろうかと考えた。
自分の人生はあまりにも平凡だったからだ。
彼らは丁寧に魔術師や聖杯戦争やサーヴァントの話をしてくれた。
冗談だと笑えればよかったが複数人の人間が真剣に、そして自分の死を思い重たい顔をしていることに冗談だと笑うことはできなかった。
記憶が欠如していると言われた時、そんなことは無いと告げた。自分のことはっきりと理解している。

エクレール・アヴニール
二十七歳、普通の社会人をしていて旅行が趣味、大学は短大まで出て、友人もそれなりの数いて、年に何度か友達とも会って話しをする。
恋人だと思っていた男とは六年付き合った末に別れ、ボーナスが思ったより出たこともあり。傷心旅行も含めて折角ならと考えたのだ……。
けれど、どうしてこの地を選んだのだろうかと彼女は考えた。
誰かと約束したような、誰かに行きたいと言ったような、けれども思い出せない。せルチアに来た時は南の港、いや飛行機だったか、はっきりと覚えているのは気付けばベオグラードにいて、観光パンフレットとカメラとカバンを手に持っていたことだった。

「記憶の欠如と書き換えがあったのだろう。聖杯も突然こんなところに呼んでパニックになられるより、多少の書き換えの方がいいと判断したのだろう」

名探偵であるシャーロック・ホームズがそういった。
そうだ、あのシャーロック・ホームズがいる。小説や映画やドラマで見た事のある架空の名探偵であるはずの人物が目の前にいたことに彼女は驚いた。ニコラ・テスラを名乗られた時も同姓同名なのだろうと思ったが本人なのだと言われてしまうと驚いてしまうのは無理ないが、今の状況を考えれば嘘でもないと信じるしか無かった。

ベッドに寝そべっては部屋の中に香る懐かしいような紙や木の香りを感じる。窓を開けているお陰で風が入ってくるが、自然豊かなスミリャンの風はベオグラードで感じる自然と生活の混じった香りよりも心地よくて、幼い頃の祖父母の家を思い出す心地良さだった。
スミリャンの人口は四百人ほどで、ペトロヴィッチの名を出せば快く迎えてくれたため、あのシスターは本当に信頼されているのだと思うとほっとした。敵や味方というものはエクレールには分からない。人生においての敵と思うものはいなかった。喧嘩をした友人や、気に入らない相手がいないわけではないが敵では無い。

人生においては当たり前に現れる存在であり。
命を脅かす存在など出会うわけがないのだ、それが普通の人だった。

カルデア──にいた自分の話を聞かされても頭が痛くなりわからなかった。
そもそも何故そんな場所に自分が雇用されているのか分からない。
アヴニールという家系やその人間が普通では無いと言われてもそんな訳がなかった。父も母も兄も姉もみんな平凡な人間で、食卓を囲んでテレビを見て笑ってクイズ番組の難問で首を傾げるような家族なのだ。
医者も弁護士も宣教師もいない、当たり前に普通の家系なのに、何を言われているのか分からないと思う時。頭が痛くなり寝ようと思った。

『我が助手よ』
『君は私のアヴニール(未来)だ』
『問おう、エクレール・アヴニールよ、我が助手となってくれるか』

まるで走馬灯のようにその相手の言葉を聞いた。
背丈は高くて、安心するくらいに背中が広く、声は聞き入りそうなバリトンボイスで笑うとうるさかった。けれども相手の顔は分からない。

『愛してる』

そう言われた時、自分の胸の奥がとても満たされた気がした。
優しく大きな白手袋をつけた手が頬を撫でて、髪を撫でて、互いの肌が一つになった。相手の死も生も過去の苦しみも今の幸福も味わったように感じる時、薄らと目を開けた。

「妙に生々しい夢だったなぁ、ベッドシーンまでって私欲求不満なの?」

自分に呆れながら目覚めた彼女は外を見ると朝になっていた。
一晩また過ごせたのだと思うのは不思議だ、命が繋がったように感じてしまっている自分がいるから。

彼女は身支度を整えて、朝の冷える空気の中で廊下に出た。
教会は二階建てになっており。二階全体が主に客人用の宿泊部屋になっているようで、昔からよく人を助けていたのを感じる。今ではほとんど利用されていないものの村の人々が大切に思っており。教会の横には小さな畑や花が植えられてもいる。質素で昔ならではの村の教会らしさがありながら、少しだけ軋む二階の廊下から一階へ降りると、そこには一人の男が礼拝堂の長椅子に腰掛けていた。

