八話
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セルチアのスミリャンの村は本来テスラが住んでいた村よりも小さく、そしてこのセルチアという土地自体がルーラーや聖職者に対する加護のような力が強いようであり、一晩エルキドゥが念の為にと警戒の鎖を張っていたが、ヨハンナの魔術結界により、より一層強い守りとなり。特に彼らが生活拠点としている教会自体の守りは一番だといえるほどだった。
「お疲れ様ですヨハンナさん」
「ありがとうエクレール、いい汗かいちゃったよ」
「流石は女教皇、とっても神秘的で美しかったですよ」
「そう言われると照れちゃうなぁ」
ひと仕事を終えたヨハンナにエクレールが水を差し出すとヨハンナは照れくさそうに笑いつつもそれを受け止めた。
朝食も済ませて、結界を張り終えた一同はこれからの話し合いをしていた。藤丸とマシュとホームズは一度昨日訪れたベオグラードに戻り、再度情報収集かつ聖杯の泥への対処。
エルキドゥは森にいた動物達から話を聞くことになり。テスラも調べられる範囲で教会やセルチアについてを調べることとなり。ヨハンナは既に朝から村人達に引っ張りだこ状態であり情報収集の為にはいいだろうと引き受けてくれた。
それぞれが与えられた仕事を始める中でエクレールはただ一人、教会の礼拝堂奥にある居間から外を眺めた。
昼食も食べ終えて、彼女は唯一教会の中で本を読んでいた。
以前までいた神父は本が好きだったのか書庫があり。そこには貴重な初版本が並んであり。エクレールも対して本の価値は分からなくともダンテの"神曲"、ゲーテの"ファウスト"をはじめて並んであるとなれば流石に凄いとは感じた。
教会内もそれぞれ個人で確認していた時、ホームズやテスラも神父の個人書庫であるその部屋に対して感心するような声を出していた。
「博士も本が好きですか?」
「あぁ当然、それこそファウストを友人と暗唱していた際に回転磁界の原理を閃いたものだ」
「ええ?この本で?信じられません……この辺りの本で他に思い出深いものってあります?」
待機を命じられてるなら読んで待っていようかな。と呟いたエクレールにテスラはどの本も本当に彼好みのセンスをしているものばかりでうーんと悩んだ。
分厚い本の背表紙を撫でながら顎に手を添えて悩む彼は本当に絵になると思ってエクレールが眺めていたが、テスラは真剣だった。
「ユゴーは好みだが少し読みにくいか?ドストエフスキー…はあまり合わないか」
「これはどうです?人間喜劇ってタイトルだし面白そうですよ」
「オノレ・ド・バルザックか……私は全部読んだが読み終わった時には「もうたくさんだ」と言ってしまったよ。面白いのは当然だがな」
エクレールは手に取った本にそう言われたことにあのテスラがそういう程なのかと思ったがよく見ると全百巻と記載されており。思わず静かに本棚に戻して、悩むテスラの隣で同じく悩んでいると、一つ目に入った本を手に取ってもう一度テスラに見せた。
それは某有名アニメ会社も映像化したことのある有名な小説であり。なによりもテスラには縁深い相手のものだった。
「"トム・ソーヤーの冒険"……マーク・トウェインの作品か」
「有名ですよね?ご存知なんですか?」
「彼と私は親友だ。アメリカに渡ってから知り合ったんだが彼の初期作品には命を救われたものだ」
それはテスラが若い頃に大病を患った時、トウェインの初期作品を読んだ途端にみるみると回復したのだ。あれは奇跡以外の何者でもなく。そしてまた知り合った後に彼の作品を心から愛していると告げた時にトウェインはテスラの前で涙を流し。彼らは深い友情で結ばれたのだ。
そしてそれを選んだエクレールに対して、友人への誇らしさと喜びを重ねて、テスラは「彼が私を雷電博士と呼んだのだよ」と嬉しさを噛み締めるように告げて、彼女の手の中のトム・ソーヤーの冒険についても読みやすいから大丈夫だといってくれた。
エクレールは無意識で選んでいるのか、それとも彼を知るから手に取っているのか、それは分からないと思いながらも気付けば本を読み終えてしまっていた。
児童も読みやすいような冒険譚はドキドキハラハラして、昔に見たアニメとはまた違う面白さだと思いつつも、本を閉じると現実に戻されるようだった。
時刻は既に一日のほとんどを過ぎてしまい。
