第三話


カルデアのスタッフの一人であるエクレール・アヴニールはレイシフトというものに付き合ったのは何度かあった。魔術師としての腕は三流以下魔術回路も正直なところ最下層のレベルの彼女がそもそもカルデアで働くことが出来ているのは一重に多少の知識を齧った一般人であり、仕事内容はもともと対人に対するものだからだ。人と話をして記録する、彼女の家庭環境は至って珍しいもので魔術師としての腕はあまり高くは無いものの、その周囲の魔術師との円はとても深く名家も多い。その上彼女の家系は古来より聖杯戦争を見てきたこともあり、その中でサーヴァントとも接し、その上イレギュラーな召喚もしたことがあり、そのことを記録しているとされていた。しかし彼女が雇われたのはただ単純に事務要員としてだった。
今でこそスタッフは減ったものの、当初は数百人規模であったのだ、彼女は縁があり仕事先がカルデアに決まり働くとなった時、本来は魔術師と関わることは避けたかったが給料面の良さなどから選んでしまったのも事実。

様々なことがあったが今ではサーヴァントの記録係も担っている彼女は新しいサーヴァントが来た際にはマスター藤丸立香同伴の元で話をさせてもらったり、また貰ったデータをまとめたりなどをするのが主であったが今の彼女はニコラ・テスラ専属の記録係として仕事をこなすのが主であるのだった。

人当たりは悪くなく、仕事には真面目、案外肝が据わっているところもある魔術知識がほんの少しだけある一般人のようなもの。

というのがエクレール・アヴニールの評価であり、それはマスター藤丸立香ともよく似ているとされている。サーヴァントたちの話に関しても小首を傾げることは多く、時計塔出身や魔術協会の類いとも縁はない、家柄も末端の魔術家系の女で末子となれば仕方ないものでもあるが、そんな彼女は自分がなぜ英霊テスラの眼鏡にかなったのは何故なのかと思うが特に気にすることも減った。天才の考えほど理解できないものはないし、多少は流すことが重要であると彼女は人と接する中で知っているからだ。

「それでそのブレスレットをニコラ・テスラから?」
「ええそうです、助手の記念としてって。エレナさんとかエジソンさんとかみんななんだか変な反応をしますけど、そんなに何か特別なんですか?」
「特別……まぁそうだな、これは……あぁいや、高度なGPS付き防犯ブザーのようなものだ」
「なぁんだ、そうなんですね安心した」

エクレールは珍しく英霊として現在カルデアにいるエルメロイ二世に呼び止められてはブレスレットを眺められていたものの、あまりにも難しそうに眉間の皺を深くしてしまう彼に聞いてみたもののエルメロイ二世はエレナのように言葉を返した。
実際とても簡単に言えばそういう代物ではある。
純度の高いラピスラズリは魔術的観点からもとても価値のある品で、その石の中には濃い魔力を感じられた。それは彼女の魔力ではなくサーヴァントの魔力、具体的にいえばニコラ・テスラのものだ。
彼はこのブレスレットに自分の魔力を強く注いでいつでも自分の場所だと分かりやすくするかのようにマーキングしている。実際そうしたことをする者はテスラだけではなく、マスター藤丸立香に向けてする連中も少なくないため特には危険視するつもりはなかった。しかしあの天才はこのブレスレットに魔術回路を潤滑にしたり拡張したりするような能力を僅かに込めているのが分かってしまう。
それはつまり魔術師にとっての科学と魔術が一体化した一つの道具であり、単純に作ることなどできないはずの代物だ。ニコラ・テスラが英霊になったからこそ科学のみならず魔術や魔力を理解し、それを利用したまでのことだがその価値あるものを彼女に詳しく告げるとまた騒ぎ始めるのは目に見えているため、エルメロイ二世も優等生─これの意味は教授として度々問題児を抱えることが多い彼にとって、安全かつ人間性がまともな子の意味─に向けて余計な心労を増やさないようにと言葉を隠しておくことにした。