静かに黙祷を捧げており。
それはとても慣れたような姿であるが、その特徴的な毛先がネオンブルーの髪色をした巨躯の男がニコラ・テスラで、この教会は立て直されたとはいえ、彼の父に縁深い場所であるのだと思い出した。
祈りが終わったのかゆっくりと固く結んだ手を解いた彼は何を願うのだろうかと思いつつも、エクレールは礼拝堂に足を進めて近付いた。

「おはようございます博士」
「おはようエクレール、早いようだな」
「起きちゃったんですよ。博士は寝ました?」
「サーヴァントには不要なのだが、魔力回復程度には」

そっか……とエクレールは困ったような返事をしては互いに黙ってしまう。
外はまだ薄暗く、まだ人々が起きるには早かった。
テスラは昨晩のことを思い出しては椅子から立ち上がり、エクレールが歩みを進めてやってきていた祭壇の前に彼も並んで立つと、自分の胸ほどの高さの彼女を見下ろした。
自分を見つめる彼女の瞳は変わらないもので、昨晩のあの反応も同じだった。紛うことなき本物なのだと痛感すればするほどテスラは珍しく後悔をしてしまっていた。

「改めて伝えたい。昨晩はすまなかった」
「あぁあの事ですか」
「記憶がない君に、それも初対面の女性にあのようなことは非紳士的だった。本当に悪い事をした」

改めて謝罪の言葉を聞くエクレールは目の前の男はどれ程天才だとしても礼節を欠かさない人なのだなと小さな関心をしてしまった。
尊大な振る舞いも見受けられたというのに、昨晩のあの長い口付けの頃から、この男は異様に気にしているのは見受けられて、エクレールも僅かにテスラが自分になにか特別な思いがあるのだろうとは理解していた。そして自分も彼を悪くないと思うのはただの面食いだからではなく。何かを感じるからだと思うが、その理由は分からない。

「気にしてませんよ」

だからこそ彼女はそう告げるとテスラは目を丸くしたあとしどろもどろになった。それは油を差してない機械のように歪な動きであり、明らかな動揺だがエクレールは言い直した。

「私も嫌って思わなかったから」

本来であれば何をするんだと声を荒らげられたのに何故か出なかった。
反対に背中に手を回したのは自分だったから同罪だと言えただろう。

「それでも私は」
「そんなにいうなら、ちょっとお詫びしてくださいよ」
「お詫び……」

テスラは少しだけ困惑すると、彼女はここが異なるとしてもテスラの故郷なら少し散歩に付き合って欲しいといってみせるため、彼は少しだけ悩んだ顔をしたあと二つ返事で案内人の仕事を引き受けた。
スミリャンはとても静かな村だ。
テスラが住んでいた時よりもさらに人は減っているが閑散としている。と言うよりも落ち着いているようで、朝の空気は冷たく新鮮で、肺いっぱいに吸い込むと心地よかった。

スミリャンは海が有名なクロアチアの中でも山々に囲まれた場所で海はないが、森の中には広い川があり。テスラはそこで幼い頃に泳いでいた時に木が邪魔をして溺れかけたことがあったという。
友人の一人がいい釣具を親から貰ったため、カエル取りをに行こうと約束したのに置いていかれて、テスラは自分でカエル取りの釣具を作るとみんなよりもいっぱい釣ることができて羨ましいがられたのだという。
またこの村には動物が多く、羊や山羊に牛に犬猫など、それはもう多くてテスラは幼い頃はそれらを友人していたが、一番の親友は黒猫のマチャクだった。寝る時も起きてる時もマチャクとは共に過ごして、彼から発生する静電気をみて興味が惹かれたのだという。

「父は博識だったから私に静電気のことを教えてくれたんだ。それで興味が湧いたが、父は神父だったし、跡を継がせたいと思っていたから、私が電気工学を学ぶのを反対したものさ」
「お父様は厳しい人だったんですか?」
「優しい人だった。私は父が生きている頃はあまり上手く接することは出来なかったかもしれないが父の愛は本物だった」