外も太陽がゆっくりと日に沈もうとしているほど。
外からは人々の働く姿、子供たちの無邪気な声や笑い声、動物が己の自由がままに過ごしているのが聞こえた。結界も張られているため、スミリャンの中なら問題は無いと許可を貰っていたエクレールは少しくらい外に出てみると、風が彼女の頬を優しく撫でて、綺麗なオレンジ色の空がみえて視線を奪われてしまう時。
ちょうどボール遊びをしていた少年たちが大きくボールを蹴り飛ばして教会の裏へと飛ばしてしまい、落胆したような大きな声が聞こえた。
教会の森になっており。少しだけ危険な道でもあるが、子供たちは明らかに小さくて困った様子であった。
結界の中なら──とエクレールは何度も言い聞かせて確認すると子供達に近づいて、危ないから取ってこようか?というと彼らは丁寧に頼むため、エクレールはどうせ遠くもないだろうと思った。
見つかったのは黄色いボールで、やはり遠くはなかったと思ったが風に吹かれてさらに奥へと転がってしまい、エクレールは困ったように追いかけた。
もう夕日が傾いて森の中は陽を通さずに薄暗く思えて、さすがに子供の親も子供だけで行くのはと拒否することを理解した。
しかしその森の奥で子供の泣き声が聞こえた。
か細い女の子の声で、エクレールは黄色いボールを追いかけて、ようやく手にしたと思った時。その少女の背中がみえて、迷子になったのだろうかと思った。
川が流れており。少女の片足は靴を履いておらず。村の境目となるその川に流されたのだと気付いたが、兎に角帰らなければ暗くなるし危ないと思いエクレールは近付いて声をかけようとした。
「ねぇあなた靴が流れたの?お母さんに言ってあげるからもう暗いし帰った方がいいよ」
足が痛いならおんぶしてあげるから。とエクレールは少女の肩に手を置いた時。それはまるで霧のように消えると同時に川の奥からなにかが見えた。
「───え」
そして"なにか"が彼女を引きずり込み、そのまま黄色いボールは川と共に流されたのだった。
「どういうことだ!!」
テスラの声が荒らげられるとヨハンナは自分のミスだと顔を伏せるが誰が悪い訳でもなかった。
エクレールがいなくなったと気付いたのは彼女が消えて凡そ三十分後。ヨハンナの結界内からエクレールの気配が消えたため、即座に全員に連絡が回った。ちょうど全員戻ってきていた途中であるため、即座に集まっては村の四方から隣村まで迅速に捜索にあたるが発見はされなかった。
結界から抜けたという訳ではなく、反対に彼女は結界のギリギリまでいたことはヨハンナもわかっていた為、ホームズは結界の隙間を突かれたのだろうと判断した。
ジャンヌ・ダルクもすぐさま駆けつけて共に捜索にあたるが一向に見つかる気配はなく。
深い夜となる為、一度作戦会議だと教会に集まった面々は何処まで探して、村の人にもエクレールがどこに行ったのかを聞いた。村の子供たちがボールを教会の裏の森に飛ばしてしまい、それを取りに言ったのが最後だと言われ、川を探してみたがあったのは隣村でボールが見つかった程度だった。
聖杯戦争中、世界の終焉、聖杯を宿した存在。
それだけでも彼女が様々なものから狙われる可能性は高いことは理解していたはずだが、彼らはその土地や空気から安心していたこともあったのだろう。誰のミスでもなく、巧妙な敵の罠かもしれないと話をしていた時、夜分遅くに教会のドアが開いた。
「ハッハッハッ!いやはや皆様いい表情で!今まさに悲劇が起きたというようだ!」
「……ウィル、うるさいぞ……こんばんは、カルデアの皆さんと聖女殿」
演技がかった声と仕草で現れたのはカルデアでも見た事のある英霊──ウィリアム・シェイクスピアであり。その隣には少しだけ猫背で目元には細かいシワと隈が特徴的な男が現れた。
男の右手の甲には赤い令呪が宿されてあり。それは紛れもなくシェイクスピアのマスターを意味する者だと見受けていいだろう。
一同が警戒態勢を取ると男は両手を上げて降参をした。
本来戦う気もない存在だ、無理もないだろう。
「貴様がグスタフ・マルコーニか」
「ご名答だ、名探偵……と言いたいところだが、本物がいるのでは失礼だな雷電博士、そうだ聖杯戦争参加者の一人、この隣の大作家のマスターだよ」
「何をしに来たんですか」
今は相手にしてられないぞと殺気立ったテスラと敵意がないことは理解できる藤丸が声をかけると、グスタフは情報提供の為に来ただけだという。