「しかしエクレール、そのブレスレットを狙う者もいるかもしれない、その時は十分気をつけるように」
「?まぁニコラ・テスラの発明ですもんね、はい、気をつけます」

彼女にとってニコラ・テスラ"の"発明品だから価値があると認識しているようであるが、実際はそれだけではないのだと思いつつ結局は言わぬままに終えた。

それからしばらくした時、エクレールは珍しく藤丸立香やマシュや複数人のサーヴァントと共にレイシフトに同伴していた。本来魔術師としての力も少ない彼女は控えるべきではあるものの、記録係としての仕事やレイシフト適性があったこと、その他様々な理由があるが省いた中で彼女が適任だとされて選ばれた。もちろん、危険性は低いとされているものであり、サーヴァントの記録やデータには詳しい彼女を同伴させるにあたりニコラ・テスラに告げてみたものの、彼は案外二つ返事で送り出してくれた。
テスラとて助手の彼女の本業がカルデアの業務であることは重々承知であり、どうしても彼の隣から離れることもあるということは理解をしていた故だろう、久しぶりに工房から出てレイシフトとはいえカルデアから離れるというのは緊張はあれど少しの気分転換のようにも感じた。

「ではいい素材があれば是非取ってきてくれ」
「構いませんが私は戦闘は出来ませんし、礼装もないのでガンドのひとつすら撃てないので期待しないでくださいよね」
「フハハハッ!当然だ、記録係としての君の観察眼に期待しているからな、是非期待している」
「まぁいいのがあれば……ですよ」

そもそも何があなたの為になるのか分からないですけど。と付け足したエクレールは左手のブレスレットを入念にチェックするテスラに理由を聞けば念の為だと言われ、GPS付きの多機能防犯ブザーと周りから言われていることもあり、それの為だろうと思いながら彼女は素直にテスラの最終確認をくぐり抜けたあと藤丸達と合流し、レイシフトを決行した。

今回の任務に関してははぐれサーヴァントの報告、また魔力の揺らぎがみえるという事から確認のためのものだった。エクレールは藤丸とマシュの背後をタブレットを片手に歩き、その後ろにはサーヴァントが数名ついていた。
雑談をしつつも魔力の揺らぎを大きく感じる時、突如カルデア一行に牙が向けられた。街中であったが突然の強襲に何事かと思うものの複数のエネミーが即座に感知され、エクレールはサーヴァントたちの後ろに招かれた。
戦闘においては何も出来ない彼女はただ控えるしか出来ず、怯えつつもしっかりと二本足で立ちながら「エネミー複数確認、さらに追加で来るみたい!」と声をあげるとすぐにマスターである藤丸は「エクレールさんは下がって、マシュもみんなも戦闘態勢!」と指示に徹する。

エクレールは言われた通りに安全な場所に下がった時だった。
激しい戦闘の中で地面が大きく揺らぎ、そして彼女の足場が揺れて大きく割れた、戦闘中の藤丸と目が合い「あ」と互いに声を上げた時には彼女の視界から彼らが遠く離れるように消えてしまった。

「い……たた」

どうやら真っ直ぐと下に落ちてしまったようで用水路に一人となった彼女は頭上数十メートルの高さから聞こえてくる激しい戦闘音を聞きつつ、通信機もない状況のためタブレットを片手に持っているのみであり、早急に戻らなくてはと暗い用水路から地上に戻ろうと歩き始めてすぐだった。
水音と足音が聞こえ、それが初めカルデアの面々かと思ったものの薄暗いその場所から現れたのは複数の人間だった。正確にいえば魔術師の類いであるのだろう、先程頭上の戦闘時にも複数の魔術師が見受けられており、何かしらがこの場所で起きているのは明白である。絵に書いたようなフードのような布を纏って姿を隠したその者たちが近づいてくる事に彼女は嫌な予感がした。

人の悪意や嫌悪感、悪い感情というのを彼女は察しやすかった。
というよりもそれが彼女の長所であり短所だ、人の心に触れやすいというのが彼女の性質で、相手が何かを求めているがそれが悪いものだと感じた。

「カルデアの魔術師よ、その腕に宿すものはなんだ」
「それを我らに渡したまえ、それはお前のような者が持つには値しない」
「あぁ満ち溢れた魔力に禍々しい回路を揺らすそのアイテム、さぁ渡せ」