テスラが大病を患い、死の淵を九ヶ月さまよった時に父はそれまで反対していた電気工学の大学へ行くことを許可し、大学に行くと寝る間も惜しんで勉学に耽るテスラを心配するあまり教授に「これ以上にニコラを勉強させたら倒れてしまう」と手紙を出したほど。

「父も母も本当に素晴らしい人だよ、私の兄も、私なんて遠く及ばない才能を持つ人々だ」

そういったテスラが隣を歩くエクレールをみつめた。
まるで彼女もそうだと言うような彼の態度に彼女はわからなかったが、テスラにとって人というのは頭の良さだけでは無いものだと理解していた。
エクレール・アヴニールという名前を聞いた時。彼はどうしようもなく心惹かれた。そして知る内に彼女の人となりに惹かれた。
観測者──というこの世を観測する存在。
それはあまりにも世界を揺るがす存在でありながらも、彼らはみな人の本質全てを受け止めて見つめた。喜怒哀楽も善悪も、世界がそうして出来たのならば受け入れるべきだと言うように。

両親や家族の話など一体いつぶりにしたのかと感じる時、隣を並んで歩く彼女はその存在に近いと言ってよかった。
誰もに持て囃され、時に利用されたり、時に傷つけられたり、テスラの人生も並ならないものだった。英霊になったあとも様々なことがあったが、それでもエクレールの前でのテスラは"テスラ博士"でも"魔法使い"でもなく。

ただの"ニコラ・テスラ"でいられるのだ。

だからテスラは彼女に他に見せることのない笑みを浮かべてしまう。
川沿いを歩いていると朝から元気に魚が跳ねて、水しぶきが上がると昇り始めた朝日に反射してキラキラと輝き、エクレールは視線を奪われた。
テスラもそれを眺めては、随分と立派な鱒だと感じて懐かしむような、何処か自信を含めたような表情をしていた為、エクレールは思わず「なんです?もしや魚釣りでもしてたんですか?」と聞くと、彼はまぁそれも当然だと返事をした。

「幼い頃に石弓を作った時を思い出したんだ」
「もしかして、それで魚を獲ろうとしたっていんじゃないですよね?」
「その通りだ、察しがいいじゃないか。しかし君はそんなことできないと思うんだろう?ある日散歩していた叔父もそう思っていたが私は石弓の扱いが上手かったものだ」

今はアーチャークラスだからなおのこと上手いがな。と笑って言うテスラに英霊とやらのクラスが関係したとしてもニコラ・テスラはアーチャーではないだろう。と思うのは胸の内に留めて話を聞いた。

「私は叔父にあの跳ねた鱒に石を当てて、岩に打ち付けて真っ二つにすると宣言したんだ」
「それは無茶ですよ、第一当てるのだって大変なのに」

それはまるきり叔父と同じ反応だとテスラは楽しそうに微笑んで、足を止めては近くの石を拾った。
そして石弓がないが再現しようと言って、もう一度川を泳いでいた鱒が心地よさそうに飛び跳ねるなり、テスラはコインを弾くようにして自身の電流を圧縮させた石を投げると鱒に当たるなり、それは岩に打ちあたり、綺麗に捕まえることができたものの、エクレールは思わずテスラを見ると彼は「朝食にするためだ、二つにするのはやめておいた」というがエクレールはそんな話じゃあないと思った。

「博士」
「なんだね」
「そりゃあ信心深い叔父さんも思わず悪魔が取り付いたって思っちゃいますよ」

呆れたようにいったことに、テスラは加減をしたつもりなのにと思いつつ太陽がすっかりと登っていく中で二人は教会に戻ると、丁度藤丸とマシュがその両手に村人から朝食として焼きたてのパンと牛乳を貰ったといい。エクレールとテスラも帰ってくる間に出会った村の人から果物や野菜などを貰っていたので朝から豪勢だと笑いあって、彼らは村の人々の温もりを感じながら食卓を囲んだ。

テスラもエクレールも隣に座りながら、焼きたてのパンを食べては僅かな幸せを噛み締めた。今この瞬間だけはこの世界についてを忘れるように。

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