彼は現在聖杯戦争においてはシェイクスピアと共に観客を気取っており。参加する気は無いものの、あまりいいように進んでいないためコメントを残しに来たのだと言うが。隣にいたシェイクスピアはわざとらしく肩を竦めては「彼は評論家気取りなのですよ」といったが、グスタフはカルデアの面々に近づくフリをしてシェイクスピアの足を踏んだ。
「エクレール・アヴニールは北のジルドレェ陣営に拉致されたようだ、あそこのマスターは"アヴニール"にご執心だからな。だから今彼女はあそこに居るが使い魔を出したところ、妙な"実験"に付き合わされようとしているらしい」
「実験?どんなことだ」
「詳しくは知らない。聖杯を取り出すためか、観測者の能力のためか……いずれにせよ、あそこは危険でな、地図はあるか?」
グスタフの言葉にマシュが慌てて広げると、彼は胸ポケットの赤いペンを取り出して、セルチアの北側の山に大きく丸をつけて、その中にさらに小さな丸を付けた。
「この広いのが奴らの領域、小さいのがマスターである、ブランク・ハリー・ホワイトの館だ」
「領域とは?どういうことなのだろうか、もしやジルドレェの魔術領域とでも?」
「ご名答、今度こそ流石は名探偵。と言わせてもらおうかな」
ホームズの言葉に彼は返事をしながら再度説明をする。
科学にも精通している魔術師のブランクはいま残っているメンバーの中では一番のマスターであり。ジルドレェとも相性がいいようで聖杯戦争が激しい時期には随分とその猛威を奮っていたという。
聖杯が消えて落ち着いたかと思えば、今度はアヴニールが現れたことにより、血眼だったが、ベオグラードではシスター・ペトロヴィッチと強い結界によるガードで難しく。ここはガードは固いが隙間を作ることができたから襲われたのだろうと推測された。
聖杯と、アヴニールという世界を観測する力を持つ"観測者"を手にしたブランクはとても危険であり、何が起きるか分からないので早急なる対処が必要だろうという冷静なグスタフにテスラは腕を組みながら「何故その情報を我々に?」と問いかけると、彼は濁った色をした目で彼を見つめた。
「俺にはもう妻も子もいない。この世界がどうなろうとは知らないが出来れば綺麗な終わり方がいいだけだ、それにあの男は好きじゃない」
「そんな理由を信じろと?」
「信じなくて結構!しかしあのブランク・ハリー・ホワイト卿はアヴニールとは深い縁があるのですよ!いやはや面白いほどにね」
その言葉にテスラがピクリと肩を震わせて楽しそうなシェイクスピアにどういうことかと言いたげな目を向けたが、シェイクスピアはそれはもう楽しそうに告げた。
「あの紳士はかつてアヴニール家に婿入りしようとしたのです。しかし悲しきかな……己の醜い本性を見破られ。結婚式前日に婚約者にフラれ、アヴニール家からも勘当されたのだとか」
肩を震わせてクツクツとた人の悲劇を笑うシェイクスピアは悲劇ではなくあれは喜劇の類でしょうな。というため、隣にいたグスタフがまた彼を肘で小突いた。
「ウィルの言葉は本当だろうが気にするもしないも勝手だ。だがあの男がエクレール・アヴニールに興味を持っているのは事実。我々の情報提供は以上だ」
「グスタフさんはどうして本当にこの世界が終わるかもしれないのにそれでいいんですか?力を貸すとか…それこそ、あなたもエクレールさんを狙ったりとかしないんですか?」
藤丸は背中を見せたグスタフにそう問いかけると男は振り返らなかった。
「私は歴史教授だ。セルチアはノアの方舟であり、それが運命ならば受け入れる。しかし私は人間であり。彼女を殺したりしてまで叶えたい願いも救いもないのさ」
そう言い残して去っていったグスタフに「それでは皆様!楽しい物語をお待ちしております!」と陽気に去っていったシェイクスピアを見届けた一同は顔を見合せた。
今は何よりも情報を欲しており、あの態度なら信じてもいいだろうと思えた。それならばすぐに行動だと言い、共にいたジャンヌにもジルドレェとの戦闘を問いかけると彼女は胸を張って「もちろんです!」と声を上げた。
教会のドアを開けて全員が夜更けのセルチアを駆け抜けて向かうは北の館。
そこに何が待ち受けるのか分からないが、ニコラ・テスラはただ胸の内でエクレールの安全を願うのだった、
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