気付けばエクレールは前後から囲まれており、彼らが何を言っているのかと思いつつもその視線が彼女の左腕のブレスレットであると感じるのもつかの間、気付けば目の前にいた一人が彼女の左手を強く掴み、そのブレスレットを手に取っては感極まったような声を漏らした。
彼女は彼らが何を言っているのかは分からなかったものの、彼らが今回の騒動を引き起こしている犯人の一部のようであり、カルデアが来ることは予見していたらしいが、それとは別に彼女のブレスレットがあれば彼らにとっては大きなものになるらしいというのは理解できた。

「死にたくなければこれを置いていけ」
「死にたくありませんけど、このブレスレット外れないんですよ、そういう仕様です、私だって外したいくらいなんです」

外せなら外してくれと煽るわけではないが当たり前のように彼女は相手を見て告げると、彼らはそのブレスレットに所有者の印という名の魔力と科学が合わさったものにより外れない仕様になっているのを理解した。
しかし魔術師というのは科学者同様、いやそれ以上に論理感に欠けることが多く、彼らはそれならと彼女を羽交い締めにして、左腕を壁に押しつ付けるなり彼女に声をかけた者が腰に携えたナイフを取りだした。

「それなら手首ごと落とせばいいだけだ」
「ッやめてくださいそんなことをされたら!」
「構わんだろう、マスターでもない、魔術師としても出来損ない、価値などないんだ、それなのに何故こんなものを手に入れている、いや……だからこそか?」
「意味がわかりません!これは私が博士から貰っただけのもの、いやっ!やめて!!」

恐怖に身を震わせて暴れようとしても彼女を押さえつける彼らとの間の力や体格の差は歴然であり、ナイフの刃が彼女の手首に冷たく触れる時、左腕のブレスレットが誰にも気付かぬほどに小さな青い火花を散らした。
エクレールは恐怖から来る涙を瞳いっぱいに溜めて、それが頬を伝い、用水路の地面にぽちゃんと一滴落ちた時、突如として大きな雷霆の音と火花の散る音が響いた。

眩い光が用水路を照らして、全員がそこに視線を向ければ一人の男が静かに佇み彼らを見つめた。ネオンライトのように眩い光の青い瞳、肩に掛けたコートを揺らし、右手にガントレットをつけた男がまるで静かな怒りを持つようにみつめていたがエクレールは「博士…」と震えた声で彼を消えそうな声で呼んだ。

「我が助手に随分な接待をしてくれているようだ、彼女は私の光であり、アヴニール(未来)である。その光が陰りを見せること、あまつことさえ奪うことなど断じてあってはならないのだ」
「サーヴァント?召喚の光も詠唱も、ましてや上は今足止めされてるはずだ!この女にはパスも令呪もないのになぜ……ッ!」

驚く彼らがエクレールを置いて戦闘態勢に入るものの、テスラはコートを靡かせながらそのブルネットの髪を揺らしてエクレールだけを見つめて安心させるようにいつものように微笑んだ、その微笑み方はいつものような高慢で振り回すような笑みではない、優しいものでありエクレールはそれだけで心が強くなれる気がした。

「そんなもの、私と彼女の間には不要だ。しかし私の助手を怯えさせ更にはその肌に傷付けようとするなど万死、いや億死に値する、いいだろう。今夜私が直々に君たちに講演してみせよう!」

簡単なことだった。
テスラが彼女に与えたブレスレットには彼自身の魔力が込められており、魔力パスがなかろうがそのブレスレットがあるだけで時代や時空を超えても彼女がどこにいるかなど把握出来るのだ。
そしてそこに彼は小さな召喚基の術式を態々魔女メディアに頼んで入れてもらっており、彼女に万が一があれば何処にいようとテスラの判断で直ぐに召喚できるようにとなっていた。ニコラ・テスラは単にそのブレスレットを彼女の監視のために渡したわけではない。記録係としてサーヴァントと接する機会も多いことから考えており、さらに今回のレイシフトに際して念の為にと調整を繰り返し行っていた為、作動したこと自体は想定内のことだ。

テスラが攻撃体制に入ろうとすると相手は直ぐに下がり、戦闘態勢を取り始めそれぞれの攻撃に入るがテスラはエクレールから離れたのを確認するとすぐに彼女に「エクレール、こちらに来るんだ」と冷静な声で告げては駆け寄った彼女を優しく抱き寄せた「さぁ助手よ、私の雷霆をみるがいい」と声高々に右手のガントレットを掲げると、彼女のブレスレットのラピスラズリが呼応するように光り輝き、真名を解放をする。

「刮目せよ、神の雷霆は此処に在る。さあ……御覧に入れよう!『人類神話・雷電降臨(システム・ケラウノス)』─────ッ!!」

その声と共に鋭い雷霆が相手どころか一帯を破壊するかのごとく放たれ、彼女は強い風と光を見ながら飛ばされぬようにとテスラに腕を回せば、彼の手が優しく彼女をその胸に抱き寄せた。

それでも生きた人間であるからと出力は多少落としていたのか数名は寸前で立っており、倒れた仲間たちを見ては撤退を余儀なくされ、残されたエクレールは静まり返ったその場所でようやく落ち着いたかと思うと腰を抜かしたようでその場に座り込んでしまい、テスラは「ハーッハッハッハどうだエクレール」と声をかけるものの彼女は彼の足元から動けずに顔を伏せていた。

「む?エクレールよ、我が助手よ、どうしたんだ?まさか怪我でも」

テスラはいつもの態度からすぐに冷静に彼女に寄り添い腰を落としてはコートが地面に触れることも気にせずに困ったように声をかけたが彼女は何も言わなかった、少しだけ肩を震わせて地面を濡らす様子を見ては泣いているのだと気付くとテスラはもう一度「エクレール、エクレール・アヴニール?」と声をかけるなり彼女はテスラの首に腕を回して子供のように涙を流した。

「博士っ!博士が来てくれてよかった、私とっても怖かったんです、もう少しで殺されるのかと思って、うぅ……博士、博士ぇ」

年甲斐もなく泣きながらそう言ってしまう彼女はただの人間で普通の女性だ、一流魔術師のような、先程の敵のような非情さも冷たさも持つことはなく、その感性は全く普通の存在であり、そうして泣いて言葉にするのは普通のことだがテスラは目を丸くしてしまう。
カルデアで過ごすこととなり、若いマスターの藤丸立香は数多の困難をくぐり抜けその若さとは正反対の心の強さを持ってしまっていたが故にテスラは彼女の当たり前の反応に対して驚きを感じざるを得なかったのだ。

「博士……怖かった、本当に怖くて、もうダメなんだって」
「あぁもう大丈夫だ、私がいるさ、助手の危機に気付かないわけがないだろう」
「はい、そうですね、私は博士の助手です…助手、なんですからね」

そういって確かめ合うように呟いた彼女の背中を優しく撫でてテスラは安心させてやりつつ、二人はようやく落ち着くやいなや、何故このブレスレットが狙われるのか、そしてまた何故テスラが喚ばれていないはずなのに現れたのかと彼女は冷静になって問いかけた。

「……つまりこれ、博士の魔力が宿ってるってことですか?」
「ああそうだ、そしてそれは召喚の触媒となる!もちろん、君でも喚び出せるように詠唱も強い魔力も不要だ、先に私の電力を注いでいるのだから、とってもエコで安全!そして初心者にも優しいデバイスだ、どうだ?使用者としてのレビューは」
「そ……そんなものあるんでしたらカルデアに渡してください!!なんてもの渡してきてるんですか!!大馬鹿!バカバカ!バカ天才!!」

外れないのに!そんなとびきりすごい技術のあるものをなんでこんな一介のスタッフに渡してるんだ!と騒ぎ立ててテスラの胸を今度はポカポカと叩き始める彼女にテスラは「助手に渡すものに相応しいものなのだから当然だ!」と声高々に宣言をしてくるため、ますます彼女は呆れてしまうと同時に深いため息をついてはテスラを見つめた。

「全く本当どうしようもないんですから……あっそうだ博士、このタブレットで藤丸くんたちと通信取れようにしてください、早く戻って合流しなきゃですからね」
「ム……助手なのに人使いが荒いな、まぁ仕方あるまい、この程度なら一分程度だな」

そうして二人は落ち着きを取り戻したその場所から軽いやり取りをしつつも歩いた、すっかりと彼女は安心したように笑う姿を見てテスラもいつもの様に笑い返して足を進めた、どんなときでも彼女を守り抜くために。

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